幸福偏執雑記帳

あざらしこと青波零也のメモ的なものです。

2021年7月9日6件]

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●Scene:06 迷子の白鴉

「寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! 桟敷城の公演、はっじまるぜー!」
 今日もパロットの声が高らかに響く。
 僕ら桟敷城の面々が売るのは、物体としての商品ではなく舞台上の「公演」だ。もちろん、それに付随してものを売ることもあるが、何せ、舞台とその客席という、劇場の形をした城なのだから当然目玉は公演になる。
 何故、この城が他のほとんどの魔王の「ものを売るための」城と違ってこんな形状なのかは知らない。桟敷城の魔王である僕自身が何一つとしてこの城のことを理解できていない。何かを知るらしいヒワも未だ口を閉ざしたまま、よくわからない「魔王」と「姫」の劇だけが進んでいる。
 とはいえ、元よりこれは僕の夢の中、わけのわからない世界の、わけのわからない日々の出来事なのだ。理解よりも先に慣れが来て、僕は今日も朝にはヒワとパロットの練習を見て、昼にはパロットの声に合わせて舞台のチラシを配るという「普段通り」の日を送ろうとしていた――、が。
 突然、パロットが呼び込みの声を止めて、不意にある一点を凝視した。
「あ、」
 パロットの視線の先に立っていたその何者かが、「勇者」でなく、僕と同じ「魔王」でもないらしい、ということはすぐにわかった。
 それにしても、パロットもそれなりに大きいが、パロットが見つめる男はもっと大きかった。大きい、というよりは「ひょろ長い」と言った方が正しいか。背丈があるのに加えてやたらと手足の長い、どこか人間離れした体つきをした、ハンチング帽を目深に被った男だった。
 そんな、桟敷城には珍しい純粋な「お客様」は、片手に荷物を抱え、片手の杖と靴をかつかつ鳴らして、「あ」の形に口を開いたまま硬直しているパロットに近寄ってきたかと思うと――手にした杖を足元に投げ捨て、無造作に、その胸ぐらを掴んでぐいと引き寄せたのだった。
「パロット」
 男の薄い唇から放たれた声は押し殺されてはいるが、それでも、パロットから少し離れていた僕の耳に届く程度にはよく響いた。
 男の顔は、パロットの陰になって僕からはよく見えないが、
「ボクはね? 地図だけ渡されたって、読めないんだよ? わかる?」
 ――苛立ってるんだろうな、ってことくらいは、声音から明らかだった。
 どうやら、パロットとこの男は知り合いらしい。パロットは胸ぐらを掴まれながら、特に抵抗する様子もなく、ただ「あっ」と間抜けな声をあげる。
「悪い、忘れてた!」
 その、あまりにもあっけらかんとした答えに、男は鼻白んだに違いない。一拍置いて、パロットの胸を掴む手を緩めた。
「……君はそういう奴だよね。うん、わかっていた。わかっていたとも」
 ああ、何か、既視感がある。これは、僕が常々パロットに抱いている感想だ。そう、パロットの鳥頭は「そういうもの」としか言えないし、諦めるしかないのだ。怒るだけ無駄、と言い換えてもいい。
 パロットから手を離した知らない男は、杖を拾い上げてから、つい、とこちらを向く。よくよく見れば、帽子の鍔の下にはサングラスまでかけていて、胡散臭いことこの上ない。
「パロット、そちらの方は?」
「この城の魔王のササゴイ!」
「魔王のミスター・ササゴイ……。魔王って、この世界においては『城主』ということだよね。ご挨拶させていただかないと」
 僕の前に歩み寄ってきた男は――近くで見ると、更にでかかった。僕と頭一つくらい違うんじゃなかろうか。パロットとはまた違う凄みにすくみ上がる僕の前で、男は、どこか芝居がかった所作で杖を己の正面に立て、よくできた動きで一礼した。
「初めまして、『桟敷城』の城主ササゴイ。同郷のパロットの招待を受けて参りました、コルヴス・コラクスと申します」
 招待云々とか全く聞いてないんだが、それでも、正面からやってきて挨拶をしてくれるだけでも、窓から飛び込んできたというパロットとは雲泥の差だ。
「パロットがお世話になっております。うるさくてお困りでしょう、ミスター? こちらの花は、先ほど立ち寄ったお店で包んでいただいたものです。もしお気に召しましたら、どこかに飾っていただけるときっと花も喜ぶと思います。あと、こちらのお茶菓子もどうぞ、皆様のお口に合えばよいのですが」
 うん、胡散臭いなんて思って悪かった、この男はひとまず真っ当だ。
 最低限、人を突然魔王呼ばわりした挙句誘拐犯に仕立て上げるお姫様とか、話が通じてるように見せかけて三歩で忘れる鸚鵡以上の鳥頭、それに勝手に城を荒らしていく根本的に話の通じない勇者どもより、よっぽどマシだ。
 花束と、袋に入った茶菓子を受け取って、それから慌てて頭を下げる。ただ、頭を下げただけでこちらの意図が伝わっているかどうかは定かではなかったし、パロットから招待されたとはいえ、本当にここまで足を運んで、かつ差し入れまで用意してくた「お客様」にはきちんとお礼を言うべきだろう。
 ひとまずパロットに貰ったものを預けて、いつも携えているメモ帳を取り出す。そういえばペンは何処にしまったんだったか。
「……? パロット、彼は何を?」
「ああ、ササゴイは喋れねーんだ……、あっ」
 そっか、これめんどくせーな、とパロットがぶつぶつ呟く。ポケットからやっとペンを探り当てながら、何が面倒くさいんだ、と思っていると。
「ん? 誰か来てる?」
 桟敷城の外では俄然人見知りのヒワが、ひょこりと入り口から顔を覗かせる。パロットが荷物を両手に抱えたまま、ヒワに笑いかけてみせる。
「おう、前に言っただろ、俺様の友達も招待したって」
「あたしは聞いてないぞ」
「あれ、言ってなかったっけ? もしかしたら言い忘れてたかも」
 さすがパロット、自分の言葉に全く責任を取れない男。こいつ、既に死んでるらしいけど、生前もよっぽどはた迷惑な奴だったに違いない。横のコルヴスとかいうお兄さんがとても迷惑そうな顔をしているから、多分大体僕の想像は間違っていないと思う。
 ヒワはパロットより背の高いコルヴスに一瞬気圧されたようだったが、それでも何とか胸を張って、コルヴスを見上げる。
「は、初めましてっ。あたしはヒワ。よろしく!」
「ヒワ。かわいらしいお名前ですね。ボクはコルヴス・コラクスと申します。よろしくお願いしますね、レディ」
 気障な台詞をさらっと言えてしまう――しかも舞台の上ではなくごくごく一般的なシチュエーションで――のは、この男の特徴なのだろうか。微かな違和感を覚えつつも、実行に移す胆力には正直感服する。
「コルヴス……、えーっと、確かラテン語かなんかで鴉、だっけか?」
 ヒワは妙に言葉を知っているところがある。そして、どうやらその知識は間違ってはいなかったようで、男は口元の笑みを深めて、胸元に手を当てる。
「ええ、よくご存知ですね。コルヴス・コラクスはワタリガラスの学名です。ボクらの故郷ではレイヴンと称されますね」
 ワタリガラス、と言われてもぴんとこない。とはいえ、ワタリガラスを見たことはなくとも、流石に鴉がどんな鳥かはわかる。全身真っ黒のアレだ。
 わかるからこそ、違和感しかない。
 目の前に立つ男は――肌の色から帽子から覗く髪の色まで白いのだ。服装も別段黒尽くめというわけではなく、ぴしっとアイロンのかかった白いシャツにベストを羽織り、サスペンダーで少し古い型のスラックスを吊るしている。暑かろうが寒かろうがクソ筆文字Tシャツにハーフパンツのパロットとは服のセンスから何からまるで違う。本当に友達なのか、君ら。
 ヒワも僕と同じ感想を抱いたのだろう。小首をかしげて言う。
「鴉には見えないな?」
「よく言われます」
 まあ、あまり気にせず、とコルヴスは穏やかに笑う。パロットとはまた違う意味で表情豊かな男だと思う。どこか「作り物じみている」とも思うのだけれど。
 そんなことを思いながら、メモ帳に僕なりの感謝の言葉を書き記す。
『来てくれてありがとう、コルヴス。花束もお菓子も嬉しい。どうか、楽しんでいってほしい』
 そして、その紙をコルヴスに渡そうとして――今更ながらに、気づいた。
 ほとんど気にならないレベルではあるが、時折手指が空をかくような動きをすること、「地図が読めなかった」という言葉と、パロットの「面倒くさい」という感想。それに、片手に握った杖。
 ――この男は。
「……もしかして、コルヴス、目が悪いのか?」
「ええ、両目共に盲でして」
 さらりと、コルヴスは言い切った。
「ですから、お渡しした花の色も種類もわからなくて、お恥ずかしいことです。それに」
 と、コルヴスの顔が――実際にはそのサングラスの下の眼は、僕の姿を見てはいないのだろうが――こちらに向けられる。
「こればかりはパロットの言うとおり、ミスターにはご面倒をおかけすることになってしまいますね」
 そうだ。
 僕の「言葉」は、コルヴスには届かない。
 当然のことだ。あくまで、お互いに少しだけ不便なだけに過ぎない。
 けれど、僕は、体がぶるりと震えるのを抑えられなかった。今まで目を背けてきた「何か」が、一人の男の形を借りてやってきたような、気がして。
 思わず立ちすくむ僕の手から、ヒワがメモを奪い取る。そして、コルヴスを見上げて声を上げる。
「ササゴイが、ありがとうってさ! お花もお茶菓子も嬉しいって。劇も、見えないところは仕方ないとしても、楽しんでってほしいな」
「ええ。楽しみにしておりますね」
 にこりと微笑んだコルヴスは、僕に向かって大きな手を差し出す。
「改めまして。よろしくお願いします、ミスター・ササゴイ?」
 頷きを返して、恐る恐る掴んだ手は――、妙に、冷たかった。
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#桟敷城ショウ・マスト・ゴー・オン!
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●Scene:05 或る戦闘機乗りの生涯

「ササゴイー! これどこに運べばいいー?」
 マーケットから購入してきた資材を運ぶパロットの声に、僕は手の動きだけで指示を飛ばす。最初の数日こそお互いの意思疎通もおぼつかなかったのが、意外や意外、この鳥頭は僕の意図をすぐに飲み込んでくれるようになった。
 どうやらこの男、「もの」を覚えるのは苦手だが、人の意図というか、空気を読むのは得意らしい。空気を読んだ上でそれに合わせた動きをしてくれるかどうかは別として。
『お疲れ様』
 舞台から降りてきたパロットに、あらかじめ用意しておいた麦茶を渡す。この前冷蔵庫を仕入れたから――どういう仕組みで冷えているのかは考えないことにしている。どうせ夢だし――姉妹提携しているカフェからの差し入れも含め、食生活は随分と充実してきている。
 特によく冷えた麦茶はパロットのお気に入りらしく、毎日がぶがぶ飲んでいる。まあ、紅茶もコーヒーもがぶがぶ飲むので、もしかすると味がわかってないのかもしれない――という疑念はそっと横に置いて、美味しそうに麦茶を飲み干したパロットが盆にコップを戻すのを見やる。
「んー、ササゴイもお疲れ。結構動いたもんな、大丈夫か?」
 大丈夫。そう頷いて返す。真面目に二人の練習に付き合うようになった初日は、オーバーワーク気味でふらふらしていたが、一週間もすれば慣れる。一方で、体力の衰えは取り戻していかないといけないと真面目に思うが。
 そんなことを考えていると、不意に視界に何か黄色いものが舞いおりてきた。それがヒワだと気づくまでに、数秒ほど必要だった。今日も黄色い髪を結い、黄色い羽をぱたぱたさせているお姫様は、琥珀色の目をきらきらさせて言う。
「麦茶! あたしにも麦茶ちょーだい!」
 はいはい、と、もう一つ用意しておいた――本当は僕が飲む予定だったコップに麦茶を注いでやる。ヒワは満面の笑みを浮かべてコップを受け取ると、ちびちびと飲み始めた。うん、ヒワが嬉しそうなところを見るのは悪くない。練習ではちょっときついことを言ってしょげさせてしまうことも多いから、尚更。
「あー、仕事の後の一杯はしみるなぁー」
 そのお姫様のなりでおっさんみたいな台詞を言うのは止めていただきたい。
 ヒワは劇場内を飛べるという利点を生かして、桟敷城の照明を弄っていた。本当は影の劇団員に頼めばいい仕事ではあるのだが、僕やパロットが色々と作業をしている中で、自分だけ何もしていない、というのも落ち着かないらしかった。
 まあ、舞台の上で三人で座り込んで茶を喫するのも悪くない。何だかんだ、朝食と練習の時以外はてんでばらばらに動いていることが多かったから、こうして三人で一緒に息をつく瞬間は、意外と貴重だった。
「あ、そうだ。パロット」
「あ?」
「前にも聞いたけど、ちゃんと答えてくれてなかったよな? パロットがここにいる理由」
「あれ、答えてなかったっけか?」
 ヒワの問いかけに、パロットはぐーっと首をかしげてみせる。派手な頭も相まって、その挙動は本当に鳥のようにも見える。
「つっても、特に深い理由はねーよ? ふらふらーっと世界を渡ってたら、何か面白そうなとこ見かけて飛び込んだだけ! そしたら、何か人手が足りなさそうだしー? ってそのままお邪魔してる!」
 世界を渡る。そういえば、この世界の住人は、元よりこの場にいた者もいるにはいるが、どちらかというと「他の世界からやってきた」住人が多いように見える。かく言う僕も周りからはそう見えているだろうし、この世界の仕組みをよく知らないというヒワもそうなんだと思う。
「自由に世界を渡れるんだ?」
「そうだぜ! 何せ俺様ハイスペック幽霊だからな!」
「……幽霊?」
 幽霊。そういえば、他の魔王たちとの話でも、ちょこちょこそんなことを言っていた気がする。
 だが、パロットはどこからどう見ても生身の人間だ。足はあるし、今まさにそうしていたように、ものを運ぶこともすれば、人並み以上に飲み食いする。人より少し肌の色が薄いのは気になるが、それ以外に人間とかけ離れたところはない。というか、他の魔王の方がよっぽど人間離れしている。
「電霊、っつーのが正しいのかな? 電気の信号でできてる幽霊。で、色んな世界を旅してる。つっても、ここじゃ他の連中と変わらないな? 何か、行く世界によって実体作れたり作れなかったりすんだよな、なんでだろ」
 パロット自身、自分のことをよくわかっていない、ということだけはよくわかった。
 ただ、幽霊であることだけはパロットの認識では確実なことであるらしい。ぽん、と手を打って、こう付け加えたから。
「ま、どうにせよ、俺様は一度死んでるからな!」
「死んでるんだ……?」
「そう! 空から落っこちて死んじまったんだ。俺様、戦闘機乗りだったからさ」
 死んだ話をしているにもかかわらず、パロットはにっと白い歯を見せて笑ってみせる。
 ただ、そうか、戦闘機乗り。軍人だか傭兵だか、立場こそわからないが「そういう訓練を受けた人間」ってことか。それなら、このマッチョ具合もわからなくはない。どうやら、僕とはありとあらゆる意味で住む世界の違う人間、というか幽霊らしい。
 そして、ヒワは幽霊だというパロットに怯えるようなことはなく、それどころかいつもきらきらしている目をさらに輝かせて食いついていく。
「戦闘機乗りなんだ! ねえ、生前どんなことしてたの? っていうか死ぬときってどんな感じだったの?」
「あー、死んだときのことはよく覚えてねーんだ。っつーか生前のことはほとんど忘れちまってる。何か、幽霊ってそういうもんらしくてな。だから、俺様の話は全部、後から聞きかじった話になっちまうんだけど」
「それでもいいぞ、聞かせて聞かせて!」
 食いついていくなー、ヒワ。ヒワは人見知りする性質のようだから、もしかすると、本当はもっと色んな人の話を聞いてみたくて、やっと、僕やパロットにそういう面を見せられるようになった、のかもしれない。
 パロットは少しだけ身を動かして、姿勢を正して。それから、よく響く声で語り始める。
「俺様が生まれたのは、ここからずっとずっと遠い世界。全てが霧で出来てる世界だった。っても、覚えてることといえば、見上げた空が真っ白で、でもそれが『本当の空』じゃねーってことだけだった」
「本当の空じゃない?」
「本当の空は青いんだって、不思議と俺様は信じてた。俺様にそう教えてくれた友達がいた。で、本当の空を見るために、俺様と友達は一緒に戦闘機乗りになった。いつか、空を覆う白い天井を飛び越えて、その向こうを見るために」
 ――けれど、その前に、落ちて死んじまった。
 そう言ったパロットは、けれど、楽しげに笑っていた。
「死んじまった俺様は、相当無念だったんだろうなー。無念の中身も忘れるくらい長い間、めちゃくちゃしつこくその世界に幽霊として留まってたんだけど、俺様が幽霊になってるって気づいてくれた友達が、消えそうになってた俺様に今の器を与えてくれて――青い空を、見せてくれたってわけ」
「その友達は?」
「今も遠くで元気にしてるぜ? たまに遊びに行って、色んな話をするのが楽しみなんだ」
 けらけら笑ったパロットは、それから、ふ、と頭上を見上げる。ぎらぎらと舞台を照らすライトは、パロットの横顔も明るく照らし出す。本当に、その横顔は、幽霊とは思えないほどに生き生きとして。
 それでいて、確かに、人間とは異なる「何か」であることを、感じさせる。
「生きてる間に青い空を見られなかったのは残念だけど、まあ、そりゃ仕方ねーんだ。戦闘機乗りっつーのはそういうもんだ。だから、その代わりに、今の俺様は色んな世界を見て回ろうって決めてる。生きてた間の俺様が出来なかった分、知らない世界の空の色を見るために旅をしてるんだ」
 パロットの表情に陰影はほとんど見えない。死を経験していながら、この男はどこまでも、どこまでも、それこそ太陽のように笑ってる。
「この世界も面白いよな、ダンジョンなのに雨は降るし風も吹く! 色んな魔王の城があって、みんな違う色の空を持ってる!」
 空の色。それは――パロットにとっては単に「頭上に広がるもの」を意味するのではなくて、その世界そのものの色を意味しているのだと、何となくわかる。ヒワも、「ほう」と息をついて、どこか感心したようにパロットを見やる。
「パロットって、意外と詩人だよな」
「おうよ、何せ俺様は吟遊詩人だからな!」
 ふふーん、とパロットは鼻歌を歌う。やたらと上手い鼻歌を。
 僕とヒワは、そんなパロットを前に、顔を見合わせて……、それから、少しだけ笑った。
 まあ、パロットというのはそういう奴だ。悪い奴じゃないと、思っている。
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#桟敷城ショウ・マスト・ゴー・オン!
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●Scene:04 ちぐはぐなエチュード

 あれから一週間が経った。
 桟敷城の公演に対して、僕の感想を一言で述べよう。
 
 とんだ学芸会だ。
 
 いや、うん、それを言葉にしないだけの理性も僕にはある。というか、声が出なくてよかったと本気で思っている。もし好きに喋れたなら、絶対に余計な口を挟んでいたと思うし、うちと姉妹提携を結んでいる少々浮世離れしたカフェの店主二人は果たして楽しんでくれただろうか、という心配ばかりが頭をよぎって仕方ない。
 ヒワはやたらと元気がいいだけで台詞はほとんど棒読み。というより、台詞を覚えているだけでいっぱいいっぱいなのかもしれない。パロットはやたら歌は上手いし声もよく通るが、台詞なんて全く覚えてないし、覚えてないのだから台本通りには動かない。だからただでさえオーバーフロー気味のヒワが、頭が真っ白になって舞台の上で立ちつくすことも多々ある。
 そんなわけで、素人の、練習不足にもほどがある学芸会だという感想しか出てこない。
 そんな僕の不機嫌に、ヒワはとっくのとうに気づいていたらしい。勇者相手の公演の幕が下りた後、舞台袖で彼女を迎えた僕に歩み寄ってきて、こう言ったのだ。
「その、えっと、やっぱり、下手だよな。ごめん、ササゴイ」
 普段は明るく煌く瞳も、張りのある声も重たく沈んでいて、僕の顔色を伺っているらしいことはすぐにわかった。ヒワ自身も自分の演技が見られたものではないということは自覚しているのだ。自覚しながら、それでも胸を張って舞台の上に立とうとする彼女に――率直な感想なんて、言えるわけないだろう。
 それに、一度公演が始まってしまえば、不思議な「影」の演者たちを引き連れて立ち回るヒワとパロットを桟敷の上から眺めているだけの僕に口を挟む権利などない。舞台は、あくまでそこに立つ演者たちのものだ。僕のものではない。
 だから、どれだけ下手くそな、学芸会の延長線でしかない舞台であろうとも、僕は何も言わない。言ってはいけないし、口を挟みたいという気持ちの一方で「言いたくない」とも思う。
 そうだ、ヒワたちの好きにやらせておけばいいのだ。僕は桟敷城の魔王であり、一応この劇団――ヒワ曰く『黄昏劇団』の「座長」らしいが、あくまで裏方に徹していればいい。桟敷城を本当の意味で潰さないように頭を使えば、それで十分。舞台のことは、全部ヒワに任せておけばいい。脚本を握ってるのだって、ヒワなのだから。
 ヒワは、明らかに落ち込んだ、そして僅かにおびえた様子で僕を見上げて続ける。
「あの、その……、お、怒ってるか?」
 ……どうも、ヒワは舞台の上でこそ堂々と振舞ってみせるが、一度舞台を降りてしまうと意外と人見知りする性質であるし、実は人と喋るのもあまり得意ではないのかもしれない。言葉遣いこそ偉そうな雰囲気ではあるが、これは「お姫様」という役柄を通した虚勢なのかもしれない。彼女なりの、精一杯の。
 ヒワの言葉に対し、僕は、ゆっくりと首を横に振る。
 そうだ、別に怒っているわけじゃない。ただただ、もどかしいだけだ。
 舞台に立つヒワとパロットを見ているのが。それでいて、ヒワたちのために未だ何をする気にもなれずにいる僕自身が。
 まあ、何をする必要もないのだ。僕は単に巻き込まれて、勝手に「魔王」という役割を振られているだけで、ヒワのために何かをしてやる義理もない……、はずだ。
 はず、というのは、この城で目を覚ましてから、ヒワと言葉を交わしてから、ずっと何かが胸に引っかかり続けているからなのだが、それが何なのかわからない以上は考えても仕方ない。きっといつか、思い出す時が来るかもしれないし、来ないかもしれない。その程度の話。
 ヒワはきょときょとと落ち着きなく視線を彷徨わせながら、僕にもう一度問いかける。
「怒ってない? 本当か?」
 本当だよ、と頷く。そんなところで嘘をつく理由がない。
「……でも、さ、ササゴイは不機嫌そうだ」
 不機嫌なのはどうしようもなく、僕の問題だ。ヒワの問題じゃない。そう言ってしまえれば楽なのに、僕にその言葉をかける声は、ない。
 代わりに、持っていたスケッチブックに文字を書き記す。
『大丈夫。ヒワは頑張ってる』
 頑張ってる。それだけではどうしようもないのだけれども。頑張るだけでどうにかなると言い切れるなら、僕らの世界はとっくに平和になっている。きっと、僕自身だってもう少しいい方向に向かっていけたはずだ。
 そして、ヒワも馬鹿じゃないから、こんなありきたりな言葉に誤魔化されてくれやしない。うつむいて、ぽつりと落とされた声が、
「……頑張っても、どうしようもないことだって、あるよ」
 いやに、僕の耳に響いた。
「空回り、してるのがわかるんだ。あたしの脚本だって、面白いかどうかわからない。ほんとは、何をしていいのかも、どうすればいいのかも、わかんない」
 わかんないよ、と。ヒワはもう一度繰り返す。
 それに対し、僕は何も「言え」なくなる。
 そんな風に思っているなんて、思いもしなかったんだ。ヒワには、全て、とは言わなくとも、少なくとも桟敷城と学芸会じみた劇の行方はわかってて、舞台の上に立っているのだとばかり思っていた。
 けれど、今、この場でぽつぽつと落とされた言葉が、僕を誤魔化すための嘘や方便とも思えなかった。
 ヒワはどうして舞台に立っている? そもそもこの「桟敷城」は何なんだ? 今まで後回しにしてきた疑問が、頭をちらつく。
 支離滅裂なのは夢の中だから。そう己に言い聞かせながら、ヒワのこの言葉も僕の頭が生み出した戯言なのかと思うと、すぐには首を縦に振れない僕がいる。
 わからない。わからないのは僕も同じというか、ヒワ以上であるはずだというのに。ヒワの「わかんない」という言葉が酷く頭の中をかき乱す。
「ササゴイ」
 ササゴイ。本当の名ではないのだけれど、いやにしっくり来る――どこかで僕をそう呼んだ誰かがいたかのような――僕の名前。
 見れば、ヒワが顔を上げて僕を見ている。どうしようもなく冴えない顔をしているだろう、僕を。
「あたし、その、ササゴイにも、舞台に立ってほしいんだ。そうしたら、きっと、何かが……、わかる、気がして」
 舞台に。僕が。
 舞台袖から、スポットライトを浴びる安っぽい舞台がちらりと見える。そこに立つ僕自身を思い描く。思い描くことはそう難しくない。けれど。けれど。
 震えだしそうな手を押さえ込んで、唇を噛み締めて。僕は、スケッチブックにかろうじて文字を書き記す。
『私には無理だ』
 その言葉を見たヒワは、「そうだよね。ごめん」と言ってほんの少しだけ笑ってみせる。このやり取りも、初めてじゃない。ただ、引きつるような笑みを浮かべるヒワを見るのは、ぐだぐだな学芸会を見せつけられるよりも、ずっと、ずっと、嫌な気分になる。
 ヒワのことが嫌なのではない。――僕が。僕のことが、嫌になるのだ。
 それがどうしてもたまらなくて、僕はほとんど無意識に、『でも』と続きをスケッチブックに書き記していた。
『練習なら付き合う。練習は、大事だ』
 そう書いた瞬間、あれだけ落ち込んだ顔をしていたヒワがぱっと顔を輝かせて、ふわり、と僕に飛びついてきた。
「ありがとう、ササゴイ!」
 その腕の柔らかさが、かかる体重の軽さが、こうして確かに触れているはずなのに酷く遠く感じる。それは、彼女が常にそのちいさな羽で浮かんでいるからだろうか。それとも……、それとも?
 ――ヒワ。
 声にならない声で、僕の肩に手を回す彼女の名を呼ぶ。
 彼女に触れるたびに、僕の胸のどこかに、何かが燻るのを感じる。言葉を交わすたびに、燻りは深く深く僕の内で広がっていく。
 こんなもの、夢なんだから、早く覚めて欲しい。
 僕は、ちぐはぐな即興劇(エチュード)を、いつまで続けていなきゃならないんだ?
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#桟敷城ショウ・マスト・ゴー・オン!
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●幕間:パロット発電

パロット:やっぱり、城の主であるササゴイ様がしゃべれねーってちょっと不便だよな? 
ササゴイ:『それなりに不便』
パロット:だよなー。紙に書く以外にいい方法ねーかなー?
ヒワ:あっ、パロットって、確か電気びりびりーってできなかったっけ?
パロット:おう、そのくらいなら朝飯前だぜ!
ササゴイ:(そんなトンチキ能力あるのか、という顔)
ヒワ:それで、ササゴイのスマホを充電したら、アプリ経由で読み上げできるんじゃない?
パロット:スマホ? アプリ? 何だそれ?
ササゴイ:(既に充電の切れたスマホを示す)
パロット:あー、その、ちっちゃい端末?
ササゴイ:(頷く)
パロット:よーし、俺様のパワーを見せちゃるぜ! よいしょー!

 電撃を受けて、ばちん、と音を立てるスマートフォン。
 続けて漂ってくる、焦げ臭い香り。

パロット:……………………。
ヒワ:…………………………。
ササゴイ:……………………。
パロット:ごめん。
ササゴイ:『素直でよろしい』
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#桟敷城ショウ・マスト・ゴー・オン!
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IFTTTを使ってDiscordにてがろぐの更新情報を流すことに成功した。ありがとう偉大なる先人たちよ。
こういうガジェット使いこなせるようになりたいな~というのは心から思うところ!
もっとなんかいろいろ遊べるといいなあ。今はぜんぜん思いつかないけど……。
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笹垣五月については後で虚構作劇会としてまとめるけど雑多な設定メモをこちらに。
ちょこちょこ加筆していって、後でぎゅっと圧縮する予定。

▼笹垣五月(ささがき・いつき)
病で声を失った若き舞台俳優。年齢は多分30前後。
声を失ってから芸能界を退いて腐っていたが、何だかよくわからない異世界で色々あって、ちょっと元気と勇気が出た。
今は声が出なくてもできることはあるはずだ、と再び舞台に立とうと足掻いている真っ最中。
演技にはストイックだがそれ以外のことにはあまり頓着しない。理想の芝居のために色々と削り落としすぎてしまったっぽい。
普段は携えている電気式人工咽頭で喋る。

五月、経歴はぼんやりしてるんだけど、そもそも役者として有名になったきっかけは、仮面ライダー的な特撮のいわゆる2号ライダー役だったという謎の設定があり、そのあとは本格的に舞台に活躍の場所を移したというおはなし。
役柄としては主役よりもその脇を固める役柄が多い印象。
舞台でやっと安定して仕事ができるようになってきたころに病気で声を失ってしまって、芸能界を一度は去り、そして色々あって再び戻ってきた感じ。

性格……性格……???(桟敷城を読み返しながら)
頭の中ではよく喋ってるしどちらかというとツッコミ気質だと思うんだけど、実際にツッコミに移す勇気はないかもしれない。
元々素はシャイというか、あまり自分を表に出すのが得意ではないところはある。
ただ、気を許した相手を前にすると突然大胆になったりするのでよくわからないんだよな……わからない……。
自分でもその突然の大胆さを制御できなくなったりして慌ててるので多分天然なんだと思う。
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■他愛ないメモ

シアワセモノマニアのあざらしこと青波零也の創作メモだったり、日々のどうでもいいつぶやきだったり、投稿サイトに載せるまでもない番外編だったり、見聞きしたものの感想メモだったり。

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