元神様と放浪作家のイビツな関係

47:体感気温

 古アパートの二階の一番端には、三年ほど前から一人の青年が住んでいる。
 青年の髪は稲穂の色で、目の色はアイスグリーンとフォゲットミーノット・ブルーのオッド・アイ。そんな奇妙な外見をした彼、小林巽と出会ったのは、やはり三年ほど前だっただろう。
 主が外出中の部屋の前に立ち、きょろきょろと辺りを見回しながら作家先生秋谷飛鳥はそんなことを考える。巽が自分で書いたのであろう「小林」という表札は、とても綺麗な字をしていた。
「お邪魔します」
 中に誰もいないのだとわかっていても、飛鳥は口の中で小さく呟いてから、鍵の掛かったドアに向かって無造作に一歩、歩み出る。
 次の瞬間、飛鳥の目に入ったのは真ん中にちゃぶ台を置いた、見慣れた部屋。
 ああ、今日も上手く入れた。
 ドアを完全に無視し、物理法則すらも無視して見事部屋に侵入した作家先生は、玄関に立ったまま安堵の息をつく。それから靴を脱いで、ゆったりとした動きで巽の部屋に上がりこむ。
 巽はああ見えてとことん几帳面な性格で、いつ来ても部屋は整えられている。まあ、飛鳥がこうやって主の許可無く普段から上がりこんでいるため常に綺麗にしていなくてはならない、と思っているのかもしれないが。
 既に「飛鳥用」と化した座椅子に腰掛けて、飛鳥は煤けた天井を見上げる。煙草の一つでも吸いたいと思ったが、巽がきっと嫌がるだろうから止めた。
 外はとても寒かったが、入った部屋の中はほのかに暖かい。本来この部屋に暖房器具らしい暖房器具はない……巽の貧乏は今に始まったことではない……はずなのだが、いつここに来ても、飛鳥は何となく『暖かい』と感じていた。
 それは、多分気温の問題というわけでもないのかもしれない。
 今、この場にはいない主、巽はぶつぶつ文句を言いながらも、いつも飛鳥を迎えてくれる。歓迎されているのかいないのかは、未だに飛鳥もはっきりとは理解していない。
 ただ、巽は決して、飛鳥を拒絶することはなかった。
 だから、飛鳥は「何となく」、この部屋の暖かさを求めて毎日この部屋を訪れる。部屋の主の優しさというか、お人よしさというか、それをそのまま体現したような部屋に居座るのだ。
 さあ、今日の夕飯は何だろう。
 飛鳥は立ち上がると、巽が丹精こめて作った食事を分けてもらうべく、当たり前のように人の家の冷蔵庫を開けた。