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幸福偏執雑記帳
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以降更新はindexで行います

No.119

「近頃は随分明るくなりましたね。……外は暑いですか?」
 Xに発言を許可すると、そんな他愛ないことを話し出した。
 当初は必要最低限のことしか話そうとしないXだったが、最近は少しずつ、世間話のようなやり取りが成り立ちつつある。果たして、それを喜んでいいのかはわからなかったけれど、別に私からXに会話を禁じているわけではないので、軽く応じる。
「そうね。そろそろ夏も本番という感じ。あなたは、夏は好き?」
「暑いのは苦手ですが、夏の風景は好きですよ」
 夏の木々の濃い緑だとか、明るい色で咲き誇る花だとか、青空にかかる入道雲だとか、ぎらぎらと照り付ける太陽が生み出す風景の陰影だとか。そういうものを好ましく感じるのだと、Xはぽつぽつと言う。
「そういう風景を目にすると、ああ、今、自分は生きているな、と、思うんですよ。これは夏に限ったことでは、ありませんが」
 ――それでも、特に「夏」という季節に、それを感じる、と。
 Xは言って、窓のない研究室の壁に視線をやる。その向こうに広がっているだろう、夏の風景を思うように。
 もう二度と目にすることはない、夏の風景を思うように。

#無名夜行

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