光の当たり具合では金色にも見える茶色の髪を風に靡かせて、小林巽は空を見上げる。青い空に、白い雲。
空の色は、何処でも変わらないのかと、いつも思う。
『自分』が最後に見上げた空も、また、綺麗な青だったと思い出す。
「……そう、綺麗な空だったんだ」
「え」
小さい、声が背後から聞こえた。いや、本当は背後から、と言うわけではなかったのかもしれないが、本当に微かな声だったから巽には何処から聞こえたのかよくわからなかったのだ。
「知ってるか? 作家先生がしてくれた『あの話』には、続きがある」
「……続き……?」
今度は青と緑の目を声が聞こえる方に向けることが出来た。
小林巽は自称『元神様』だ。本人が言うには、「遠い世界からやってきた、時間と運命の神様。ただし、今は人間になったのでほとんど神様としての力は使えない」。
この日本人離れした外見は、その名残だと主張する。誰も法螺だと思って信じてはくれないが、巽はそれでもいいと思っている。
それと。
「ほとんど神様としての力は使えない」と言っていたが、実は「ほとんど」と言い置いているとおり、ほんの少しだけなら不思議な力が使える。
これが、その一つ。
「奴は、『空が見えないな』って言って死んだけど、実はな、その後ほんの少しだけ命をもらえたんだ」
「命を?」
巽の後ろに立っていたのは、形にもなっていない、薄い、影。巽はそれに向かって笑いかける。
「まあ、その仕組みは置いておいて、だ。俺はあの作家先生みたいに話上手じゃねえから上手く言えねえが、お陰で奴は大切な人に、ずっと言いたかったことを言えたんだ」
巽は空を見上げて、笑う。
「こんな風に悲しいほど青い空の下で、笑顔で『愛してた』ってな」
「あい、してた……」
「そう。な、お前さんは何て言いたい? 最後に、許されるのならば」
影は、小さく揺らめいて、ぽつりと言った。
「 『ありがとう』 」
「オーケイ、俺様が責任持って伝えとくわ」
影はいつの間にか消えていて、巽は土を払って立ち上がる。暖かな南風が、小さな声を遠くへと運んでいくような気がして、ほんの少しだけ微笑んだ。
小林巽は元神様で、今でもほんの少しだけ、その力が残っている。
例えば、誰も気づかないような声に気づくくらいの力とか。
元神様と放浪作家のイビツな関係