バカらしい、とバイト帰りの勤労学生、小林巽は舌打ちする。
鍵を開けて、扉を開けたところ、部屋の中が暗かった。
珍しく、一週間連続で。
改めて考えてみると、巽はこの古アパートの一室に一人暮らしである。部屋の中が暗いのは当たり前のことである。普通に考えれば。
だが、大体この時間のこの部屋には、鍵が掛かっているのにもかかわらず突飛な方法で侵入して勝手に冷蔵庫を漁っているような迷惑な男がいるはずなのだが……
何故、「いるのが当たり前」などと思ってしまったのだろう。
奇妙な状況に慣れすぎてしまった自分に頭が痛い。
侵入者、作家先生秋谷飛鳥は妻子持ちの四十路男で、本当ならばこんな場所にいるべきでない人間であって。何度も何度もこの部屋から追い出して「帰れ」と叫んでいたはずなのだが。
いないならいないで、妙に。
「末期だ……」
妙なところで寂しがりやなのは、もしかすると飛鳥だけではないのかもしれない。巽はそんなことを思いながら、ふと部屋の真ん中に置かれているちゃぶ台に目をやった。ちゃぶ台の上には、自分が置いたはずのない、紙切れが一枚。
巽は電気をつけ、その紙切れを取り上げた。すると、そこにはミミズがのたくったような字でこう、書かれていた。
『祝・原稿撃破! 今日は娘とディズニーランド! お土産お楽しみに☆ 飛鳥』
――また、俺がいない間に侵入してたのかあの男。
四十路男が書いたとは思えないメモを前に、巽はがっくりと肩を落として溜息をつく。
だが、まあこの一週間〆切に追われていたのだな、と納得して、メモを握りつぶす。多分、明日からまた厄介な男がこのただでさえ狭い部屋に居座ることだろう。ネズミの楽園土産のクッキーか何かを持参して。
さて、明日は冷蔵庫に何を用意しておくべきか。
そんなことを考えながら、巽は遅い夕食の準備を始めた。
元神様と放浪作家のイビツな関係