裾が擦り切れた青い外套を羽織る長身の騎士は、柘榴石の瞳でセイルを見つめていて。セイルは、喉が急に渇くような感覚を覚えながらも、掠れた声で騎士の名を呼んだ。
「ルクス……さん」
「やあ、少年。また会ったな」
気さくな笑みを浮かべる騎士の名は、ルクス・エクスヴェーアト。
チェインの師、ユーリス本殿の騎士にして影追い。偶然という名の必然でセイルと出会った男だった。
まさか、ルクスが待っていたとは。そう思いはしたが、ルクスの立場を思えば当然でもある。ルクスは神殿の人間で、しかもブランを……正確にはセイル・フレイザーを探していた。きっと、ルクスはブランが神殿の人間であることを知っていたに違いない。
そして今、ルクスがここに立つ理由は、ただ一つ。
「ルクスさんも、俺を、止めるんですね」
「そうだ。これがお兄さんの仕事なもんでな」
ルクスは苦笑を口の端に浮かべ、その笑みをすっと消した。その瞬間、周囲の空気が色を変える。実際に何かが変わったわけではない……が、セイルの背筋は凍る。今まで対峙した騎士たちとは比べ物にならない圧力に、思わず足が震えそうになる。
ただでさえ自分よりも大きい存在だと思っていたルクスが、二倍にも三倍にも膨れ上がったように見えていた。
「少年。今退けば、少年のことは見なかったことに出来る。退いてはくれないか」
声は穏やかだったが、有無を言わせぬ響きがあった。
今までのセイルであれば、唇を噛んで俯き、答えが出せなかったかもしれない。相手が、自分に対して温かな感情を向けてくれたルクスであるが故に、尚更だ。
だが、今は。今だけは。セイルは震える手を握り締め、銀の瞳を上げて、真っ向からルクスの深紅の瞳を見据える。
「退きません。俺は、絶対にシュンランを助けるって決めたんです」
「……そうか。ならば、俺を越えてみせることだな」
ルクスはす、と腰に手を伸ばす。ベルトに刺さっているのは、銀で出来た短い杖のようなものだった。そういえば、ワイズで出会った時は己の腕一つでごろつきをあしらったところしか見ていなかった。ルクスがどのような得物を使うのかは、セイルも知らない。
すると、不意に脳裏に溜息が響いた。
『はあ……相手が悪ぃな』
ディス、と声に出して言いかけたところで、『喋るな』とディスに制された。
『奴に悟らせるな、そのままで聞け』
――うん。
セイルは意識で頷き、ルクスの挙動からは目を離さないままディスの声に耳を向ける。
『ここは俺がやる。ルクス相手には付け焼刃は通用しねえし、そもそも手前が殴るのはブラン一人でいい』
ディスの言うとおり、セイルの戦法は何処までも付け焼刃。それも対ブランに特化したものでしかない。ならば、経験値で上を行くディスに譲った方が確実ではあるだろう。思いながらディスに体を譲りかけて、不意に気づいた。
――ディスは……ルクスを知ってるの?
そうだ、初めてルクスに会った時、ディスはセイルの元にいなかった。それに、ディスの物言いはルクスの戦いぶりすら知っているかのようであった。
ディスは『はっ』と息を吐き、苦笑してみせる。
『昔、嫌ってほど関わっちまったもんでな。ま、とりあえず』
世間話のようだったディスの声が、ふと真剣みを帯びる。
『手前が奴から学べることは多い。奴から決して目を離すな。いいな』
こんな時までディスはセイルに「学ぶ」ことを要求するのか。否、こんな時だからこそ、なのかもしれない。何もここを突破してブランを倒すことがゴールではない。セイルの物語は、兄と会い、シュンランの無事を確かめるその時まで続くのだから。
了解の意志をディスに伝え……ルクスに気づかれないよう、ディスに体を空け渡す。
ルクスはセイルとディスの声無き会話を聞いてはいなかったようで、銀の杖を両手に握り、セイルの知らない顔でそこに立つ。それはセイルの目からもわかる、剣の構えだった。
――変わらねえな、アンタだけは。
ディスは微かに息を漏らし、表情を殺して重心を低く取る。ディスの動きを見たルクスが一瞬目を見開いたように見えたが、その瞬間にはディスは床を蹴って飛び出していた。
それと同時に、ルクスが動いた。その手の中にある杖のように見えたものが眩い光を放つ。だが、ディスはそれすらも予測していたのだろう、その眩さの中で瞬きもせずにルクスを見つめ続け……床を蹴る。全ての物理法則から解放されたような動きで高く跳躍したディスの足元を、何かが薙いだ。
見下ろすルクスの手の中にあるそれは、「杖」などではなかった。短い杖に見えたそれは柄であり、その先端から放たれた光はいまや巨大な刃の形になって柄の延長線上に収束している。
光の大剣。まさしく、その呼び名が相応しかった。
――女神の剣『ルクスリア』。
ディスの思考が、流れてくる。女神の剣、ということはルクスもまたブランと同じように女神ユーリスに選ばれた影の存在、虚絶ちであったということなのか。ただ、そこにブランの時のような驚きはなかった。
目の前に立つルクスの圧倒的な存在感は、セイルにそれを納得させるだけのものがあったから。
落下に身を任せたディスは、剣を振り抜いたルクスの肩に、左手の吼え猛る刃を突き通そうとする。が、ルクスもディスの動きを予測していたのか体を捻ってその一撃を回避し、返す刃を叩き込もうとする。
ちっ、と舌打ち一つ、地面に降り立つその足で背後に跳躍、ルクスの光の刃が届かない間合いを確保する。
ルクスの深紅の瞳がそれを追いかけてくるが、追撃に踏み込んでくることは無かった。ディスの反撃を警戒したのか、それとも……
「少年」
ルクスの唇が、微かに震える。
「君は――『誰』だ?」
今の一瞬の攻防で、相対するのが自分の知っている空色の少年でないことに気づいたのか。心の内で驚くセイルだったが、ディスは全く動じずだらりと刃の左手を垂らし、肩を竦めてみせた。
「知らないとは言わせねえぜ、ルクス・エクスヴェーアト」
ルクスと、彼の持つ光の剣から目を片時も離さないままに、口の端を歪める。
「 『世界樹の鍵』、銘は『ディスコード』。今はこのセイルの剣だ」
「俺の知ってる『ディスコード』は、そんなお喋りじゃなかったはずだがな」
「そりゃあ調査不足ってもんだ。どうせ神殿と疎遠だから、上から教わってなかったんだろ」
呆れた声を上げるディスを、ルクスは眉を寄せて見つめる。
「随分物知りじゃないか、『ディスコード』 」
「ま、流石に喋りすぎってもんだな」
ディスはくくっと喉を鳴らしてから、表情を消して左の剣を構える。刀身に、セイルの心臓の鼓動に合わせて淡い緑の光が走る。そして、刃の色をした瞳でルクスを真っ直ぐに見据えて。
静かに、言葉を、紡ぐ。
「――セイルのために。ここは、通らせてもらう」
ひゅっ、と空気を吸った音。それはディスのものだったのか、ルクスのものだったのか、セイルには判断できなかった。次の瞬間にはディスが床を蹴ってルクスの懐に飛び込んでいたから。
ルクスは動かない。動かない代わりに、ディスが飛び込んでくる軌道を読み、その場所に向かって光の刃を振り下ろす。
だが、ディスはその一手先を読んでいた。普段の大げさな動きとは打って変わってほんの少しだけ体を横にずらしただけでその一撃を空振りに終わらせ、次の一撃を放つまでの間隙を縫い、ルクスの腕を狙って剣を走らせる。
空気を震わせる不協和音。
切り裂けぬものはない『ディスコード』の刃は、狙い誤ることなくルクスの手を覆っていた銀の篭手、そして皮膚一枚を切り裂いていた。床に落ちる篭手の残骸を蹴り、迷わず返す刃で皮膚だけでなく剣を持つ手そのものを斬り落とさんとする。
しかしルクスがそれを許すはずも無い。今まさに振り下ろそうとしていたディスの左手が、大きく弾かれる。見れば、ルクスは実体を持たない光の大剣でなく、柄そのもので『ディスコード』の刃を弾いていたのだ。
セイルの手に走るのは、金属と金属が打ち合った感覚ではない、何か丈夫でしなやかなものに誤って刃を通そうとした時の感覚に近い。
――やっぱり、『ルクスリア』も斬れねえか。厄介な。
続いて襲い来る光の刃をすんでのところでかわしたディスが内心で愚痴る。ディスの戦いの邪魔になると思ったが、セイルはつい聞かずにはいられなかった。
『 「ディスコード」は何でも斬れるって聞いてたけど……どうして、ルクスの剣は切れないの?』
――魔力だ。女神の剣に限らず、神殿の連中が持ってる武器は必ず魔力で覆われてる。チェインの鎖もそうだっただろ。
斬れないもの、の存在に一瞬動きを鈍らせたディスだったが、即座に思考を切り替えたのだろう、危なげない動きでルクスの一刀を避けながら、脳裏のセイルに語りかける。
――魔力で武器の鋭さや硬度を上げてるだけなら、俺でも斬れる。だが、聖別の武器ってのは、魔力の膜で武器を覆ってんだ。『ディスコード』は魔力に依存しねえが、それだけに魔力を無効化することも出来ん。
『なら……どうすればいいの?』
――お前は大人しく見てればいい。俺が奴を切り崩すところを、な。
ルクスはあくまで「セイルを通さない」という意志をその身で体現するつもりなのか、ディスと刃を交えながらその場からほとんど動いていない。跳ぶように絶えず移動を続け相手の隙を狙うディスとは好対照だ。
否……仮にセイルを退かせる意志が無くとも、これがルクスの戦い方、なのだ。
初めてルクスと出会った時、セイルが抱いたイメージは地に根を張った大樹だった。その場から動くことは無い、だが誰よりもしっかりと地面に足をつけ、背筋を伸ばし、揺らぐことが無い。
そこから放たれる一撃は、決して超絶技巧を凝らしたものではない。だが、何よりも正確で、何よりも重い。真正面から相手と渡り合う、騎士らしい騎士の剣だ。セイルは、そう、ルクスの剣を捉えている。
それは、セイルが理想として描く剣に、最も近いものでもあった。
ディスもセイルの思いを受け止めて、微かに口の端を歪める。ルクスとの距離は、ぎりぎり一足でお互いが踏み込めない程度。その一線がディスには見えているかのようだった。
――だから、手前はルクスとは相性が悪い。手前の望む形と、ルクスが体現する形は似すぎてんだよ。
だが、それでいい。
ディスは意識だけで壮絶に笑う。実際の表情は硬いままに。ルクスを刃の目で映しこんだままに。
――それでいいんだ、セイル。手前は手前の理想を貫け。俺は手前の理想の前に立ちはだかる無粋な奴を代わりに相手取ってやる。
今、この瞬間のように。
きっぱりとしたディスの言葉にセイルは息を飲み込み、ディスの挙動を……それに対するルクスの動きを見つめる。ディスとルクスの攻防は、一進一退のように見えてそうではない。それが、セイルの目にもわかりはじめていた。
ルクスは、ディスを捉えかねている。
一撃一撃が正確無比なルクスの攻撃だが、ディスの予測はその上を行く。まるでルクスの手の内を全て知り尽くしているかのように、ルクスの間合いのぎりぎり外から斬りこみ、離脱を繰り返している。徐々に、ルクスの鎧や腕には浅いながらも傷がつき始めていた。
ただ、ディスはディスで決して楽な戦いをしているわけではない。
己の不利をルクスが理解していないはずはないだろう。しかし、ルクスの目から闘志は消えない。積極的に攻め込むディスとは対照的に、ディスを打ち崩すその瞬間を、虎視眈々と待ち構えているように見える。
単に避け続けるだけならば、ディスにとってはどうということでもないだろう。だが、ずっとこうしているわけにはいかない。いつ、他の騎士たちがここになだれ込んでくるかもわからないし、そもそも神殿に到着してしまっては元も子もない。早くルクスを打ち倒し、その向こうにいるブランと対峙しなければ、ならない。
戦闘の中で焦りは致命的な危険を招く。それでも、意識せずにはいられない。
呼吸と共に一歩を踏み出す、そのタイミングが僅かに速くなる。崩れたリズムにディスの舌打ちが重なる。当然、ルクスがこの機を逃すはずも無かった。普段の鋭い機動を失ったディスの一撃はルクスが軽く体を捌いただけで空を切り、行き場を失った重心を扱いきれずにたたらを踏む。
その隙を狙って振るわれた光の刃が虚空に軌道を描き、ディスの体に吸い込まれていく――
と、思われた刹那。
ルクスの二の腕から、赤いものが噴き出した。振り下ろされかけた刃はがくりと逸れ、床に鋭い跡を刻み込む。痛みと驚愕に眉を顰めたルクスの目には、血を滴らせる不協和の刃が映りこんでいた。
だが、血に濡れていたのは空を切った左の刃ではない。普段は決して形を変えないディスの『右手』が、針のような剣となって、ルクスの腕を刺し貫いていたのだ。そして、勢いよく振り上げた足が片手だけで柄を支える形となったルクスの手から剣を奪う。
空に投げ出される女神の剣。ルクスという使い手を失った瞬間に光の刃は消え、ディスの後方にからんと音を立てて落ちた。
ルクスの腕を刺し貫いた針を引き、右手の形を戻しながらディスはにぃと歯を見せる。さながら、獰猛な獣のごとく。
「やろうと思えば、本当に何でも出来るもんだな。己の無知を恥じるぜ」
本当に恥じているのかどうかさっぱりわからない態度ではあるが、セイルはディスの思考の流れを理解していた。実のところ、ディスは己の剣が空を切ったその瞬間まで、この手を考えてなどいなかった。次の一撃を甘んじて受けるわけにはいかない。受ければ、自分だけでなくセイルに傷をつけることになる――そう考えた末の閃きだった。
『ディスコード』が決してナイフの形を取らなければならない、というわけでないことはディス本人が立証している。また、セイルが己の感情に任せて『ディスコード』を顕現させた時には、セイルの利き手である右手を変形させていた。故に、刃を生み出す場所も左手と決まったわけではないのだ。
もちろん、ディスは左利きの剣。単にもう片方の手に剣を生み出しただけでは、ルクスに一撃を当てることは出来なかっただろう。しかし、そこはディスの瞬時の判断力と決断力の成せるところ。己の隙をルクスに見せつけ、ルクスの攻撃をあえて誘うことでこちらの狙いを定めた。
己の不利さえも優位と変わる瞬間、それは決して諦めない心が引き寄せるものだ。ディスは、全てを己の在り方を持って、セイルに示して見せた。
ルクスは片腕から血を滴らせ、蹴られた側の手を振りながら数歩下がる。ディスは左手の刃の構えを解こうとはせず、数歩下がって『ルクスリア』の柄を踏む。
「で、まだやろうってのか、ルクスさんよ」
「いや、ここは負けを認めよう」
ルクスは傷口を押さえて淡々と言った。流石に痛みが酷いのだろう、その声は掠れている。とはいえ、ディスは緊張を解かずに「案外素直じゃねえか、もっと抵抗すると思ったのにな」と言葉を重ねる。それも当然だ、ここで素直に言葉を飲み込んで武器を返し、背中から襲われてもたまらない。
だが、ディスの疑念に対し、ルクスは微かな笑みをもって応える。
「これ以上戦っても、俺は少年に勝てそうに無いからな。こんなところで、命を失うまで戦うつもりはないさ」
「は、殺したって死なねえくせに……でもまあ、そんならありがたく通らせてもらうぜ。俺だって殺し合いがしたいわけじゃねえ」
ディスはそこで初めて左手の刃も消して、『ルクスリア』の柄から足を離した。
ルクスはその様子をじっと見つめていたが、やがて小さく喉を鳴らして笑った。
「やっぱり優しいんだな、少年は」
その言葉に、ディスは明らかにむっとしたようだった。そして、何かを言おうと唇を開きかけたが、躊躇いの末に首を横に振ってセイルに体を空け渡してしまった。急に体を返されたセイルはしばしきょときょとと銀色の瞳を虚空に彷徨わせていたが、何とかルクスに意識を戻して駆け寄る。
「その、すみません。痛かった、ですよね」
ルクスは一瞬何を言われたのかわからない、という表情でセイルを見つめたが、すぐに「ああ」と苦笑した。
「そうか、少年は今までそうやって『エメス』と渡り合ってきたのか」
「はい……俺は、戦い方も、自分のすべきこともわからなかったから。ディスがいてくれたから、俺はここにいられるんです」
自分の代わりに戦ってくれた、それだけではない。
今だって、もしディスがいなければ、地べたにはいつくばったその瞬間のまま、ただブランと自分の無力を恨んで終わりだった。この空まで駆け上ってこられたのは、ディスが背中を見ていてくれるという自信があったから。
ルクスは、もはや一瞬前までの冷たい気配を消し、ワイズの町で会った時と同じ、穏やかな目でセイルを見下ろしていた。セイルも、その視線を真っ向から受け止める。
しばし、言葉は無かった。
言葉など要らなかった。ルクスの瞳にはセイルに対する優しい感情があって、セイルはただそれを、意識の両腕を伸ばして受け止めるだけだった。
やがて、ルクスは微かに表情に影を浮かべて、背後の扉を見やる。
「……だがな、少年。この向こうにいるのは、君の相棒の力だけでは敵わない相手だ。それは君も『ディスコード』もわかっているとは思うけどな」
ルクスもまた、ディスではブランに勝てないことを示唆してみせる。
ディスが『紅姫号』の中で分析してみせたように、ディスではブランに勝てない、という答えは単なるディスの弱気というわけではない。セイルにとってのルクスが決して届かない存在であるように、ディスにとってはそれがブランなのだ。
だから。
「だから、俺は俺の手で、ブランを殴りに来たんです。きっと、それは……俺がすべきことだって思ったから」
両足で己の立つ位置を確かめ、セイルは凛と背筋を伸ばす。戦っている間のルクスが決して己を折らないように、形だけでもその姿を真似て。
「はは、そりゃあいい答えだ」
そんなセイルに対してルクスはいたって愉快そうに笑い、道を開く。セイルと、セイルの中に沈むディスのために。
「なら、振り返るな。前に進め、少年。君がその思いを力にして青年にぶつけるなら、必ず全てはいい方向に向かうはずだ」
「それって、どういう」
青年、というのはブランのことだ、そのくらいはセイルにもわかる。ただ、その言葉に含まれた真意までは、掴み取ることが出来ない。
「青年に会えばわかる。ただ、決して……迷わないことだ」
ルクスはそれだけを言って、壁に寄りかかった。赤い血が、腕から滴り床に落ちる。セイルはしばし呆然となって床に溜まっていく血を見つめていたが、意を決して足を踏み出す。
「ありがとうございます、ルクスさん」
「いや、礼には及ばないさ……勝てよ、少年」
神殿の人間であるルクスがセイルを応援するのは何とも奇妙ではあった。しかし、セイルはその言葉を素直に受け取り、胸に落として深く頷く。
「はい。絶対に」
絶対に。
己の言葉を噛み締めて、セイルは駆け出した。振り返ることなく、通路の先にある扉を開け放ち――目を、見開く。
空が、そこにあった。
部屋の正面にある広い窓に映るのは、世界樹を臨む青い空。
そして、
「なーんで、こんなとこまで来ちまうかねえ」
鼓膜を震わせる、聞き慣れたざらつき。
セイルはぎゅっと拳を握り締め、銀の瞳で世界樹の前に立つそれを見た。
長く伸ばした髪を下ろし、普段と何も変わらぬ笑顔を浮かべる純白の法衣の男、
セイル・フレイザー――ブラン・リーワードを。
空色少年物語