元神様と放浪作家のイビツな関係

Ex:バレンタイン後のその後

 たんぽぽ色の自転車に乗る自称『元神様』小林巽と花屋のお嬢さん、椎名葵は花屋の前にいた。巽が開店準備をする葵を覗きに行くのはいつものことだが、今日ばかりは少々様子が違った。
「……巽くん、どうしたの? 少し顔色悪くない?」
「い、いや、そんなことねえよ?」
 もちろん原因は、昨日一日丸々かけて完食することになった、葵が心をこめて作ってくれた二十センチ四方のチョコレートだったのだが、そんなこと巽がおくびに出すはずもなく。
 葵は不思議そうに巽の顔を覗き込んでいたが、やがて気のせいだと思うことにしたのだろう、一転笑顔になって言った。
「そういえば、チョコ食べてくれた?」
「あ、ああ」
 やはりその話が来たか、と思いながらも、愛する葵の前である。巽はものっそくぎこちない笑顔をキープした。
「巽くん、甘いの苦手だって言ってたから、本当は不安だったんだけど……美味しかった?」
 ええ苦手ですとも。
 苦手です、が。
 巽はにっと笑って、必要以上にきっぱりはっきり言った。
「いや、すっげえ美味かったぜ!」
 そう、純情一直線の巽が葵の前で「辛かった」などと言えるはずもないわけでして。
 葵は「よかったぁ」と笑顔をさらに深くして。
 次の瞬間、とんでもないことを言った。
「それじゃあ来年は、もっとすごいチョコ作ってくるから!」
 こら待て、すごいって何だ。
 甘さか。甘さなのか。それとも……大きさか?
 甘くて甘くて死にそうだった、二十センチ四方のチョコよりもすごいチョコを想像し、巽は気が遠くなるのを感じた。が、もちろん愛する葵の前である。ものっそくいい笑顔で、
「ああ、楽しみにしてるぜ!」
 と言うしかない、悲しき『元神様』小林巽、御歳二十二歳。
 
 
 で、やっぱりそれを電信柱の後ろから見ていた秋谷飛鳥は。
「巽くーん……」
 と目元にハンカチを押し当てずにはいられなかったとか。