とにかく、小林巽はぼろぼろだった。
自慢の稲穂色の髪は乱れに乱れ、目つきが悪いと言われる青と緑のオッド・アイは普段以上にやぶ睨み。
そんな長身の白人がぶつぶつ呟きながらたんぽぽ色の自転車を押して歩いているのだ、そりゃあ通行人も避けて通るというものである。
巽がぼろぼろな理由は簡単、今日がバレンタインだったからである。
「バレンタインって何だよ、日本では女が男にチョコあげる日だろ、何が悲しゅうて俺様がチョコを作って持っていかにゃならんのさ」
巽の呟きが現状の全てを物語っている。つまり、料理、特に菓子を作るのに異様なほどの才能を示す巽のチョコを、知り合い全員がよって集って奪っていったのだ。まあ、需要があるからといって素直に作ってしまう巽も巽なのだが。
それにしても、チョコを貰う相手がいない物理学科の連中の目の色の変わりようは恐ろしかった。というかこのまま押し倒されて取り返しのつかないことになってしまうかと思った。
いやまあ既に大学の内輪アンケートで「嫁にしたい男第一位」に輝いているのは確かなのだが。不名誉にも。
巽はふらふらとした足取りで歩き続ける。目指すは駅。
「ふふふ、大丈夫、大丈夫……俺様は大丈夫」
目が既にイっちゃってますが。
二月の風は、巽の肌を切り裂かんがごとき冷たさで。適当な場所に自転車を置き、巽は何故かはだけかけていた襟元を直して、待ち合わせ場所の時計の下を見る。
すると、そこには一人の女の姿があった。少し癖の強い髪に、コートの上からでもわかる美しいプロポーション。
死んでいた巽の目が、途端に輝きを取り戻す。女に気づかれる前に手櫛で髪を整え、自分の髪が元々ストレート気味なのに感謝する。服の裾を引っ張り、頬を叩いて気合を入れなおす。
そう、今日は彼女ができて初めてのバレンタイン。
こんなことで落ち込んでいる場合ではないのだ。
「あ、巽くん」
女……花屋のお嬢さん椎名葵がそれこそ寒い中にぽんと鮮やかな花が咲いたような笑顔を浮かべてこちらを見た。巽はスキップするかのような軽やかさで葵に近づいて。
「悪ぃ、待った?」
と、今までの死臭漂う顔とは百八十度違う、明るい笑顔で言い放った。
で、そんな巽の一連の行動をこっそり柱の影から見守っていた友人秋谷飛鳥は。
「……巽くん、現金」
と、ほろりと涙したとかしなかったとか。
元神様と放浪作家のイビツな関係