思わずそちらを振り返ってしまうセイル。歌を歌うつもりだったのか、胸の前で手を合わせていたシュンランが、すみれ色の目を見開くが、飛び退ったチェインが同時に鎖でシュンランの身体を引き寄せて、竜の吐息から逃れさせる。
「あ、ありがとうございます、チェイン」
「ああ、けど、今のは……」
チェインの声に、疑問にも似た響きが混ざる。セイルもまた、竜に向き直りながらも叫ばずにはいられなかった。
「……っ、アルベルト! シュンランを殺す気か!」
アルベルトは、そもそも、シュンランを欲していたはずではないか。それなのに、今の一撃は間違いなくシュンランを狙っていた。もちろん、竜が勝手に狙いを定めたのかもしれないが、それにしてはおかしい。
ブランと同じように、未来を視る能力を持つアルベルトが、そんな簡単な過ちを犯すとも思えないのだ。
すると、アルベルトはブランが繰り出した鎌の一撃を軽くいなし、間合いを取って笑う。
「シュンランはそう簡単にゃ死なねえよ。それこそ、竜一匹程度じゃな」
「どういうこと?」
「わからねえなら試してみりゃいいじゃねえか、なあ、シュンラン」
アルベルトの意図を受け止めたのか、もう一度、竜の顎が開かれる。セイルはそれを何とか阻止しようと、先ほどの一撃でほとんど動かなくなった片足の横をすり抜けて、もたげた竜の喉に向かって槍を放とうとするが――
「う、わっ」
そのとき、横合いから割り込んできた赤いものがセイルの横腹を掠め、思わず一歩退いてしまう。その間に、赤き竜は首を大きく振り上げ、口を開く。かっとセイルの目と肌を焼く光が視界に満ち、再び光線がシュンランに向かって撃ちだされる。
もちろん、既にチェインもそれを予見し、防御の魔法を展開させていた。しかし、その盾は先ほどセイルが目にしたものよりも、目に見えて薄くなっていて……竜が放った光線を受け止めきれずに、砕け散る。
チェインは、魔法が破られると見ると、身を投げ出してシュンランを庇った。シュンランの叫び声が、光の中に響く。
「チェイン!」
「余所見は禁物だぜっ、弟くん!」
ブランとやり合いながらも、アルベルトはセイルの動きを的確に捉えて警告を放つ。事実、セイルの目の前には、セイルが裂いたのとは反対の竜の爪が迫っていた。何とかその一発は避けるも、それを追うようにセイルの腹を目掛けて放たれた攻撃を避けきれず、したたか床に打ち付けられる。
――今のは、一体?
激しくむせ、涙目になりながらも、骨や内臓がいかれた様子はない。『アーレス』の予測を信じて少しでも衝撃を和らげようと、自ら体を投げ出したのが功を奏したか。何とか目を瞬いて、ぼやけた視界の中に、己に一撃を加えた相手を探す。
そして、セイルは理解した。
自分を狙っていたのは、ごつごつとした竜の体には似合わぬ、しなやかな真紅の尻尾だった。その先端には鋭い棘が伸びていて、まるで突剣のようでもある。これで突き刺されなかっただけマシだと思いながら、ふらつく足で立ち上がる。
「チェイン! 大丈夫ですか、チェイン!」
背後では、シュンランがチェインを呼ぶ声が響いている。
「……何とかね」
掠れたチェインの声が聞えてきて、セイルは少しだけ安心して息を付くも、状況は決してよいものではない。それは、続いたチェインの言葉からも明らかだった。
「だけど、どうしても、魔力が続かない……厳しいね」
微かに届く息の音も、酷く苦しそうで。セイルは、自分の体に響く痛みも忘れてチェインのことを思う。
そういえば、アルベルトが言っていた。エルフはこの竜と同様、マナでのみ存在を維持できる、と。どうして、自分とチェインとではそのような違いがあるのだろう、という疑問が頭をもたげてくるが、今はそんなことを考えている余裕もない。
視線だけは竜から離さないままに、一気に竜から距離を取って、チェインの横にまで戻る。横目に映ったチェインの姿は、決して無事とはいえないものだった。服はあちこちが焦げ、おそらくもろに光を浴びたのだろう左手はだらりと垂れ下がってしまっている。
しかし、肩で息をするチェインの目は、目の前に立ちはだかる竜を見据え続けている。まだ、心が折れたわけではない。
そうだ、まだ、何も終わってなどいない。『ディスコード』の刃を盾のように展開させ、チェインの肩を支えるシュンランに向かって声をかける。
「シュンラン、歌える?」
「はい! 少しだけ待っていてください、チェイン。マナを創るです」
シュンランは、すみれ色の瞳を竜に向け、凛とした表情で言う。
戦うにも、態勢を維持するにもマナを必要とするチェインにとって、この部屋での戦いは余りにも不利だ。だが、シュンランはマナを創る能力がある。女神と世界樹にのみ許されたマナの一からの生成を、何故シュンランの歌が可能としているのかはわからない。けれど、この場においては何よりも必要とされる能力であった。
そう、思われた、けれど。
「いや、それには及ばないよ」
チェインの声が、それを遮った。
セイルは「えっ」と思わず聞き返してしまい、シュンランもまた目を見開いてチェインを見る。一瞬竜から意識を離してしまい、慌てて竜に目を戻すが、竜はすぐにあの光を吐いてくる様子は無く、頭を下げて背中を丸めている。どうも、竜の方も息切れしているように見えた。
とはいえ、いつ攻められても対応できるように、『ディスコード』の翼を広げなおす。その傍らで、チェインが言葉を続ける。
「さっき、アルベルトも言っていたじゃないか。竜は魔力を喰らう。私にとって有利になる環境は、向こうにも有利なんだ」
「しかし、チェインは……」
「少しだけ時間をもらえれば、マナは摂取できる。セイル、頼むよ」
呼吸こそ苦しげだが、チェインはあくまで冷静に場を見極めている。セイルは、一瞬どうすべきか迷った。シュンランも同じだったのだろう、胸元で手を硬く握り締めてチェインを見下ろしている。
だが、それがチェインの覚悟だというならば。
セイルは、『ディスコード』を構え、再び竜に相対する。ただ、その時、いつになく静かになってしまっている相棒のことが気にかかり、竜の動きを凝視しながらもそっと問いかける。
「ディス、大丈夫?」
大丈夫、と応えるディスの声は、存外しっかりとしたものだった。ただ、その端々には微かな疲労が滲んでいる。
『ブランの送信してくる情報をお前に渡すだけで消耗するんよ……あの馬鹿、めちゃくちゃ送り込んできやがる……』
この瞬間も、目に映る『予測』の画像。実際にはブランがセイルの視界を借り、アルベルトと戦いながらもその情報を瞬時に『アーレス』と『レザヴォア』で処理してセイルの視界に送り返しているのだ。その送受信の媒体となっているのが『ディスコード』であるのだから、ディスに負担がかかるのも当然だ。
『だが……本当にすげえな。これだけのものを抱えて、まだ、奴は奴のままでいる』
――どういうこと?
『俺は、今まで「アーレス」と「レザヴォア」の保持者を数人見てきた。そいつらは能力に押しつぶされて、どっかしら狂っちまった奴らばかりだった。だが、ブランはあくまで能力を己の意志で統御してる。あちこち壊れちゃいるが、意志力だけは認めざるを得ねえよ、畜生めが』
――褒めるかけなすか、どっちかにしてあげようよ……
だが、ディスの複雑な感情も、今なら何となくわかる気がする。
ディスは、ブランの持つ力を、真っ直ぐに己の思いを貫こうとする意志の強さを、当初から誰よりも正しく認めていた。セイルの胸に伝わってくる思いは、純粋な畏敬の念だ。ただ、ブランの隠してきたこと、失ってしまったもの、それゆえの危うさも知ってしまっているが故に、どうしても素直になれなかった、だけで。
そして、もう一つだけ、わかることがある。
――ディス……ディスは、ブランのことも、心配してたんだな。
荒々しい言葉に隠していたけれど、ディスは常にブランを気遣っていたのだ。人の心を理解できずに、それでも孤独に己の目的を貫こうとするブランに対して、ディスは必ず釘を刺してセイルたちに向き合わせようとしていたのだ。
ディスはちっと舌打ちして黙った。多分図星だったのだろうし、のんびり喋っている場合でもない、と判断したのも理由の一つだろう。竜が、再び動こうとしていた。ゆっくりと頭を持ち上げた時、セイルは思わずあっと声を上げていた。
巨大な頭の下に隠れていた、セイルが傷つけたはずの片足が、治りかけていたのだ。ぶくぶくと、赤い泡のようなものが傷口から染み出て斬り裂かれた肉と肉を接合している。不気味な光景に目を背けたくなるが、そんなことは許されない。
竜が光を放つ前に、再びセイルは竜の顎に向かって駆ける。今度こそ、下顎と上顎を縫いとめてやろうと首の下に走りこみ、前足の一撃を喰らう前に『ディスコード』を突きこもうとするが……
「同じ技は、二度は通じねえぜ」
高い、アルベルトの声が響いた瞬間、『ディスコード』の刃が弾かれた。どうして、と思った瞬間に、今度は前足と尻尾の二連撃がセイルを襲う。何とか『ディスコード』を払うようにして攻撃を防いだものの、何もかもを切り裂くはずの刃は、そのどちらも斬ることができなかった。ただ、何かしなやかで柔らかなものを弾いたような手ごたえが腕に残っただけで。
『……マナで体を覆ったか』
頭に響くブランの冷静な声で、セイルもこの感触の正体に思い当たる。そうだ、これはチェインの鎖やブランの『アワリティア』と打ち合った時の感覚によく似ていた。
どんなに硬いものも易々と切り裂いてみせる『ディスコード』だが、唯一にして致命的な弱点が魔力による防御を貫けない、という点だ。全く魔力を持たない機巧の剣であるが故に、それを打ち崩すための力を発生させることが出来ないのだ。
――どうすれば?
『この図体に、少ないマナ。全身をくまなく覆うのは不可能だ。おそらく……っ』
ブランの言葉は、途中で途切れた。視界に映ったのは、アルベルトの手にした杖の煌き。ブランはそれを紙一重でかわし、鎌を振るうがその力は弱く、再び突き出された杖を弾き返すには至らない。それでも、細腕に似合わぬ力で振るわれる杖を何とか受け止め、目の前にまで迫ったアルベルトの顔を見据える。
アルベルトは獰猛な笑みを浮かべて、ブランに囁く。
「苦しそうだなあ、ノーグ?」
「まあな」
ブランは素直にアルベルトの言葉を認めた。未来視同士ということもあり、打ち合うよりも「読み合う」ことに徹していたからだろう、今までお互いに手数は少なかった。だが、数合の交錯を経て既にブランの手は震え始めている。
おかしい。セイルの思考に影が差す。以前、ブランと対峙した時は、『アワリティア』の扱いづらさも相まって全力を出し切れなかった様子ではあったが、それでもセイルを相手取って、決して動きが鈍ることはなかった。
だが、今、ブランは苦しそうに息をつき、震える手で何とか『アワリティア』を握りこんでいる。
「その苦しみも痛みも、全て取っ払ってやろうっていうのに、強情な奴」
「俺は、俺の手に余る奇跡なんざ望まねえよ、アルベルト」
ブランは、少しだけ微笑んでみせた。彼自身、笑っているという自覚はないのかもしれない。それでもセイルには、「笑顔」であるということがわかった。もちろん、ブランの視界を借りているセイルにも、ブランの笑顔が見えたわけではないけれど……
アルベルトが目を丸くしたところを見ると、きっと、とびきり上手く笑えていたのだと、思う。
一瞬、呆気に取られたアルベルトはすぐに軽く頭を振り、杖に篭めた力を強くする。
「なら、手前に未来はねえな」
「ああ、だから、俺はもう何も要らない」
ブランは笑みを深める。セイルの胸の中に流れ込んでくるのは、悲しいほどに澄み渡った、青い空の情景。ずっと、ずっと、凍り付いて見えなかったブランの心の底は、こんな色をしていたのだ。
それは、セイルの湛えた髪の色。ブランが、そして、かつての兄が好きだと言っていた真夏の空の色。
空を夢見続けてきたであろう、遠い日の少年は……己の全てを否定した男に向けて、力強く吼える。
「だが、何もかも、何もかも、この手の中にあるものを、手前なんざに奪わせやしねえ!」
「は、その余裕、何処まで続くかな!」
そして、再び、銀の鎌と歯車の杖が交錯する。そうなっては、セイルの側に予測を届けるので精一杯となってしまうのだろう、ブランの声は完全に途絶えた。
金属がぶつかり合う甲高い音をブランの聴覚を通して聞きながら、セイルは意識を竜に戻す。
青い空の情景は、セイルの胸の中に鮮やかに焼きついて。澄みきった思いが、セイルに力を、勇気を与えてくれる。この、強大な敵に立ち向かう勇気を。
銀の瞳に竜の姿を映しこみ、セイルは考える。ブランが伝えようとしたことを。竜の弱点。『ディスコード』を弾く魔力の幕が途絶える場所。
『……わかるか、セイル?』
ディスの囁きが脳裏に響く。セイルは、少しだけ考えて……小さく、頷いた。
「うん。そこを突くのはかなり難しいと思う。でも」
『それは、お前が一人だった場合だ』
ディスは、セイルの思いを受け止めて、力強く言葉を繋ぐ。背後から鈴のような、透き通った声が響いてくる。セイルの知らない言葉による歌。女神をも脅かす力を持つという、『歌姫』の奇跡。
そんな歌声を聞きながら、セイルは走る。靴の裏が金属の床を捉え、ぐん、と加速する。
竜は再びセイルを迎撃しようと体をゆっくりと前に突き出し、腕を振り上げる。それと同時に、シュンランの歌を止めようと口を開いて光を溜めるが、先ほどよりも光が放たれるまでに時間がかかっている。身を守るためにマナを使っているために、攻撃に回すマナが足らないのだ。
行けるだろうか。セイルの脳裏に生まれかけた疑念を、己自身で振り払う。
行けるかどうか、ではない。行くのだ。
大丈夫、と。そっと耳元で囁かれた気がした。その声はブランのものだったのか、ディスのものだったのか。頭の中に直接流れてくるのがよく似た声であるだけに、どちらのものかはわからなかったが……視界に映し出された予測は、セイルの狙いが不可能でないことを裏付けてくれていた。
目の前に竜の前足が迫っているのを見据え、ひゅっ、と息を吸って、床を蹴る。
跳躍。
セイルの身体能力をもってすれば、軽々と竜の顎目掛けて跳ぶことが可能だった。開かれた竜の顎は、光を溜めている途中ということもあり、すぐにセイルを喰らおうと顎を閉ざすことはできない。
その代わりに、顎に到達する前にセイルを叩き落そうと、前足と尻尾が同時にセイルに迫る。空中では、身をかわすこともできず、『ディスコード』の刃も通用しない。このまま突っ込めば、間違いなくセイルの体が爪で切り裂かれるか、尻尾の針で貫かれるかのどちらかと思われた、が。
――セイルの背筋を、駆け上る、歌。
その瞬間、視界に、青が咲いた。
本来植物など生えるはずのない金属の床から爆発的に広がり、竜の体を這い上がる青い花。シュンランの歌によって生み出された植物が、竜の足を、尾を、その体全体を床に縛り付ける。
もちろん、それは一時的なものだ。いくら奇跡のような力で生まれたものとはいえ、竜の動きを完全に封じるほどの力はないようだった。竜の筋肉が盛り上がり、今にも青い花を咲かせた蔦はあっけなく千切られそうではあったが。
その一瞬さえあれば、十分だった。
目を見開き、頭の中で、針を回す。
セイルの視界は色を変え、世界の全てが動きを止める。色と音を失った世界で、セイルは『ディスコード』を構えたまま、足を伸ばす。
突き出された前足を蹴って更に高く跳躍。『ディスコード』を翳して目指す先は、シュンランの生み出した花蔦によって固定された、竜の顎の中。だが、その顎の奥では今にもはじけんばかりの熱量が生み出されていた。
そのまま顎の中に飛び込めば、セイルの体など一瞬にして蒸発するだろう。背筋に流れる汗は、熱によるものだけではなく、緊張によって生まれた冷たい汗だ。
それでも、セイルは迷わない。『ディスコード』の刃を束ね、槍の穂先を思わせる形にして、顎の中に飛び込む。
セイルの目に映る光が一際強くなったその瞬間、セイルの世界は色を取り戻し。
「汝の名は、『女神の法衣』!」
チェインの声が響き渡り、肌を焦がしかけた熱がすうっと消えた。消えたのではなく、チェインの放った魔法がセイルの身を包んだのだ。
先ほどまでの、面を防御する盾ではなく、セイルの体全体を柔らかく覆った魔力の衣は、セイルを熱や牙の先端から守り、セイルを竜の口の中まで到達させることを可能とした。
ならば、セイルがやることは、一つ。
右手の『ディスコード』が甲高い音を立てる。刃と刃が震え合って生み出す不協和音。セイルと共に、ここまで歩んできた剣は、セイルの意志を受け止めて高らかに吼えて。
「貫けええええっ!」
その、吼え猛る槍を、眩い光の奥、力を生み出す場所であるが故に、防御にまで魔力を回すことのできない喉に向かって、真っ直ぐに突き出した。
貫かれた部分が、ぐしゃりと歪む。それは、肉を貫いた感覚とも、金属を切り裂いた感覚とも違う。やけに軽い手ごたえと共に、セイルが突き出した槍の先端に触れていた肉が、まるで砂のように崩れていく。
セイルの頭の中に、声が響く。
助けて。
死にたくない。
どうして……!
耳を塞ぎたくなるような、声、声、声。いや、声だけではない。真っ赤な顎が開かれ、血まみれの牙が目の前に迫る像が、脳裏に焼き付く。現実ではないとはっきりわかる、しかし、どこまでも現実に近い幻影。
これは、竜に喰われた人の……記憶?
セイルの銀の瞳は、時に人の目には映らない何かを見ることがある。それは妖精や精霊であったり、光の差さない闇の中に浮かび上がる物体の輪郭だったりする。そして、時には、既にここにはない過去の情景を垣間見ることも、ある。
望まずして竜の糧となった者たちの叫び声が、セイルの意識を塗りつぶそうとする。それでも、セイルは唇を噛み締めてそれを堪える。
やがて、渦巻いていた意識はゆっくりとセイルの周りから去ろうとしていたが、刹那、
――信じていたのに、ノーグ様。
耳元で囁いた声には、聞き覚えがあった。セイルたちの前に何度か姿を現したクラスタ兄弟の兄、異端研究者にして命令魔道士キルナ・クラスタのものであった。
果たして、それが、幻聴であったか否かはわからぬまま。セイルは、いつしか床の上に立ち尽くしていた。喉を貫かれた竜の体は横倒しになっていて、セイルの体は完全に分かれてしまった頭と胴体の間にあった。
竜の目からは光が失われ、命が絶たれていることがはっきりとわかったが、頭を失った胴体部はびくんびくんと、未だ激しく震えていた。それでも、傷口からさらさらと崩壊が始まっている。
『竜は、物質として顕現してはいるが、その本質はマナの塊らしいな』
ディスの呟きが、セイルの頭の中で響く。
『命を絶たれれば、そのまま楽園の大気に還る、それが竜という生き物の末路だ』
現代に蘇ったと思われた竜は、青い花に抱かれて、その命を終えようとしていた。ふわり、と青い花弁がセイルの前に落ちた、その時。
きぃん、という音が響き、セイルははっとしてそちらを見る。
ブランとアルベルトの戦いは、まだ終わってはいなかった。
空色少年物語