幸福偏執雑記帳

あざらしこと青波零也のメモ的なものです。

あおなみ1894件]37ページ目)

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MIU404の志摩さんが理想のノーグ・カーティスだって話する???
いや、あの、ルールで己を縛ってて理性的に見える一方で、実際には結構手段を選ばない感じとかめちゃめちゃあざらしの理想のノーグだが?
情が無いわけじゃないけど基本的にそれで動くわけじゃないところもすごいノーグっぽいじゃん……。
誰にも通じないからその話はここまでにしておきなさい。はい。
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舞台を見てると五月ならどの役やってそうかなーと思ったりする。
基本的に二枚目だけど、つまり「二枚目」ってことは主役ではないということなんだよね。
主役の横に立ってるイケメンポジション、ということ……。
五月自体は顔立ちから、どちらかというとクールめの印象を持たれがちかなとは思う。
ただ、本人がクールかというと全然そんなことはなくて、結構情熱の人なんだけれども……。
(その「本人」の話をされるのを五月はすごく苦手としているわけだが)
五月はどんな役を渡されても全力でこなすし、今までについたイメージを常に壊し続けていきたいと思っているんじゃないかな。
そんな人だから、「声がない」っていう「個性(とあえて表現する)」が付与されたことはかなりのディスアドバンテージだと考えている。
どうしたって、何を演じていたって「笹垣五月」というキャラクターを背負ってしまうというか。
その辺りを振り切って、自分にできることを、本当の意味で「何だって」する、というのが今の五月の課題なんだろな~。
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桟敷城における魔王ササゴイ、髪は伸びっぱなしだし無精髭だしユニクロのジャージだしで見た目はもさっとしております(文章はササゴイの視点だからその辺が具体的に描写はされないんですけど)。
一応、設定を信じるならば顔立ちに関しては二枚目の方なんですけどね。比較的整った顔をしている。
ただ、しばらく人に会わずにぐったり暮らしていた人がまともな格好をしていると思うか? 思いません。
あざらしは……、きちんとすればきちんとできるひとが、微妙にきちんとしてないっていう格好が……好き……。
その辺りDoA雁金とかにも滲んでますよね。ああいう感じが好きなんですね。
(その一方でとけうさ雁金は人に会う仕事をしているので見た目もきちんとしてます。TPOは大事!)
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●Scene:09 君の脚本を破り捨て

 タイムリミットが刻一刻と迫っている、と魔王たちが噂する。
 そうなのかもしれない。この夢が覚める日がやってくるのかもしれない。もしくは、永遠に覚めない日が。別にどちらでも僕にとっては変わらないことだ。「終わり」というのは、それだけで少し恐ろしいような気はするけれど、気にしたところで僕一人がどうこうできる問題ではないのだから。
 ただ、日に日に、焦燥感が募るのはどうしてだろう。今まで「どうにかしよう」と内心何度も呟きながら、結局行動にも移す気になったことがない僕らしくもなく――僕は、多分、いつになく焦っている。何に対して焦っているのか、何をしていいのかもわからないまま、ただただちりちりするような感覚が徐々に胸の端を焦がしている。
 いや……、目を逸らしているだけで。何に対する焦燥なのかは、とっくにわかってはいるんだ。
 僕は気づいてしまった。向き合ってしまった。僕自身がまだ、諦められていない、という事実に。
 けれど、だからといってどうすればいいんだ?
 そろそろと、張りぼての舞台の上に立ってみる。広すぎる観客席には人一人いない。それでも、自然と指先が震える。指だけじゃない、全身が。言ってしまえば、舞台の上で震えるのはヒワやコルヴスも同じだ。何があろうと堂々と振舞えるパロットみたいな奴は、例外中の例外と言っていいと思う。
 ただ、ヒワのそれは激しい緊張で、コルヴスのそれは「見られる」ことへの羞恥と恐怖だが、僕のそれは多分どちらとも違う。
 ――僕が恐れているのは、きっと。
「ササゴイ」
 突然投げかけられた声に、はっとそちらを見る。見れば、いつの間にかヒワが舞台の上に立っていた。
 今日は、調子が悪いから練習は休みだと朝に伝えたはずだ。けれど、ヒワは真っ直ぐに僕を見据えたまま、いつになく真剣な表情で口を開いた。
「話があるんだ」
 
 
          *     *     *


 僕とヒワは、舞台の縁に腰掛ける。どちらともなく。
 そして、しばしの静寂が流れた。何せ僕からヒワに何かを切り出そうにも、僕が話すこともなければ、話す声もない。メモ帳の上に、ペンでぐるぐるとよくわからない図形を描くことしかできない。
 やがて、僕の横に腰掛けたヒワがやっと口を開いた。
「……ササゴイは、コルヴスと話をしたんだな」
 ああ、その話は結局コルヴスから伝わったのか。僕から言うことは何も無いと思っていたから、コルヴスと何を話したのかヒワとパロットには伝えていなかった。ただ、その日あたりから僕の様子がおかしいことくらいは、ヒワも気づいていたんだろう。
 そして、きっと。
『ヒワは』
 最初から。桟敷城で目覚めた僕を「魔王ササゴイ」と呼んだその時から、もしくは僕が目覚める前から、ずっと。
『私が役者だってことを、知ってた?』
 僕の問いかけに、ヒワは顔を露骨にこわばらせた。それでも、絵に描いたようなふっくらとした唇を震わせながら、はっきりと、言った。
「うん。あたしはササゴイが何だったのか知ってる。君の本当の名前だって」
 そっか、と僕は唇だけで囁いた。
 別に驚きはなかった。そうだろうな、とは随分前から思っていた。僕に舞台に立ってくれないかと頼んできた頃から、彼女は僕の不機嫌に気づいていた。僕が本職の役者だからこそ、そんな僕の前で「演技」をするというのがどういうことか、わかっていたのだ。だからこそ、僕に稚拙さを叱責されると怯えていたのだと、今なら認めることができる。
「……ササゴイは、怒らないんだな。あたしが黙ってたこと」
『怒る理由がない』
 ヒワがずっと黙っていた理由はわからなかったけれど、僕が「誰」なのかを具体的に指摘されないだけ、ずっと気楽だったのは事実なのだ。不思議には思えど、怒る理由なんてどこにもない。
 僕――魔王ササゴイでない現実の僕は、かつて、舞台に立つことを生業とする俳優だった。
 正確に言えば舞台俳優だと胸を張れるようになるまでに紆余曲折といくらかの幸運があって、舞台の上に立ち続けていられたのだと思っている。
 うん、そうだ。冷静に思い返してみれば、僕はその時疑いもしていなかったのだ。このまま、ずっと、充実した舞台上の日々が送れるのだと。夢が叶った日々が続くのだと。
 それを、どうしようもなく、病によって絶たれるまでは。
 張りぼての舞台に、大きすぎる観客席。
 この桟敷城が歪な形をしている意味も、今なら何となくわかる。そして、ヒワも僕が無数の観客席を見つめていることに気づいたのだろう。ぽつり、ぽつりと、言葉を落としていく。
「あのさ。ササゴイからは、現実が、こういう風に見えてたんだな」
 僕は一つ頷くことで、ヒワの言葉が正しいことを伝える。
 張りぼてで取り繕った舞台は、まさしく今の僕自身だ。
 僕は、昔から僕自身の形のまま表に立たないようにしてきた。現実でも、ほとんど「僕」を露出させずに、あくまで「役」としての僕を見せることだけを考えて生きてきた。舞台裏など、本当の自分など、見せる必要はない。プライベートを限りなく隠して――と言っても、僕のプライベートはほとんど「演劇」をするための手続きに費やされていたけれど――その分、舞台の上の「誰か」を見てもらいたかった。僕という肉体を、精神を通して僕でない「誰か」を表現すること。舞台の上にいる時だけは別の誰かとして全ての人の目に映ること。それが「演技者」としての僕の目指すところだったのだ。
 けれど、どうしたって、それは叶わなくなってしまった。
 声を失ったことは確かに酷い痛手だった。けれど、それ以上に、無数の、それこそ「演技者」としての僕を知らない連中までが「僕」に注目したのだ。そりゃあ格好の話題だろう、病で声を失った俳優なんて。
 だけど、僕は。
『私は、私のまま衆目に晒されるのが堪えられなかった』
 この無数の観客席は僕にとっての「脅威」の象徴だ。ある意味ではコルヴスが恐れたそれに近いかもしれない。ただ、少しだけ違うのは、僕が恐れている視線の意味だ。
『私は、「私」が失望されることに堪えられなかった』
 僕に向けられるものの大体は好奇と哀れみの視線。けれどそれ以上に恐ろしかったのは、「失望」だった。舞台上の「僕ではない誰か」を見てくれていた人が、リアルの、生身の僕に向ける「失望」。その視線に気づいてしまった瞬間、心が折れる音がした。
『だから逃げた。全ての連絡を絶って、遠くに引っ越して、これから何かをしようとする気すら起きなかった。君に呼ばれるまで、ずっと。それでまた、こんな、舞台に呼ばれるなんて、思わなかったけれど』
「そっか」
 一気に書き記した、いつになく汚く荒れた文字列を、それでもヒワは一目で読み取ってくれたらしい。眉を寄せて、きゅっと唇を引き結んで。それから、囁くように問いかけてくる。
「もう、舞台には立たない?」
 ペンを持つ手が震えた。ああ、これを「言う」のは流石に勇気がいるんだな、と僕は僕自身を笑いたくなる。
 けれど、今の僕の、素直な気持ちを、殴るように書き記す。
『立てないよ』
 ――誰も見ていない舞台の上ですら、震えが止まらないんだ。
 こんな僕が、かつてのように「誰か」を演じることなんてできない。もう僕以外の何にもなれないものが、舞台に立つことなんて、僕自身が許せそうにない。
 すると、ヒワが。
「ごめん、ササゴイ」
 ぽつり、謝罪の言葉を漏らした。一体何への謝罪なのかわからず目を点にする僕に対して、ヒワは観客席に目をやって、背中の羽をゆったりと動かしながら言う。自分自身に言い聞かせるように。
「あたし、ササゴイの望みを取り違えてた。……そうだよね。そんなことがあったら、当然だよね。うん、あたしが浮かれてたんだね」
 だから、と。
 言って立ち上がったヒワの手には、いつの間にか分厚い脚本が握られている。
 どういうことだ、という声はヒワには届かない。僕の口から声が出ることはないのだから。
 ヒワは両手に持った脚本を、広げて――。
 
「もう、おしまいにしよう」
 
 そのまま、勢いよく破り捨てた。
 ばらばらと、無数のページが舞台の上に広がっていく。僕はただそれを呆然と見つめることしかできない。ヒワはその上に浮かびながら、じっと、僕を見下ろしている。
 恐る恐る、破り捨てられた脚本の一枚を、手に取る。
 それは……、白紙だった。
 その一枚だけじゃない。僕の視界に映る床に落ちた紙の全てには。
 
 何も、書かれてはいなかった。
 
 見上げたヒワは笑う。今にも泣き出しそうな顔で。
 ――僕が、どこかで見た顔で。
 
「お別れだ、あたしの、」
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#桟敷城ショウ・マスト・ゴー・オン!
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バーテンダーさんが氷を削る動画なんだけどこれめちゃめちゃいいな~!!
バーの氷ってこうやって作られてるんだなと思うとわくわくしてくる。
バーテンダーというお仕事への解像度もぎゅんと上がる感じでとてもよい……。
雁金!!! 氷削る練習しよ!!!(何?)

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MIU404を見返してるんだけど2回目見ると解像度上がるね~!
「多分こうかな?」って思ってたところを補強したり、微妙に聞き漏らしてた台詞聞けたり、何度も見る楽しさというのを体感している~!
普段本当に映像作品は見ないし一度見たものを見返したりすることも稀なので、こういう機会を設けてもらえるのはとてもとても嬉しいなあ!
環境が変わったらこうもしてられなくなりそうだけど、それまでに色々詰め込めれば……よい!
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MIU404感想:7、8話(2回目)。
7話、改めて見てもめーちゃめちゃテンポがよいな……。
伊吹・志摩サイドと陣馬サイドを描きながら、実はそれぞれの点が線で結ばれることになるお話。すごく好き……。
きんぴらちゃんかわいいね~。お手柄だね~。猫は猫であるだけでかわいい。
名前のないひとたちの話、ってのもまた象徴的であるよね~。それぞれがそれぞれの事情で名前を名乗らないということ。
それにしてもほんとに十年……十年な……。伊吹さんが「十年で何ができる?」って聞くところがめちゃめちゃ好きですね。
伊吹さんにとっては腐ってもおかしくなかった十年だけど、でもそうはならなかったから今があるわけで。
十年……ほんとに、ある意味気の遠くなるような十年であることよ……。
きゅーちゃんも遠隔ながらできることをしており、そもそも服を選んであげているあたり陣馬さんとの仲がよくなっているのを感じ、めちゃめちゃきゅんきゅんしてしまう。
あともうねーーーー陣馬さんが最後にきちんと家族の元に行けたのが本当に……よかったなって思って……ほんとに……息子さんに伝わってるのがきゅーちゃんの動きによるものなのがまたね~!! ほんときゅーちゃんナイスアシストなんだよな!!

8話はほんとにつらくてしんどい……しんどいよぉ……。
これはもう、どうしようもない、としか言いようがなくて、それが本当にしんどい……。希望が全く見えない話であること……。
伊吹さんが「ガマさんは刑事だ」っていうのに対して、ガマさんは……「もう刑事じゃない」と言う。
伊吹さんは過去にガマさんに確かに救われたという事実があって、あるからこそ、伊吹さんは最後まで問いかけ続けるんだけど……。「俺はどこで止められた」と「どうすればよかった」と。
でも、今ここにいるガマさんは覚悟が決まっていて、既にどうしようもなく閉じてしまっているという……この……。えん……。
でもね、そう、「あの子に」って言って。最後まで伊吹さんに目を合わせなかったこと。それがガマさんなりの、伊吹さんへの思いなのかなって気もして。
あーーーー言葉にならんな……この話は本当につらい。つらいよぉ。
最後の最後に、志摩さんが「相棒」って言って伊吹さんに手を差し伸べる(彼が以前香坂さんにできなかったように)ところがね……ぎゅっとしちゃうよね……。えん……。
あとUDIラボのひとたちがちょこちょこ出てるのかわいいね……それだけが癒しだったよ……いやー中堂さんじゃダメだったろうなぁwww相性悪そうとしか思えないよwww畳む
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ここに桟敷城を投下してると、実際には何もしてないけど、何かしてるような気分になるのでよい……。
桟敷城はあんまり詳しくないけど何となく舞台への憧れだけがある青波(枳)によるファンタジーでして。
だから主役のササゴイも比較的ファンタジー役者なんだけどまあそこは許してください。
一応ここに転記するにあたって少しだけ修正加えたり加えなかったりしてます。ほんの少し。
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●Scene:08 叫ぶための声もない

 あれから――あれから、特に何も無かった。
 ちょっとしたハプニングはあったが、いつもと少し違う客相手の公演も何とかかんとか幕を下ろして、それからは今までと何一つ変わらない、練習と宣伝の日々だ。
 強いて変化があったとすれば、何故か僕とコルヴスとの関係が少し良好なものになった、くらいか。コルヴスはどうも人との距離感を測るのが苦手らしい、というのはパロットから後で聞いた話だ。空気あえて読まない芸人のパロットに言われるのも相当アレではあるが、確かにパロットのそれと、コルヴスのそれとは全く質が違うらしい、ということはあの日の一件でよくわかった。
 そして、わかってしまえばどうということはないのだ。僕も、コルヴスも、お互いの見えてる地雷を踏みぬくような真似はしない。もとい、コルヴス曰く「地雷を踏む相手は選びますよ」とのこと。つまり相手によっては見えてても踏んでくるらしいが、今のところその様子がない以上は、僕の地雷を踏む価値は特に感じていないということだろう。いいことだ。
 いいことだ。いっそこのまま、永遠に、同じような日々を過ごしていられればいいとすら思い始めるほどに。
 未だ夢は覚めない。数だけは多い観客席と、張りぼての舞台を持つ劇場の夢。いつか必ず終わると予言はされているけれど、それでも、僕にとっては変化の無い、桟敷城での日々。
 ヒワの書いた脚本は、ちょうど半分を越えたくらいだ。分厚い手書きの脚本は読みづらいったらなくて、僕は未だに脚本の結末を知らないまま、ヒワとパロットと、ナレーションとして参加することになったコルヴスに稽古をつけている。
 今日も、僕は全員が集まる前に、舞台の袖で今回の脚本を確かめる。
 桟敷城の魔王ササゴイにさらわれた天空王国の姫君ヒワ。魔王は姫君に『己を楽しませろ』と一方的に告げた。そして、姫君は魔王にいくつかの物語を語って聞かせるけれど、魔王は一向に満足した様子が無い。
 けれど、姫君がある物語を語り始めたその時、魔王の様子が少しだけ変わった――。
 まるで起伏も何もない、正直面白くもなんともなかった物語が、初めて動き出す場面といっていいだろう。霧に包まれたような物語の全容が、少しずつ明らかにされていく、そのきっかけの場面。
 僕は椅子に腰掛けて、脚本をめくる。膝の上に載せながらでないと、手が疲れてしまう程度には重たい脚本だから仕方ない。
 今、『魔王ササゴイ』は僕の使役できるもの――黄昏色の不思議な影の劇団員が演じ、魔王には元より台詞が用意されておらず、魔王が何を言ったのかはヒワやパロットが代弁する。これからはナレーションのコルヴスに言わせてもよいだろう。
 脚本を手繰る。
 天空王国の姫君ヒワは、ある時から一つの運命を担っているという。
 世界の――これはこの「できそこないの世界」とは関係の無い、あくまで舞台上の話だ――存亡に関わる、重大な運命。そして、それは黄昏色の記憶と結びついているのだとヒワ姫は言う。
 黄昏。何度も出てくる言葉であり、この桟敷城を象徴する色でもある。物語の『魔王ササゴイ』は黄昏色の兵隊を使役し、桟敷城の魔王である僕は、黄昏色の劇団員を操ることができる。そもそも、この劇団の名前が『黄昏劇団』なのだと、ヒワが言っていたことを思い出す。
 これは、単純にヒワが好きな色とか、そういうものなのだろうかと思ったが、少しばかり引っかかる。
 桟敷城は、ヒワのものでは、ありえないのだ。
 最初にそこにいたのはヒワ――とパロットだが、パロットは客人であることがはっきりしている――だった。けれど、桟敷城の全ての決定権は僕にあり、黄昏色の劇団員も僕に従う。ヒワは脚本を書いて、姫を演じるだけで、桟敷城の全てを操れるわけではない。
 なら、この桟敷城は、どうして黄昏色をしているのだろう。
 僕の影は、どうして黄昏色をしているのだろう。
 そして、ヒワは、どうして桟敷城にいるのだろう。
「――ササゴイ?」
 刹那、鈴を鳴らすような、声がした。
 そちらを見れば、黄色い羽を持った少女が、壁の後ろから恐る恐るこちらを見ていた。
「どうした? 随分、怖い顔をしてる」
 ヒワの言葉に、僕は意識して顔の筋肉を緩める。ヒワについて色々と考えていたのは事実だが、何も、ヒワを脅かしたいわけではないのだ。
 ヒワの存在は、僕にとって夢のようなものだし、実際に夢なのだと思っている。黄色い髪に黄色い羽、舞台上の役そのものの姿をした「お姫様」。そんなもの、現実にはあり得ない。
 だから、疑問に思うことをやめていた。そういうものなのだと自分に言い聞かせて、考えても意味が無いのだと思うことにしていた。
 けれど、本当にそれでいいのだろうか。
「ササゴイ。ここしばらく顔色が悪いぞ、少し休んだらどうだ?」
 こちらに音もなく近づいてきた――浮いているから当然だ――ヒワは、きらきら輝く琥珀色の瞳で僕の顔を覗き込んで、そんなことを言う。なるほど、ヒワからはそう見えているのか。コルヴスと僕との間にあったやり取りを、僕は結局ヒワとパロットには伝えていないから、そう見えるのは当然かもしれない。
 コルヴスに僕自身を暴かれたあの日から、僕は、夢の中で夢を見るようになっていた。
 遠い日の夢。実際にはそんなに前のことではないけれど、もはや遥か遠くのことのように感じられる、僕が「全て」を失った日の夢。
 ササゴイ、と。ヒワがもう一度僕の名前を呼ぶ。否、僕の役柄の名前を呼ぶ。
 僕は本当はそんな名前じゃない。ただ、その「名前」で呼ばれることが、何よりも心地よかった。最低でも、この場所では。この夢の中では。僕を「かつての僕」として見てくるモノは誰もいなかったから。
 なのに、僕は思い出してしまった。コルヴスの言葉がきっかけではあったけれど、コルヴスは別に悪くないと思っている。これは、ずっと、忘れていたふりをし続けていた僕自身の問題だ。
 スポットライトの下で、喝采を浴びていたことを思い出す。観客席の全てを見渡して、彼らの視線がこちらに向けられていることを意識する。誰もが僕を見ていた。僕という肉体を持ちながら、僕ではない「何者か」となった僕を。
 そうだ、僕は何にだってなれた。なれるのだという自負があった。
 僕はそうやって「演じて」「魅せる」ために、いくつものものを削り落としてきたし、その選択を後悔したことは一度もない。選び取った、ということ自体は僕の誇りであり続けている。
 だけど。だけど。
 誰もが僕を見ている。舞台から引きずり降ろされた、「僕」でしかありえない僕を。
 もう、何かになることもできない僕を。
「……ササゴイ、大丈夫か? ササゴイ?」
 頭が痛い。喉が焼けるようだ。
 嫌だ。僕はそんなこと望んだ覚えはない。死に至るならそれでよかったんだ。それまでの時間だけでも、舞台に立たせてほしい。そう訴える僕の言葉など、誰も聞いちゃくれなかった。お前には、まだ、未来があるのだから、と。諦めるにはまだ早すぎる、と。
 諦めたわけじゃないというのに。僕はただ、僕の夢を叶え続けていたかっただけなのに。
 そうして、僕を待っていたのは、無数のカメラのフラッシュと好奇の目。声を失った、悲劇の舞台俳優。違うんだ、僕はそんなものになりたかったんじゃない!
 だから、逃げた。人の「目」から逃げて、逃げて、逃げ続けて、そうして、ついには夢の中にまで逃げ込んだのだ。
 誰一人として僕の名を呼ぶことのない、過去も未来もない、この場所に。
 けれど――ここでも、まだ、僕は。
「ササゴイ!」
 分厚い脚本を握りしめる。
 僕だって舞台に立ちたいに決まっているだろう!
 どんな張りぼての舞台だって構わない。僕がなりたかったものになれる、唯一の場所に、もう一度立ちたいに決まってるだろう!
 
 なのに。
 
 僕には、そう叫ぶための、声もない。
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#桟敷城ショウ・マスト・ゴー・オン!
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●Scene:07 他人事オーディエンス

 結局のところ、桟敷城には住人がもう一人増えることになった。他に行き場が無いと言われては、宿を貸さないわけにも行くまい。別に、部屋は作ればいくらでもあるのだし、食糧にも困ってないんだから、ケチなことを言う理由もない。
 新たな住人の名は、コルヴス・コラクス。盲目の白鴉、ここではない世界の住人であり、パロットの友人。元は戦闘機乗りで、視力を失ってからは整備工を生業にしているとか。なかなか波乱万丈だ。
 そのコルヴスは、目が見えないってハンデこそあるが、当たり前のように一人で桟敷城を闊歩しているし、生活にはそこまで不自由していないようだった。
 どうも、手足の感覚だけでなく、杖や足で立てる音の反響で空間を把握しているらしいが、正直人間業じゃない。なお、パロットは「え、そのくらい普通じゃね?」みたいな顔をするのであいつはあいつで人間を辞めているのだと思うことにしている。実際コルヴスも「パロットよりは耳が悪い」とのたまうので、僕の見解もそう的外れじゃないはずだ。
 だから、目下の懸念事項は――僕とコルヴスとのコミュニケーションだ。
 コルヴスが「見る」という能力を失っているのに対し、僕には「声を出す」という能力がない。いや、訓練すれば発声は可能らしいけれど、意味を感じなかったのだ。それこそ、コルヴスと対峙するようになるまでは。というか、パロットがスマホを壊さなきゃもうちょいやりやすかったんだろうけど。
 もちろん、僕がコルヴスと積極的にコミュニケーションを取る理由はそこまでなくて、話す必要に迫られた時は、通訳ならヒワかパロットに頼めばいい。だから、そういうものだと割り切ってしまえば済むことで。
 実際、それでもよかったのだ。
 よかった、はずなのに。
 

          *     *     *


「ミスター・ササゴイは、舞台には立たれないのですか?」
 公演は始まっている。日々の練習の成果もあってか、やっとこささまになってきたヒワの長台詞を舞台袖で聞いていたコルヴスが、唐突に僕に問いかけてきたのだ。
 ヒワも、パロットも舞台の上にいる。僕やヒワが操ることのできる「影の演者」も、僕の言葉を代弁してはくれない。何せ、彼らは一様に言葉を持たない。……もしかすると、それも僕の影だからかもしれないけれど。
 コルヴスはいつだって芝居がかった言い回しかつ、よく響く声で喋る。ただし、その声は「聞かせたい相手」以外に聞こえることのない声でもある。よく訓練されている。僕も似た訓練を知っているから、その難しさはよくわかるが……。
「ミスターは、声を出せないと伺いましたが、その様子だと声帯の切除でしょうか」
 ――初めて。
 この男は、僕の「声」に言及してきた。
 ヒワもパロットも、僕が『何故』声を失っているのかを聞いてくることはなかった。だから、声について話を振ってきたのは、コルヴスが初めてだ。これが「声帯の切除」であると確認されたのも。
 僕は頷き一つでコルヴスに応える。見えていなくとも、コルヴスはこちらが首を縦に振ったか横に振ったかくらいは、気配で察する。
 けれど……、何故、わかった?
 僕の内心の問いを、果たしてコルヴスは正確に受け取ったに違いない。音もなく僕の目の前にやってきたかと思うと、僕の喉元に冷たい指で触れる。
「ミスターの振る舞いは、内因性の症状には思えなかったので。時々、唇だけで喋っていると思われる時もありますしね」
 ああ、本当にコルヴスはよく「見て」いる。ほとんど無意識に、反射的に、喋ろうとして、そして喉から声が出ないと理解するたびに。僕は――。
 やめよう。考えたところで何が変わるでもない。別にここにいる限りは困ることはほとんどないし、仮に「目が覚めた」ところで、僕の過ごし方が変わるわけでもない。
 変わらない。変わらない、はずなのに。
「それで。……舞台には、立たれないのですか?」
 もう一度、コルヴスは僕に問いかけてくる。
 僕は、その問いかけに首を縦に振ることはない。僕は舞台に立たない。座長なんてお飾りの役職にすえられながら、裏方でヒワとパロットと影の劇団員たちの芝居を眺めているのが僕の役目だ。
 けれど――首を、横に振ることもできなかった。
 コルヴスは、見えていないはずの目を開いて、じっと、色眼鏡越しに僕を見つめる。光を映さない代わりに、僕の奥の奥を見透かすように。
 何故、そんなことを問うのか、と。僕は唇の動きだけで問う。普通ならば「声」として届かない音でも、今この場におけるコルヴスには十分だったらしい。細い顎の前に人差し指を立てて。
 
「だって、あなたは『役者』でしょう?」
 
 そうのたまって、笑ってみせるのだ。
「本職の役者が舞台に立たないなんて、それこそ怠慢ではありませんか?」
 コルヴス。コルヴス・コラクス。
 僕はこの男を見誤っていた。どこか芝居がかった、否、芝居そのものといえる「桟敷城の客」を演じながら、誰とも軋轢を起こさずに生きているばかりの男だと思っていた。
 けれど実態はそうじゃない。そうじゃないんだ。この男は、客という仮面の下から、僕を「観察して」いる――!
 気づいてしまった瞬間、僕はコルヴスの目を潰してしまいたいという、激しく強烈な衝動に駆られた。この男は。僕が何一つ言っていないのに。僕が『役者』だと見破ってみせた。ああ、違う、目を潰すのでは意味がない。この男の目は見えていないのだから。
 なら、僕は。
 僕は――。
 気づけば、すぐ傍に立っていたコルヴスを突き飛ばしていた。僕の、完全に衝動的な反応には流石のコルヴスも対応しきれなかったらしく、たたらを踏んで、その勢いのままに舞台の上にまろび出てしまう。
 舞台上のヒワは、突然の闖入者に長台詞がすっ飛んだらしい。パロットは変わらない調子で、むしろその闖入者を面白がるような台詞をでっち上げて見せる。そういう突発的な事態へのアドリブ――というかパロットのそれは本当に素直な反応なのだが、結果として舞台の推進力になる――はパロットの十八番だ。
 だから、この程度のアクシデントはどうということない。
 そう、思っていたのに。
「あ、……ぁ」
 心細く響いたその声が。酷く混乱していた僕の意識を現実に否応なく引き戻す。
 コルヴスは、舞台上に棒立ちになっていた。スポットライトを浴びて、姫と魔王の謁見の舞台に立たされて、そして――、酷くおびえた顔で、立ち尽くすことしかできずにいた。
「ササゴイ!」
 舞台の上で、パロットが鋭く叫ぶ。それが台本にない台詞である、とわかった瞬間、影の演者を何人も舞台の上に生み出して、コルヴスを一気に舞台袖まで引き戻す。
 舞台袖に戻ってきたコルヴスは、床に膝をついて、長い腕で自分の体を抱いて、顔面蒼白で震えていた。けれど、僕が傍にいるということはわかったのだろう、何とか作り笑いを浮かべて僕を見上げる。
「ああ、その……、みっともない姿をお見せしてしまって……、申し訳ない」
 いや、これは、僕の失態だ。判断ミス、と言い換えていい。
 コルヴスも僕と同じ「役者」には違いない。こうして、咄嗟に作り笑いを浮かべてみせるくらいには、自分を取り繕う、本来自分のものではないものを演じるということに慣れきってしまっていることを、僕は自然と悟っていた。
 コルヴスが僕を「役者」だと見抜いていたのと同じように、僕もまた、コルヴスは僕の同類なのだと理解はしていたのだ。この男の態度は、常に演じられているものだ。他の誰も気づいていなかっただろうが、僕だけは、それをただただ「気持ち悪い」と感じていた。
 ただ――コルヴスのそれは、人に「見せる」ための姿であって、人を「魅せる」ためのそれではないと、思い知らされた。
 コルヴスは、役者ではあるが僕と違って「舞台に立つ人間」ではないのだ。
 膝をついて、コルヴスの手を取る。冷たく、そして酷く震えている手だ。
 ごめん、と。その手のひらに文字を記す。
「謝らなくてもいいんですよ、ミスター。ボクの方が不躾でした」
 それでも。もう一度「ごめん」をコルヴスに伝える。
 僕の勝手な感情のままに、「人の前に立つ」だけでこれだけ怯えあがってしまうコルヴスを衆目に晒してしまった。知らなかったとはいえ、苦痛を与えてしまったことには、謝罪しなければならない。
「……ミスターは」
 ぽつり、と。声が降ってくる。
「諦めきれないのですね」
 それは、僕にだけ聞こえる声だ。舞台上のヒワとパロットには、きっと聞こえない声。
 そう――そう、なのだ。
 諦めきれないから、コルヴスの問いに答えられなかった。それどころか、逆上してしまった。僕は、言うまでもなく……。
 舞台袖から舞台を見る。張りぼてばかりの、けれどきらきらと輝く世界。観客はほとんどが演劇のよさなどわからない、勇者どもであったとしても。
 それでも、舞台の上には一つの世界があって。
 僕は、その世界を映し出すスポットライトに、憧れて止まないのだ。
畳む


#桟敷城ショウ・マスト・ゴー・オン!
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アンナチュラル感想:3話(初見)。
あっこれはしんどいしんどい、わかりやすい女性軽視の感じはすごくしんどい。
一人で見てたらめちゃめちゃここでしんどくなっちゃってたから人と見られてよかったな~!
被告人が今までの経験を踏まえて女性不信に陥っちゃってるのもまた……こう……ね……。
東海林さんの存在が三澄さんにとってかなり救いになってるなぁと感じる……。感情を出すべきところもあるということ。
その結果が高いお肉なの笑っちゃったけど。お肉おいしそうだったね。
「ぎゃふんと言わせる」っていうパワーで動いていくのほんとに好きで救いを感じるよ。
その上で法医学者としてできることをしていくというのが三澄さんのやり方でね。
自分の出来ることをしっかりこなした上だからこそ、あの結末なのだよなあ……。
そして最後には中堂さんが代わりに言いたいこと全部言ってくれる回。中堂さん口も態度も悪いけど。
まあ、その一方で「中堂さん訴えられてるwww」って爆笑してしまったけど。クソって108回言ってたのほんとねwww
途中で「言おうか迷ってたんですが、中堂さん、感じ悪いですよ」って言っちゃう三澄さんにも笑ってしまう。もうwww
それに対して「他人の感じ方に責任とれるか」って言っちゃう中堂さんもダメでほんとこの辺りのやり取り好きすぎる。
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K.K.P.『TAKEOFF ~ライト三兄弟~』(2007)
脚本・演出:小林賢太郎

実はこれ以降のKKPは『うるう』以外見てなくて! 機会があったので見せてもらいましたです。

チャリ彦~~~~!!!!
めーちゃめちゃ笑った。かわいいね……三人ともかわいいよ……。
ポケモンジェットだけは許してもらえないの笑っちゃうんだよね。ダメかー。
全く難しいところはなくて、本当にシンプルなお話なんだけど。
やっぱり小林さんらしい笑いに満ちていて、その上でちょっとぎゅっとするところもあって……。
とても爽やかで誰にでも気軽にお勧めできるお話だと思う!
長さもそんなに長くないけど綺麗に纏まってるのですごい好きだな~。
あと舞台装置がすごくよかった。
音を奏でながら舞台を転換させるのめちゃめちゃうまかったな~
ハエ……よかったよ……ハエ……そもそも飛行機に浪漫を感じる人間なので……。
最後の離陸シーンどうやるんだろうと思ったらああやるんだな!
あそこで幕が下りるのも最高によかった……。上手いなぁ……!畳む
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●Scene:06 迷子の白鴉

「寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! 桟敷城の公演、はっじまるぜー!」
 今日もパロットの声が高らかに響く。
 僕ら桟敷城の面々が売るのは、物体としての商品ではなく舞台上の「公演」だ。もちろん、それに付随してものを売ることもあるが、何せ、舞台とその客席という、劇場の形をした城なのだから当然目玉は公演になる。
 何故、この城が他のほとんどの魔王の「ものを売るための」城と違ってこんな形状なのかは知らない。桟敷城の魔王である僕自身が何一つとしてこの城のことを理解できていない。何かを知るらしいヒワも未だ口を閉ざしたまま、よくわからない「魔王」と「姫」の劇だけが進んでいる。
 とはいえ、元よりこれは僕の夢の中、わけのわからない世界の、わけのわからない日々の出来事なのだ。理解よりも先に慣れが来て、僕は今日も朝にはヒワとパロットの練習を見て、昼にはパロットの声に合わせて舞台のチラシを配るという「普段通り」の日を送ろうとしていた――、が。
 突然、パロットが呼び込みの声を止めて、不意にある一点を凝視した。
「あ、」
 パロットの視線の先に立っていたその何者かが、「勇者」でなく、僕と同じ「魔王」でもないらしい、ということはすぐにわかった。
 それにしても、パロットもそれなりに大きいが、パロットが見つめる男はもっと大きかった。大きい、というよりは「ひょろ長い」と言った方が正しいか。背丈があるのに加えてやたらと手足の長い、どこか人間離れした体つきをした、ハンチング帽を目深に被った男だった。
 そんな、桟敷城には珍しい純粋な「お客様」は、片手に荷物を抱え、片手の杖と靴をかつかつ鳴らして、「あ」の形に口を開いたまま硬直しているパロットに近寄ってきたかと思うと――手にした杖を足元に投げ捨て、無造作に、その胸ぐらを掴んでぐいと引き寄せたのだった。
「パロット」
 男の薄い唇から放たれた声は押し殺されてはいるが、それでも、パロットから少し離れていた僕の耳に届く程度にはよく響いた。
 男の顔は、パロットの陰になって僕からはよく見えないが、
「ボクはね? 地図だけ渡されたって、読めないんだよ? わかる?」
 ――苛立ってるんだろうな、ってことくらいは、声音から明らかだった。
 どうやら、パロットとこの男は知り合いらしい。パロットは胸ぐらを掴まれながら、特に抵抗する様子もなく、ただ「あっ」と間抜けな声をあげる。
「悪い、忘れてた!」
 その、あまりにもあっけらかんとした答えに、男は鼻白んだに違いない。一拍置いて、パロットの胸を掴む手を緩めた。
「……君はそういう奴だよね。うん、わかっていた。わかっていたとも」
 ああ、何か、既視感がある。これは、僕が常々パロットに抱いている感想だ。そう、パロットの鳥頭は「そういうもの」としか言えないし、諦めるしかないのだ。怒るだけ無駄、と言い換えてもいい。
 パロットから手を離した知らない男は、杖を拾い上げてから、つい、とこちらを向く。よくよく見れば、帽子の鍔の下にはサングラスまでかけていて、胡散臭いことこの上ない。
「パロット、そちらの方は?」
「この城の魔王のササゴイ!」
「魔王のミスター・ササゴイ……。魔王って、この世界においては『城主』ということだよね。ご挨拶させていただかないと」
 僕の前に歩み寄ってきた男は――近くで見ると、更にでかかった。僕と頭一つくらい違うんじゃなかろうか。パロットとはまた違う凄みにすくみ上がる僕の前で、男は、どこか芝居がかった所作で杖を己の正面に立て、よくできた動きで一礼した。
「初めまして、『桟敷城』の城主ササゴイ。同郷のパロットの招待を受けて参りました、コルヴス・コラクスと申します」
 招待云々とか全く聞いてないんだが、それでも、正面からやってきて挨拶をしてくれるだけでも、窓から飛び込んできたというパロットとは雲泥の差だ。
「パロットがお世話になっております。うるさくてお困りでしょう、ミスター? こちらの花は、先ほど立ち寄ったお店で包んでいただいたものです。もしお気に召しましたら、どこかに飾っていただけるときっと花も喜ぶと思います。あと、こちらのお茶菓子もどうぞ、皆様のお口に合えばよいのですが」
 うん、胡散臭いなんて思って悪かった、この男はひとまず真っ当だ。
 最低限、人を突然魔王呼ばわりした挙句誘拐犯に仕立て上げるお姫様とか、話が通じてるように見せかけて三歩で忘れる鸚鵡以上の鳥頭、それに勝手に城を荒らしていく根本的に話の通じない勇者どもより、よっぽどマシだ。
 花束と、袋に入った茶菓子を受け取って、それから慌てて頭を下げる。ただ、頭を下げただけでこちらの意図が伝わっているかどうかは定かではなかったし、パロットから招待されたとはいえ、本当にここまで足を運んで、かつ差し入れまで用意してくた「お客様」にはきちんとお礼を言うべきだろう。
 ひとまずパロットに貰ったものを預けて、いつも携えているメモ帳を取り出す。そういえばペンは何処にしまったんだったか。
「……? パロット、彼は何を?」
「ああ、ササゴイは喋れねーんだ……、あっ」
 そっか、これめんどくせーな、とパロットがぶつぶつ呟く。ポケットからやっとペンを探り当てながら、何が面倒くさいんだ、と思っていると。
「ん? 誰か来てる?」
 桟敷城の外では俄然人見知りのヒワが、ひょこりと入り口から顔を覗かせる。パロットが荷物を両手に抱えたまま、ヒワに笑いかけてみせる。
「おう、前に言っただろ、俺様の友達も招待したって」
「あたしは聞いてないぞ」
「あれ、言ってなかったっけ? もしかしたら言い忘れてたかも」
 さすがパロット、自分の言葉に全く責任を取れない男。こいつ、既に死んでるらしいけど、生前もよっぽどはた迷惑な奴だったに違いない。横のコルヴスとかいうお兄さんがとても迷惑そうな顔をしているから、多分大体僕の想像は間違っていないと思う。
 ヒワはパロットより背の高いコルヴスに一瞬気圧されたようだったが、それでも何とか胸を張って、コルヴスを見上げる。
「は、初めましてっ。あたしはヒワ。よろしく!」
「ヒワ。かわいらしいお名前ですね。ボクはコルヴス・コラクスと申します。よろしくお願いしますね、レディ」
 気障な台詞をさらっと言えてしまう――しかも舞台の上ではなくごくごく一般的なシチュエーションで――のは、この男の特徴なのだろうか。微かな違和感を覚えつつも、実行に移す胆力には正直感服する。
「コルヴス……、えーっと、確かラテン語かなんかで鴉、だっけか?」
 ヒワは妙に言葉を知っているところがある。そして、どうやらその知識は間違ってはいなかったようで、男は口元の笑みを深めて、胸元に手を当てる。
「ええ、よくご存知ですね。コルヴス・コラクスはワタリガラスの学名です。ボクらの故郷ではレイヴンと称されますね」
 ワタリガラス、と言われてもぴんとこない。とはいえ、ワタリガラスを見たことはなくとも、流石に鴉がどんな鳥かはわかる。全身真っ黒のアレだ。
 わかるからこそ、違和感しかない。
 目の前に立つ男は――肌の色から帽子から覗く髪の色まで白いのだ。服装も別段黒尽くめというわけではなく、ぴしっとアイロンのかかった白いシャツにベストを羽織り、サスペンダーで少し古い型のスラックスを吊るしている。暑かろうが寒かろうがクソ筆文字Tシャツにハーフパンツのパロットとは服のセンスから何からまるで違う。本当に友達なのか、君ら。
 ヒワも僕と同じ感想を抱いたのだろう。小首をかしげて言う。
「鴉には見えないな?」
「よく言われます」
 まあ、あまり気にせず、とコルヴスは穏やかに笑う。パロットとはまた違う意味で表情豊かな男だと思う。どこか「作り物じみている」とも思うのだけれど。
 そんなことを思いながら、メモ帳に僕なりの感謝の言葉を書き記す。
『来てくれてありがとう、コルヴス。花束もお菓子も嬉しい。どうか、楽しんでいってほしい』
 そして、その紙をコルヴスに渡そうとして――今更ながらに、気づいた。
 ほとんど気にならないレベルではあるが、時折手指が空をかくような動きをすること、「地図が読めなかった」という言葉と、パロットの「面倒くさい」という感想。それに、片手に握った杖。
 ――この男は。
「……もしかして、コルヴス、目が悪いのか?」
「ええ、両目共に盲でして」
 さらりと、コルヴスは言い切った。
「ですから、お渡しした花の色も種類もわからなくて、お恥ずかしいことです。それに」
 と、コルヴスの顔が――実際にはそのサングラスの下の眼は、僕の姿を見てはいないのだろうが――こちらに向けられる。
「こればかりはパロットの言うとおり、ミスターにはご面倒をおかけすることになってしまいますね」
 そうだ。
 僕の「言葉」は、コルヴスには届かない。
 当然のことだ。あくまで、お互いに少しだけ不便なだけに過ぎない。
 けれど、僕は、体がぶるりと震えるのを抑えられなかった。今まで目を背けてきた「何か」が、一人の男の形を借りてやってきたような、気がして。
 思わず立ちすくむ僕の手から、ヒワがメモを奪い取る。そして、コルヴスを見上げて声を上げる。
「ササゴイが、ありがとうってさ! お花もお茶菓子も嬉しいって。劇も、見えないところは仕方ないとしても、楽しんでってほしいな」
「ええ。楽しみにしておりますね」
 にこりと微笑んだコルヴスは、僕に向かって大きな手を差し出す。
「改めまして。よろしくお願いします、ミスター・ササゴイ?」
 頷きを返して、恐る恐る掴んだ手は――、妙に、冷たかった。
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#桟敷城ショウ・マスト・ゴー・オン!
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●Scene:05 或る戦闘機乗りの生涯

「ササゴイー! これどこに運べばいいー?」
 マーケットから購入してきた資材を運ぶパロットの声に、僕は手の動きだけで指示を飛ばす。最初の数日こそお互いの意思疎通もおぼつかなかったのが、意外や意外、この鳥頭は僕の意図をすぐに飲み込んでくれるようになった。
 どうやらこの男、「もの」を覚えるのは苦手だが、人の意図というか、空気を読むのは得意らしい。空気を読んだ上でそれに合わせた動きをしてくれるかどうかは別として。
『お疲れ様』
 舞台から降りてきたパロットに、あらかじめ用意しておいた麦茶を渡す。この前冷蔵庫を仕入れたから――どういう仕組みで冷えているのかは考えないことにしている。どうせ夢だし――姉妹提携しているカフェからの差し入れも含め、食生活は随分と充実してきている。
 特によく冷えた麦茶はパロットのお気に入りらしく、毎日がぶがぶ飲んでいる。まあ、紅茶もコーヒーもがぶがぶ飲むので、もしかすると味がわかってないのかもしれない――という疑念はそっと横に置いて、美味しそうに麦茶を飲み干したパロットが盆にコップを戻すのを見やる。
「んー、ササゴイもお疲れ。結構動いたもんな、大丈夫か?」
 大丈夫。そう頷いて返す。真面目に二人の練習に付き合うようになった初日は、オーバーワーク気味でふらふらしていたが、一週間もすれば慣れる。一方で、体力の衰えは取り戻していかないといけないと真面目に思うが。
 そんなことを考えていると、不意に視界に何か黄色いものが舞いおりてきた。それがヒワだと気づくまでに、数秒ほど必要だった。今日も黄色い髪を結い、黄色い羽をぱたぱたさせているお姫様は、琥珀色の目をきらきらさせて言う。
「麦茶! あたしにも麦茶ちょーだい!」
 はいはい、と、もう一つ用意しておいた――本当は僕が飲む予定だったコップに麦茶を注いでやる。ヒワは満面の笑みを浮かべてコップを受け取ると、ちびちびと飲み始めた。うん、ヒワが嬉しそうなところを見るのは悪くない。練習ではちょっときついことを言ってしょげさせてしまうことも多いから、尚更。
「あー、仕事の後の一杯はしみるなぁー」
 そのお姫様のなりでおっさんみたいな台詞を言うのは止めていただきたい。
 ヒワは劇場内を飛べるという利点を生かして、桟敷城の照明を弄っていた。本当は影の劇団員に頼めばいい仕事ではあるのだが、僕やパロットが色々と作業をしている中で、自分だけ何もしていない、というのも落ち着かないらしかった。
 まあ、舞台の上で三人で座り込んで茶を喫するのも悪くない。何だかんだ、朝食と練習の時以外はてんでばらばらに動いていることが多かったから、こうして三人で一緒に息をつく瞬間は、意外と貴重だった。
「あ、そうだ。パロット」
「あ?」
「前にも聞いたけど、ちゃんと答えてくれてなかったよな? パロットがここにいる理由」
「あれ、答えてなかったっけか?」
 ヒワの問いかけに、パロットはぐーっと首をかしげてみせる。派手な頭も相まって、その挙動は本当に鳥のようにも見える。
「つっても、特に深い理由はねーよ? ふらふらーっと世界を渡ってたら、何か面白そうなとこ見かけて飛び込んだだけ! そしたら、何か人手が足りなさそうだしー? ってそのままお邪魔してる!」
 世界を渡る。そういえば、この世界の住人は、元よりこの場にいた者もいるにはいるが、どちらかというと「他の世界からやってきた」住人が多いように見える。かく言う僕も周りからはそう見えているだろうし、この世界の仕組みをよく知らないというヒワもそうなんだと思う。
「自由に世界を渡れるんだ?」
「そうだぜ! 何せ俺様ハイスペック幽霊だからな!」
「……幽霊?」
 幽霊。そういえば、他の魔王たちとの話でも、ちょこちょこそんなことを言っていた気がする。
 だが、パロットはどこからどう見ても生身の人間だ。足はあるし、今まさにそうしていたように、ものを運ぶこともすれば、人並み以上に飲み食いする。人より少し肌の色が薄いのは気になるが、それ以外に人間とかけ離れたところはない。というか、他の魔王の方がよっぽど人間離れしている。
「電霊、っつーのが正しいのかな? 電気の信号でできてる幽霊。で、色んな世界を旅してる。つっても、ここじゃ他の連中と変わらないな? 何か、行く世界によって実体作れたり作れなかったりすんだよな、なんでだろ」
 パロット自身、自分のことをよくわかっていない、ということだけはよくわかった。
 ただ、幽霊であることだけはパロットの認識では確実なことであるらしい。ぽん、と手を打って、こう付け加えたから。
「ま、どうにせよ、俺様は一度死んでるからな!」
「死んでるんだ……?」
「そう! 空から落っこちて死んじまったんだ。俺様、戦闘機乗りだったからさ」
 死んだ話をしているにもかかわらず、パロットはにっと白い歯を見せて笑ってみせる。
 ただ、そうか、戦闘機乗り。軍人だか傭兵だか、立場こそわからないが「そういう訓練を受けた人間」ってことか。それなら、このマッチョ具合もわからなくはない。どうやら、僕とはありとあらゆる意味で住む世界の違う人間、というか幽霊らしい。
 そして、ヒワは幽霊だというパロットに怯えるようなことはなく、それどころかいつもきらきらしている目をさらに輝かせて食いついていく。
「戦闘機乗りなんだ! ねえ、生前どんなことしてたの? っていうか死ぬときってどんな感じだったの?」
「あー、死んだときのことはよく覚えてねーんだ。っつーか生前のことはほとんど忘れちまってる。何か、幽霊ってそういうもんらしくてな。だから、俺様の話は全部、後から聞きかじった話になっちまうんだけど」
「それでもいいぞ、聞かせて聞かせて!」
 食いついていくなー、ヒワ。ヒワは人見知りする性質のようだから、もしかすると、本当はもっと色んな人の話を聞いてみたくて、やっと、僕やパロットにそういう面を見せられるようになった、のかもしれない。
 パロットは少しだけ身を動かして、姿勢を正して。それから、よく響く声で語り始める。
「俺様が生まれたのは、ここからずっとずっと遠い世界。全てが霧で出来てる世界だった。っても、覚えてることといえば、見上げた空が真っ白で、でもそれが『本当の空』じゃねーってことだけだった」
「本当の空じゃない?」
「本当の空は青いんだって、不思議と俺様は信じてた。俺様にそう教えてくれた友達がいた。で、本当の空を見るために、俺様と友達は一緒に戦闘機乗りになった。いつか、空を覆う白い天井を飛び越えて、その向こうを見るために」
 ――けれど、その前に、落ちて死んじまった。
 そう言ったパロットは、けれど、楽しげに笑っていた。
「死んじまった俺様は、相当無念だったんだろうなー。無念の中身も忘れるくらい長い間、めちゃくちゃしつこくその世界に幽霊として留まってたんだけど、俺様が幽霊になってるって気づいてくれた友達が、消えそうになってた俺様に今の器を与えてくれて――青い空を、見せてくれたってわけ」
「その友達は?」
「今も遠くで元気にしてるぜ? たまに遊びに行って、色んな話をするのが楽しみなんだ」
 けらけら笑ったパロットは、それから、ふ、と頭上を見上げる。ぎらぎらと舞台を照らすライトは、パロットの横顔も明るく照らし出す。本当に、その横顔は、幽霊とは思えないほどに生き生きとして。
 それでいて、確かに、人間とは異なる「何か」であることを、感じさせる。
「生きてる間に青い空を見られなかったのは残念だけど、まあ、そりゃ仕方ねーんだ。戦闘機乗りっつーのはそういうもんだ。だから、その代わりに、今の俺様は色んな世界を見て回ろうって決めてる。生きてた間の俺様が出来なかった分、知らない世界の空の色を見るために旅をしてるんだ」
 パロットの表情に陰影はほとんど見えない。死を経験していながら、この男はどこまでも、どこまでも、それこそ太陽のように笑ってる。
「この世界も面白いよな、ダンジョンなのに雨は降るし風も吹く! 色んな魔王の城があって、みんな違う色の空を持ってる!」
 空の色。それは――パロットにとっては単に「頭上に広がるもの」を意味するのではなくて、その世界そのものの色を意味しているのだと、何となくわかる。ヒワも、「ほう」と息をついて、どこか感心したようにパロットを見やる。
「パロットって、意外と詩人だよな」
「おうよ、何せ俺様は吟遊詩人だからな!」
 ふふーん、とパロットは鼻歌を歌う。やたらと上手い鼻歌を。
 僕とヒワは、そんなパロットを前に、顔を見合わせて……、それから、少しだけ笑った。
 まあ、パロットというのはそういう奴だ。悪い奴じゃないと、思っている。
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#桟敷城ショウ・マスト・ゴー・オン!
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●Scene:04 ちぐはぐなエチュード

 あれから一週間が経った。
 桟敷城の公演に対して、僕の感想を一言で述べよう。
 
 とんだ学芸会だ。
 
 いや、うん、それを言葉にしないだけの理性も僕にはある。というか、声が出なくてよかったと本気で思っている。もし好きに喋れたなら、絶対に余計な口を挟んでいたと思うし、うちと姉妹提携を結んでいる少々浮世離れしたカフェの店主二人は果たして楽しんでくれただろうか、という心配ばかりが頭をよぎって仕方ない。
 ヒワはやたらと元気がいいだけで台詞はほとんど棒読み。というより、台詞を覚えているだけでいっぱいいっぱいなのかもしれない。パロットはやたら歌は上手いし声もよく通るが、台詞なんて全く覚えてないし、覚えてないのだから台本通りには動かない。だからただでさえオーバーフロー気味のヒワが、頭が真っ白になって舞台の上で立ちつくすことも多々ある。
 そんなわけで、素人の、練習不足にもほどがある学芸会だという感想しか出てこない。
 そんな僕の不機嫌に、ヒワはとっくのとうに気づいていたらしい。勇者相手の公演の幕が下りた後、舞台袖で彼女を迎えた僕に歩み寄ってきて、こう言ったのだ。
「その、えっと、やっぱり、下手だよな。ごめん、ササゴイ」
 普段は明るく煌く瞳も、張りのある声も重たく沈んでいて、僕の顔色を伺っているらしいことはすぐにわかった。ヒワ自身も自分の演技が見られたものではないということは自覚しているのだ。自覚しながら、それでも胸を張って舞台の上に立とうとする彼女に――率直な感想なんて、言えるわけないだろう。
 それに、一度公演が始まってしまえば、不思議な「影」の演者たちを引き連れて立ち回るヒワとパロットを桟敷の上から眺めているだけの僕に口を挟む権利などない。舞台は、あくまでそこに立つ演者たちのものだ。僕のものではない。
 だから、どれだけ下手くそな、学芸会の延長線でしかない舞台であろうとも、僕は何も言わない。言ってはいけないし、口を挟みたいという気持ちの一方で「言いたくない」とも思う。
 そうだ、ヒワたちの好きにやらせておけばいいのだ。僕は桟敷城の魔王であり、一応この劇団――ヒワ曰く『黄昏劇団』の「座長」らしいが、あくまで裏方に徹していればいい。桟敷城を本当の意味で潰さないように頭を使えば、それで十分。舞台のことは、全部ヒワに任せておけばいい。脚本を握ってるのだって、ヒワなのだから。
 ヒワは、明らかに落ち込んだ、そして僅かにおびえた様子で僕を見上げて続ける。
「あの、その……、お、怒ってるか?」
 ……どうも、ヒワは舞台の上でこそ堂々と振舞ってみせるが、一度舞台を降りてしまうと意外と人見知りする性質であるし、実は人と喋るのもあまり得意ではないのかもしれない。言葉遣いこそ偉そうな雰囲気ではあるが、これは「お姫様」という役柄を通した虚勢なのかもしれない。彼女なりの、精一杯の。
 ヒワの言葉に対し、僕は、ゆっくりと首を横に振る。
 そうだ、別に怒っているわけじゃない。ただただ、もどかしいだけだ。
 舞台に立つヒワとパロットを見ているのが。それでいて、ヒワたちのために未だ何をする気にもなれずにいる僕自身が。
 まあ、何をする必要もないのだ。僕は単に巻き込まれて、勝手に「魔王」という役割を振られているだけで、ヒワのために何かをしてやる義理もない……、はずだ。
 はず、というのは、この城で目を覚ましてから、ヒワと言葉を交わしてから、ずっと何かが胸に引っかかり続けているからなのだが、それが何なのかわからない以上は考えても仕方ない。きっといつか、思い出す時が来るかもしれないし、来ないかもしれない。その程度の話。
 ヒワはきょときょとと落ち着きなく視線を彷徨わせながら、僕にもう一度問いかける。
「怒ってない? 本当か?」
 本当だよ、と頷く。そんなところで嘘をつく理由がない。
「……でも、さ、ササゴイは不機嫌そうだ」
 不機嫌なのはどうしようもなく、僕の問題だ。ヒワの問題じゃない。そう言ってしまえれば楽なのに、僕にその言葉をかける声は、ない。
 代わりに、持っていたスケッチブックに文字を書き記す。
『大丈夫。ヒワは頑張ってる』
 頑張ってる。それだけではどうしようもないのだけれども。頑張るだけでどうにかなると言い切れるなら、僕らの世界はとっくに平和になっている。きっと、僕自身だってもう少しいい方向に向かっていけたはずだ。
 そして、ヒワも馬鹿じゃないから、こんなありきたりな言葉に誤魔化されてくれやしない。うつむいて、ぽつりと落とされた声が、
「……頑張っても、どうしようもないことだって、あるよ」
 いやに、僕の耳に響いた。
「空回り、してるのがわかるんだ。あたしの脚本だって、面白いかどうかわからない。ほんとは、何をしていいのかも、どうすればいいのかも、わかんない」
 わかんないよ、と。ヒワはもう一度繰り返す。
 それに対し、僕は何も「言え」なくなる。
 そんな風に思っているなんて、思いもしなかったんだ。ヒワには、全て、とは言わなくとも、少なくとも桟敷城と学芸会じみた劇の行方はわかってて、舞台の上に立っているのだとばかり思っていた。
 けれど、今、この場でぽつぽつと落とされた言葉が、僕を誤魔化すための嘘や方便とも思えなかった。
 ヒワはどうして舞台に立っている? そもそもこの「桟敷城」は何なんだ? 今まで後回しにしてきた疑問が、頭をちらつく。
 支離滅裂なのは夢の中だから。そう己に言い聞かせながら、ヒワのこの言葉も僕の頭が生み出した戯言なのかと思うと、すぐには首を縦に振れない僕がいる。
 わからない。わからないのは僕も同じというか、ヒワ以上であるはずだというのに。ヒワの「わかんない」という言葉が酷く頭の中をかき乱す。
「ササゴイ」
 ササゴイ。本当の名ではないのだけれど、いやにしっくり来る――どこかで僕をそう呼んだ誰かがいたかのような――僕の名前。
 見れば、ヒワが顔を上げて僕を見ている。どうしようもなく冴えない顔をしているだろう、僕を。
「あたし、その、ササゴイにも、舞台に立ってほしいんだ。そうしたら、きっと、何かが……、わかる、気がして」
 舞台に。僕が。
 舞台袖から、スポットライトを浴びる安っぽい舞台がちらりと見える。そこに立つ僕自身を思い描く。思い描くことはそう難しくない。けれど。けれど。
 震えだしそうな手を押さえ込んで、唇を噛み締めて。僕は、スケッチブックにかろうじて文字を書き記す。
『私には無理だ』
 その言葉を見たヒワは、「そうだよね。ごめん」と言ってほんの少しだけ笑ってみせる。このやり取りも、初めてじゃない。ただ、引きつるような笑みを浮かべるヒワを見るのは、ぐだぐだな学芸会を見せつけられるよりも、ずっと、ずっと、嫌な気分になる。
 ヒワのことが嫌なのではない。――僕が。僕のことが、嫌になるのだ。
 それがどうしてもたまらなくて、僕はほとんど無意識に、『でも』と続きをスケッチブックに書き記していた。
『練習なら付き合う。練習は、大事だ』
 そう書いた瞬間、あれだけ落ち込んだ顔をしていたヒワがぱっと顔を輝かせて、ふわり、と僕に飛びついてきた。
「ありがとう、ササゴイ!」
 その腕の柔らかさが、かかる体重の軽さが、こうして確かに触れているはずなのに酷く遠く感じる。それは、彼女が常にそのちいさな羽で浮かんでいるからだろうか。それとも……、それとも?
 ――ヒワ。
 声にならない声で、僕の肩に手を回す彼女の名を呼ぶ。
 彼女に触れるたびに、僕の胸のどこかに、何かが燻るのを感じる。言葉を交わすたびに、燻りは深く深く僕の内で広がっていく。
 こんなもの、夢なんだから、早く覚めて欲しい。
 僕は、ちぐはぐな即興劇(エチュード)を、いつまで続けていなきゃならないんだ?
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#桟敷城ショウ・マスト・ゴー・オン!
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●幕間:パロット発電

パロット:やっぱり、城の主であるササゴイ様がしゃべれねーってちょっと不便だよな? 
ササゴイ:『それなりに不便』
パロット:だよなー。紙に書く以外にいい方法ねーかなー?
ヒワ:あっ、パロットって、確か電気びりびりーってできなかったっけ?
パロット:おう、そのくらいなら朝飯前だぜ!
ササゴイ:(そんなトンチキ能力あるのか、という顔)
ヒワ:それで、ササゴイのスマホを充電したら、アプリ経由で読み上げできるんじゃない?
パロット:スマホ? アプリ? 何だそれ?
ササゴイ:(既に充電の切れたスマホを示す)
パロット:あー、その、ちっちゃい端末?
ササゴイ:(頷く)
パロット:よーし、俺様のパワーを見せちゃるぜ! よいしょー!

 電撃を受けて、ばちん、と音を立てるスマートフォン。
 続けて漂ってくる、焦げ臭い香り。

パロット:……………………。
ヒワ:…………………………。
ササゴイ:……………………。
パロット:ごめん。
ササゴイ:『素直でよろしい』
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#桟敷城ショウ・マスト・ゴー・オン!
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IFTTTを使ってDiscordにてがろぐの更新情報を流すことに成功した。ありがとう偉大なる先人たちよ。
こういうガジェット使いこなせるようになりたいな~というのは心から思うところ!
もっとなんかいろいろ遊べるといいなあ。今はぜんぜん思いつかないけど……。
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笹垣五月については後で虚構作劇会としてまとめるけど雑多な設定メモをこちらに。
ちょこちょこ加筆していって、後でぎゅっと圧縮する予定。

▼笹垣五月(ささがき・いつき)
病で声を失った若き舞台俳優。年齢は多分30前後。
声を失ってから芸能界を退いて腐っていたが、何だかよくわからない異世界で色々あって、ちょっと元気と勇気が出た。
今は声が出なくてもできることはあるはずだ、と再び舞台に立とうと足掻いている真っ最中。
演技にはストイックだがそれ以外のことにはあまり頓着しない。理想の芝居のために色々と削り落としすぎてしまったっぽい。
普段は携えている電気式人工咽頭で喋る。

五月、経歴はぼんやりしてるんだけど、そもそも役者として有名になったきっかけは、仮面ライダー的な特撮のいわゆる2号ライダー役だったという謎の設定があり、そのあとは本格的に舞台に活躍の場所を移したというおはなし。
役柄としては主役よりもその脇を固める役柄が多い印象。
舞台でやっと安定して仕事ができるようになってきたころに病気で声を失ってしまって、芸能界を一度は去り、そして色々あって再び戻ってきた感じ。

性格……性格……???(桟敷城を読み返しながら)
頭の中ではよく喋ってるしどちらかというとツッコミ気質だと思うんだけど、実際にツッコミに移す勇気はないかもしれない。
元々素はシャイというか、あまり自分を表に出すのが得意ではないところはある。
ただ、気を許した相手を前にすると突然大胆になったりするのでよくわからないんだよな……わからない……。
自分でもその突然の大胆さを制御できなくなったりして慌ててるので多分天然なんだと思う。
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今日までマンション人狼をやらせていただいており!
勝てました!! やったぜ!!
いやこれは人狼がめちゃ強かったありがとうございます(完全に勝たせてもらったC国狂人)。
騙りしなくてよいと思ったけど事実上足音の騙りになるのでめちゃめちゃ頭使うなこれ……!!
いきなり賢者と狂人の真っ向対決になっちゃって「ひえー」って顔をしてしまったし、
直後賢者が吊られたので、想定していなかった狼陣営の目が点になっててげらげら笑ってしまった。
でも言葉で説得しないでいいのはやっぱり心が楽だよ~。楽しかった~!!
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●Scene:03 魔王、姫、吟遊詩人

 桟敷城。
 それがこの「城」の名前であるらしい。
 照明も装飾もぎらぎら輝きながら、どう見ても張りぼてだとわかってしまうちっぽけな舞台に反して、やたらと数だけは多い観客席によってできているこの建築物について、詳細は何一つわかっていない。ただ、僕が望みさえすれば――何故かヒワが渡してきた金と引き換えに、様々な形に変えることができるのだそうだ。
 そして、「できそこないの世界」と呼ばれているらしいこの世界において、魔王とは、一週間に一度、次から次へと現れる勇者相手に商売を営むものであるらしい。どういうことだ。
「そういうものなんだ。あたしもその辺の仕組みは、実はよくわかってない」
 ヒワはそう言って唇を尖らせた。今、僕らがいるのは舞台裏で、今日は勇者を迎え撃つ日だ――と、僕は認識している。まあ、夢の中なので、時間の感覚が曖昧なのは当然だろう。というか、この夢早く覚めないかな。
「そんなわけで、桟敷城を経営するのが、魔王様の役目なんだ」
 はあ。
 つい溜息をつきながら、僕は、手元に置かれたメモ帳にペンを走らせる。
『経営、具体的に何を?』
 この桟敷城に元からいた二人――ヒワとパロット。どう見ても日本人じゃないこの二人に筆談が通用するかは正直不安だったのだが、どうやら普通に日本語は読めるらしい。
 というより、お互いに別の言語を喋っていても通じる、不思議な仕組みが働いているのかもしれない。ヒワは最初から僕にわかる言葉で語りかけてきたが、パロットの言葉は日本語のようであって、時々英語のような発音が混じって聞こえる。要は、頭の中に自動翻訳機能が入っていて、僕の知っている言葉に訳しきれないニュアンスだけが本来の音声で伝わってくるような感覚なのだ。これも夢だからだろう。そういうことにしておこう。
 かくして、何故か僕に「さらわれた」ことになっているが、実際には僕よりも前にこの桟敷城にいたお姫様・ヒワが、背中の小さな羽根を広げ、鮮やかにドレスの裾を翻し、その肩書きに相応しくどんと仁王立ちして――前言撤回、これ全然「お姫様」には相応しくなかった――言う。
「勇者にものを売るのだ! と言っても、うちは劇場だからな。どちらかといえば、乱暴な勇者様を狙って桟敷城に引きずり込んで、楽しんで帰ってもらう、みたいな感じと思ってくれればいいよ。それで手に入ったお金で、桟敷城を改築! ついでに演者も雇っちゃえ! って感じでお金を回していくのだ。その辺の管理をするのが、魔王ササゴイ様の役目なのだよ」
 どんな世界なんだよここ……。魔王と勇者の関係性がさっぱりわからない。普通に商売をする人間とその客、って考えればよいような気はするが。要は稼いだ金で劇場を立派にしながら、その立派さに見合う役者をそろえて、勇者たちを楽しませる。で、次回作のチケットもしっかり買わせて、その金でまた以下略。そういう感じだろう。
「あっ、ちなみにこの世界、あと十四週くらいで滅ぶんだった」
 ――はあ?
 声が出ないとわかっていても、思わず口を開いてしまった。
『なぜ?』
「んー、何か神様が云々とか色々あるみたいだけどあたしはよく知らないんだ。パロットは?」
「えっ、俺様に聞く?」
 あっちこっちをうろうろ落ち着きなく歩いていたのは、派手な頭をした男――ヒワ曰く「吟遊詩人」のパロットだった。
 舞台上にいる時にはそこまで気にならないが、こうして同じ床の上に立っていると、僕より断然背が高く、肩は張り出していて、腕は太いし胸板も厚いとわかる。要するに「身体を使うために鍛えている人間」だ。今の僕なんて片手で捻り潰されておかしくない。吟遊詩人というか、これ、どちらかというと武器持たせて護衛にしておいた方がいいんじゃないか、というレベル。実際、時々舞台をぶち壊そうとする勇者を殴る。
 でも、歌がやたら上手いのは初日から明らかだし、今だってとんでもなくいい声で鼻歌を歌っていたのだから、人は見かけによらない。ついでに、こんなでかくて派手で強そうなやつだが、とても人懐こくていつもニコニコしている。楽しそうなのはいいことだ、が。
「俺様の鳥頭ご存知でしょ? 人の話なんて覚えてるはずねーだろ」
「だよね。うん、期待してなかった」
 大丈夫、僕も期待していなかった。
 このパロットという男、しばらく一緒に過ごしてみてわかったが、本当にとんでもない鳥頭だ。三歩歩いたら、どころか次の言葉を聞いたら前に聞いた言葉が完全にすっぽ抜けるレベル。と言っても何もかもを忘れるわけではなく、自分の興味のあることにはめちゃくちゃ食いついてくるし、言われたことも忘れないので、要は人の話をろくに聞いてないってだけなんだと思う。
「ともかく、もうすぐ世界が滅ぶらしいんだけど、何かもしかすると魔王様が頑張るとどうにかなる、かもしれないらしい」
 今の言葉、何一つとして確定情報がなかったぞ。大丈夫かこれ。
 僕の呆れと不安を察したのか、ヒワは腕をぶんぶん振り回し、ついでに背中の羽もぱたぱたさせて十センチくらい浮かび上がる。こんな小さく頼りない羽でも、この劇場の中に限っては自由に飛べるという辺り、やっぱり夢ってすごいなー。
「大丈夫だ! 魔王ササゴイ様ならなんとかしてくれる! なにしろ強くてかっこよい! そして金を稼ぐセンスもばっちりだ! きっと!」
 僕は強くもかっこよくもないし、ついでに金を稼ぐセンスがあったら、今頃家でごろごろしながら株かFXか何かでもう少しよい暮らしをしていていいと思う。そういうセンスがないから、コンビニ飯でぎりぎり食いつなぐような羽目になってるんじゃないか。
 そう、そうだ。
『なぜ、私が魔王なんだ?』
 これが、この一週間を過ごしてみた僕にとって、未だに解決できてない謎だ。ちなみに書き言葉で「私」なのは正直「僕」ってやたら画数多いし、「ぼく」ですら「私」と画数が変わらないからだ。
 すると、ヒワはにひっ、とお姫様らしからぬ笑い声を立てて、白い歯を見せる。
「なんでだと思う?」
 わからない。わからないから聞いてるんだ。
 もちろん、ヒワだって、僕が答えを持たないことはわかっていたんだと思う。空中でステップを踏んで、スカートの裾がくるりと回る。
「実は、その答えは、この脚本にまるっと書いてあるのだ!」
 言って、ヒワは「ばばーん」と口で言いながら、どこからか分厚い一冊の本を取り出す。表紙には手書きで「さじき城の魔王」と書かれていた。――『桟敷』が書けなかったんだろうな。僕も手で書けと言われたらちょっと不安だ。というか多分無理だ。桟敷の「桟」が多分木偏だったことくらいしか思い出せない。
 とりあえず、渡された本を小脇に抱えて、メモ帳にペンを走らせる。
『君が書いた?』
「そう、あたしが書いたんだ!」
 つまり、何もかもはヒワが描いたシナリオ、ってことか。この世界の仕組みはヒワの認識の外のようではあるが、最低限、この桟敷城での役割に関してはヒワの手の上にあるらしい。
 手の上、とわかったところで不満があるわけではない。何一つ、目的もないままに、この意味不明な夢の中で生きていくくらいなら、何か役割を与えられていた方がずっと気が楽だ、とも思うのだけれど。
 表紙をめくり、少しだけ、脚本に目を通してみる。魔王ササゴイは天空の姫ヒワを攫い、己の城である桟敷城に軟禁する。ササゴイがヒワ姫に望んだことは、己を楽しませること――。どこかで聞いたような筋書きだし、正直面白いのかどうか、この数ページを見ただけではさっぱりわからない。
 ただ、それでも、一つだけ聞いておかなければならなかった。
『私も、舞台に立つのか?』
「え?」
 魔王ササゴイに台詞はなく、ト書きだけが記されている。後で書き直したのか、それとも最初から知っていたのか。それは僕にはわからない。わかりたい、と思うわけでもない。
 それでも。
『立たなきゃ、いけないのか?』
 僕の問いかけに、パロットは首を傾げた。僕の「言葉」の意味をわからなかったに違いない。けれど、ヒワは。
「ササゴイが嫌なら、強要はしないよ」
 一瞬。ほんの一瞬だけど、どこか、失望したような……、否、少し違うような気がする。とにかく、何か苦いものを飲み込んだような顔をして、それから、にこりと笑う。今度こそ、絵本の中に出てくる「お姫様」のような、完璧な笑顔で。
 そして――ヒワは両腕を広げる。ヒワの影から、僕の影から、何人もの人影が生まれる。たった三人であったはずの舞台裏に、幾人もの、言葉通りの「影」の演者が現れる。
 それらを率いて、姫君は笑う。ただそこにいることしかできない僕の心を、まるで見透かすように。
「魔王様は、舞台に立たなくたっていい。でも、あたしたち『黄昏劇団』は、桟敷城の魔王ササゴイのものなんだ。だから――君が導いて、魔王様。お願い」
 その言葉に、僕は頷くことも、首を横に振ることもできなかった。
 ただ、手の中の脚本の重みを。未だ中身も定かではないシナリオの重みを、確かめることしかできなかった。
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#桟敷城ショウ・マスト・ゴー・オン!
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というわけで「魔王」ササゴイのちょっと不思議な物語『桟敷城ショウ・マスト・ゴー・オン!』を公開開始しました。
元々は霧のひとの定期更新型ゲーム『四畳半魔王城』の日記だったんですけど、結構話としてまとまっていると思うのでお気に入りなのですね!
(ゲーム自体はちょっと途中で脱落してしまったので、日記も後からまとめて書いた部分はあるんですが、それでも……)
全16話、毎日のんびりペースで追加していけるといいなぁ~!
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●Scene:02 迷宮桟敷の人々

 ――随分と長い間、眠っていたような気がする。
 
 目覚ましは鳴らない。そもそも長らく、セットなんてしていなかった気がする。その理由もなかったから。目が覚めた時に起き出して、冷蔵庫の中身を確認して、食うものがなければ近くのコンビニかスーパーに出かけて、出来合いのものを買って食べて。
 それから……、何を、しようか。
 貯金も有り余ってるわけじゃない。バイトでも何でもいい、仕事をするべきだ。案外、始めてしまえば何とでもなるだろうし、本職とバイトをいくつも掛け持ちしていた時期だってあったんだ、やってできないことはない。そのはずだ。
 そのはずだ。何度目だろう、その言葉。
 結局僕はありもしない「はず」を頭の中でぐるぐるかき混ぜながら、今日も薄っぺらい敷布団の上でごろごろしたまま一日を始めて、終えてしまうのだろう。
 本当に、僕は一体、何のために息をしているのだろう?
 とにかく、起きよう。もしかすると、もしかしたら。今日くらいは気持ちよく起きて、多少は人間らしい生活をして、それで、少しくらいは変わった一日になるかもしれない。
 そんな無根拠かつ全く信じられないことを言い聞かせながら、何とか重たい瞼を開こうとした、その時。
 
「おはよう、あたしの魔王様!」
 
 ――声?
 この部屋に、僕以外の誰かがいるわけがないのに?
 ついでに、テレビもなければラジオも置いてないんだ、Nから始まる国営放送の集金はこの前一時間をかけて突っぱねたばかりだ。スマホの電話番号を変えてからは、誰かから電話がかかってくることだってなくなった。唯一、両親と、かろうじて話のできる奴とLINEは繋がってるけれど、僕に「通話」をしてくるなんて馬鹿はいない、はずだ。
 なら、この声は、何だ?
 跳ね起きて、瞼を開いた瞬間、確信した。
 これは、よくできた夢だ。
 何しろ、僕の前に広がる光景は、夢以外の何ものでもない。
 目が覚めて真っ先に目に入るはずのとっ散らかった部屋はどこへやら、きらきら、否、ぎらぎらとした照明に照らされているのは、誰一人として座っていない無数の座席だ。そして、眼下に見える小さな小さなそれは、どう見ても「舞台」にしか見えない。きらびやかに飾り付けられた、けれどどこか張りぼてのような安っぽさを感じさせる舞台。
 その上に立っているのは、お世辞にも舞台衣装とは言いがたい、『死体』と筆文字で書かれたTシャツにハーフパンツ姿の男だ。その服装のセンスはともかくとして、橙色に近い金髪に、ところどころ青緑の房が覗く妙に鮮やかな色の髪が目に焼きつく。西洋の、しかも北方の生まれなのか、血管が透けて見えるほどに白い肌をした、けれど決して不健康そうには見えない生き生きとした顔が遠目にもはっきりと見て取れる。
 それに、何よりも。
 舞台の上で歌う男の声は、伸びやかで、晴れやかで、そうだ、聞いているだけで真夏の晴れた空の青が、長らく見上げることも忘れていた空の色が思い浮かぶ。歌詞も無い、僕の全く知らない歌だというのに、僕にはそれが「青空」を歌った歌に聞こえたのだ。
 じわり、と。目元が熱くなる。どうしてだろう、舞台を見下ろしているだけで、男の歌を聴いているだけで、胸が痛んでくる。喉がからからに渇いて、噛み締めた唇が痛みを訴えて。なのに、僕はそれを止めることができずにいる。
 ああ、こんなの、悪夢だ。悪い夢に決まっている。
 だって、僕は――。
「もしもーし? 魔王様?」
 歌とはまた違う、今度は意味のある言葉が、突然、僕の意識の中に滑り込んでくる。
 息を飲んで勢いよくそちらに視線を向けると、
「ぴゃっ」
 奇妙な鳴き声と共に、僕に声をかけた「それ」はものすごい勢いで僕から離れると、壁沿いの柱の後ろに隠れてしまう。と言っても、柱はそう大きなものではなくて、体の半分くらいは僕から丸見えなわけだが。
 それにしても、これまた、舞台の上で歌う男より更に現実感からかけ離れた女の子だった。
 年のころは中学生くらいだろうか。ふわふわと波打つ髪の毛は、金髪を通り越して柔らかな黄色、と言った趣だ。ひよこの毛、よりも更にはっきりとした黄色。大きく見開かれた目も琥珀を固めたような、きらきらと輝く不思議な色をしている。
 それ以上に、どうしても目が行ってしまうのは、女の子の背中に生えた、髪の色と同じ黄色い羽だ。張りぼてめいた座席や舞台に反して、女の子のその羽だけは、どう見ても本物にしか見えなかった。実際、女の子の警戒を反映してか、ゆるゆると閉じたり開いたりを繰り返している。
 君は誰だ、と問いかけたかった。けれど、その問いかけが声になることはなかった。夢の中なのだから声くらい出せてもよいだろう、と思うのに、ただただ、掠れた呼吸が漏れるだけだ。
 それでも不思議と、柱の後ろの女の子は、そんな僕の言わんとしていることを察したのだろう。ちょこんと顔を柱の後ろから顔を覗かせて言う。
「あっ、あたしはヒワ。古代より続く天空王国アーウィスのお姫様だ!」
 お姫様。確かに、ファンタジーRPGに出てくるようなひらひらした服装からしても、言われてみればそんな感じがする。正直自分で「お姫様」って言うものでは無いと思うけど。
 僕がそんなことをつらつら考えていると、お姫様・ヒワは僕のことをびしっと指差してみせる。柱の後ろから。人を指差してはいけないと教えてもらわなかったのか、お姫様のくせに。
「そして、君はササゴイ!」
 ササゴイ?
「ササゴイだ。ダンジョンの一角を支配するこわーいこわーい魔王ササゴイ様! 黄昏の軍勢を操る強大な魔王で、あたしをさらって、この『桟敷城』に閉じ込めたんだ」
 ササゴイ。ヒワもそうだけど、確か鳥の名前だったか。もちろん、僕はそんな名前じゃないし、魔王なんて胡散臭いものじゃない。もしかすると「無職」よりは幾分かマシかもしれないけれど。
 そして、当然ながら、こんな羽の生えた女の子を拉致監禁した記憶もない。そんな真似してバレてみろ、無職どころか豚箱行きだ。ただでさえ死んでるようなものなのに、今度こそ社会的に死んでしまう。
 ヒワと名乗った女の子は今のやりとりで少し警戒を解いたのか、柱の後ろから出てくると、僕らしか観客がいないにもかかわらず、舞台の上で朗々と気持ちよさそうに歌い続けている男に視線を向ける。男はヒワと僕の視線に気づいたのか、こちらを見上げて、にっと人懐っこく笑って手を振ってきた。
 何だあれ、という僕の思いを受け止めたのか、ヒワは首をかしげながら言う。
「あれはパロット。何か……、気づいたらこの城にいた。多分、旅の吟遊詩人。そういうことにしてる」
 自己紹介や僕に対する決め付けに反して、ものすごくふわっとした説明をされた気がする。「多分」とか「そういうことにしてる」って、普通、人に対する説明には出てこないぞ。
 言っているヒワ自身も流石に無理があると思ったのか、僕を見上げて、煌く目をぱちりと瞬きをして、そっと、秘密を打ち明けるように囁いた。
「という、役なんだ。この、桟敷城では」
 ――役。
 その言葉は、不思議と、ぐちゃぐちゃにかき乱されていた僕の心の中に、すとんと落ちた。
 そうか。どうやら、僕はこのヒワとかいう女の子曰く、既に意味のわからない「劇」に巻き込まれているということらしい。お姫様とか魔王とか、はっきり言って何が何だかさっぱりわからないし、こんな台本も与えられてない、子供のお遊戯に付き合ってやる義理もない、けれど。
「というわけで、魔王ササゴイ様! 今日から君は桟敷城の魔王として、魔王らしく振舞ってもらう!」
 びしっ、ともう一度指差されて、僕はつい、少しだけ笑ってしまった。
「なっ、何で笑うんだ?」
 だって、おかしいじゃないか。夢の中でまで、僕は誰かに「役」を押し付けられようとしている。こんな、張りぼての劇場で。
 ただ――、今この瞬間の僕を。誰でもない、それこそ形すら定かでない僕を真っ直ぐ見つめられるのは、気恥ずかしくもあったけれど、自分でもわからないままに、笑いたくなってしまったのだ。
 何で笑ったのか。その答えを僕は持たないし、仮に答えを持っていたとしても、答えることができない。それでも、多分僕の笑顔がヒワを笑ったものではない、ということは伝わったのだと思う。ヒワも、僕に向けて、どこかはにかむように――笑ってみせた。
「頼むぞ、あたしの魔王様」
 何故だろう。
 そうやって、はにかむように笑う誰かを、僕は何故だか知っている気がした。
 気がしただけ、なのだけれども。
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#桟敷城ショウ・マスト・ゴー・オン!
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●Scene:01 むかしむかし、

 むかしむかし。
 空を見上げればそこには城が浮かんでいました。
 古の天空王国アーウィス。世のあまねくを見守る役目を持つ王国の主、翼持つ姫君ヒワは、今日も空の高みから地上の営みを見守っておりました。
 空は青く、雲は白く、鳥は歌を歌います。
 鳥の声にあわせて、ヒワも歌を歌います。
 それは約束の歌。ヒワすらも意味を覚えていない、けれど「約束」であることだけはわかる、うた。
 いつからでしょうか、ヒワはどこか胸の底にぽっかりと穴が空いたような気分でいました。城の人々は優しくて、鳥はいつだってヒワと一緒に歌を歌ってくれて、何一つ不自由なことはありません。
 なのに。なのに、何か大切なものが、たった一つ、欠けているような気がしていたのです。そして、欠けた何かの代わりに、自分でも何なのか思い出せない「約束」の歌が、口からこぼれおちるようになったのでした。
 それが何なのか、わからないまま、青空に、雨空に、星空に。天空の城はただよい、主たる姫君ヒワは歌を歌い続けておりました。そんな日々が、ずっと続くのだと思っておりました。
 しかし、ある日、その平穏は破られることになります。
 黄昏時。それは、何もかもの境目が曖昧になる、魔の刻限。
 音もなく、「それら」はやってきました。
 黄昏の空と同じ色をした、のっぺりとした影が、天空の城に押し寄せてきたのです。天空の城の兵隊たちは影を押し返そうとしますが、何せ相手は影なのです。剣も槍も、もちろん弓矢も効果がありません。
 黄昏色の影たちは何も語りません。けれど、目的が姫君ヒワであることは間違いのないことでした。迷うことなくヒワの部屋に滑り込んできた影たちは、ヒワをその黄昏色の腕で捕らえてしまいます。
 かくして、姫君ヒワは天空王国アーウィスから連れ去られてしまったのです。
 ヒワが連れられた先は、天空王国からも見えない地面の底。幾重にも連なる地下道の更に深く、深く、どこまでも深く降りていった、その終点に築かれた黄昏色の城でした。
 王の間に連れてこられたヒワは、やっと解放されました。ふかふかの、けれど天空のそれとは違う、ひんやりとした黄昏色の絨毯の上に転がされたヒワは、玉座に腰掛けている、黄昏色の影ではない一人の男――この城の王らしき人物をきっと見据えます。
 あなたは、誰?
 ヒワの問いかけに、黄昏色の外套を羽織った王は、唇を開きかけて、閉ざしました。同時に、不思議なことにヒワの頭の中に声が響きます。それは、氷のように冷たく、けれどどうしてでしょう、聞いている方が泣きたくなるような声音をしていました。
『僕は「桟敷城」の魔王ササゴイ。ようこそ、天空王国の姫君ヒワ』
 どうして、自分をさらったのか。ヒワがそう問いかけると、頭の中の声は答えます。
『僕は――してたんだ。――ずっと、ずっと』
 答えは、雑音に紛れて聞こえなくなってしまいました。もう一度問いかけようとしても、魔王ササゴイは応えません。そして、黄昏色の外套を翻して、声ではない声で語りかけてきます。
『僕を楽しませてくれたまえ、お姫様。そうしたら、僕は君を解放すると約束しよう』
 かくして、黄昏色の桟敷城に囚われた天空王国の姫君ヒワは、魔王ササゴイを楽しませるために日々頭を悩ませることになりました。天空王国から見える景色の話、地面の上を駆ける動物たちの話、鳥の歌の話。何もかも、何もかも、ヒワの話は魔王ササゴイにとっては面白くもなんともないもののようでした。ヒワを離してくれる様子はありません。それならば、とヒワが本で読んだ面白い物語を語っても、ササゴイは笑い顔一つ見せません。果たしてササゴイはどんなものを「楽しい」と感じるのでしょうか。ヒワは途方にくれてしまいました。それでもササゴイは『楽しませてくれ』というのです。冷たいのに何故か胸が苦しくなる声で。ヒワは、ヒワは――。
 
 
     *     *     *
 
 
「違う、違う違う違う、そうじゃない!」
 そうじゃない、ともう一度、口の中で呟いて、それから頭を抱える。
 そうじゃないのだとすれば、どうすればいいのだろう。
 どうすれば、あの人に、届くだろうか。
 体から力が抜けていく。あと少し。あと少しを望みながら、どうしたって届かない。わかっているのに、考えるのを止められない理由も、わかっている。
 約束をしたのだ。もう、お互いに叶わないかもしれない約束を。
 
「…………」
 
 口の中、ひとつ、呟くのは遠い日の名前。
 そして、彼女は――瞼を、閉じる。
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#桟敷城ショウ・マスト・ゴー・オン!
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うーんうーん、色々と悩みながら色々をしている!
もっといろんなことをして遊べたら嬉しいなあと思っているのだけれども。
とりあえず明日以降の自分に全てを託すことにする……!
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MIU404感想:5、6話(2回目)。
5話めちゃくちゃ胸が痛くなってしまうな……。
きちんとやってるところはやってるし、その一方でそうじゃないやつもいる、っていうのがね! えんえん……。
社会が抱えている問題であるだけに、個人の力ではどうにもならない部分も大きくて。
そう、そうなんだよ、「俺がごめんねって言っても~」っていう伊吹さんの言葉がね。それに対して「見えてないんだろ」って返す志摩さんとのやり取りがさーもうさー!
今回は、見えてなかったものに気づいてしまって、ずれてしまった世界に耐え切れなくなった人の話なんだな、ということを詰め込んでぶつけてきてめちゃくちゃつらい……つらいんだよ……。いつもそうではあるんだけど、今回は特に解決しても口の中に苦みが残るお話なのである。
だからこそ、最後のマイちゃんの笑顔にせめてもの希望を抱くわけなんだけれども。しあわせになってほしい……。もんじゃ焼きおいしいね。
あとやっぱりガマさんと伊吹さんのシーンぎゅってしちゃうね。ぎゅうぎゅうだよ。ぎゅう……。

6話~! あざらしは志摩さんが好きなのでこの話がとても好き!!(それ前も書いたでしょ!!)
志摩さんの「相棒殺し」の謎を伊吹さんが追い求めるっていう構図がとてもとても好き~!! 心の底からぎゃふんといわせてやるよ~!!
「どうせわかりませんよ、本当のことなんか」。6年もの間、本当のことを封じられ続けていたんだよね……志摩さん自身もまた延々と「そうしたかった自分=そうできなかった自分」を頭の中に繰り返しながら……。えーん……。
桔梗さんちに行く志摩さんというところもね……いいよね……! 桔梗さんちの志摩さんめちゃかわいいんだよ……。
ともあれ、伊吹さんときゅーちゃんという珍しいコンビで進んでいく話というのも好きだな! きゅーちゃんが伊吹さんに引きずられているようで、なんだかんだ自分から動いている(最初は伊吹さんに煽られたからなんだけど)、というところがラブ。
きゅーちゃんがどんどん成長していて、徐々に溶け込んでいる感じもして、この物語の中で「変化していく」役割を負っているのだなあとよくわかるんだよね! 志摩さんと伊吹さんは比較的あれで完成している二人であるから……。
あと香坂さんという人物が……香坂さん……この、ありとあらゆる状況に追いつめられた結果としての、暴走なんだけどさ。きゅーちゃんが「同じ状況になったら志摩さんに言えるかな」って言ってたのが印象的だよね。そこに陣馬さんがいてくれるから、きゅーちゃんはだいじょぶだなって思えるんだけど、香坂さんはそうではなかった。そして志摩さんもそれがわかってしまったから、今もなお後悔を続けている……。
ともあれ、これもオチがね~……。6年越しに明かされた真実、本当に偶然みたいなもんなんだけど、でもそれこそが光なんだよ。香坂さんは最後に自分の正義を貫いたし、志摩さんはそれを知ることができたということ……。ね……。
でもそれを知ることができたのはやっぱり伊吹さんが志摩さんとの出会いから今まで、そしてこれからに「人生」を感じてくれたからであって。人生とはまさしくスイッチの連続であることよ。畳む
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色々できることを増やしたいとは思っているのだけど、なかなか……!
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七夕が来るたびに思うんですけど、

カササギってサギの仲間じゃないんだ……。

ずっと勘違いしてたけどカササギはスズメ目カラス科であり。
白黒にブルーが混ざったすごくかわいい鳥なんですよね。
本当に調べるまで知らなかった私が通ります。カササギ……。
ちなみに漢字だと鵲と書きますね。鷺じゃない……ほんとだ……。

どうでもいいけど桟敷城のササゴイはサギの仲間です。ペリカン目サギ科ササゴイ属。
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今日もやっぱり何もできないうちに過ぎていきそうだな~。
まあ自分が何もしなくとも誰かに迷惑をかける類ではないので、それはだいじょぶなのだけれども。
早くいろいろ落ち着いてほしいの気持ちもあり、でも落ち着くということは環境ががらっと変わるということでもあるのだなあ。
ともあれ、今は夜に楽しみを固めてるので、昼間にも何か楽しみを作るのがよいかもな~なんだろな……。
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いやー、今日は昼間はぐだっとしてたけど夜になってめちゃめちゃげらげら笑って元気出たなぁ!
日々の潤いって本当に大事だなと思いました。
アンナチュラル見られるのも本当にいいなぁ……! とても楽しい!
こうやって少しずつ楽しいことを積み上げていくことで、元気を維持するのである!
早く執筆のテンションも戻ってくるといいのだけど~。
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アンナチュラル感想:2話(2回目)。
まだ2話目なのにクライマックスなのどうなの??? 何度見てもびっくりする展開である。
死体から出来事を分析するドラマであんなにピンチになることある???
事件から三澄さんの背景がちらちらしつつ、あの怒涛の展開であることよ。
正直怒涛の展開すぎて色々頭からすっ飛ぶ。すっ飛んだ。これでも2回目だぞ。
今回の被害者の子……ミケちゃんめちゃめちゃ機転の利く子だったんだねぇ……。賢い子だ……。
最後の最後まで、自分にできる限り花ちゃんに声をかけ続けたんだろうなって思うとね。ほんとにね。
そしてあざらしはどうしても中堂さんが気になってしまうのだなあ。
あの人の完璧に厭世的で人嫌いな感じと、でもその一方で三澄さんのピンチにきっちり対応してくれる感じ……ね……。
まだあざらしも2話までしか見てないのでほんとに中堂さんの動きが読めない。
でも何か好きな予感がするよ!(好きな予感アンテナが働く)
きつい言い回しはあまり得意じゃないけど何か根底としては好きな予感がするんだよね……(そうだね!!!)
あとはやっぱり三澄さんと東海林さんのコンビが~好き!! あの気安いやり取りはめちゃたまらんものがある。
ああいう女の人書けるようになりたいな~という気持ちが強いよ……よさ……。畳む
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すぺーすあざらし。(スペースキャットの仲間)
いや、どう考えてもすぺーすあざらし案件だよ……。びっくりした……。

ともあれ今日も何もしていないけど!! 何も!! できていないけど!!
やっぱりのんびり構えると口で言っていても焦るものだなぁとしみじみ。
焦っても何もできないのは……わかっているのですが……。
何とかかんとか鼓舞しながら進んでいきたいところ。こぶこぶ。
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えへへへ、今ちょっと水面下で遊んでるので楽しくはある!
これで原稿も進めば言うことなしなんだけどな~!
まあのんびり構えることにしよう。ひとはひと、あざらしはあざらし。
雨の日だからかなんだかめちゃ頭が痛くてこれは困ってしまうことである。
薬飲んでもなかなか消えてくれないので困ったものであるなあ!
ともあれ楽しいことを増やしながらいろいろ乗り切っていけるといい。
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そういえばマンション人狼なるものを最近知ったんですが。
https://wolfort.net/wolf-mansion/

ざっとルールを読んでみた感じ、多分通常の人狼ゲームよりあざらし向きだなと思う……。
そもそも導師以外何一つ推理や役職に関わる話を大っぴらに口に出してはいけない、というルールにより、人狼サイドになったときに騙りをしなくていいというのはめちゃ気が楽である……!
一度通常の人狼ゲームをリアルではやったことはあるのだけど、人狼サイドやったときにステルス人狼しかできなかった上に結局ばれて吊られた記憶しかなく~!
なので人狼に対してとても苦手意識が強かったのですが、マンション人狼なら……できるかもしれない……ということをぼんやり考えるなどしていました。
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本日は卓だったのだけどやっぱりダブルクロスは好きだなぁ~!!
王道一直線な感じめちゃめちゃおいしくて少年少女のやり取りにつややかになります。
今回は初心者向けの布教卓なので経験者のあざらしはのんびりPC4をやらせていただいており。
少年少女をにこにこしながら眺めるお姉さんをやってるんですけどこの立ち位置楽しいです。たのしい!
なんだかんだ卓は好きだな……思うようにできなくてしゅんとしちゃうこともあるけど、遊びなのだから楽しくやれるのが一番だなというのをしみじみ感じている……。
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MIU404感想:3、4話を再び見たわけなんだけれども~!
3話の、少年たちが走る光景の瑞々しさみたいなのがすごくね……それは正しくはないんだけれど、でも彼らにとっては間違いなく青春の一ページなんだよってわかるところがまた、ぎゅっとしちゃうのだ……。だからこそ、きちんと止めないといけないものでもあって、警察サイドのひとたちの真摯さが光ってくるんだよな。みんなかっこいいんだよこれが。
そしてピタゴラ装置の話が出てくるのもここ。伊吹さんは零れ落ちるものを掴むことができるひと。九重くんはまだそれを取り落としてしまうひと。その違いが少年たちへの対応にもそのまんま表れてるのが本当に美しいなと思う……。分岐点であること……。
どうでもいいけど志摩さんが女の子の靴を確かめる時のライトの持ち方がすごく好きでした(何????)いや、あざらしちょっと手フェチというかそういうところあり……。

そして4話~~~~4話ねぇ!
この話見るたびにオチで胸がぎゅーーーーっとしてしまって泣いてしまうのだ……。
なんだろうなあ、そこまで深く理解できてるわけではないんだけど、でも青池さんというひとが死の前に何を考えていたのかってことを思うと、どうしても胸がぎゅうぎゅうしちゃうのである。最後にひとつだけ。きれいに生きたいと望みながらもきたないものに手を出してしまっていた青池さんが、最後にひとつだけ、……きれいなものを、望んだんだろうな。自分にできる最後にひとつだけ。
青池さんの物語は青池さんだけで閉じてて、結局伊吹さんも志摩さんも(もちろんその他の人たちだって)彼女の物語にはひとつも介入できなかったという話なんだけれども。その、孤独な物語の中で、それでも青池さんは最後に笑っていたのだなあ、ということを思うと本当にぎゅうぎゅうしちゃうのである!!
あと志摩さん、伊吹さんに長生きしろって言っておきながら自分はそういうことする! そういうことするんだね! って見るたびに思うよ……。そりゃ伊吹さんも怒るよ! ぷんすこだよ! 合点承知の助って合点してない証拠だよ!!畳む


そしてaruさんが星野源さんのお名前は知ってたけど顔は認識してなかった様子なのにめちゃ笑っている。
いや、あざらしもそうなんだけどね!!!!!(全然人のこと笑えないぞお前は!!!!!!)
お名前は知ってるけどマジで顔を認識していなく……今はとりあえず志摩さんの顔でなんとか覚えているような気がする状況である……。
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今日の分の300字SSは書けたので今日の作業は終了~
元々書いてあったやつをちょっと修正しただけだけど用意できたのでよし!
最近は貰った要素を上手く文章にまで広げることができずにいて、むぐぐぐぐという感じ。
もうちょっと自分の外から入ってきたものを膨らませられる、ふんわりとやわらかな発想力がほしいな~と思う。
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タイマーとしてForestを導入してみたけど使いどころがわからないな……読書かな……。
原稿もネタさえ思いつけばタイマーセットして上手く使っていきたいところだけれども~。
なんだかんだ睡眠の時にも使えそうな感じするけれども。
あざらしは睡眠時間にスマホを弄ってしまう癖があるので……そろそろ直さなきゃ……。
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今日の連絡待ち終了、何も進んでいない~!!
この時間を執筆に充てられればいいんだけれども、執筆する内容が全く思いつかないのがまた……。
ただただぼんやりとして過ごしてしまっているのでよくないなと思う!
楽しいことをちょこちょこ入れてもらってるので何とか生きてられる感じだよ~ほんとに。
なんとかかんとか上手いことやることを見つけていきたいなぁ……。
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ぼんやり何もせず過ごしていたらこんな時間になってしまった。
こんなことでこれから先、生きていけるのかはなはだ疑問!
とりあえず延々と連絡待ちをしていたりしながら過ごしています。
電話、本当に苦手……。メールも苦手だけれども……。
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そろそろ『桟敷城ショウ・マスト・ゴー・オン!』も載せてもいいかな……。
実はミストノーツの語られなかった部分がちょっとだけ語られるお話なので、
出来ればどこかには載せておきたい……。
ただし世界設定をゲームに拠ってるので投稿サイトには投げられない!
と考えてみたときに、ちょうどよくこういう場所ができたんですね~。
noteでマガジン作ってまとめてもよかったんですけど、
扱いやすさではこっちの方が上なのだなぁ~
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『霧世界報告』シリーズ・キャラクター年齢一覧

▼『空言ミストノーツ』本編時(964年)
ゲイル・ウインドワード:33歳
セレスティア:2歳
ジェレミー・ケネット:20歳
サヨ・イワミネ:35歳
ロイド・グレンフェル:47歳
トレヴァー・トラヴァース:34歳
アーサー・パーシング:32歳
ユージーン・ネヴィル:33歳
(オズワルド・フォーサイスは生存してれば37歳)

▼『錯綜レトロスペクト』本編時(969年前後)
ネイト・ソレイル:16歳
カーム・リーワード:37歳
マシュー・ブレイク:38歳
エドガー・シュルツェ:27歳

▼『はらわたの散歩者たち』本編時(969年前後)
『ヤドリギ』:27歳
アイリーン・サイムズ:16歳
『怪盗カトレア』:推定20代
デリック・ギルモア:32歳

#霧世界報告
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ぽつぽつ更新するのが面倒くさくなったので一気に追加した(我慢できないあざらし)。
『時計うさぎの不在証明』番外編と、『談話室の飛ばない探偵たち』のappendix。
このほかに旧サイトに置き去りになってた番外編あったかな……。
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●appendix / inverted

 談話室で新聞を眺めていると、扉が開く音がした。
 そちらを見れば、見慣れた金髪の男、アーサー・パーシングが半眼気味の目を向けてきた。
「今日は一人ですか、ジーン」
「ああ。訓練が終わったから、休憩してたところだ。何か?」
「いーや、別に何もねーから来ただけっすよ。茶ぁ飲みます? ついでに淹れますよ」
「では、頼む」
 それからしばらくして、アーサーは銀盆の上に二人分のティーカップと、紅茶の入ったポット、それにミルクピッチャーを載せて戻ってきた。ミルクを先にカップに注ぐのがアーサーの流儀らしいが、私は正直どちらでも構わないと思っている。
 使い古されたカップには、我々がずぼらなせいもあるのだろうが、すっかり茶渋が染み付いている。うち、いくつかはどこぞの誰かが割ってしまっていて、カップとソーサーの数が合わなくなっていたりするが、それも含めて、懐かしさと微かな胸の痛みを感じるのだった。
 自分好みに紅茶を注いだアーサーは、私の手にしている新聞を一目見て、む、と小さく唸った。
「まーた、例の殺人事件ですか?」
「何だ、アーサーが知らなかったのは珍しいな」
「オレ、昨日は傷心でそれどころじゃなかったんですって……。あー……、もう誰でもいいからオレに優しくしてほしい……」
 また女に振られたのか。何年同じことを繰り返しているのかわからないが、そろそろアーサーは自分が女――に限らず、特定の誰かと恋愛という形で付き合うことに向いていないと気づくべきなのではないだろうか。私が言えたことではないので、言葉にはしないことにしているが。
 己の紅茶を確保したアーサーがちょいと人差し指で新聞を指してみせたので、私はアーサーに新聞と交換する形でカップとソーサーを受け取る。アーサーの好みはミルク多めで甘さは控えめ。それに対して、ミルクも甘さも控えめなのが私の好みだ。どこまでも正確に私の好みに合わせられた紅茶に口をつけつつ、アーサーは長椅子に腰掛けて足を組み、新聞を広げるのを横目で見やる。
 それもまた、いつもと何一つ変わらないアーサーの姿勢ではあるが、それと同時に不思議な既視感があった。同じような光景を、私は確かに知っている。ただ、今と違うのは、アーサーの横に鮮やかな色の髪を揺らして笑う男がいたということ。それから。
「死体が発見されたのは昨日の明け方、ですか」
 過去の色あせつつある一幕から、私の意識を現在へと引き戻すアーサーの声。小さく頷きを返し、もう一口、紅茶で喉を湿してから私が把握しているだけの情報を反芻する。
「今回も以前の事件同様に、両手足と喉、それから頭を潰されていたそうだ」
「これで四件目。いやー、相変わらず首都警察は無能なこって」
 アーサーはふんと鼻を鳴らして、片手に紅茶のカップを手にしながら、テーブルの上に広げた紙面に視線を走らせる。
「犯人の手がかりはなし、被害者に明白な関連性も見当たらない、と。強いて言えば、被害者は全員が五十代以上の、それなりにいい暮らしをしてた連中ってことくらいですかね」
「ただ、報道を信じる限り、金銭目当ての犯行でないらしい。被害者からは何一つ、所持品は奪われていなかったそうだ」
「奪われたものは命だけ、と。それにしたって、悪趣味な事件ですけどね」
 とん、と。アーサーの指先が新聞の一点、被害者の殺害状況を指す。
「ただ殺されてるだけじゃあなくて、わざわざ手足と喉と頭が潰されてるんでしょう? しかも、手足を潰されてから喉を潰されて、その後頭蓋を割られてるってとこまでわかってる。つまり、被害者は痛みや失血で意識を失ってさえいなければ、一つ一つ、自分の手足が奪われていくのを見せ付けられた挙句に、悲鳴を奪われて、それから頭を潰されて殺されたってことですよね。正気の沙汰じゃない」
「どういう殺害手段であれ、殺人者が正気であるとは思えないがな」
 アーサーは「ははっ」と笑い声を漏らし、紅茶を一口飲み下してから私を見据えてくる。魄霧汚染による褪色が始まっている、過去の記憶よりも遥かに淡く煙る青い瞳で。
「じゃ、オレら霧航士(ミストノート)も正気じゃないってことっすよね」
「当然だ。我々はとうに女神の戒律を破っている罪人だ。正気であるはずがない」
 返事をする代わりに、アーサーはどこか皮肉げな笑みと共に軽く肩を竦めてみせた。それでも明確な反論が無い以上は、私の言わんとしているところを理解はしてくれたのだろう。何せ、同期の中でも私とアーサーは思想の面では最もかけ離れた位置にいる。故に、私とアーサーが同じ考えを辿ることはありえないが、それでも、こと我々の立ち位置について言うなら、辿りつく結論だけは同じだと思っている。
 我々は霧航士で、つまり殺戮者だ。今までは戦争という大義名分を掲げてきたが、戦争が終われば己の罪と向き合うことになるだろう。
 そして、その日は決して遠くはない。
 アーサーはその日が来た時、果たして何を思うのだろうか。そんな思いをめぐらせながら、口はほとんど無意識に言葉を紡いでいた。
「……なあ、アーサー」
「何すか、リーダー?」
「随分前にも、こんな風に話をしたな。新聞に載っていた連続殺人の話を」
「ああ、あの、結局迷宮入りしちまった事件ですよね。あれは、未だにオレももやっとしてるんですよねー」
 言われてみれば、そうだった気がする。殺人を実行に移した犯人は捕まったが、結局、死体から奪われた脳を「買った」人間は見つからなかった。私はその後の話を聞いていないし、アーサーもそれ以上を知らない以上は本当に迷宮入りしたのだろう。
 かつてこの場で語られた話の中に、真実の一端は混ざりこんでいただろうか。どうしようもなく不謹慎で悪趣味な素人推理でしかなくて、おそらくその大半は妄想でしかなかったのだろうけれど、つい、記憶の糸を手繰り寄せずにはいられない。
 思い出されるのは青く染まった、煙草を手挟む指先。立ち込める煙草の香り。そして、二度とこの場に戻ることはない声。私は、誰かのような絶対の記憶力を持つわけではないから、それらをもはや霞んだ断章のようにしか思い出せずにいるけれど。
「あの時みたいに、推理ゲームでもしてみるか?」
「はっ、ジーンの方から切り出されるとは思いませんでしたよ。不謹慎だとは思わないんです?」
「不謹慎は今更だろう。……本当に、今更だ」
 アーサーは「そうですね」と認めてくいっと一気に紅茶を飲み干し、カップをいささか乱暴にソーサーの上に投げ出す。それから、元より下がり気味の眉を更に下げて苦笑いを浮かべてみせる。
「でも、オレら二人きりで推理したって楽しかねーですよ。人の話をろくに聞かねー鳥頭も、神出鬼没の白ゴキブリも、とぼけた天才様もいねーんですから」
「それもそうだな」
 もはや時計台に残っている第二世代霧航士は私とアーサーだけだ。
 トレヴァー・トラヴァースは交戦中に乗機『ロビン・グッドフェロー』と共に消息を絶った。とはいえ、彼と彼の乗機の真価は「隠密」ということもあって、霧航士たちの間では「あのゴキブリが死んだとは思えない」と言われている。
 しかし、特に深い理由もないものの、私は彼が死んだと確信している。最低でも、二度と彼を目にすることはないのだろうと思っている。
 また、ゲイル・ウインドワードも同時期の「決戦」で重傷を負い、療養のために乗機『エアリエル』と共に、西の果て、サードカーテン基地に転属した。おそらく、身体以上に精神が限界を訴えていたのだろう。私が時計台で最後に目にしたゲイルは、己を「英雄」と賞賛する声を聞きながら、今にも霧の海に飛び込みそうな顔をしていたから――せめて、静かな辺境の地で彼の心が少しでも癒えることを祈ることしかできずにいる。
 そして、オズワルド・フォーサイスは霧の海に墜ちた。それ以上、語るべきことはない。
 一人、また一人と失われていく。霧航士とはそういうものであると覚悟はしていても、彼らが確かにここにいたという痕跡は、私にとって微かな、しかし確かな痛みとして感じられるのだ。
 果たして、アーサーは彼らがここにいないことをどのように感じているのだろうか。問うてみたくはあったが、アーサーが素直に答えてくれるとは思わなかった。半眼を少しだけ細めて、皮肉げな笑みと軽薄な調子ではぐらかすに違いない。アーサー・パーシングがそういう男であることくらいは、流石に、理解しているつもりだ。
 すると、アーサーはとカップの縁を指でなぞりながら、ぽつり、と言葉を落とす。
「ああ、でも、一つだけ。こいつぁ推理ともいえない、単なる妄想ですけど」
 視線をテーブルの上の新聞に向け、アーサーは、いつになく低い声で囁く。
「……オレ、今回の事件は『見立て殺人』なんじゃねーかと思うんですよね」
「見立て殺人?」
「ジーンはご存知ないですかね。探偵小説ではよく出てくる言葉ですけど。詩や歌、物語の一節を真似るように人が殺されていくってタイプの話、知りません?」
 そのような話は確かに読んだことがある。童謡をなぞらえる形で、一人、また一人とその場に集った人間が殺されていく。一人は鳥のように両腕を広げて壁に張り付けられ、一人は花のように地面に血痕を広げて――、と、あまり心地のよい話ではなかったと記憶している。そもそも探偵小説なんて人が殺されるところから始まる話なのだから、心地よいものではないわけだが。
 アーサーはそんな探偵小説の主要人物であるかのごとく、顎に手を当てて、伏し気味の目を細めてみせる。
「この連続殺人の犯人は、必ず被害者の四肢を潰して、喉を潰して、それから頭を潰してる。ただ殺すだけなら不要な手続きじゃねーですか」
「しかも、以前の『脳無し』殺人事件と違って、被害者から何かを奪うわけでもないのに、わざわざ手間をかけている、ということか」
「そう。だから、この『殺し方』そのものが何か特定のものに見立てたもの、ある種の『犯人からのメッセージ』なんじゃねーかなって思ったんですよ。……何に見立てたものなのかは、オレには皆目見当もつきませんけどね」
 アーサーは顔を上げて、へらりと笑う。話はこれで終わり、ということだろう。なるほど、我々二人では、話はそうそう愉快な方向に膨らんではくれない。ただただ、私の脳裏に大事なものを一つずつ奪われていく誰かのイメージが焼きつくだけで。
 もちろん、四肢を奪われる感覚を、声を喪う感覚を、頭蓋を割られる瞬間を、私が本当の意味で理解することはできない。私の両手足も、喉も、もちろん頭も、今もなお私のものとしてここにあるが故に。それでも、それが想像を絶する苦痛である、ということくらいは想像できる。痛覚を遮断できるように訓練された私でも、途中で痛みを自覚してしまう程度の、苦悶と、灼熱と、絶望であるに違いない。
 しばしの沈黙の後、アーサーが深く息を吐き出して、己のポケットからシガレットケースを取り出す。しかし、その中には細かな装飾の施されたライターが納まっているだけだった。ちらり、とアーサーの淡い色の視線がこちらを向く。
「すいません、ジーン、煙草くれません? オレ、切らしちゃってて」
 つい、沈みかけてしまっていた意識を引き上げて、「ああ」と自分の煙草の箱から一本引き抜いてアーサーに渡す。アーサーは己のライターで先端に火を灯し、吸い口に唇をつけて――思い切りむせこんだ。
「うえ、重っ。ジーン、こんなの吸ってましたっけ?」
「最近はな」
 自分の分の煙草にも火をつけて、決して慣れることのできない、苦く重たい煙を吸う。この苦味が好みかと問われれば全くそんなことはない、が。
「……でも、そうですね。こいつは、懐かしい匂いだ」
 そう、この重く沈む匂いだけは忘れたくないと思っている。
 忘れてはならないと、思っている。
 ――全てが終わる、その時までは。
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#談話室の飛ばない探偵たち
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●appendix / about Eugene Neville

 ユージーン・ネヴィル。俺たち第二世代のリーダーだ。俺は案を出すことはできるが物事を決定するのは苦手で、トレヴァーもああ見えて上から命令されることで能力を発揮する、典型的な「兵隊」だ。アーサーは後から正規霧航士として認められたパターンだし、ゲイルは、うん、考えるまでもなく論外。というわけで、第二世代で生き残ってる奴の中でもジーン以外にリーダーを務められる奴なんていない。
 ジーンは、霧航士としては凡庸と言っていい。いや、凡庸って言ったって、翅翼艇に乗れて正規霧航士として認められてる、って時点で十二分だけど、それでも尖った奴の多い第二世代じゃ肩身が狭いとよく愚痴っている。まあ、同期が二強のゲイルとトレヴァーだしな……。アーサーも、補欠だったのは単純に運が悪かっただけで、能力は平均以上だし。
 ただ、霧航士としての能力とは別に、ジーンは、状況把握からの行動選択がめちゃくちゃ早い。行動選択が早いのはゲイルもそうだが、ジーンのそれは全体を見た上で、それぞれの方針を決定する能力だ。自分しか考えられないゲイルとは完全に一線を画している。
 それから、覚悟が決まっている、って言えばいいのかな。東国の言い方を借りるなら、腹を切る覚悟。どこまでも俺たちを尊重し、一方で、いざって時には、俺たちの分まで全ての責任をとる覚悟。もちろん、本人がそう言ったわけじゃない。でも、俺たち第二世代は、ジーンのそういう姿勢も含めて、あいつを「リーダー」と認めている。
 何でだろうな。ジーンが全部背負う理由なんて何一つないのに。あいつは、色んな事に真正面から悩みながら、自分が背負って当たり前だってことだけは疑ってない。元とはいえ修道士だし、まさしくその姿勢は「殉教者」のそれかもしれない。己の信ずるもののためになら、手を血に染めて、その身を捧げることすら辞さない。そういう奴だよ、ジーンは。
 
(語り手 オズワルド・フォーサイス)
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#談話室の飛ばない探偵たち
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●appendix / about Arthur Pershing

 ――アーサー・パーシング?
 うん、アーサーは面白え奴だよな。親父さんが軍の偉いさんなのに、親の七光りだって思われるのが嫌だから、わざわざ霧航士になろうって思ったんだってさ。霧航士って生まれも育ちも金も関係なく、完全に能力だけで選抜されるからな、霧航士になれれば、そいつはアーサーの実力であって親父さんの威光じゃねーってのは誰にでも明らか、ってわけ。
 で、結局、霧航士としての才能も実力もあったんだけど、色々と運が悪くて、っつーか、アーサーって全体的に運がねーんだよな。霧航士になった後も貧乏くじ引かされまくってるし、女運もよくないし、この前なんてやっとこさ射止めたと思った女に金だけむしり取られて捨てられてたからな。流石に俺様もあれは同情して酒奢っちゃったもん……。
 って、俺、今まで何の話してたっけ? まあ、アーサーの話ならいいんだよな。
 あいつ、色んなこと知ってるし、耳が早いっつーか、最新の情報を捕まえてくんのが得意だから、話してて楽しいぜ。言うこと時々わけわかんねーんだけど、時々わけわかんねーのはオズも一緒だし、別に困ってはねーよ。頭の働くスピードと、頭の使い方が俺様とは根本的に違うんだろうな。高速演算、並列思考型だっけ? 何か、そういう分類らしいぜ。
 だから、乗ってる翅翼艇も、本体に加えて並列で三つの子機を操る『キング・リア』ってやつ。前に乗ってた第一世代のねーちゃんが蒸発しちまって、それでアーサーに正規霧航士の肩書と一緒にお鉢が回ってきた、ってわけ。あれ、かーっこいいんだよなー。でも、あんなすげー船操れるのに、いつもオズには喧嘩腰なんだよな。オズはそもそも翅翼艇に乗れないんだから、比較なんてできねーのに。その辺り、アーサーとしちゃ、やっぱり色々複雑な思いがあんだろな。俺様には、よくわかんねーけどさ。
 
(語り手 ゲイル・ウインドワード)
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#談話室の飛ばない探偵たち
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●appendix / about Trevor Traverse

 トレヴァー・トラヴァースについて、私は詳しく説明することができそうにない。
 表面上のことならば、いくつか。例えば、彼が隠密攻撃翅翼艇『ロビン・グッドフェロー』の乗り手である、とか。我々第二世代の中でも、否、霧航士全体から見ても稀有ともいえる精密飛行と精密射撃の両者を実現する言葉通りの優等生である、とか。船に乗っているときと降りているときとで、まるで別人のようである、とか。
 そう、翅翼艇を操る際の彼は、ゲイル曰く「えげつない」「ろくでもない」「いやらしい」、言ってしまえば聞くに堪えない言葉を並べ立てて、己の限界を目指し、己と並び立つ『相手』を求めて情熱的に振舞う。特にゲイルの飛ぶ姿に対する愛情は偏執的で、それ故に『エアリエル』の僚機として常にゲイルの側にあろうとする。ただ、それでいて私やオズの指示を聞き漏らすことも、理由なく逆らうこともない。そういう点において、彼は極めて真面目というか、有り体に言ってしまえば「理想的な兵隊」と言ってよいと思っている。
 一方、陸の上では神出鬼没かつ気ままな、猫のような生態をしている。ついでに、ゲイル個人のことは毛嫌いしている。これはトレヴァー自身の言葉だが、彼が一番嫌いなものは「何でもできると根拠もなく信じていて、実際にできてしまうタイプ」らしい。要はゲイルのことであり、つまるところトレヴァーの本質は努力家なのだろう。その努力は見せないけれど。否、それだけじゃない。彼は何も見せないのだ。本音も、感情も、背景も。
 霧航士としては、兵隊としては、有能さを示せば十分だろうとトレヴァーは笑ってみせるし、霧航士の誰もが彼を「そういうものだ」と認めている。
 それでも、私は、彼に対して興味を抱くことを止められずにいる。その温度を欠いた皮膚の奥に隠したものの正体を、知りたいと希うのだ。
 
(語り手 ユージーン・ネヴィル)
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#談話室の飛ばない探偵たち
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●appendix / about Oswald Forsyth

 嫌な奴ですよ。存在が嫌味にもほどがある。何しろ、あいつは本来なら「霧航士には成り得ない」。翅翼艇を操れない奴に正規霧航士の肩書きを与える余裕なんて、霧航士隊にはないんです。オレが、他の連中が蒸発するまで長らく補欠扱いであったように。
 それでもオズワルド・フォーサイスは例外中の例外、前代未聞の「特別枠」の霧航士なんですよ。絶対記憶能力に分割並列思考、高速演算能力。それに生まれながらの特殊能力、一定の入力から限定的な未来予測すらも可能とする『虚空書庫』。完全に人間を辞めてるとしか思えない天性の才が、オズを航法士兼銃手専門の霧航士たらしめてるわけです。いやあ、マジで天才って羨ましいですよね。
 あ、こうは言いましたけど、別にああはなりたくねーですよ。翅翼艇に乗るたびに、蒸発とは別に脳死の危険性があるとか、正直やってられませんよ。怖すぎるでしょ。
 それと、あいつ、あんなに頭の回転速いのに、めちゃくちゃ鈍くさいんですよね。なまじ頭の回転が速すぎるだけに、体が全く反応できてない、みたいな……。いや、もしかすると、体だけじゃなくて人格もついてきてないんじゃねーですかね。ほんと、何であんなに不器用なんでしょうね。朴訥で、生真面目で、悲観的。でも、めちゃくちゃ素直で、いつだって、誰かのいいところを褒めて回ってるんですよ。それは俺にはないもので、素晴らしいものだ、って。
 つまり、嫌な奴だけど……、いい奴、ですよ。嫌な奴、っていうのはあくまでオレの僻み、個人的な感想ってやつなんで、あんま気にしないでください。
 まあ、仲良くしてやってくださいよ。あいつ、ほっとくと延々と一人で絵描いて遊んでる引きこもりなんで。遊び相手があのゲイルだけじゃ、かーなーりー、不安なんで。
 
(語り手 アーサー・パーシング)
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#談話室の飛ばない探偵たち
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●appendix / about Gale Windward

 ゲイル・ウインドワード! 素晴らしいよ、彼は! どれだけボクが腕を磨いても、不要な部分を削り落としていったとしても、きっと全力の彼には敵わない。彼は、紛れもなく、飛ぶために生まれた生物だ。偶然、人の姿を取って生まれてしまっただけで、ね。
 君は知らない? 彼の飛ぶ姿を間近で見たことがない? それは人生を十割損していると言ってもいいよ! つまり生きてる価値がないね! そのくらい、彼の飛ぶ姿は――美しいんだ。ああ、どんな言葉も彼を形容するには足りない。単なる美辞麗句じゃあ意味がない。彼が『エアリエル』の翼を広げた瞬間、ボクの目に見えていた世界がどれだけ狭いものか、気づかされたんだ。ああ、この魄霧の海はあまりにも広く、それでいて彼はその全てをもってしても満足しないだろう。いつか、ボクらの遥か頭上を覆う天蓋にも辿り着いて、そこすらも突き抜けてしまうかのごとき飛翔。翅翼艇の機能をもってしても逆らいきれないありとあらゆる物理法則も、彼にとっては何の障害にもならない。吹き荒れる嵐ですら、ゲイルにとっては祝福と歓喜の歌声でしかないんだ。本当にそういう風に「聞こえる」んだよ、それが彼の能力の一つだからね。
 もちろん、彼が自由に飛べるのは相棒の存在があるからだ。オズと共に在ってこそ、ゲイルは全力で飛べる。誰よりも速く、誰よりも高く、霧の海を駆けてゆくことができるんだ。何の憂いもなく、何の迷いもなく、ただ歓喜の声をあげながら――。
 えっ、そういうことが聞きたいんじゃない?
 ……ゲイルの、人となりの評価?
 ボク、前から思ってたんだけど。あれの頭の中、脳味噌の代わりに東方の豆腐とかいう白くてぷるぷるしたやつが入ってるって、絶対。
 
(語り手 トレヴァー・トラヴァース)
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#談話室の飛ばない探偵たち
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●番外編:チョコレート・パラノイアその後

「南雲くん、嬉しそうですね……」
「そう見えます?」
 来客用ソファに寝そべって長い脚をぶらつかせる南雲彰は、普段通りの死人のような顔色に仏頂面、という「嬉しそう」という言葉とは完全に無縁な顔をしていた。
 しかし、五年間南雲を観察し続けてきた神秘対策係係長・綿貫栄太郎は「ええ、とても」と深々と頷いてみせる。
 人一倍豊かな感情を抱えながら「表現する」という能力を欠いて久しい南雲は、それでも意外なほどにわかりやすい男である。表情ではなく全身で感情を表現する犬や猫のようなものだと思えばわかりやすい。
 というわけで、南雲は今、かわいらしい小さな箱を、天井に向けて伸ばした手に握り、綿貫にしか見えない架空の尻尾をぶんぶんと振っていた。相方の八束ほどではないが、南雲も比較的犬っぽいところがある。ごろりと転がったきりなかなか動かないところは、犬というよりアザラシのようにも見えるが。
 スキンヘッドに黒スーツという恐ろしげな見かけに反し、かわいいところもある――というか実際は女子高生みたいな感性の持ち主だ――部下に、綿貫はほほえましさを覚えずにはいられない。
「それ、八束くんにもらったんですか」
「そうですよー。あの八束ですよ? バレンタインって言葉もろくに知らなかった、あの八束ですよ?」
 仏頂面ながら、南雲の声は弾んでいた。どうやら本当に嬉しいらしい。とはいえ、そこに含まれる喜びは「女の子からチョコレートをもらった」という喜びではなく、「バレンタインのバの字も知らなかった同僚がついに人並みに行事に参加するようになった」ことへの喜びであることは、あえて南雲に確認せずとも明らかだった。
 ちなみに南雲はこれで女性から貰うチョコの数には困っていない。ただし、その全てはいわゆる「友チョコ」というやつらしい。何しろ昼休みに女性職員のガールズトークにしれっと混ざっているような男だ、要するに男だと思われていないのだろう。
「僕も八束くんから貰いましたけど、南雲くんのとは別のチョコみたいですね」
 綿貫は南雲にも見えるように、箱をかざしてやる。中に入っているのは、トリュフチョコレートが三つ。本当は四つだったのだが、一つは既に綿貫の腹の中に収まっている。「甘いものは本腹、そして本腹が満たされたら別腹、別腹が満たされる頃には本腹が空いてる」という謎の永久機関を提唱する超甘党の南雲ほどではないが、綿貫も甘いものは好きなのだ。
 南雲は物欲しげに綿貫のチョコレートを睨んだが、流石に人のものを奪わない程度の節度はあるらしく、上体を起こして自分の箱に視線を戻す。
「じゃ、こっちの中身は何なんでしょね」
 本人に確かめようにも、八束は今日の事件の後始末を終え、既に帰宅している。仕事もないのにだらだら残っている南雲の方がおかしいのは、気にしてはいけないお約束である。
「気になりますね。見せてもらえますか?」
「いいですよぅー」
 南雲は箱にかかっていたリボンをはずして、鼻歌交じりに箱を開く。
 そして、速攻で閉じた。
「どうしたんですか?」
「……なんか、いたたまれなくなった」
 南雲は、ぼそりと呟いた。そして、ソファから身を乗り出して、そっと綿貫にチョコレートの箱を差し出す。
 綿貫は南雲から箱を受け取ると、恐る恐る蓋を開ける。
 すると、六対の目が綿貫を見上げてくる。
 そう、それはチョコレートだった。確かにチョコレートだった。
 ただし、綺麗な球面を描くチョコレートは全て、デフォルメされた動物の顔をしていた。ワンちゃん、ウサギさん、リスさん、パンダさん、ブタさん、そしてアザラシさん……。かわいいチョコレートの動物たちが六匹、蓋を開けた者をじっと見つめているのである。そりゃあもう、きらきらと光るつぶらな瞳で。
「いたたたたまれないでしょ」
「確かに……。やたらかわいいですが」
「かわいい。めっちゃ好み。俺の趣味を反映させられるまで八束の気遣いレベルが上がってたのにもびっくりだけど、でもさあ」
 ――これ、食べるのめっちゃ躊躇われますよね?
 南雲の問いに、綿貫は重々しく頷くことしかできなかった。
 
 
 翌日、八束に「食べてくれないんですか?」と潤んだ子犬の目で見つめられ、「ごめんな……」と呟きながらチョコをもぐもぐしていた南雲がいたとかなんとか。
 ――後に聞いたところによると、とても美味しかったそうだ。
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#時計うさぎの不在証明
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●番外編:煮込みハンバーグを作るだけ

 キッチンに立つ南雲彰の横に、ジャージ姿の八束結がちょこちょこと寄っていく。今まさに人を殺してきたような凶相に剃り跡一つ見えないスキンヘッド、という極めてその筋の人らしい南雲であるが、今日に限っては猫のアップリケと足跡の模様がかわいらしい、フリルつきのエプロンを身に着けていた。
 そんな、どこからどうツッコミを入れるべきか悩ましい姿の南雲は、相変わらずの仏頂面で食器を拭き、棚に戻しているところだった。仕事しないことに定評のある南雲だが、こと「仕事以外」に関しては嫌な顔一つせずてきぱきこなすのがこの男の奇妙な特徴の一つである。常に「嫌な顔」をしているように見えることに関しては、八束もノーコメントを貫くことにしている。この男の顔と内面が一致していたことは、今まで一度も無いのだから。
「南雲さん、これから何を作るんですか?」
「んー、何作ろうか考えてたとこ。何が食べたい?」
 最後の皿を棚にしまいながら、南雲がのんびりとした声で問いを投げ返す。八束はこくんと首を傾げて、数秒ほど答えを考えた後に、背筋を伸ばして答える。
「今のところ希望はありません」
「そう言われるのが一番困るんだけどな。あと、八束」
「はい」
「何で俺ん家にいるの」
 ――当然の問いであった。
 流石に、八束もその質問は予測していたため、正直に答える。
「今日は、真さんのお部屋でお泊り会なのです」
 ちなみに、真は南雲の妹である。八束と同い年である彼女は、ある日偶然八束と知り合い、色々あった結果、八束と真は休みの日に買い物に行ったり、時にはお互いの家に招き招かれる程度の関係になった。八束にとっての、数少ない友人というやつである。
 というわけで、今日は八束が真の家――つまり南雲の家に招かれ、当たり前のようにそこにいるのであった。
「そう、ならごゆっくり。とりあえず、今日の夕飯は煮込みハンバーグにしようか」
 そして、南雲も、別段八束がそこにいようがいまいが、やることは特に変わらないのである。
「煮込みハンバーグですか。煮込み料理ということは、時間がかかるものでしょうか」
「真面目にやればそりゃかかるけど、手抜けばそこまでかからないよ。作り方見とく?」
「はい。後学のために」
「後学って言葉がまた硬いなー」
 言いながら、南雲はまな板を置き、冷蔵庫の中から玉ねぎとにんじんを取り出し、それぞれ皮を剥いてざくざくと切る。
「切り方は」
「適当。っていうかお好み」
 そして、まずは玉ねぎを耐熱容器に入れ、ラップをかけてレンジに放り込む。
「温めるです?」
「温めるのです。こいつら真面目に火を通そうとすると時間かかるから」
「にんじんは入れないのですか?」
「途中で入れる。個人的ににんじんは形残ってる方が好きだから、型崩れしない程度に温めたいんだよ」
 その間にとボウルを取り出し、用意されるのはパン粉とひき肉二パックと卵一つ、それから、袋に入った――。
「お麩」
「こいつをパン粉とか卵と同じように、つなぎとして使う」
 そうすることで、普通に作るよりも柔らかく、また全体に対する肉の割合が減るためヘルシーに仕上がるのだという。お麩自体にはっきりとした味がついているわけではないので、肉の味を邪魔することもない。
「ハンバーグには玉ねぎを入れると聞いていましたが」
「それはお好み。入れなくてもお麩入れとくと比較的柔らかく仕上がるから、今日は入れないやり方でやる。というわけで、それ適当にもにもにしといて」
 ジッパーつきの袋にお麩を放り込んだ南雲は、内側の空気を抜いてからしっかりジッパーを閉め、八束にそれを押し付ける。八束は、それを掌でぐいぐい押しながら、南雲に問う。
「これらの分量は」
「適当」
「南雲さん、さっきから『適当』ばかりですね」
「正直、きちんと計測とかしたことないから、説明のしようがないんだよな。それに、八束なら見れば覚えられるでしょ」
 フライパンをコンロの上に用意し、次いで取り出した大きめの鍋の半分くらいまで水を入れながら南雲は言う。この水の量も聞くまでもなく「適当」なのだろう。
 常日頃から料理を日課としている南雲にとっては、適切な分量というのはわざわざ計測するまでもなく、感覚として身についているものらしい。というわけで、手順さえしっかり見ておけば、南雲の言葉は聞いても聞かなくても問題ないことがよくわかった。
「で、その間にソースの用意を始めとく。こっちの鍋の水を、とりあえず沸騰させる」
 言いながら水の入った鍋を火にかけ、ついでとばかりにレンジに向かい、いい具合に温まっていた玉ねぎの器ににんじんを投入し、再びラップをかけ直してレンジに戻した。その間に、八束の手の中にあったお麩は、元の形を失いつつあった。
「大体形が崩れました」
「じゃあ水を加えて更にもにもにしよう」
「水、この袋に直接入れちゃうんですか」
「入れちゃっていいよ」
 そんなわけで、袋の中に水を加えてさらにお麩を揉む。すると、もはや何だかよくわからないもにもにした塊が出来上がった。それを確認した南雲は、袋から出したお麩の塊をボウルに移し、先ほど用意したハンバーグの具材もボウルに投入。軽く塩胡椒してから一緒に混ぜ始める。
「ここで、少し固かったら水を加える。多少にちゃにちゃするくらいでいい」
 そうして出来上がったハンバーグの種を、手の中で空気を抜きながら丸く形を整え、フライパンの上に並べる。
「今回は煮込みハンバーグだし、形は多少イビツでもいいと思ってる」
 そんなわけで、半分ほどの種がハンバーグとなりフライパンの上に揃った。南雲がそのまま火をつけるのを見て、八束はこくんと首を傾げる。
「サラダ油は入れないんですか? 焦げ付きませんか?」
「肉から油出るし、きちんと様子見てれば平気」
 フライパンの蓋を閉め、流れるような動きで沸騰していたお湯の方に移る。
「こちらがソースです」
「お湯ですが」
「これからソースになるよ。って言ってもベースはどこにでも売っているこちら」
 棚から取り出したのが、市販のビーフシチューのルーだ。八束も、スーパーでよく見かける箱である。ただ、ちらっと見えた棚の中には、何故か各メーカーの、それこそ八束が見たことも無いメーカーのルーまで揃っていたので、多分、食べ比べたりしたことがあるのだろうなあ、と内心思わずにはいられない。南雲の料理は日課ではあるものの、半分くらいは彼にとっての道楽であることも、八束はよく知っていたから。
「これを溶かせば、確かに煮込みハンバーグのソースらしくはなりますね」
「でも、これだけだと完全に市販のお味になるんで、ルーを投入する前後に手を加える」
 言って、別の棚から次々と調味料を取り出す南雲。このキッチンには、一体どれだけの材料が隠されているのか、八束は不思議で仕方ない。何しろ、八束の部屋にはカロリーメイトとサプリメントとミネラルウォーターしか常備されていないのだから。
「固形コンソメを、この量ならとりあえず二個かな……」
 本当に適当らしいことを呟きながら、南雲はぽいぽいとコンソメを投げ込み、お湯に溶かす。
「で、冷蔵庫にセロリがあったのでこれも入れる」
「何を入れてもいいんですか」
「相性さえ合えば別に何でもいいと思うよ」
 手際よくセロリの茎の部分を切って、鍋の中に放り込む。そして、次に取り出したのはにんにく一欠け。これをさくさくとみじん切りにして、即座に鍋に投入。
「にんにくですか?」
「うん。これは本当にちょっとでいいんだけど、入れると風味が結構変わるんだ」
 そして、電子レンジに放置されていたにんじんと玉ねぎを投入。ある程度煮立ったところで一旦火を弱火にして、ルー一箱分を投入して、ついでにとばかりにローレルも三枚ほど入れる。
「これだけですか」
「基本はこれだけ。ルーがちゃんと溶けたかどうかは確認しないとだけど、野菜は火が通ってるから、そこまで気を遣って煮込む必要は無い」
 喋りながらも南雲の動きは止まらない。フライパンの蓋を開け、ハンバーグの片面がいい感じに焼けたのを確認して、ひっくり返す。フライパンの内側には、種を熱したことによって蒸発した水分と、肉から出た油が付着している。
「確かに、油はあえて入れなくても大丈夫なんですね」
「ついでに、焼き色ついてなくても、火さえきちんと通ってれば大丈夫」
 もう片面にも焼き色がつき、火が通ったことを示す透明な肉汁がふつふつ出ているのを確認し、ハンバーグを鍋にぽいぽいと放り込む。そして、第二弾のハンバーグを仕掛けて再び蓋を閉める。
「これで、次のハンバーグが焼けたら大体おしまい。あとはちょっととろみが出るまで煮込んで、一旦火止めて、食べるときに温めればいい」
「確かに、手順自体はそこまで難しくないんですね」
「そ。あと、今回はケチャップ入れておこうか」
「ケチャップ……、ですか?」
「ん、入れすぎるとただのケチャップ味になっちゃうけど、ある程度入れる分には、いい感じの酸味と甘みが加わっておすすめ」
 冷蔵庫から取り出したケチャップを、やはり特に分量も確認せず無造作に投入する。それでも南雲の手つきに迷いはないので、感覚的に理解している領域なのだろう。そのままではケチャップがそのまま沈んでいるだけなので、ハンバーグが崩れないよう、慎重に鍋をかき混ぜる。
 ある程度ケチャップとソースが混ざり合ったところで、南雲がお玉にすくったソースを小皿に移して、八束に示す。
「味見してみる?」
「はい」
 八束は素直に頷いて、小皿のソースを舐める。しばし舌の上でその風味を確かめ、飲み下して南雲を見上げる。
「美味しいのですが、とてもケチャップ感があります。ビーフシチューとケチャップが、それぞれ存在を主張しています」
「まだそうだろうね。でも、しばらく煮込んでおくと馴染むよ」
 南雲は下手くそな鼻歌を歌いながら、焼けた第二弾のハンバーグもぽいぽいと鍋の中に入れ、更に煮込み続ける。火が通ってきたからか、先ほどよりも随分とろみが増して、ソースらしくなってきた気がする。
 そのまましばらく弱火でとろとろ煮込んだところで、南雲はもう一度小皿にソースを取って、八束に渡す。八束は先ほどのケチャップ味を思い出しながら、ぺろりとソースを舐め取って、はっとする。
 先ほどまであれだけ存在を主張していたケチャップがいつの間にか姿を消し、微かなトマトの香りと、後味としての爽やかな酸味だけが残っていたのだ。
「さっきと全然味が違いますね!」
「でしょ。これが『味が馴染む』ってこと。完成品だけ食べてると、案外こういうのってわかりづらいけど」
「興味深いです。ここまで大きく変わるとは思いませんでした」
 南雲はその言葉に満足げに頷いて、八束の頭をぽんぽんと叩く。
「八束は味覚しっかりしてるから、基本さえ覚えれば応用も出来るでしょ。どれを入れればどう味が変わる、ってのがわかれば料理ってそう難しいもんじゃないし、この『変化』が何より面白い」
「南雲さんは、料理を純粋に楽しまれているんですね」
「そうだね。面白くなきゃやらないもん」
 なるほど。ことこと煮込まれてゆくハンバーグを見ながら、八束は内心で深く頷く。
 南雲にとって、料理を含めた諸々の行動は「面白い」という一点で全て説明できるものなのだ。自分で「面白い」と思うことさえできれば、それが何であっても熱心に取り組むことができるというのは、この男の最大の美点であるといえよう。
 ――とはいえ。
 八束は、こちらをぐりぐり撫でてくる南雲を真っ向から見上げて言う。
「その『面白さ』を、仕事にも見出してくださると嬉しいのですが」
「無理」
「ですよね」
畳む


#時計うさぎの不在証明

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