「宅配です」
「はいよ、御苦労さんです」
年末、貧乏学生であり元神様の小林巽が宅配便で受け取ったのは、何だかよくわからない一抱えくらいの箱だった。宅配屋さんは、出てきた巽を見て不思議そうな顔をしていたが、きっとそれはどこからどう見ても外人の巽が流暢な日本語を話していたからだろう。いつものことである。
何だろう、と思いながら巽は箱を部屋の中に入れた。
差出人を見れば、久しぶりに見る名前……
「珍しいね、お届けもの?」
「……で、お前は何処から入った飛鳥」
一瞬前まで部屋にいたのは巽だけだったはずなのだが、ちゃぶ台のところにはちゃっかりと作家先生、秋谷飛鳥が座っていた。絶対に玄関から入っていないことは確かなのだが、部屋に一つしかない窓から入ったわけでもなさそうである。
まあ、この男が忽然と部屋に現れるのはいつものことなので、巽の問いも単なる挨拶のようなものなのであるが。
「気にしないで気にしないで。で、それ何?」
「見るか?」
巽は飛鳥の前にどさりと段ボール箱を置いた。そこに書いてあった文字は……
「……ソーキそば?」
「ああ、沖縄名物ソーキそばだ」
ソーキそば。沖縄料理には欠かせない沖縄そばに、豚のあばら肉を煮込んだものであるソーキを入れたものである。近頃はパック詰めになって沖縄の土産物屋などで普通に買うことができる。また、通販などでも購入できるらしい。便利な世の中になったものである。
飛鳥は、見覚えのない差出人の名前を見ながら言った。
「知らない人だなあ……巽くんって、沖縄に友達なんているんだ?」
「俺様以外に友達のいないお前と一緒にするんじゃねえ。まあ、正確に言うんなら、こいつは単に沖縄に辿り着いただけだろうけど」
遠慮なくダンボールの箱を開けながら、巽は言った。
「こいつは生粋の旅人でさ。ふらふらと日本中を巡ってんだよ。で、俺にその土地の土産を寄越してくれるんだ。基本的に暑くなったら北に移動して、寒くなったら南に移動してるみてえだけど。だから今は沖縄なんじゃね?」
「何か、旅人っていうか渡り鳥みたいだね、その人」
「む、確かに」
パックに詰められているソーキとそばと沖縄そばのだしを取り出している巽を見ながら、飛鳥は何となくちゃぶ台の上のサボテンをつついていたが、ふと気付いて言った。
「巽くん、その下に手紙落ちてるよ」
「お、気付かなかった」
どうやら、パック詰めのそばと一緒に入っていたらしい封筒が、畳の上にあった。巽はそれを拾い上げると、飛鳥に寄越した。
「読んでくれ。俺様先に全部片付けるから」
「俺が読むの? 巽くん宛てじゃないか」
「大丈夫、どうせアイツのことだ、大したこと書いてねえし」
「はいはい」
相変わらず作業を続ける巽を横目に、飛鳥はがさごそと封筒を開く。封筒の中には、便箋と一枚の写真が入っていた。カメラに向かって沖縄の海を背景に笑いかけているのは、日に焼けた肌をした、精悍な顔立ちの青年である。
人間年齢二十二歳の巽と大体同じくらいか、少しばかり年上に見える。
「巽くん、この人ー?」
「そうそう。で、手紙は?」
「待って、今読むから」
拝啓、小林巽様。
お久しぶりです。
俺は現在沖縄に滞在しています。同封した写真は、沖縄に着いたその日に海を見に行って撮ってもらったものです。
流石に海で泳げるほど温かくはないですが、それでも本土よりはずっと温かく、過ごしやすい陽気です。そんなわけで今回の冬は沖縄で過ごそうかと思います。春になったら本土に戻って旅を続けたいと考えています。
沖縄はよいですね、料理も美味いし、景色も良いし。
巽はほとんど待盾から出ていないと聞いているので、今度の大学の休みにでも旅をしてみるといいと思います。もちろん、巽の懐が許せば、の話ですが。
そう、懐具合で言えば、こちらもかなりまずいです。旅先でいろいろと小金を稼いではいるのですが、そろそろどうにもこうにもならなくなってきたので、沖縄から戻ってきたら、そちらの方に帰ってきて仕事を探そうかと思っています。
その時には、まず世話になった巽のところに挨拶に行きたいと思います。巽がどのような暮らしをしているのかも気になっているので。
今回の土産は沖縄名物ソーキそばです。
やはり沖縄といえばこれですよね。色々なところで美味しく頂いています。本当は本場で食べるのが一番よいのだと思うのですが、ひとまず今回は土産物屋で調達したそばを入れておきます。
多分これが着くのは十二月も終わりになると思うので、是非年越しそばとして食べてくれると嬉しいです。
それでは、短いですがこの辺で。
待盾は寒いでしょうからお体には十分お気をつけて。
「……橘信彦、だってさ」
「ほら、大したこと書いてなかっただろ」
「そうなんだけど。でも、いちいちこうやって寄越してくれるんだ。マメな人だな」
「きっと友達少ねえんだろ」
元も子もないことを言うなよ、と飛鳥は苦笑しながらもう一度写真を見た。見た目の割に屈託の無い子供のような笑顔を浮かべている青年が、写真の中からこちらを見ているような気がした。
そういえば自分は巽の交友関係を意外と知らないのだな、とふと考える飛鳥。巽の家に毎日のように居座っている割に、この荷の送り主の名前すら知らなかったのだから。まだまだだなあ、と苦笑する。
この手紙だけでは送り主の人柄はよくわからないが、巽の友人なのだ、きっと面白い人なのだろうな、と思う。対人恐怖症の飛鳥が、この見ず知らずの写真の男と真正面から向き合って、楽しくお喋りできるとは到底思えなかったが……
「春くらいになったら、こっちに戻ってくるのかな?」
「そうだと思うが……珍しいな、お前が人に興味持つなんて」
「俺だって、好きで人嫌いやってるわけじゃないからね。たまには、友達を増やしたいとも思うさ」
思えなかったが、素直にそう言って飛鳥は笑う。巽も、そんな飛鳥を見て微かに笑ってみせた。
それから、巽は小さく溜息をついて畳一面に広げたソーキそばに向き直る。
「さて、このそば、どうするか……」
「食べないの?」
「いや、もちろん食うが、俺様一人じゃ食いきれねえからな」
確かに、よくよく見ればかなりの量だった。いくら巽が貧乏だからといって、一人暮らしの大学生に送られてくる量ではない。どう頑張っても食べきるまでに賞味期限が過ぎそうだ。飛鳥もしばらくそんなそばの山を見ていたが、ふと名案を思いついた。
「それなら、俺の家で食べる? 一人で年越しってのも寂しいでしょ、俺の家で年越しそばとしゃれ込まない?」
「そりゃあいいアイデアだな。でも、お邪魔していいのか?」
「もちろん。娘たちも巽くんが来るっていえば喜ぶよ」
「よっしゃ、それじゃあこいつら持って早速秋谷邸に行くとするか!」
巽は再びダンボールにそばを詰め込み始める。飛鳥は手紙と写真を封筒の中に戻すと、今度は巽がすぐに見られるように、ちゃぶ台の上に置かれたサボテンの鉢の下に置いた。
沖縄で年を越す、遠くの旅人の事を思いながら。
元神様と作家先生は沖縄の味で年を越す。
元神様と放浪作家のイビツな関係