幸福偏執雑記帳

あざらしこと青波零也のメモ的なものです。

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Twitter300字SS「来る」
第九十二回「来る」2022年11月05日

 お皿の上には、カスタードと生クリームが詰まったシュークリーム。
「今日は特別な日だから、ウェールの好物を用意したよ」
「特別な日?」
 長い首を傾げるウェールに、すずめは頬を膨らませる。
「一年前の今日、ウェールがここに来たんだよ」
 あの日、ぬいぐるみの体をくねらせて空から落ちてきたウェールが、すずめに願ったのだ。よい魔法つかいイリス・アルクスとして、魔法の国から逃げた悪い魔法つかいを退治してほしい、と。
「だから、これからもよろしく、ってこと」
 悪い魔法つかいはまだまだいるし、それ以上にウェールとの日々が楽しいから、すずめは微笑む。ウェールもまた、宝石のような目を細める。
「うん、改めてよろしく、すずめ」

――『君が来た日』

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Twitter300字SS「手」
第八十七回「手」2022年06月04日

「ウェール、手足がないと不便じゃない?」
 魔法の国からやってきたウェールは、喋るぬいぐるみにしか見えない。
 大きな目に、頭から伸びる翼飾り。長い胴を覆うのはふかふかの毛。毛の生えた蛇、といえばいいだろうか。
 すずめの問いに、ウェールはこくんと首を傾げる。
「大抵のことは魔法でできるからね」
「でも、今は魔法使えないでしょ?」
 ウェールの魔法は、今はすずめに宿っている。だから、普段はモップのように床の埃を巻き込んでは、洗濯機に突っ込まれる日々だ。
 けれど、ウェールはすずめを見上げて言うのだ。
「困ったら、その手ですずめが助けてくれるだろう?」
 その疑いのない調子に、すずめは「もう」と笑ってしまうのだった。

――『その手で君が』



 ――『異界』に赴くのは、肉体から切り離された意識だ。
 異界潜航サンプルのXには詳細もリスクも説明したが、彼が正しく理解しているかは知らない。寝台のXに緊張の色はなく、目を閉じた顔は穏やかですらある。
 ディスプレイがXの視界の『異界』を映し出す。闇の中に立ち並ぶ木々が青白い輪郭を描く、幻想的な森だ。
 Xは手を持ち上げる。手首を戒める手錠は『異界』にはなく、意識が形作る無骨な掌に、雪のように降る光が落ちる。それに温度や手触りはあるのか。我々が観測できるのは視覚と聴覚だけで、光を握るXの感覚を知ることはない。
 やがて指の間から漏れる光が消え、Xの視線が手から木々へと移されて。
「……観測を、開始します」

――『異界潜航実験』

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Twitter300字SS「救う」
第八十一回「救う」2021年11月6日

 悪い魔法つかいは、人の望みを叶える代わりに、「生きる力」を奪うのだという。
『願いを叶えるほどの大がかりな魔法は、ひとりの命を奪うだけでは済まない』
 真剣な声音に、ごくりと唾を飲む。
『だから、君の力が必要なんだ、イリス。いち早く悪い魔法つかいを退治して、魅入られたひとを救うんだ』
 身にまとう虹色の衣装に姿を変えている、相棒のウェールが言う。「わかった」と頷いて、椎名すずめ――魔法つかいイリス・アルクスは、煌めくしっぽ髪を夜風に揺らす。
 魔法の力を宿した目は、月の沈んでいく方角に、大きな力が渦巻くのを見て取る。
「見つけた。……行くよ!」
 銀のブーツがアスファルトを蹴って、イリスは夜空にふわりと舞った。

――『よい魔法つかいの役目』

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Twitter300字SS「残る」
第七十九回「残る」2021年9月4日

 すずめの、今日のおやつはシュークリーム。
 一回り大きめのシュー皮の中には、生クリームとカスタードクリームがいっぱいに詰まっている。
 けれど、今日は明らかに何かが変だという確信が、あった。
「ウェール」
 すずめの腕に巻き付いているウェールは、ぎくりと体を震わせる。ぬいぐるみ然とした『魔法つかい』は、誤魔化しが上手くない。すずめはそっと、皿の上のシュークリームを取り上げる。
 見れば、妙に軽いシュー皮の底には、ぽっかりと穴が開いていて。
 中に詰まっているはずのクリームが、すっかり空になっているのであった。
「クリーム、おいしかったから、つい……」
「ここまでするなら、クリームだけじゃなくて皮も残さず食べたら?」

――『今日のおやつ』

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Twitter300字SS「波」
第七十八回「波」2021年8月7日

「この小さな箱の中で、人が喋っているのかい?」
 突然のウェールの質問に対して、すずめは手元の「箱」を取り上げる。
「これはラジオ。人が入ってるんじゃなくて、電波を拾って音や声を伝えてくれる機械」
「電波とはなんだい?」
 言われても困ってしまう。すずめとて電波がどんなものなのかを理解してはいないのだ。ウェールもそれを悟ったのか、「ふむ」と首を傾げて、言う。
「人間も、魔法みたいな力を使うのだね。不思議だなあ」
 長い身体をくねらせ、ふわふわなぬいぐるみの姿をした魔法つかいのウェールが言う。ウェールの方がよっぽど不思議だよ、と思いながらも、すずめはラジオから聞こえてきた好きなアーティストの音楽に耳を傾けるのだ。

――『魔法の箱』

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Twitter300字SS「答える」
第七十七回「答える」2021年7月3日

 椎名すずめが秘密の名前を唱えれば、魔法つかいイリスに早変わり。なのだけれども……。
「ウェール」
「ないよ」
「まだ何も言ってないじゃん!」
「言わなくてもわかるよ。そんな魔法はありません」
 ウェールはふさふさとした尻尾を振りながら言い、すずめは恨めしげにウェールを睨む。
「魔法つかいなのに、魔法で解決できないことが多すぎる!」
「言われても困るよ。僕が魔法を作ったわけじゃないんだから」
 それもそうだけど、と唇を尖らせて、すずめは手元を見る。XとYが並んだ数学の教科書は何も語りかけてはくれない。
「そもそも、テスト前日になって勉強を始めるのは、魔法の国でも付け焼刃って言うんだけど」
「正論は聞きたくないの!」

――『答えが知りたい』

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Twitter300字SS「影」
第七十六回「影」2021年6月5日

「今日の朝、突然、でっかい影が頭の上をよぎったから、見上げてみたらさ」
 休み時間。すずめの耳に入るのは、後ろの席のクラスメイトの話。
「人が! 空を飛んでたんだよ!」
「うそだー、そんなのありえないよ」
 けらけらと笑う声。「ほんとだよぉ」という訴え声も、笑い声にかき消されてしまう。すずめは唇を引き結んで意識を逸らそうとするも。
「やっぱり、遅刻しそうになるたびに魔法で空を飛ぶのはよくないと思うよ」
 鞄の中に隠れた相棒ウェールの声に、すずめは「うう」と唸ってしまう。
 椎名すずめが、魔法つかいイリス・アルクスであることは、みんなには内緒、なのだけれども。
 こんな調子で、危なっかしい部分も、ちょっとだけ。

――『目撃情報』

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Twitter300字SS「届く」
第七十五回「届く」2021年5月1日

 椎名すずめは今日も魔法つかいイリス・アルクスに変身する。イリスは虹色の尻尾髪を閃かせて、悪い魔法つかいをこらしめる……、のだけれど。
「ねえ、ウェール」
 一仕事を終えた布団の中で。すずめはこっそり相棒のウェールに問いかける。
「好き、って気持ちはどうすれば届くかな?」
「言えばいいんじゃないかい?」
 そうじゃないのだ。すずめは口をへの字にする。
 すずめには好きな人がいて、その人は違う人を見ている。大事な人を困らせたいわけじゃないけれど、好きという気持ちは伝えたい。そんな時の魔法はないのか、という問いに、ウェールは首を横に振る。
 魔法はそんなに便利なものじゃない。すずめは今日も枕に顔をうずめるのだ。

――『好きという気持ち』

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第七十四回「道/路」2021年4月3日

「わわ、遅刻遅刻!」
 椎名すずめは鞄を肩に引っかけて、通学路を走っていく。
 すると、目の前に立ちはだかるのは『通行止め』の工事看板。けれど、それはすずめの足を止めるには至らない。
 すずめが鞄の口を開けば、ひょこりと顔を覗かせるのは羽のような耳を持つぬいぐるみ。そのぬいぐるみが、ぱくぱく口を開く。
「遅刻するたびに変身するのはどうかと思うけどね」
「うるさいなあ、行くよ!」
 ――空に描くは七色の虹。
「イリス・アルクス!」
 秘密の名前を紡げば、すずめの姿は魔法つかいイリスに早変わり。工事看板を軽々と飛び越えて、空を蹴って、高く、高く飛び上がる。そして、今日も魔法つかいの虹色の軌跡が朝の青空に描かれるのだ。

――『通行止め』

 

「ウェールは、魔法の国から来たんだよね」
「そうだとも」
 羽のような耳を持つぬいぐるみ……のように見えるウェールがこくこくと頷く。椎名すずめはウェールの長い体を持ち上げながら、仰向けに寝転ぶ。
「魔法の国って、どこにあるの?」
「ここから、ずっとずっと遠い場所さ」
「ずっとずっと遠いのに、どうやってこっちに来るのさ」
 すずめは、ずっと疑問に思っていた。ウェールや、悪い魔法つかいたちは、どこからどうやって人間の世界に紛れ込んだのか。すると、ウェールは大きな目を細めて、笑ったようだった。
「ひょんなきっかけで道が開かれるときがあるのさ。それは、まるで運命のようにね」
「何それ」
「すずめもいつかわかる日が来るさ」

――『ずっとずっと遠い場所』

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Twitter300字SS「隠す」
第七十三回「隠す」2021年3月6日

「じゃあね、すずめちゃん」
 教室からひとり、またひとりと人が去っていき、やがてすずめ以外の誰もいなくなる。そろりと廊下を覗いてみて、誰も通っていないことを確認してから、すずめは鞄を開く。
「ウェール」
 鞄から出てきたのは、大きな青い目にちいさな口元、翼のような大きな耳。ふかふかの毛に覆われたそれは、ぱちりと目を瞬いてから、すずめを見上げるのだ。
「どうにも鞄は窮屈だね」
「勝手に隠れてついてきてるんだから文句言わない。それで、魔法の気配って本当?」
「本当さ。君の出番だよ、イリス」
 すずめはきっぱりと頷いて、ウェールを鞄から引っ張り出す。「イリス・アルクス」と秘密の名前を口ずさめば、魔法の時間のはじまりだ。

――『魔法の時間』

 

 椎名すずめ――魔法つかいイリス・アルクスは、虹色の尻尾髪を靡かせて空をゆく。
 魔法の匂いを追いかけていく中で、イリスの衣装としてその身を包む相棒のウェールが囁く。
『悪い魔法つかいは、人に魔法を使わせる』
 それは、おとぎ話の魔法使いのように「人の願いを叶える」という触れ込みで、けれど悪い魔法つかいの魔法は人の思いを歪ませていくのだという。
『そして、悪い魔法つかい本人は、人の影に隠れて、魔法を与えられた人が暴走していくさまを楽しんでいる』
「悪趣味だね」
『だから、イリス、君が悪い魔法つかいの存在を暴いて、捕まえてみせるんだ』
 空を蹴る足取りは虹の尾を引いて。魔法の出所目掛けてきらきらと駆けていくのだ。

――『魔法つかいのやり方』

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Twitter300字SS「服」
第七十回「服」2020年11月7日

 気づけば冬はもうそこまでやってきていた。
 すずめはダッフルコートをクローゼットから引っ張り出して、鏡の前で羽織ってみる。少しばかり大きい気もするけれど、来年、再来年と着るならこのくらいがちょうどいい。
 そして忘れてはいけない、とベッドの上でうたた寝していたウェールを持ち上げて、首に巻いてみる。軽くてふわふわな毛並みのウェールはとてもあたたかく、かわいらしい色味もあいまって素敵なマフラーに見える。
 マフラーもとい魔法つかいのウェールは、大きな目をぱちぱちさせて首を傾げる。
「どこかに行くのかい、すずめ?」
「うん。あとりちゃんとお買い物!」
 にっこり笑って、すずめはウェールと一緒に街へと出かけるのだ。

――『寒い日のお出かけ』

 

 ウェールは魔法つかいだけれども、人間の世界でできることは多くない。力を人間に委ねることで、初めて魔法が形になるのだ。
 だから、ウェールはすずめにこう伝える。
「最高の自分をイメージするんだ」
 魔法は心の力。最高のイメージは最高の魔法に繋がる。
「空に描くは七色の虹、イリス・アルクス!」
 すずめが秘密の名前を紡げば、ウェールはすずめ――魔法つかいイリスの衣装へと早変わり。すずめのイメージする「最高の自分」は、少しだけ大人びた少女。長い髪をリボンで縛り上げ、裾の広がったドレスからは虹色の光が散る。
『よく似合っているよ、イリス』
 ウェールはイリスの心の中に微笑みかける。
 さあ、今日の「お仕事」を始めよう。

――『最高のイメージ』

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Twitter300字SS「選ぶ」
第六十九回「選ぶ」2020年10月3日

 家の近所のお手ごろ価格の洋菓子屋さんを覗いて、すずめは腕に巻きついたぬいぐるみ……、のように見える魔法つかい、ウェールにそっと問いかける。
「ウェール、どれがいい?」
 ウェールは羽のような形の耳を広げ、大きな目ですずめを見上げて言う。
「生クリームとカスタードのシュークリームがいいな」
「たまにはエクレアも食べたいけど」
「僕はシュークリームがいい」
「ほら、プリンもあるよ。生クリームも乗ってるし、大体おんなじじゃない?」
「シュークリーム」
「強情だなあ……」
 とはいえ、ウェールがシュークリームを選ぶのはわかりきっていたから、今日もすずめはなけなしのお小遣いを崩して二つの味わいのシュークリームを買い求める。

――『今日のおやつは』

 

 椎名すずめが悪い魔法つかいを追う魔法つかいイリス・アルクスになったのは、単なる偶然。空から落ちてきた魔法つかい、ウェールを拾ったから。あれよという間に魔法が関わる事件に巻き込まれて、なし崩し的にウェールの手伝いをすることになったのだ。
「でも、本当にあたしでよかったの? もっと才能があるひととかいたりしないのかな」
「それは、いると思うよ」
 ウェールはいつだって正直だ。しかし、「なら」と言いかけたすずめをさえぎって、ウェールはこう続けるのだ。
「けれど、僕はすずめを選んだことを後悔していないよ。悪い魔法つかいを捕まえるのに必要なのは、魔法の才能よりも、目の前の事件をほっとけないっていう気持ちだからね」

――『魔法つかいの才能』

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第六十八回「夕」2020年9月5日

 霧明かりがゆるやかに力を失いはじめる夕刻、点灯夫は霧払いの灯を灯しなおす。明るい霧を払う灯から、暗い霧の中を柔らかく照らす灯へ。
「行くぞ、オズ!」
 山吹色の髪の少年は、霧払いの灯を宿す装置をくくりつけた長い棒を担いで走り出す。その後を、大判のスケッチブックを手にした黒髪の少年がどこか頼りない足取りで追いかける。霧深い首都の人ごみを縫うように駆け、やがて街灯の前で立ち止まった。
 山吹色の髪の少年は、街灯の傘の下に器用に棒の先端を押し込み、柔らかな光を灯し、黒髪の少年はその様子を描く。ひとつが終わったら次の街灯へ。それが終わったら、また次へ。
 そうしてふたりの少年は、町の一角に夜のはじまりを告げていく。

――『霧払いの灯』

 

 帰宅を促す「家路」のチャイムが響く。
 すずめも上履きからローファーに履き替えたその時、チャイムの音色が、歪む。歪んで、狂って、巻き戻って、何度も何度も同じフレーズばかりを繰り返す。
 そして、辺りの人もものも全て、ぴたりと、動くことをやめてしまう。
「これは、魔法だね」
 もぞり、と。すずめの鞄から顔を出したのはふわふわのぬいぐるみ。大きな青い目ですずめを見上げて、言うのだ。
「君の出番だよ、イリス」
 うん、とひとつ頷いて、ローファーの踵を鳴らす。
「空に描くは七色の虹、イリス・アルクス!」
 秘密の名前を唱えれば、制服は虹色のドレスに早変わり。虚空に生まれた杖を握り締めて、終わらないチャイムの中、飛び上がる。

――『夕方の魔法つかい』

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Twitter300字SS「橋」
第六十六回「橋」2020年7月4日

 灯を篭めたランタンを片手に、彼らは橋を渡っていく。ひとり、またひとりと霧の中に消えていく影を追って、彼もまた足を踏み出した、その時。
「お前はここまでだ」
 耳慣れた、穏やかな声と共に誰かが目の前に立ちはだかる。霧に隠れているにもかかわらず、何故か、困ったように笑っているとわかる。
 何故を問うても応えはなく、そのまま誰かもまた橋を渡ろうとする。
「待って、」
 声を上げかけて、気づく。彼は橋の上で一人きりで佇んでいた。一歩先は腐り崩れ落ちていて、もし足を踏み出していたら、虚空に身を投げ出していただろう。
 けれど。けれど。
「オレも、みんなと一緒に、いきたかった」
 霧深い夜。ただ一人遺されたものの嗚咽が、響く。

――『灯花祭の夜』

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Twitter300字SS「書く」
第六十四回「書く」2020年5月2日

 好きで書いていたって嫌になる時はあるんです、というのが先生の言い分。
 それがたまの気まぐれならいいのですが、毎日なのが困ったもので。今日も先生は机に向かってもなかなか執筆に入らずにペンの選定。赤い軸のやつは昨日使っただとか、青い軸のやつは手になじまないだとか、気難しいにもほどがあります。
 ただ、それも必要な手続き。
 先生が書き記すものは限りなく先生の過去に近い物語。だから、これは過去の世界に飛び込むまでの助走なのだと、近頃のネイトには理解できつつありました。
 時間をかけてペンを握った先生は、色眼鏡越しに遠くを見つめます。ネイトには見えない、けれど確かに存在したものを見すえて、ペンを走らせるのです。
 
――『先生の助走』
 
 
 
 タイプライターで印字された文字列は確かに私の名前だった。
 名前を呼ばれなくなって久しかったから、手紙を通してかろうじて自分がそんな名前であったことを認識する。
 内容は近況報告に私の具合を心配する――心配だなんて! お決まりの文句とはいえ友のお人よしさに呆れたくなる――一文。それから、次の面会の日取り。
 監獄『雨の塔』は今日も静かで、私と刑務官以外の気配は感じられない。そんな中で外の気配を連れてきた書簡の末尾には、手書きの、読めたものではない署名。利き手でない方で記されたそれを指先でなぞって、息をつく。我が友は今日も変わらない。私と友との道がどうしようもなく違った今ですら。
 さあ、何と返事をしようか?
 
――『書簡』

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Twitter300字SS「鞄」
第六十三回「鞄」2020年4月4日

『ヤドリギ』が地下迷宮『獣のはらわた』の案内人を始めると言い出した時、誰も止める者はいなかった。
 ただ、心配はされたし、色々なものを預けられた。
 丈夫な外套に滑りづらい靴、切れ味のよいナイフに右腕の代わりの蔦でも持ちやすいランタン。それから多くの荷物を持ち運べるようにとポケットのたくさんついた背負い袋。
 大げさな、と思ったあの日を思い返しながら、古びたランタンに火を灯し、いっぱいになった袋の中身を確かめる。あの日貰ったナイフは今も現役だし、ポケットの一つは薬草でいっぱいだ。缶詰に携帯燃料に貰い物の煙草、それから最新の新聞と本。荷物はなかなか減らないもので、預けてくれた人の慧眼を思うのであった。

――『ヤドリギ』の鞄

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第六十回「祝う」2019年12月7日

「叔父さま、実はこの前十五になったのだ」
 鉄格子越しのアレクシアは唐突に言った。
 まだまだ「少女」と呼ぶべきアレクシアは、左右非対称の笑みを浮かべて私を見上げる。私もきっと同じような顔で笑いながら、こういうときにはお決まりの言葉を紡ぐ。
「では、アレクシア・エピデンドラムが生を受けて十五年の節目を祝って。どうかこれからも、君に女神ミスティアの加護がありますように。……私は、祈ることくらいしかできないからね」
 監獄からは、気の利いた贈り物のひとつもできやしない。けれど、アレクシアは目を丸くして、それから頬をほんのり赤く染めて、くしゃりと笑ったのだった。
「ありがとう。そう祝ってくれたのは、叔父さまだけだ」

『祝福、雨の塔にて』

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Twitter300字SS「窓」
第五十九回「窓」2019年11月2日

 天井近くに開いたちいさな窓から覗くのは、昨日と同じ鈍色の天蓋だ。その前も、そして明日も同じであろうそこから、しとしと雨が降り続いている。
『雨の塔』。
 ここは女王から見放された地。草木どころか苔すらも生えることなく、雨ばかりが降り注ぐ不毛の丘の上に建てられた監獄塔。
 そうして自分の居場所を思い出して、自分が誰かを思い出そうとするけれど、どうしても散り散りの……、それこそ目に映る窓くらいに切り取られた断片的な風景しか思い出せないでいる。
 そうして手のひらから雨のように零れ落ちゆく記憶を求めて、何度も、何度でも、ちいさな窓から過去を見据える。私が監獄にいる理由。私が何者であったかだけは、忘れないために。

『レイニータワーの過去視』

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Twitter300字SS「水」
第五十四回「水」2019年6月1日

 海に行ったからといって、特別な目的があったわけでもない。
 四月はじめの海は冷たくて海水浴なんてできようもなかったし、当然綺麗な水着姿のおねーちゃんもいなくて、俺も小夜も心底がっかりしたものだった。
 わかってはいたんだが、がっかりするものはするのである。
 とはいえ、俺が提案したシーグラス集めは弟分のお気に召したようで、俺が「帰るぞ」と声をかけるまで一心不乱に色も形もばらばらの硝子を手のひらに収めていた。
 今まで海を知らなかったガキは、今、海の記憶を水を注いだ瓶の中に閉じ込めて記録する。
 ……ひとつずつ、ひとつずつ。ゆっくりでいい。
 失われた時間を、少しずつ取り戻してほしいと、兄貴分である俺は心から願う。

『瓶詰めの海』

 

 清浄な水は地下迷宮『獣のはらわた』では貴重だ。
 そして、それを判別する「能力」が自らに備わったということに関しては、『ヤドリギ』の肉体に寄生――正しくは「共生」している名も無き蔦に感謝している。
 燃え盛る炎の中で名も肩書きも失い、不自由な体の異形と化した己がここで生きていくためには、せめて、地上を追われ苦しい生活を強いられている『はらわた』の住人の「役に立つ」必要があった。それがかろうじて自分自身を「人」たらしめる方法であると信じて。
 右肩から生えた蔦を地底湖にそっと浸す。
 そこには鉱物由来の毒が混ざっていることを人外の感覚で確かめて、次の水場へ。
 自分ではない誰かのための、『ヤドリギ』の彷徨は、続く。

『水を求めて』

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