貧乏ながら毎日を楽しく過ごしている大学生、小林巽はバイトから帰ってきて、部屋の鍵を開ける。今日もきちんと鍵は閉まっていたことを確認してから、ドアをゆっくりと開けた。
すると。
「たーつーみーくぅん」
本当にこいつは何処から入ってくるのだろう、と巽はいつも思う。
本来一人暮らしのはずの部屋から聞こえてきたのは、情けない声。
「何してんだよ、飛鳥……ってぇ?」
いつも通りにずかずかと部屋の奥に進んでいったものの、それを見て巽は絶句してしまった。
そこにあったのは、鍋を頭にかぶって、百科辞典を盾にしつつ、布団に包まり震えている不恰好な置物。
いや、置物というか人なのだが、どうにもシルエットが人の形をしていない。
「どしたん、飛鳥?」
巽は呆れた顔で置物、作家先生秋谷飛鳥に問いかけた。飛鳥は泣きそうな顔で巽を見上げた。髭面でその表情は単にむさいだけだろとか思うのだがそれを言うと飛鳥が余計に傷つくので言わないでおく。この男、外見に似合わずとてもナイーブなのだ。
よく見ると、鍋の下から覗く眼鏡も見事にずれていて、その顔だけで笑いを誘える。
「今日、地震、あったじゃん?」
飛鳥の声は、やっぱり震えていた。
「ああ、あったなあ」
震度三程度の、小さな地震だ。東京近郊なら一ヶ月に一度はあるようなもの。ここに来てから三年くらいの巽だが、既に慣れ始めている。むしろ危機感の欠如が怖いくらいに。
だが、飛鳥は鍋を深く被りなおして言った。
「すごく、揺れたんだよ、がたがた言って何だか天井からぱらぱら降ってくるし、何これ俺本当に死ぬんじゃんとか思ってせめて頭守らなきゃって鍋被って布団被ってたんだけど、地震止まってもまた繰り返し繰るんじゃないかって思って鍋被ったまんま気づいたら寝てたりとかしてでも今巽くん帰ってきたときやっぱり揺れてとにかく怖かったんだ」
「……それは単にこのアパートがぼろいだけじゃねえか?」
それか、お前が臆病なだけ。
どうしても言いたくなる言葉を、巽は無理やりに飲み込んだ。
元神様と放浪作家のイビツな関係