〆切破りの常習犯、作家先生秋谷飛鳥は半分ほどが灰になった煙草を咥えて愛機……ノートパソコン『シズカちゃん(飛鳥命名) 』と睨み合っていた。
ディスプレイに映し出されているのは、メールの返信画面。
飛鳥は、確かにそれなりに有名な作家なのだが、物語という形を取らない文章を書くのはものすごく苦手だった。
だからだろう、熱心な読者からのメールを前に、何か返信を書こうとしてもいい言葉が思い浮かばない。
>いつもメールありがとうございます。
それだけを無造作に打って、再び考え込む。
この読者は、いつも飛鳥が本を出せばすぐに読破し、メールで感想を書いてくれる。それも、飛鳥が描こうとしているものを、的確に受け止めてくれているのがわかるような書き方をしているのが印象的だった。
だからこそ、何かしらの言葉を返したいと思った。普段は読者からのメールにも個別に応えたりはしない、無精者の飛鳥が、だ。
ほとんどが灰になった煙草を灰皿に押し付け、本日何本目かもわからない煙草を取り出し、火をつける。誰かが禁煙しろとうるさく言っていた気もするが、今だけは忘れることにした。
返信のフォームに引用された読者の長い文面を見ながら、飛鳥はつらつらと考える。
例えば、このメールを送ってくれた読者はどんな顔をしているのだろう、とか。どんな声をしていて、どういう喋り方をするのだろう、とか。普段は、どんな生活を送っているのだろう、とか。
ディスプレイに映されたこんな無機質な電子で構成された文字では、何もわからないに決まっている。
便利なのか不便なのか、わかったものではない。
ただ、きっと自分は、直接この人と向き合って話すことは出来ないな、と飛鳥は思う。元より人と対するのが苦手な飛鳥が、知らない人の顔を見て話をするなどもってのほかだった。
真っ向から否定されたくない。
いや、この人なら、きっとわかってくれる。
だけど、今度こそ否定されてしまったら。
色々な思いが頭の中を駆け巡り、消えていく。鈍い痛みすら伴いながら。
頭を振り、酷いトラウマだ、と苦笑してから飛鳥は再びメールに向かう。どうにせよ、このメールの送り主と出会うことはないだろう。自分は作家。向こうは読者。その地点で文字という媒介でしか、繋がることはできない関係なのだ。
無理やりにそう思うことにして、飛鳥は灰皿に灰を落とし、改めてキーボードに武骨な指を乗せた。
元神様と放浪作家のイビツな関係