高級感あふれる紅茶の匂い立ち込める、貧乏くさい部屋。
その真ん中に置かれたちゃぶ台の上で、作家先生秋谷飛鳥は愛機『シズカちゃん』を前に、茶色がかった髪の毛をがしがしやりながら奇妙なうなり声を上げていた。まるで、気の立った猛獣のような様相だ。
そして、その背後に立って作家先生の動向を見張っているのは、乾いた笑みを張り付かせた家主小林巽と、飛鳥の担当編集者である加藤梓だった。
「……なあ、加藤さん」
巽は、ぼそりと横に立つ梓に向かって言った。
「何ですか」
「何で、ここで仕事させるかな」
「ここに逃げ込んでも無駄だということを思い知らせるためです」
「怖っ!」
巽は恐る恐る梓の顔を見たが、典型的な「仕事のできる女」という印象の梓は、にこりとも笑っていなかった。どうやら冗談というわけではないらしい。もちろん、巽も梓が冗談を言うような女ではないということはよく知っているのだが。
この悲惨な状況を詳しく説明すると。
飛鳥が仕事をサボろうとして巽の家に逃げこんだところ、梓が何故か巽の家で待ち構えていた。そして、梓が携えていた飛鳥の愛用するノートパソコン『シズカちゃん』とおそらく『シズカちゃん』と一緒に秋谷家から持ち出したのであろう飛鳥の生命線である高級茶葉を前に、飛鳥は否応無く仕事をせざるを得ない状況になってしまった、というわけである。
「おーにー、かとーさんのおーにー」
飛鳥のうなり声は、いつしか呪詛に変わっていた。それでも、梓は意にも介せず言い放った。
「時間通りに仕事をしてくだされば、いくらでも優しくします」
「がはっ」
きっぱりはっきり。
梓は飛鳥を完膚無きほどに叩きのめしたその無表情のまま、巽に向き直る。
「あ、小林さんは紅茶要りますか?」
「あ、や、俺はいいです、自分でコーヒー淹れますから」
この担当さん、怖いなあ。
巽は自分が作家じゃなくてよかったと、思わず両腕で自分の身体を抱きしめていた。
飛鳥にとっての地獄の時間は、結局翌朝まで続いたのだという。
元神様と放浪作家のイビツな関係