●Scene:05 或る戦闘機乗りの生涯続きを読む「ササゴイー! これどこに運べばいいー?」 マーケットから購入してきた資材を運ぶパロットの声に、僕は手の動きだけで指示を飛ばす。最初の数日こそお互いの意思疎通もおぼつかなかったのが、意外や意外、この鳥頭は僕の意図をすぐに飲み込んでくれるようになった。 どうやらこの男、「もの」を覚えるのは苦手だが、人の意図というか、空気を読むのは得意らしい。空気を読んだ上でそれに合わせた動きをしてくれるかどうかは別として。『お疲れ様』 舞台から降りてきたパロットに、あらかじめ用意しておいた麦茶を渡す。この前冷蔵庫を仕入れたから――どういう仕組みで冷えているのかは考えないことにしている。どうせ夢だし――姉妹提携しているカフェからの差し入れも含め、食生活は随分と充実してきている。 特によく冷えた麦茶はパロットのお気に入りらしく、毎日がぶがぶ飲んでいる。まあ、紅茶もコーヒーもがぶがぶ飲むので、もしかすると味がわかってないのかもしれない――という疑念はそっと横に置いて、美味しそうに麦茶を飲み干したパロットが盆にコップを戻すのを見やる。「んー、ササゴイもお疲れ。結構動いたもんな、大丈夫か?」 大丈夫。そう頷いて返す。真面目に二人の練習に付き合うようになった初日は、オーバーワーク気味でふらふらしていたが、一週間もすれば慣れる。一方で、体力の衰えは取り戻していかないといけないと真面目に思うが。 そんなことを考えていると、不意に視界に何か黄色いものが舞いおりてきた。それがヒワだと気づくまでに、数秒ほど必要だった。今日も黄色い髪を結い、黄色い羽をぱたぱたさせているお姫様は、琥珀色の目をきらきらさせて言う。「麦茶! あたしにも麦茶ちょーだい!」 はいはい、と、もう一つ用意しておいた――本当は僕が飲む予定だったコップに麦茶を注いでやる。ヒワは満面の笑みを浮かべてコップを受け取ると、ちびちびと飲み始めた。うん、ヒワが嬉しそうなところを見るのは悪くない。練習ではちょっときついことを言ってしょげさせてしまうことも多いから、尚更。「あー、仕事の後の一杯はしみるなぁー」 そのお姫様のなりでおっさんみたいな台詞を言うのは止めていただきたい。 ヒワは劇場内を飛べるという利点を生かして、桟敷城の照明を弄っていた。本当は影の劇団員に頼めばいい仕事ではあるのだが、僕やパロットが色々と作業をしている中で、自分だけ何もしていない、というのも落ち着かないらしかった。 まあ、舞台の上で三人で座り込んで茶を喫するのも悪くない。何だかんだ、朝食と練習の時以外はてんでばらばらに動いていることが多かったから、こうして三人で一緒に息をつく瞬間は、意外と貴重だった。「あ、そうだ。パロット」「あ?」「前にも聞いたけど、ちゃんと答えてくれてなかったよな? パロットがここにいる理由」「あれ、答えてなかったっけか?」 ヒワの問いかけに、パロットはぐーっと首をかしげてみせる。派手な頭も相まって、その挙動は本当に鳥のようにも見える。「つっても、特に深い理由はねーよ? ふらふらーっと世界を渡ってたら、何か面白そうなとこ見かけて飛び込んだだけ! そしたら、何か人手が足りなさそうだしー? ってそのままお邪魔してる!」 世界を渡る。そういえば、この世界の住人は、元よりこの場にいた者もいるにはいるが、どちらかというと「他の世界からやってきた」住人が多いように見える。かく言う僕も周りからはそう見えているだろうし、この世界の仕組みをよく知らないというヒワもそうなんだと思う。「自由に世界を渡れるんだ?」「そうだぜ! 何せ俺様ハイスペック幽霊だからな!」「……幽霊?」 幽霊。そういえば、他の魔王たちとの話でも、ちょこちょこそんなことを言っていた気がする。 だが、パロットはどこからどう見ても生身の人間だ。足はあるし、今まさにそうしていたように、ものを運ぶこともすれば、人並み以上に飲み食いする。人より少し肌の色が薄いのは気になるが、それ以外に人間とかけ離れたところはない。というか、他の魔王の方がよっぽど人間離れしている。「電霊、っつーのが正しいのかな? 電気の信号でできてる幽霊。で、色んな世界を旅してる。つっても、ここじゃ他の連中と変わらないな? 何か、行く世界によって実体作れたり作れなかったりすんだよな、なんでだろ」 パロット自身、自分のことをよくわかっていない、ということだけはよくわかった。 ただ、幽霊であることだけはパロットの認識では確実なことであるらしい。ぽん、と手を打って、こう付け加えたから。「ま、どうにせよ、俺様は一度死んでるからな!」「死んでるんだ……?」「そう! 空から落っこちて死んじまったんだ。俺様、戦闘機乗りだったからさ」 死んだ話をしているにもかかわらず、パロットはにっと白い歯を見せて笑ってみせる。 ただ、そうか、戦闘機乗り。軍人だか傭兵だか、立場こそわからないが「そういう訓練を受けた人間」ってことか。それなら、このマッチョ具合もわからなくはない。どうやら、僕とはありとあらゆる意味で住む世界の違う人間、というか幽霊らしい。 そして、ヒワは幽霊だというパロットに怯えるようなことはなく、それどころかいつもきらきらしている目をさらに輝かせて食いついていく。「戦闘機乗りなんだ! ねえ、生前どんなことしてたの? っていうか死ぬときってどんな感じだったの?」「あー、死んだときのことはよく覚えてねーんだ。っつーか生前のことはほとんど忘れちまってる。何か、幽霊ってそういうもんらしくてな。だから、俺様の話は全部、後から聞きかじった話になっちまうんだけど」「それでもいいぞ、聞かせて聞かせて!」 食いついていくなー、ヒワ。ヒワは人見知りする性質のようだから、もしかすると、本当はもっと色んな人の話を聞いてみたくて、やっと、僕やパロットにそういう面を見せられるようになった、のかもしれない。 パロットは少しだけ身を動かして、姿勢を正して。それから、よく響く声で語り始める。「俺様が生まれたのは、ここからずっとずっと遠い世界。全てが霧で出来てる世界だった。っても、覚えてることといえば、見上げた空が真っ白で、でもそれが『本当の空』じゃねーってことだけだった」「本当の空じゃない?」「本当の空は青いんだって、不思議と俺様は信じてた。俺様にそう教えてくれた友達がいた。で、本当の空を見るために、俺様と友達は一緒に戦闘機乗りになった。いつか、空を覆う白い天井を飛び越えて、その向こうを見るために」 ――けれど、その前に、落ちて死んじまった。 そう言ったパロットは、けれど、楽しげに笑っていた。「死んじまった俺様は、相当無念だったんだろうなー。無念の中身も忘れるくらい長い間、めちゃくちゃしつこくその世界に幽霊として留まってたんだけど、俺様が幽霊になってるって気づいてくれた友達が、消えそうになってた俺様に今の器を与えてくれて――青い空を、見せてくれたってわけ」「その友達は?」「今も遠くで元気にしてるぜ? たまに遊びに行って、色んな話をするのが楽しみなんだ」 けらけら笑ったパロットは、それから、ふ、と頭上を見上げる。ぎらぎらと舞台を照らすライトは、パロットの横顔も明るく照らし出す。本当に、その横顔は、幽霊とは思えないほどに生き生きとして。 それでいて、確かに、人間とは異なる「何か」であることを、感じさせる。「生きてる間に青い空を見られなかったのは残念だけど、まあ、そりゃ仕方ねーんだ。戦闘機乗りっつーのはそういうもんだ。だから、その代わりに、今の俺様は色んな世界を見て回ろうって決めてる。生きてた間の俺様が出来なかった分、知らない世界の空の色を見るために旅をしてるんだ」 パロットの表情に陰影はほとんど見えない。死を経験していながら、この男はどこまでも、どこまでも、それこそ太陽のように笑ってる。「この世界も面白いよな、ダンジョンなのに雨は降るし風も吹く! 色んな魔王の城があって、みんな違う色の空を持ってる!」 空の色。それは――パロットにとっては単に「頭上に広がるもの」を意味するのではなくて、その世界そのものの色を意味しているのだと、何となくわかる。ヒワも、「ほう」と息をついて、どこか感心したようにパロットを見やる。「パロットって、意外と詩人だよな」「おうよ、何せ俺様は吟遊詩人だからな!」 ふふーん、とパロットは鼻歌を歌う。やたらと上手い鼻歌を。 僕とヒワは、そんなパロットを前に、顔を見合わせて……、それから、少しだけ笑った。 まあ、パロットというのはそういう奴だ。悪い奴じゃないと、思っている。畳む#桟敷城ショウ・マスト・ゴー・オン! 2021.7.9(Fri) 20:49:26 文章 edit
●Scene:05 或る戦闘機乗りの生涯
「ササゴイー! これどこに運べばいいー?」
マーケットから購入してきた資材を運ぶパロットの声に、僕は手の動きだけで指示を飛ばす。最初の数日こそお互いの意思疎通もおぼつかなかったのが、意外や意外、この鳥頭は僕の意図をすぐに飲み込んでくれるようになった。
どうやらこの男、「もの」を覚えるのは苦手だが、人の意図というか、空気を読むのは得意らしい。空気を読んだ上でそれに合わせた動きをしてくれるかどうかは別として。
『お疲れ様』
舞台から降りてきたパロットに、あらかじめ用意しておいた麦茶を渡す。この前冷蔵庫を仕入れたから――どういう仕組みで冷えているのかは考えないことにしている。どうせ夢だし――姉妹提携しているカフェからの差し入れも含め、食生活は随分と充実してきている。
特によく冷えた麦茶はパロットのお気に入りらしく、毎日がぶがぶ飲んでいる。まあ、紅茶もコーヒーもがぶがぶ飲むので、もしかすると味がわかってないのかもしれない――という疑念はそっと横に置いて、美味しそうに麦茶を飲み干したパロットが盆にコップを戻すのを見やる。
「んー、ササゴイもお疲れ。結構動いたもんな、大丈夫か?」
大丈夫。そう頷いて返す。真面目に二人の練習に付き合うようになった初日は、オーバーワーク気味でふらふらしていたが、一週間もすれば慣れる。一方で、体力の衰えは取り戻していかないといけないと真面目に思うが。
そんなことを考えていると、不意に視界に何か黄色いものが舞いおりてきた。それがヒワだと気づくまでに、数秒ほど必要だった。今日も黄色い髪を結い、黄色い羽をぱたぱたさせているお姫様は、琥珀色の目をきらきらさせて言う。
「麦茶! あたしにも麦茶ちょーだい!」
はいはい、と、もう一つ用意しておいた――本当は僕が飲む予定だったコップに麦茶を注いでやる。ヒワは満面の笑みを浮かべてコップを受け取ると、ちびちびと飲み始めた。うん、ヒワが嬉しそうなところを見るのは悪くない。練習ではちょっときついことを言ってしょげさせてしまうことも多いから、尚更。
「あー、仕事の後の一杯はしみるなぁー」
そのお姫様のなりでおっさんみたいな台詞を言うのは止めていただきたい。
ヒワは劇場内を飛べるという利点を生かして、桟敷城の照明を弄っていた。本当は影の劇団員に頼めばいい仕事ではあるのだが、僕やパロットが色々と作業をしている中で、自分だけ何もしていない、というのも落ち着かないらしかった。
まあ、舞台の上で三人で座り込んで茶を喫するのも悪くない。何だかんだ、朝食と練習の時以外はてんでばらばらに動いていることが多かったから、こうして三人で一緒に息をつく瞬間は、意外と貴重だった。
「あ、そうだ。パロット」
「あ?」
「前にも聞いたけど、ちゃんと答えてくれてなかったよな? パロットがここにいる理由」
「あれ、答えてなかったっけか?」
ヒワの問いかけに、パロットはぐーっと首をかしげてみせる。派手な頭も相まって、その挙動は本当に鳥のようにも見える。
「つっても、特に深い理由はねーよ? ふらふらーっと世界を渡ってたら、何か面白そうなとこ見かけて飛び込んだだけ! そしたら、何か人手が足りなさそうだしー? ってそのままお邪魔してる!」
世界を渡る。そういえば、この世界の住人は、元よりこの場にいた者もいるにはいるが、どちらかというと「他の世界からやってきた」住人が多いように見える。かく言う僕も周りからはそう見えているだろうし、この世界の仕組みをよく知らないというヒワもそうなんだと思う。
「自由に世界を渡れるんだ?」
「そうだぜ! 何せ俺様ハイスペック幽霊だからな!」
「……幽霊?」
幽霊。そういえば、他の魔王たちとの話でも、ちょこちょこそんなことを言っていた気がする。
だが、パロットはどこからどう見ても生身の人間だ。足はあるし、今まさにそうしていたように、ものを運ぶこともすれば、人並み以上に飲み食いする。人より少し肌の色が薄いのは気になるが、それ以外に人間とかけ離れたところはない。というか、他の魔王の方がよっぽど人間離れしている。
「電霊、っつーのが正しいのかな? 電気の信号でできてる幽霊。で、色んな世界を旅してる。つっても、ここじゃ他の連中と変わらないな? 何か、行く世界によって実体作れたり作れなかったりすんだよな、なんでだろ」
パロット自身、自分のことをよくわかっていない、ということだけはよくわかった。
ただ、幽霊であることだけはパロットの認識では確実なことであるらしい。ぽん、と手を打って、こう付け加えたから。
「ま、どうにせよ、俺様は一度死んでるからな!」
「死んでるんだ……?」
「そう! 空から落っこちて死んじまったんだ。俺様、戦闘機乗りだったからさ」
死んだ話をしているにもかかわらず、パロットはにっと白い歯を見せて笑ってみせる。
ただ、そうか、戦闘機乗り。軍人だか傭兵だか、立場こそわからないが「そういう訓練を受けた人間」ってことか。それなら、このマッチョ具合もわからなくはない。どうやら、僕とはありとあらゆる意味で住む世界の違う人間、というか幽霊らしい。
そして、ヒワは幽霊だというパロットに怯えるようなことはなく、それどころかいつもきらきらしている目をさらに輝かせて食いついていく。
「戦闘機乗りなんだ! ねえ、生前どんなことしてたの? っていうか死ぬときってどんな感じだったの?」
「あー、死んだときのことはよく覚えてねーんだ。っつーか生前のことはほとんど忘れちまってる。何か、幽霊ってそういうもんらしくてな。だから、俺様の話は全部、後から聞きかじった話になっちまうんだけど」
「それでもいいぞ、聞かせて聞かせて!」
食いついていくなー、ヒワ。ヒワは人見知りする性質のようだから、もしかすると、本当はもっと色んな人の話を聞いてみたくて、やっと、僕やパロットにそういう面を見せられるようになった、のかもしれない。
パロットは少しだけ身を動かして、姿勢を正して。それから、よく響く声で語り始める。
「俺様が生まれたのは、ここからずっとずっと遠い世界。全てが霧で出来てる世界だった。っても、覚えてることといえば、見上げた空が真っ白で、でもそれが『本当の空』じゃねーってことだけだった」
「本当の空じゃない?」
「本当の空は青いんだって、不思議と俺様は信じてた。俺様にそう教えてくれた友達がいた。で、本当の空を見るために、俺様と友達は一緒に戦闘機乗りになった。いつか、空を覆う白い天井を飛び越えて、その向こうを見るために」
――けれど、その前に、落ちて死んじまった。
そう言ったパロットは、けれど、楽しげに笑っていた。
「死んじまった俺様は、相当無念だったんだろうなー。無念の中身も忘れるくらい長い間、めちゃくちゃしつこくその世界に幽霊として留まってたんだけど、俺様が幽霊になってるって気づいてくれた友達が、消えそうになってた俺様に今の器を与えてくれて――青い空を、見せてくれたってわけ」
「その友達は?」
「今も遠くで元気にしてるぜ? たまに遊びに行って、色んな話をするのが楽しみなんだ」
けらけら笑ったパロットは、それから、ふ、と頭上を見上げる。ぎらぎらと舞台を照らすライトは、パロットの横顔も明るく照らし出す。本当に、その横顔は、幽霊とは思えないほどに生き生きとして。
それでいて、確かに、人間とは異なる「何か」であることを、感じさせる。
「生きてる間に青い空を見られなかったのは残念だけど、まあ、そりゃ仕方ねーんだ。戦闘機乗りっつーのはそういうもんだ。だから、その代わりに、今の俺様は色んな世界を見て回ろうって決めてる。生きてた間の俺様が出来なかった分、知らない世界の空の色を見るために旅をしてるんだ」
パロットの表情に陰影はほとんど見えない。死を経験していながら、この男はどこまでも、どこまでも、それこそ太陽のように笑ってる。
「この世界も面白いよな、ダンジョンなのに雨は降るし風も吹く! 色んな魔王の城があって、みんな違う色の空を持ってる!」
空の色。それは――パロットにとっては単に「頭上に広がるもの」を意味するのではなくて、その世界そのものの色を意味しているのだと、何となくわかる。ヒワも、「ほう」と息をついて、どこか感心したようにパロットを見やる。
「パロットって、意外と詩人だよな」
「おうよ、何せ俺様は吟遊詩人だからな!」
ふふーん、とパロットは鼻歌を歌う。やたらと上手い鼻歌を。
僕とヒワは、そんなパロットを前に、顔を見合わせて……、それから、少しだけ笑った。
まあ、パロットというのはそういう奴だ。悪い奴じゃないと、思っている。
畳む
#桟敷城ショウ・マスト・ゴー・オン!