そろそろ四十歳の作家先生、秋谷飛鳥はお洒落なフレームの眼鏡をかけている。基本的に外見には気を遣わないこの男、茶色の髪は常にぼさぼさで、髭だってめったに剃らない。服装まで気が回るはずもなく、ある時は部屋着のまま外をほっつき歩いていたこともある。
そんな作家先生が唯一気を遣うのは、何故か、眼鏡。
ついでに、秋谷先生の唯一の友人、ということになるのかもしれない大学生、小林巽は一つの事実を知っている。
飛鳥の視力は、両目共に2.0ジャスト。
つまり、飛鳥の眼鏡は完全に伊達眼鏡なのである。
「……何で、眼鏡なんてかけてんだよ、邪魔じゃねえ?」
巽は黒縁眼鏡をかけて、今日も今日とてちゃぶ台を挟んで向かい合っている飛鳥に向かって言った。ちなみに、巽は遠視気味である。近くも遠くも多少見えづらいのだが、普段はコンタクトを愛用している。
飛鳥はほんの少しだけオレンジ色のフレームの眼鏡をずらして、苦笑する。
「いやね、担当の加藤さんに言われたんだ」
眼鏡を外したその下の目は、柔和そうな垂れ目をしているが。
「そのままだと、どう見ても作家ってよりスポーツマンだって」
巽は眼鏡越しに飛鳥の、作家と言うには引き締まりすぎている体つきを見た。服の上から見てもわかる、一体何をすればそこまで鍛えられるのだと言いたくなるほどの、肉体美。肉体改造などしていないはずだが、下手な運動選手よりもよっぽど均整の取れた肉体をしているのは確かだった。
そんな「作家先生」、飛鳥は眼鏡をかけなおし、小首を傾げて言った。
「だから、眼鏡で知的さの演出?」
「そういうのを、焼け石に水ってんだよ、飛鳥先生」
――それ以前に、何故この男は「作家」なんて仕事をしているのだろうか。
根本的な疑問は、とりあえず巽の頭の中だけに留めておくことにした。
元神様と放浪作家のイビツな関係