「飛鳥が、行方不明?」
外人面の大学生、小林巽は目の前の女の発言に元より大きな目を丸くした。
近所で私立探偵を営む女、秋谷静は相変わらずいろんな意味でハイセンスな服に身を包み、物騒な言葉に反してチェシャー・キャットを思わせるニヤニヤ笑顔を浮かべていた。
「んー、連絡つかないからこっちに来てるのかなって思ってね」
「いや、来てねえっすよ」
静の夫、秋谷飛鳥は作家で、自称・巽の親友で、いろんな意味で問題人物だ。普段から巽の家に上がりこんでは冷蔵庫の中身を食い逃げしたり、編集担当から逃げるために巽を盾にしたり、何ていうか、ろくでもない男なのだ。
「困ったなあ。いやね、実はこんな紙切れが机の上にあってさ」
「ちょっと見せてもらっていいですか?」
「いいよー、どうせ減らないし」
猫のような丸っこい声をたてながら、静は巽に一枚の紙を手渡した。そこには、ミミズがのたくったような文字で一言、これだけ。
『浮気してやる』
「……浮気じゃないですか?」
見たとおりのことだ。おそらく、あまりに静が仕事で忙しく構ってもらえなかったということで、すねて家出でもした、というところだろう。
何度目だ、と巽は思う。
「そうなんだけどさあ、うちのパパ、また変なところに首突っ込んで痛い目にあってたらかわいそうでしょ」
「でもまあ、今日の夕方には帰ってきますよ、多分」
「まあ、そりゃあそうだね。じゃあ、お邪魔しました。巽くんはこれからバイト?」
はあ、と頷きながら、巽は言った。
「会ったら静さんが探してたって声かけときますよ」
結局、浮気も何も単にそうやって言って静の気を引きたかっただけの飛鳥は、夜には巽の部屋に転がり込んできて、巽は夜通し飛鳥の愚痴を聞く羽目になったのであった。
ひとまず俺様の睡眠時間や精神衛生のためにも、もう少しこの男を構ってやったらどうだ、静さん。
巽はそう、思わずにはいられなかった。
元神様と放浪作家のイビツな関係