相変わらず許可も無く人の部屋に居座っている作家先生秋谷飛鳥は、ふと部屋の棚の上に置かれていたものに目をやった。
「巽くん、変わったもの持ってるんだね」
「……あん?」
部屋の主である大学生小林巽は、左右違う色の瞳で飛鳥の視線を追う。
そこにあるのは、瓶詰めにされた船の模型だった。
「それ、何か面白いから買ってきたんだよ」
巽は棚の上に手を伸ばし、瓶詰めの船を手に取った。
「何となく、これを見てると、昔のことを思い出すんだよな」
「昔のこと……って、向こうの世界にいたときのこと?」
「ああ」
小林巽は自らを「異世界から来た元神様」だと自称する。それが事実かどうかは明らかに怪しいはずなのだが、少なくとも飛鳥は巽の言葉を鵜呑みにしていた。巽は瓶を持ち上げ、透かして見ながら言った。
「本当、あの頃はバカだったなあ。神様って言ったって、結局は瓶の中。その中では威張り散らしていられても、外に一歩出りゃただの人、ってな」
「でも、巽くんはあえて外に出ることを望んだんだな。何故?」
飛鳥は瓶を見つめながら、言った。ただ、飛鳥はきっとその答えを知っていて巽に問いかけているのだろう、ということもよくわかった。
だから、巽は笑うだけで、何も答えない。
どんなに瓶の中の居心地がよかったとしても、船の帆は風を受けるためにあるし、その船体そのものも、水の上を進むためにある。その全てが、「瓶の外」の世界を生きるためのものだ。
それだけのものを持っていて、なお瓶の中に閉じこもっている意味は、無い。
そう、巽は思っている。
それは、人間と神、という二つを経験した巽自身にもまた言えることで。
「ま、一つだけはっきりしてることは」
巽は、飛鳥の質問には答えないまま、瓶詰めの船を元の場所に戻して言った。
「俺様は、人としてこの世界を愛してるのよ」
あれだけ憧れた、瓶をすかしてみた世界の向こうで。
彼は今、確かに生きている。
元神様と放浪作家のイビツな関係