元神様と放浪作家のイビツな関係

Ex:ロック

 安アパートに住む勤労学生小林巽の朝は、早い。
 元より人間離れした体内時計を持つ元神様である巽に目覚まし時計など必要ない。一応部屋に来る人のために時計は置いてあるものの、本来時計が一つもなくとも決まった時間に起きることができるのだ。
 しかし、今日だけは、巽が起きようと思っていた時間よりもずっと早くに起きる羽目になった。
 その理由は、あまりに単純だった。
 
 薄い壁を通して耳を貫く、圧倒的なベース。高音部で鼓膜を破壊するギター。そして連打されるドラムの音は、耳を塞いでもむしろ内臓にそのまま響いてくるようで……
「うるせえ!」
 飛び起きて叫んだ巽の声も、騒音でしかない圧倒的なロック・ミュージックにかき消されてしまう。
 そして、こんなとんでもない騒音の発生源は、一つしかない。
 巽はぼさぼさな金茶の髪も、上下のジャージもそのままに自分の部屋を飛び出し、一直線に丁度巽の住む二○一号の反対側の部屋、二○五号室に駆けていった。そして、聞こえないかもしれないと思いながら部屋の扉を力いっぱい叩こうとした、その時だった。
 ぴたり、と。
 流れていた音楽が止んだ。
 そして。
「ご、ごごごごめんなさいごめんなさい騒音公害ごめんなさい」
 巽がそこにいたのに気づいていたのだろうか、扉がゆっくりと開き、そこから顔を出した男がぺこぺこと頭を下げた。
 男が余りに情けない表情で頭を下げるものだったから、巽も怒る気が失せて一つ溜息をつく。
「太陽」
「はい」
「クニークルスに言っとけ、ヘッドフォンのコードはビニテかなんかで絶対に外れないようにしとけって」
「……言っておきます」
 二○五号室の主……根岸太陽は、自分が原因でもないのに再びぺこぺこ頭を下げながら言った。巽はもう一度溜息をつくと、太陽が開けた扉の向こうに目を向ける。そこには、大きすぎるヘッドフォンをつけた小さな頭だけが見えた。
 よくよく見れば、毛布を被って丸まっている人だとわかるのだが。
「クニークルス、次は気をつけろよ?」
 クニークルスと呼ばれたヘッドフォン頭は、巽には後頭部を向けたままひらひらと手を振った。ヘッドフォンで自分の声も聞こえないほどの大音量の音楽を聞いていても、こちらが何を言っているのかは把握できるらしい。
 テレパシーってそういう点では便利だな、と思いながら巽は「それじゃ」と言って部屋を後にした。もう一眠りしなくては、体力が持ちそうにない。
 自分の部屋に戻る時に、怒り心頭といった様子の大家さんとすれ違ったが、まあそれは見なかったことにする。
 
 二○五号室の住人は、ロック好きな引きこもりの超能力者とその保護者である。
 だがそんなこと巽にはどうでもよく、安眠さえできればいいのだ。