「巽くんって、バンドやってるんだよね?」
唐突に、作家先生秋谷飛鳥が目を輝かせて聞いてきた。この部屋の主である苦学生、小林巽は一瞬驚いてたじろいだが、すぐに首を縦に振った。
「ま、大学でな」
「ギター?」
「見りゃわかんだろ」
巽は手にしたエレキギターを指して言った。飛鳥は嬉しそうににこにこ笑いながら言った。
「俺も、高校時代ギターやってたんだよ。懐かしいなあ」
「いつの時代だよ」
飛鳥と巽は対等に会話しているように見えるが、実は飛鳥の方が二十歳近く年上である。明らかに、バンドをやっている、と言っても世代が違う。飛鳥はちょっとだけ傷ついたような表情をするが、すぐに元気を取り戻して(巽にはうるさいだけだが)言う。
「じゃあ、巽くんって歌も歌うの? ギターはすごく上手だって聞いたけど」
「や、ヴォーカルは別の奴なんだけど」
「でも、巽くんの歌も聞いてみたいなあ」
「うっ」
何となく、某金貸し業者のCMに出てくるチワワのような目でこちらを見上げてくる飛鳥。いや、あくまで可愛いのはその目つきだけで、実際にはただのむさいオッサンなのだが。
どちらにしろ、そうやって見上げられているのにはいろんな意味で耐えられない。
流石にそうやって言うと飛鳥が傷つくので口にはしないでおいたが。
「……わ、わかった。歌えばいいんだろ、歌えば」
巽はギターの弦を爪弾きながら、口を開く。歌うのは、巽が所属するバンドのオリジナル曲、『フォゲットミーノット・ブルー・スカイ』。
「……ごめん」
一曲歌い終わった後、飛鳥がどんよりとした表情でぼそりと口にしたのは、謝罪の言葉だった。やっぱりどんよりとした表情で巽が返す。
「や、いいんだ、どうせ俺様音痴ですから」
「意外だなあ、ギターはすごく上手なのに」
『は』というあたりがポイントである。
「悪かったな。楽器は得意だが、歌になるとさっぱりなんだ。っていうかお前はどうなんだよ、飛鳥」
「なら歌ってみせようか、さっきの歌、楽譜ある?」
珍しく妙に自身ありげな飛鳥に、巽は「じゃあやってみろよ」とヴォーカルの楽譜を手渡した。手書きの楽譜は病的なまでに細かく書き込まれていて、書いた人間の性格が露骨に表れている。
「……これ、巽くんが書いた? 作曲も作詞もやるんだ。すごいなあ」
「うるせえよ」
「いや、いい歌だと思ったから。本当にさ」
と言い置いて、飛鳥は巽のギターに合わせて静かに歌い始める。この狭い部屋では十分な声が出せないといえ、低く、囁くようでいて、優しい響きの歌が響く。
――何だ、本当に上手いんじゃねえか。
巽は聞いたばかりの歌を見事に歌いこなしてしまう飛鳥をほんの少し羨ましそうな目で見つめながら、そう思った。
元神様と放浪作家のイビツな関係