花屋のお嬢さんの朝は、早い。
ベッドから降りると、あちこちに跳ねてしまう癖の強い髪の毛を手で整えつつ、裸足にスリッパを突っかけてカーテンを開ける。窓の外には、淡く紫がかった、花で例えるならば勿忘草のような色をした、澄んだ朝焼けの空が広がっていた。
朝焼けの日は雨だというけれど。
何となく、花屋のお嬢さんは朝焼けの空が好きだった。
何故なのかはよくわからない。
ふと、目線を下ろすと、家の一階にあたる花屋の前を、黄色い服を着た青年がものすごいスピードで自転車をこいで横切ろうとしていたところだった。
その青年に、お嬢さんは見覚えがあった。
長身痩躯で、明るい金茶の髪を持ち、どうみても外国人にしか見えないのにものすごく流暢な日本語を喋る、常連のガーデニング好きな大学生。
確か、名前は小林さん。
ハーフかクォーターなのだろうかと思ったが、聞いたところ名前も日本人っぽかったので何者なのかは未だによくわかっていない。
ただ、お嬢さんは何となく、彼のことが気に掛かっていた。
不思議な人なのだ。外見だけじゃない。その仕草も、喋り方も。何よりも、植物に対する目線がとても優しい人だと思った。実際には、店先で軽く言葉をかわすだけの関係で、植物が好きということ以外は何も知らないのだけれど……
そんなことを思っていると、彼が、店の前を横切る瞬間に、こちらを見た。
見上げる瞳は緑と青のオッド・アイ。
窓から彼がいる場所までかなり離れているはずなのに、はっきりと、それが見分けられた。すぐに、小林さんは顔を戻して先ほどよりももっとスピードを上げて道を駆け抜けていってしまったけれど。
お嬢さんは、もう一度空を見上げた。勿忘草の、薄青を貼り付けたような空。
ああそうか、とお嬢さんは思う。
小林さんの右目の色も、この空と同じ色をしていたのだ。どこまでも澄み切った、悲しいまでのフォゲットミーノット・ブルー。
不思議、と小さく呟いて、お嬢さんは気づいた。
自分が、パジャマ姿で、しかも爆発したような髪のまま窓の外を見ていたことに。
とんでもない格好を見られてしまった、と赤くなりながらも、頭の中には小林さんの目の色が、焼きついて離れなかった。
元神様と放浪作家のイビツな関係