home book_2
chat
幸福偏執雑記帳
幸福偏執雑記帳

幸福偏執雑記帳

以降更新はindexで行います

No.596, No.595, No.594, No.593, No.592, No.591, No.5907件]

Twitter300字SS「答える」
第七十七回「答える」2021年7月3日

 椎名すずめが秘密の名前を唱えれば、魔法つかいイリスに早変わり。なのだけれども……。
「ウェール」
「ないよ」
「まだ何も言ってないじゃん!」
「言わなくてもわかるよ。そんな魔法はありません」
 ウェールはふさふさとした尻尾を振りながら言い、すずめは恨めしげにウェールを睨む。
「魔法つかいなのに、魔法で解決できないことが多すぎる!」
「言われても困るよ。僕が魔法を作ったわけじゃないんだから」
 それもそうだけど、と唇を尖らせて、すずめは手元を見る。XとYが並んだ数学の教科書は何も語りかけてはくれない。
「そもそも、テスト前日になって勉強を始めるのは、魔法の国でも付け焼刃って言うんだけど」
「正論は聞きたくないの!」

――『答えが知りたい』

20220602110144-aonami.png畳む

#[Twitter300字SS]

300字SS

Twitter300字SS「影」
第七十六回「影」2021年6月5日

「今日の朝、突然、でっかい影が頭の上をよぎったから、見上げてみたらさ」
 休み時間。すずめの耳に入るのは、後ろの席のクラスメイトの話。
「人が! 空を飛んでたんだよ!」
「うそだー、そんなのありえないよ」
 けらけらと笑う声。「ほんとだよぉ」という訴え声も、笑い声にかき消されてしまう。すずめは唇を引き結んで意識を逸らそうとするも。
「やっぱり、遅刻しそうになるたびに魔法で空を飛ぶのはよくないと思うよ」
 鞄の中に隠れた相棒ウェールの声に、すずめは「うう」と唸ってしまう。
 椎名すずめが、魔法つかいイリス・アルクスであることは、みんなには内緒、なのだけれども。
 こんな調子で、危なっかしい部分も、ちょっとだけ。

――『目撃情報』

20220602110016-aonami.png畳む

#[Twitter300字SS]

300字SS

Twitter300字SS「届く」
第七十五回「届く」2021年5月1日

 椎名すずめは今日も魔法つかいイリス・アルクスに変身する。イリスは虹色の尻尾髪を閃かせて、悪い魔法つかいをこらしめる……、のだけれど。
「ねえ、ウェール」
 一仕事を終えた布団の中で。すずめはこっそり相棒のウェールに問いかける。
「好き、って気持ちはどうすれば届くかな?」
「言えばいいんじゃないかい?」
 そうじゃないのだ。すずめは口をへの字にする。
 すずめには好きな人がいて、その人は違う人を見ている。大事な人を困らせたいわけじゃないけれど、好きという気持ちは伝えたい。そんな時の魔法はないのか、という問いに、ウェールは首を横に振る。
 魔法はそんなに便利なものじゃない。すずめは今日も枕に顔をうずめるのだ。

――『好きという気持ち』

20220602105842-aonami.png畳む

#[Twitter300字SS]

300字SS

Twitter300字SS「道/路」
第七十四回「道/路」2021年4月3日

「わわ、遅刻遅刻!」
 椎名すずめは鞄を肩に引っかけて、通学路を走っていく。
 すると、目の前に立ちはだかるのは『通行止め』の工事看板。けれど、それはすずめの足を止めるには至らない。
 すずめが鞄の口を開けば、ひょこりと顔を覗かせるのは羽のような耳を持つぬいぐるみ。そのぬいぐるみが、ぱくぱく口を開く。
「遅刻するたびに変身するのはどうかと思うけどね」
「うるさいなあ、行くよ!」
 ――空に描くは七色の虹。
「イリス・アルクス!」
 秘密の名前を紡げば、すずめの姿は魔法つかいイリスに早変わり。工事看板を軽々と飛び越えて、空を蹴って、高く、高く飛び上がる。そして、今日も魔法つかいの虹色の軌跡が朝の青空に描かれるのだ。

――『通行止め』

 

「ウェールは、魔法の国から来たんだよね」
「そうだとも」
 羽のような耳を持つぬいぐるみ……のように見えるウェールがこくこくと頷く。椎名すずめはウェールの長い体を持ち上げながら、仰向けに寝転ぶ。
「魔法の国って、どこにあるの?」
「ここから、ずっとずっと遠い場所さ」
「ずっとずっと遠いのに、どうやってこっちに来るのさ」
 すずめは、ずっと疑問に思っていた。ウェールや、悪い魔法つかいたちは、どこからどうやって人間の世界に紛れ込んだのか。すると、ウェールは大きな目を細めて、笑ったようだった。
「ひょんなきっかけで道が開かれるときがあるのさ。それは、まるで運命のようにね」
「何それ」
「すずめもいつかわかる日が来るさ」

――『ずっとずっと遠い場所』

202206021055501-aonami.png
20220602105550-aonami.png 畳む


#[Twitter300字SS]

300字SS

Twitter300字SS「隠す」
第七十三回「隠す」2021年3月6日

「じゃあね、すずめちゃん」
 教室からひとり、またひとりと人が去っていき、やがてすずめ以外の誰もいなくなる。そろりと廊下を覗いてみて、誰も通っていないことを確認してから、すずめは鞄を開く。
「ウェール」
 鞄から出てきたのは、大きな青い目にちいさな口元、翼のような大きな耳。ふかふかの毛に覆われたそれは、ぱちりと目を瞬いてから、すずめを見上げるのだ。
「どうにも鞄は窮屈だね」
「勝手に隠れてついてきてるんだから文句言わない。それで、魔法の気配って本当?」
「本当さ。君の出番だよ、イリス」
 すずめはきっぱりと頷いて、ウェールを鞄から引っ張り出す。「イリス・アルクス」と秘密の名前を口ずさめば、魔法の時間のはじまりだ。

――『魔法の時間』

 

 椎名すずめ――魔法つかいイリス・アルクスは、虹色の尻尾髪を靡かせて空をゆく。
 魔法の匂いを追いかけていく中で、イリスの衣装としてその身を包む相棒のウェールが囁く。
『悪い魔法つかいは、人に魔法を使わせる』
 それは、おとぎ話の魔法使いのように「人の願いを叶える」という触れ込みで、けれど悪い魔法つかいの魔法は人の思いを歪ませていくのだという。
『そして、悪い魔法つかい本人は、人の影に隠れて、魔法を与えられた人が暴走していくさまを楽しんでいる』
「悪趣味だね」
『だから、イリス、君が悪い魔法つかいの存在を暴いて、捕まえてみせるんだ』
 空を蹴る足取りは虹の尾を引いて。魔法の出所目掛けてきらきらと駆けていくのだ。

――『魔法つかいのやり方』

20220602105215-aonami.png
202206021052151-aonami.png 畳む


#[Twitter300字SS]

300字SS

Twitter300字SS「服」
第七十回「服」2020年11月7日

 気づけば冬はもうそこまでやってきていた。
 すずめはダッフルコートをクローゼットから引っ張り出して、鏡の前で羽織ってみる。少しばかり大きい気もするけれど、来年、再来年と着るならこのくらいがちょうどいい。
 そして忘れてはいけない、とベッドの上でうたた寝していたウェールを持ち上げて、首に巻いてみる。軽くてふわふわな毛並みのウェールはとてもあたたかく、かわいらしい色味もあいまって素敵なマフラーに見える。
 マフラーもとい魔法つかいのウェールは、大きな目をぱちぱちさせて首を傾げる。
「どこかに行くのかい、すずめ?」
「うん。あとりちゃんとお買い物!」
 にっこり笑って、すずめはウェールと一緒に街へと出かけるのだ。

――『寒い日のお出かけ』

 

 ウェールは魔法つかいだけれども、人間の世界でできることは多くない。力を人間に委ねることで、初めて魔法が形になるのだ。
 だから、ウェールはすずめにこう伝える。
「最高の自分をイメージするんだ」
 魔法は心の力。最高のイメージは最高の魔法に繋がる。
「空に描くは七色の虹、イリス・アルクス!」
 すずめが秘密の名前を紡げば、ウェールはすずめ――魔法つかいイリスの衣装へと早変わり。すずめのイメージする「最高の自分」は、少しだけ大人びた少女。長い髪をリボンで縛り上げ、裾の広がったドレスからは虹色の光が散る。
『よく似合っているよ、イリス』
 ウェールはイリスの心の中に微笑みかける。
 さあ、今日の「お仕事」を始めよう。

――『最高のイメージ』

202206021050361-aonami.png
20220602105036-aonami.png 畳む


#[Twitter300字SS]

300字SS

Twitter300字SS「選ぶ」
第六十九回「選ぶ」2020年10月3日

 家の近所のお手ごろ価格の洋菓子屋さんを覗いて、すずめは腕に巻きついたぬいぐるみ……、のように見える魔法つかい、ウェールにそっと問いかける。
「ウェール、どれがいい?」
 ウェールは羽のような形の耳を広げ、大きな目ですずめを見上げて言う。
「生クリームとカスタードのシュークリームがいいな」
「たまにはエクレアも食べたいけど」
「僕はシュークリームがいい」
「ほら、プリンもあるよ。生クリームも乗ってるし、大体おんなじじゃない?」
「シュークリーム」
「強情だなあ……」
 とはいえ、ウェールがシュークリームを選ぶのはわかりきっていたから、今日もすずめはなけなしのお小遣いを崩して二つの味わいのシュークリームを買い求める。

――『今日のおやつは』

 

 椎名すずめが悪い魔法つかいを追う魔法つかいイリス・アルクスになったのは、単なる偶然。空から落ちてきた魔法つかい、ウェールを拾ったから。あれよという間に魔法が関わる事件に巻き込まれて、なし崩し的にウェールの手伝いをすることになったのだ。
「でも、本当にあたしでよかったの? もっと才能があるひととかいたりしないのかな」
「それは、いると思うよ」
 ウェールはいつだって正直だ。しかし、「なら」と言いかけたすずめをさえぎって、ウェールはこう続けるのだ。
「けれど、僕はすずめを選んだことを後悔していないよ。悪い魔法つかいを捕まえるのに必要なのは、魔法の才能よりも、目の前の事件をほっとけないっていう気持ちだからね」

――『魔法つかいの才能』

20220602104838-aonami.png
 202206021048381-aonami.png畳む


#[Twitter300字SS]

300字SS