はっとそちらを向けば、立ち上がった兎人の男が、ぱんぱんとローブの裾を叩いているところだった。兎人の表情はセイルからは窺い知れない……セイルたち人間からすると、獣人の表情は総じて希薄に見える……が、声音を聞く限り、怒っていることだけは確かだった。
セイルは慌てて頭を下げる。
「ご、ごめんなさい! ディスが迷惑かけて……」
「ああ? 真っ先に飛びついてきたクソガキが何言ってんだ」
「あ、あれは俺じゃなくて、その……あの」
セイルは口ごもる。普通に考えればセイルがいきなり飛び掛ってきたようにしか見えない。シュンラン、それにブランやチェインはディス……『ディスコード』の存在をすぐに納得してくれたけれど、全く事情を知らない人にディスについて説明したところでわかってもらえるとも思えない。
明らかな不機嫌面でこちらを睨む男に対し、セイルはあわあわと弁明しようとするが言葉が上手く出てこない。そんなセイルを見るに見かねたのか、チェインがセイルを手で制し、溜息交じりに言った。
「連れの無礼、誠に申し訳ない。私はユーリス神殿のセディニム・シャールだ。こっちがセイルとシュンラン。異端研究者ブラン・リーワードの紹介でここに来たんだけどね」
セディニム・シャール。聞き慣れない名前に、セイルとシュンランは顔を見合わせた。セディニム、というのはそもそもは野に咲く赤い花の名前だが……それがチェインの本当の名前、なのだろうか。戸惑いを浮かべるセイルに対し、男は髭を揺らして「ほう」と嘆息する。
「シャール? ノーグ・カーティスとかいう馬鹿野郎に殺された馬鹿な女の名だな」
「リティア・シャールは私の姉だよ」
「ほほう、まあた因果な奴を手懐けたもんだな、奴も」
一転、口元に笑みを浮かべる男に、チェインは明らかな不快感を横顔にあらわにした。だが、別段声を荒げるでもなく、淡々と男に語りかける。
「私の話はともかくとして、さ。アンタが魔道機関学者、セイル・フレイザーかい?」
「奴から何も聞いてないのか?」
「残念ながらね。色々慌しくって、手紙を託されただけなんだ」
肩を竦めるチェインの言葉に、男は「ふうん」と言って笑みを深めた。兎人は人間から見れば「可愛らしい」と評される顔をしているが、しかしこの男が浮かべる笑みは何とも不愉快にざわつく感情を呼び起こさせた。何故そんな気持ちになってしまうのかは、自分でもよくわからなかったけれど。
そんなセイルの感情を知ってか知らずか、男は大きな色眼鏡を指先で押し上げ、胸を張って言った。
「まあ、いいだろう。俺がこの研究室の主、天才魔道機関学者セイル・フレイザーだ。遠路はるばるご苦労さん……と言いたいところだったが、如何せん今の俺は気分が悪い。素直に歓迎する気分にはなれんな」
「う……ご、ごめんなさい」
自分のせいではないといえ、セイルは頭を下げるしかなかった。シュンランもきょときょとと目をあちこちに動かしながらも、セイルに倣ってぺこりと頭を下げる。
それにしても自分で自分を「天才」と称する辺り、流石はブランの紹介する男、類は友を呼ぶということか。
セイル・フレイザーは机の上にあった盆に煙管の灰を落としながら淡々と言った。
「奴の手紙は読ませてもらった」
「何と書いてあったですか?」
シュンランはすみれ色の瞳を真ん丸くして、フレイザーを見下ろした。先ほどがむしゃらにもふもふされたことを思い出したのか、フレイザーはシュンランから離れるように一歩下がって言う。
「しばらく『エメス』の出方を見る。その間、この研究室と俺の家でお前らを匿うように、って話だったが……さあて、どうするかなあ」
にぃ、とフレイザーは笑みを深める。そもそも悪いのはこちらなのだが、フレイザーの浮かべた表情の邪悪さに思わずたじろいでしまうセイル。色眼鏡に目が隠されているだけに、余計に何を考えているのか窺い知れないのも不気味さの要因かもしれない。
こつこつ、と神経質そうに爪で机を叩きながら、フレイザーは不愉快な笑みを浮かべたままセイルたちを見渡す。
「まあ、俺様は心の広ーい男だからな、先ほどの貴様らの無礼は忘れてやろう。その代わり、俺の元にいる間は俺様の言葉は絶対だ、逆らうことは許さん。それが了解出来ないなら、他を当たってくれたまえ」
その言葉には、流石にセイルもむっとした。確かに、こちらが頼んでいる側ではあるけれど、そのような完全に上から見たような物言いは無いではないか、と思う。同じ「俺様」でも、威圧的な部分はあるものの決して偉ぶるわけではないブランとは大違いだ、と思う。
それにしても、ここにいる間はずっとこの不愉快な兎人と一緒にいなければいけないのだろうか。いくらブランが頼れといった相手でも、少なからず不安が残る。
「……チェイン、どうするの?」
つい、横に立つチェインを見上げて問いかけてしまう。チェインも、頼りのセイル・フレイザーがここまでの曲者だとは思っていなかったのだろう、明らかな困り顔で頭をかく。
「別に、誰の手を借りなくとも今までの通りやっていけないわけじゃないけど、やっぱり神殿にも『エメス』にも与さず、かつ両者の情報が集まる学院に匿ってもらえる利点は大きい……そうだね」
チェインは一瞬フレイザーから視線を外し、シュンランを眼鏡越しに見やる。
「アンタはどうしたい、シュンラン」
シュンランは一瞬何を問われたのかわからなかったのかこくりと小首を傾げたが、すぐに瞬きをしてチェインを見上げ、笑顔を浮かべてきっぱりと言った。
「わたしは、皆の無事がいいです。わたしがここにいるがよいなら、お世話になるです」
「わかった、決まりだね」
チェインは軽く肩を竦めて言って、フレイザーに向き直る。
「悪いけどしばらく邪魔させてもらうよ、フレイザー博士。世話になってる間は、まあ出来る限りアンタの意に沿うようにすると約束するよ」
「はは、まあ短い間になるだろうが、精々俺様のためにてきぱき働いてくれたまえ」
――むかつく。
愉快そうに笑うフレイザーを見ながら、セイルは相手には聞こえないように小声で呟いた。ディスが『へえ、お前でも「むかつく」なんて言うことあんだな』とからかうように言ったのが、余計にセイルの神経を逆撫でする。もちろん、その逆撫で具合は目の前のフレイザーほどではなかったけれど。
セイルは微かに眉を寄せ、口の中でもごもごディスに語りかける。
「俺だってむかつくことくらいあるよ。だって、ディスは嫌じゃないの?」
『ふてぶてしいのも可愛いじゃん』
あまりに簡潔な答えに一瞬言葉を失ってしまった。一体、ディスは何を言っているのだろう。微かな眩暈すら覚えつつ、セイルは額を押さえてディスに問う。
「兎人なら何でもいいってこと?」
『ん、可愛いは正義じゃねえか』
可愛いは正義。何か、とても色々と間違っているような気がするけれど……これが人ならざる剣ならではの考え方なのかもしれない。単にディスが兎好きなだけだとも思うけれど。
すると、フレイザーがセイルの顔を覗き込んできた。背の低い兎人のフレイザーだから、覗き込む、と言ってもほとんど頭をいっぱいいっぱいに持ち上げて見上げる、という風情ではあったが。
「さっきから何ぶつぶつ言ってんだ、この青いのは。頭沸いてんのか?」
明らかに馬鹿にされている、と気づいて苛立ちは増すけれど、増すけれど。
「な、何でも、無いです……」
下手なことを言って機嫌を損ねさせてもいけない、とつい言葉を飲み込んでしまう自分が、いつも以上に情けなく思えた。
「じゃ、家に案内してやろう。大人しく付いてこい、はぐれても探さんぞ」
フレイザーは黒いローブを翻し、セイルたちの横をすり抜けて研究室を出ようとする。その背中に向けて、シュンランが身を乗り出して声をかけた。
「あの、兎さん!」
「兎じゃない、セイル・フレイザーだ。で、何だ?」
嫌そうな顔を隠しもしないフレイザーに対し、シュンランは屈託の無い満面の笑みで問いかけた。
「兎さんのセイル、もふもふしていいですか?」
「却下だ」
セイル・フレイザーが暮らす家は、学院の広大な敷地の片隅にあった。学院から土地と建物を借りているというそこは歴史を感じさせる大きな石造りの一軒家であり、主であるフレイザー同様、相応の威圧感を持ってセイルたちを迎え入れた。
「すごいなあ……」
玄関を越え、部屋に入ってからも辺りをせわしなく見渡して感嘆の息を漏らすセイルだったが、シュンランは不思議そうな顔をしてセイルに言う。
「そんなにすごいですか。セイルのお家の方が大きいと思うですが」
その瞬間に、フレイザーが不愉快そうな顔をしてこちらを睨んだのを察し、セイルは慌てて言い繕う。
「お、俺の家はただ大きいだけだよ! ど田舎だし、こんなにしっかりしたとこじゃないし……」
だが、フレイザーの大きな耳はセイルの弁解の一つも聞いていなかったのだろう、ずいとセイルに鼻を近づけて、ニヤニヤと笑みを浮かべて問う。
「貴様、見かけによらずいいとこのボンか。どこの出身だ?」
「お、俺はユーリス国東部の出身です。うち、その、代々飛空艇技師で……」
「ユーリス東部の技師? そんなの、カーティス一族くらいしかいないと思ったがな」
「はい、俺、セイル・カーティスって……あっ」
しまった、と思った。フレイザーの表情が、それを聞いた途端に一変したからだ。口元に浮かんだ粘着質の笑みがさっと消え、代わりに明らかな驚きの表情をあらわにする。
そう、先ほどチェインはわざとセイルの家名を言っていなかったのだ。兄、ノーグ・カーティスが楽園に宣戦し全てを敵に回した今、『カーティス』という名が計り知れない負の力を持っていることくらい、理解していたはずではないか!
しばし、凝然とセイルを見上げていたフレイザーは……不意に、声を上げて笑い出した。呆気にとられるセイルをよそに、フレイザーは色眼鏡を指で押し上げ押し上げ笑い続ける。
「く、はははは、そりゃあ傑作だ。そうか、セイル、貴様がセイル・カーティスか!」
その笑い声を聞いているうちに、一度は収まっていたはずの苛立ちが蘇ってくる。その思いに突き動かされるように、セイルは言葉に敬意を含むことすら忘れて大声を出す。
「何がおかしいんだよ!」
「はっ、貴様のようなアホ面のガキがあの『賢者』ノーグ・カーティスの弟だと思うだけで笑いが止まらんさ。なるほどなあ、貴様が……」
色眼鏡の下の目がどのような形をしているのかは見て取れないが、じろじろと見られている、ということだけははっきりとわかる。セイルは唇を噛み、横に視線を逃がす。これ以上、何か不愉快なことを言われるのだろうかと握った拳に力を込めたが、フレイザーはすぐにセイルに背を向けた。
「まあ、せいぜい愚かしい兄を持った己の身の上を嘆くこったな。全く、世間は何処までも狭いもんだ」
ぶつぶつと言いながら、フレイザーは部屋の奥へと歩いていってしまった。姿が消えるその前に、振り向きざま「とりあえずはその辺で適当に休んでろ」と言われたので、セイルは何だか気が抜けて、置かれていたソファにへなへなと座り込んでしまった。
チェインは「何だか偏屈な博士だねえ」と呆れながらも、ゆったりとした椅子に腰掛けた。シュンランは部屋中に置かれた本や魔道機関が珍しいのか、まだ、立ったままあちこちを見渡している。
それにしても、思っていたよりもずっと綺麗な部屋だ。研究室に負けず劣らず多くのものが置かれているにも関わらず、それらは驚くほど整然と並べられている。そういえば研究室もそれなりに綺麗に並べられていたが、あちらは本があちこちに落ちていたのでそこまで片付いているようには見えなかったのだと思い出す。
そんなことを考えていると、ディスが唐突に呟いた。
『この家、他に誰か住んでんのか……?』
「え、どうして?」
『や、兎さんが一人で住んでるにしちゃ、やけに視線が高いじゃねえか』
ディスはセイルの視界を借りたまま言う。セイルはディスの言う「視線が高い」という意味を飲み込めず、疑問符を飛ばす。チェインがそれに気づき「どうしたんだい?」と問うてきた。
「ディスが何か言ってるのかい?」
「あ、うん。博士が一人で住んでるのは何か変だって。視線が高い、っていうんだけど」
ディスの言葉を伝えると、チェインははっとして辺りを見渡した。
「本当だ、確かにそうだね。案外いい観察眼してるじゃないか、ディス」
『案外、ってのがなーんか引っかかるんだが』
ディスはぶつぶつと言うが、その声はチェインには聞こえない。相変わらずディスの言っている意味がわかっていないセイルは「どういう意味?」と恐る恐るチェインに問うた。チェインは眼鏡の下で目を細め、言う。
「棚や置かれてる物の位置が高すぎるんだ。あの博士は兎人だろう、手に取りたいものが背伸びしても届かない位置にあるのは変だと思わないかい?」
「あ……そっか! 気づかなかった」
同年代の少年の中でも背の低いセイルだが、あの博士はそのセイルよりも遥かに小さかった。元々獣人、特に兎人は人間やエルフよりも背丈の小さな種族である。
その兎人の背丈に合っていないこの部屋の物の配置は、明らかに「他の誰か」の存在を示唆させるもの。ただ、セイルやチェインにとっては「当たり前」の配置であるだけに、すぐには気づけなかったのだ。ディスは『そのくらいとっとと気づけ』と不満そうな声を立てる。
そんな話をしているうちに、フレイザーが盆を手に戻ってきた。盆の上に載っているのは、湯気を立てる茶と、茶菓子だった。案外親切な人なのだろうか、と思ったセイルだったが、
「次からは貴様らで用意しろ。今は俺が茶を飲みたいからついでに淹れただけだ」
その希望的観測はあっけなく打ち砕かれた。
シュンランもセイルの横に座り、ティーカップを自分の前に引き寄せた。そして、フレイザーに問う。
「あの、兎さんのセイル」
「兎は余計だ。で、何だ」
「あなたは、ブランのお友達なのです、よね?」
首を傾げるシュンランに対し、フレイザーはあからさまに嫌そうな顔をした。そして、色眼鏡を押し上げて大げさに甲高い声を立てる。
「誰が奴の友達だって? 確かに奴とは因縁があるが、友達、なんて関係じゃない」
「では、どのような関係なのですか?」
「切っても切れないというか……切ったらまずいというか……でも結構切りたいというか……って、そんな下らんことが聞きたいのか貴様は」
何だか不穏な呟きだったが、それを無理やり中断して、フレイザーはシュンランに質問を投げ返す。シュンランは目を閉じて小さくかぶりを振った。
「わたしが聞きたいのは、ブランのことです」
「奴の?」
「わたしは、ブランのことを何も知りません。ブランは、色々なことを教えてくれますが、ブランのことは教えてくれません」
ブランが与えてくれる言葉から推測することは出来るけれど、それ以上ではないのだ、という意味合いのことをシュンランは言った。それは、セイルも同感だった。ブランは己を語らない。『エメス』と兄ノーグが彼の過去に関わっていることは確かなようだけれど、それ以上は、何も。
「ですから、兎さんのセイルが何か知っているなら、少しだけでも教えてもらえればと思ったです」
フレイザーはティーカップを手にして、一口紅茶を啜る。それから溜息をついて言った。
「それは『直接聞け』としか言えんな。真っ向から質問を投げかければ、奴は答えるさ。そういう奴だからな。ただ……奴から話を聞こうってんなら気をつけた方がいい」
首を傾げてしまうセイルとシュンランに対し、フレイザーはにやりと口元を歪ませてみせる。
「奴は、嘘はつかんが詭弁は使うし、とにかく言葉が足らん。奴の言葉を額面通りに捉えてちゃ、いつまでも本質は見えてこない」
チェインは顎に手を当てて何かを考えるような素振りを見せていたが、手元のティーカップを見つめたまま、ぽつりと呟く。
「……嘘をつかない、ってのはアンタの目から見ても確かなのかい?」
「ああ。奴は嘘だけはつかんよ。事実に反したことを言えない、一種の病気だ」
「病気?」
セイルは思わず聞き返してしまった。「嘘がつけない」なんて病気、聞いたことがない。それはチェインも同様だったのだろう、訝しげな表情を隠しもしない。ただ、シュンランだけは目を大きく見開いて、フレイザーを見つめていた。
フレイザーはそんな三人の反応を受けとめて、なお笑う。
「奴はな、ここがイカレてんだよ」
言って、己の頭を指してみせるフレイザーに、セイルは眉を寄せて非難の視線を向ける。確かに胡散臭くて何を考えているのかわからない不気味な人ではあるけれど、いつも理性的でセイルたちを正しく導いてくれている。
そんな人を捕まえて狂っていると言い切るフレイザーに、不快感を抱くのは当然だ。
だが――
『ああ……やっぱり、そうなのか』
セイルの心の中で。ディスは、何かを納得したかのように、呟いた。セイルはフレイザーが訝しげな視線を向けてくるのにも構わず、声を上げる。
「ディスまで、何言ってんだよ」
『別に博士の言葉に完全同意したわけじゃねえ。ただ、奴が嘘を「つけない」ってのは、明らかに異常じゃねえか』
「そう、かもしれないけど」
『それに、ブランや博士の言葉が事実なら、奴の言葉に決して嘘はねえし、奴は理論と計算をもって筋道立てて物事を考える。そうやって導き出されたものに、奴の人格や狂ってるか否かはそれほど影響しない』
ただ、とディスは言葉を選んでいるのか少しだけ沈黙してから、静かに言った。
『博士の言うとおり、奴は致命的に言葉が足らねえからな。そこだけは、肝に銘じておく必要がありそうだ』
「で、お前はさっきから一体何と喋ってるんだ、青いの」
ディスの声を遮るようにして……本人はもちろん意図していないのだろうが……フレイザーが問うてきたことで、セイルは我に返る。それから、「えっと、あの」と口ごもりながらも、何とか言葉を搾り出す。
「体の中に、俺にしか聞こえない声で喋る剣がいるんです。『世界樹の鍵』の『ディスコード』っていうんですけど」
「……『世界樹の鍵』? ああ、奴が探してた古代の兵器か。しかし、喋るってのは初耳だな」
まあ、言葉の足りない奴のことだから俺が知らんのも当然だが、と諦めたように言ったフレイザーの興味は既にセイルから失せているようだった。自分で聞いておいて、とセイルは何となく肩透かしを食らったような複雑な気分になるが、フレイザーは構わず三人に言う。
「では、俺は研究室に戻る。夜まで帰らんから食事は適当に作れ。台所はそっち、必要なもんは大体そろってるはずだ。足りなければ買いに行け、市場の場所くらい知ってるだろ、シャール女史」
「……あ、ああ」
チェインは呆気にとられながらも頷く。
「市場も学院の息がかかってる、『エメス』の連中はそう手を出せんはずだ。まあ、何かあっても俺は関与せんがな。じゃ、後は勝手にやってろ」
言うだけ言って、フレイザーは紅茶を飲み干すとさっさと出て行ってしまった。何となく、こういうところは妙にブランに似ている気がする。相手に有無を言わせない感じというか、言う前に逃げ出してしまう感じというか。
空色少年物語