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シアワセモノマニア
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ハッピーをお届けする空想娯楽物語屋

No.108


●Scene:15 アンコール!

 ごうん、ごうん、と。
 鐘の音が鳴る。それは劇の終わりを告げる鐘の音。
 ――幕が下りようとしている。この、桟敷城そのものの終わりが、始まっている。
「さあ、今度こそ終幕の時間ですね」
 舞台の上に上がったコルヴスは、本当は人の目が怖いんだろう。その肩が微かに震えているのは、僕にだけは見えている。見えてないのに難儀なことだと思うが、見えてないだけに、人の気配をはっきりと感じてしまうに違いない。
 パロットはコルヴスの「目」の代わりとしてその横に立ちながら、派手な頭を揺らして言う。
「外も随分騒がしいもんなー、そろそろこの世界も店じまいかな?」
 十五週。それで、この世界は終わるのだという。本来想定していた「終わり」とはいささかかけ離れた形のようだが、それでも、僕もまた言葉には出来ない感覚の部分で、この場に居られる時間はあと少しである、ということを理解していた。
 長くも短い十五週だった。色々なことがあって、見方によっては何一つ変わることはなく、それでいて、僕の中では何かが確かに変わった。変わることができたと、思っている。
 ヒワの手を握る。その小さな手の温もりを確かめる。すると、ヒワが細い指で僕の手を握り返して、こちらを見上げてくる。彼女もまた笑ってはいたけれど、少しだけ、不安そうでもあった。
「……ほんとはね。怖いんだ」
 うん、と僕は頷きをもってそれに応える。
 一番怖いのは、多分ヒワなのだと思う。
 僕はただ、立ち上がる勇気が無かっただけだ。どうしたって、もう一度舞台に立つためのきっかけが必要で、それがヒワとの「再会」だったのだ。
 けれど、一方でヒワはずっと「置いていかれた」と思っていたのだと思う。僕が最初に彼女に感じたように。ヒワはずっと僕の背中を見つめながら、ままならない自分自身をもてあましていたのだと思う。そして、それは今も変わらない。僕がもう一度舞台に立ったところで、ヒワの「怖い」という思いが拭い去れるわけではない。
 その気持ちがわかってしまうだけに、僕はただ、微かに震えるヒワの手を強く握り締めることしかできなかった、けれど。
「んなしょぼくれた顔すんじゃねーよ!」
 明るい声が飛び込んでくる。その声によく似合う、派手な髪をした男が、歌うように言葉を紡いでいく。
「ヒワの話、めちゃくちゃ面白かったぜ! 自信持てよ、背筋伸ばせよ、諦めなきゃ人は空だって飛べんだ。お前さんなら、青空より高い場所、ここじゃない世界にまで連れてけるさ!」
「パロット……」
「それに俺様、ハッピーな話が好きだからさ! 応援するぜ、お姫様! 今度はもっとわかりやすくハッピーなのを頼むぜ、それこそ、ハッピーウエディーング! 二人は末永く幸せに暮らしましたとさ(Happily ever after)、ってやつ!」
 それはお伽噺の定型文。僕らの国では「めでたし、めでたし」と訳されるもの、全ての喜劇の結末。なるほど、かつての僕は「ざっくりしすぎ」だと言ったが、古くから今にまで息づく決まり文句といえた。それは、パロットのいた世界でも変わらないのかもしれない。
 生前は死と隣り合わせの戦場に生きてきて、これからも死と共に生きていくのであろう戦闘機乗りの幽霊は、能天気なようで、意外と核心を突いてくる。本人はそれに気づいていないのかもしれないけれど。
 ヒワは、笑うパロットを真っ直ぐに見据えながら、それでも踏ん切りがつかないとばかりに唇を噛む。すると、コルヴスがそっと、声をかけてくる。
「それでも、レディ・ヒワ、あなたに力が少しばかり足らないというなら。……あなたの手を握る方が、導いてくれますよ」
 ヒワはぱっと僕を見上げる。僕も、思わずヒワとコルヴスを交互に見つめてしまう。そんな僕らの気配を察知したのか、コルヴスはくすくすと笑いながら言う。
「それがどれだけ荒唐無稽な喜劇でも。人間の身体を通すことで、虚構と現実との境界を飛び越える。それが演技であり、舞台というものだと思っています。そうでしょう、ミスター?」
 そう、そうか。コルヴスの言うとおり、それこそが――僕の、役目だ。
 コルヴスはパロットの同僚だったというが、その性質は全然違う。パロットが光り輝く存在であるなら、彼は、パロットの影であったのだろう。人に「魅せる」ための演技を志した僕とは相容れないけれど、演じる、ということに全てを捧げた影。そんなコルヴスが、僕は決して嫌いではなかったのだと、今改めて気づく。
『ありがとう、二人とも』
「いいってことよ!」
「ええ。十分すぎるほどに楽しませていただきましたから」
 この二人、案外息が合っているのかもしれない。普段は相当口さがないやり取りをしているが、それも――一種の「気安さ」がそうさせていたのだろう、と今ならわかる。
 二人がいてくれてよかった。僕の背を押してくれてよかった。
 それは、今、この瞬間だって変わらない。
「さあ、お客様に最後のご挨拶を」
「そうだぜ、びしっと決めてくれよ、魔王様とお姫様!」
 おんぼろ桟敷は今にも崩れかけている。僕の城である桟敷城を含めた、この「できそこないの世界」が、変わろうとしているのが、わかる。
 二人に背を押される形で、僕とヒワは二人で一歩を踏み出す。
 ヒワに視線を合わせれば、もう、ヒワは震えてはいなかった。喜びと、決意と、それでいて好敵手を見るような不敵な目つきで、僕をきっと見据えてくる。
 うん、そうだな。きっと、僕らは上手くやれるはずだ。お互いにお互いの背中を追いかけながら、遥か高みを目指せるはずだ。そして、二人でもう一度手を取り合ったその時には、見るもの全てを他の世界に連れていく。そんな舞台が作れるはずだ。
 作ってみせよう。絶対に。
 言葉にならない思いを胸に、舞台を取り巻く桟敷に向き合う。
 もはや観客席に本来の「観客」がいるのかすらもわからないけれど、この茶番劇を見ていてくれた人は、確かにいるのだと思う。
 ――例えば、そこのあなただとか。
 この劇を見届けてくれたあなたが誰なのか、僕にはわからないけれど。
 それでも、今だけは、あなたのために。
「ありがとうございました!」
『……ありがとうございました!』
 声にならない声をあげて、ヒワと手を取り合って笑いあい、頭を下げて――。
 
 桟敷城の幕が、下りる。
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#桟敷城ショウ・マスト・ゴー・オン!

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