「思ったんだけど」
ある日の朝、花屋の前で。
店の準備をしながら、花屋のお嬢さん椎名葵は大学に行くまでの時間を潰している彼氏、小林巽に向かって言った。
「巽くんと秋谷さんって、結局どういう知り合いなの?」
「さあ。俺にもわかんねえや」
巽とて、そう聞かれてしまうと困るしかない。出会ったきっかけは覚えているけれど、何故こんな関係になってしまったのかは、自分にもよくわからない。気づけば、あの作家先生秋谷飛鳥は自分の家に居座っていて、自分にとってもそれが当たり前になっていた。
それだけの話。
ただ。
「でも、秋谷さん、変わってるけどいい人よね」
「それは認める」
やり方はともかくとしても、もし飛鳥がいなければ、今巽はここで彼女とのんびり語らってはいない。相変わらず、遠くから眺めているだけの関係だっただろう。
あの時のことを思い出すと、今でも顔が赤くなる。あの時は勢いとはいえとんでもないことを言ったものだ。というか、ここ一番で気の利いたことが言えない自分が嫌になる。元神様も形無しだ。
けれども、何年生きていたとしても、元神様だとしても、恋をするってのはそういうことなのだと思う。
「……なあ、葵」
巽は、よく晴れた青い空を見上げて笑った。
「俺が休みに入ったら旅行に行こう。二人でさ」
「どこに行くの?」
「京都寺社巡りとかどう?」
「渋いなあ、巽くんってば」
葵も、楽しげに笑う。二人のささやかな笑い声が静かな町に響いた……その時だった。
「いいなあ、京都……」
ぼそり、と。
聞きなれた、というか聞き飽きた声がした。巽はぎぎぎぎぎ、と音がしそうな動きでそちらを振り向くと、近所の迷惑も顧みずに叫んだ。
「……な・ん・で、手前がここにいるんだ飛鳥ー!」
「いやん、蹴っちゃいやん」
そこに立っていた作家先生、秋谷飛鳥に向かって巽がローキックをかましている微笑ましい光景を見つつ、葵はにこりと笑って挨拶する。
「秋谷さん、おはようございます」
「痛た……あ、おはよう椎名さん。どう、巽くんは相変わらず奥手?」
「何言ってんだこのアホ作家!」
巽が顔を真っ赤にして放った渾身のハイキックを軽く片手で受け止めつつ、飛鳥はにこにこと笑って二人を見た。
「仲がよいってのはいいことだね。京都土産よろしくね、巽くん。俺、八つ橋がいいな」
「賞味期限が昭和六十年くらいの菓子でも探してきてやるから安心しろ」
「ええ、巽くんってば冷たい! 氷菓子みたい!」
「嫌な冷たさだなおい!」
相変わらずぎゃあぎゃあと喚く飛鳥を横目に、巽は葵に向かって苦笑する。
「あのさあ、葵、前言撤回したい」
「……何を?」
「俺、飛鳥をいい奴だって認めたくねえ!」
「そんなっ、ひどいよ巽くんっ」
「うるせえ! へらへら笑いながら言うな!」
葵はそんな他愛も無い会話を聞きながら、もしかして気づいていないのかなあ、と巽を見ておかしそうに笑う。
――巽くんだって、笑ってるじゃん。
普段通りのやり取りを葵の前でも同じように繰り返しながら、巽と飛鳥は笑う。
決して、普通じゃない。不器用で、不完全で、だけどふとした瞬間に笑い合える。
そんな、元神様と放浪作家の、イビツな関係。
元神様と放浪作家のイビツな関係