空色少年物語

08:ココロの色(1)

「ここで会ったが百年目ぇっ! 今度こそ泣かせてやっぜ、空色の!」
 聞き覚えのある、何とも典型的な台詞が森の中に響き渡る。『セイル、とりあえず貸せ』と呆れた声で声をかけてくるディスに、セイルは即座に体を譲り渡した。
 ざざざっ、という梢を揺らす音とともに現れたのは、機巧の鎧に身を包んだ男……『エメス』の追手、ラグナ・クラスタ。ディスはラグナの突き刺すような視線を真っ向から受け止め、左手を刃に変化させた。
 チェインとブランもシュンランを庇うように展開する。ブランが、だらりと片手をぶら下げて笑顔ながらも大げさに溜息をついてみせた。
「しっかし、『エメス』も人材不足なのかねえ。『エメス』が追ってると予測はしてたけど、またこいつらとは」
「んなこと私らが知ったことじゃないでしょ」
「正論。じゃ、とっととボコして迷子の女史を探しますか、と!」
 ブランの言葉と同時に、乾いた発砲音が響く。一瞬前まで垂れ下げられていた手には銃が握られ、ラグナと共に攻めてきた機巧の虎の目玉を的確に穿っていた。
 ラグナの兄、キルナ・クラスタのゴーレムだ。術者の姿はまだ見えないが、すぐ側に迫っているに違いない。
 ディスの視界の端でそれを見届け、セイルは前に意識を戻す。何度ディスに負けても懲りた様子を見せないラグナは、前とは違い不思議な武器を持っている。黒い、棍棒のようなものだが、その柄は機巧仕掛けになっているように見える。
『ディス、何か変わった武器だよ』
「ああ、見たことねえな。だが、当たらなきゃどうということはねえだろ」
 ディスは草を踏みしめ、すぐに動けるように構える。ラグナはそれを見て、愉悦の笑みを深める。その表情が、以前に相対するラグナの表情とは少しだけ違うような気がした。ディスもセイルと同じことを思ったのだろう、眉間の皺を更に深めた。
 だが、その違和の正体を考える間もなく、ラグナの手にした武器が、ディスに迫る。
 
 セイルたちは今、西の大国、ライブラ共和国の『ウルラの森』にいた。
 何故、旧レクスを離れ、西へと移動したのか……それは、ブランが言う『賢者様の手がかり』がこの地にあるからだ。
 『エメス』が本格的に動き出した今になっても、兄、ノーグ・カーティスの足取りは全く掴めずにいる。海に潜む裏切りの使徒、というブランの比喩もあながち冗談とは言えないのではないかと思えるほどに、兄は巧妙に自らの痕跡を隠しているようだった。
 だが、あの日ブランが手に入れてきた情報は、セイルたちの足をライブラに向けるのには十分なものだった。
『ノーグ・カーティスに心酔していた異端研究者が「エメス」を裏切り、ライブラの僻地に逃げ込んでいる』
 その異端研究者の名はリステリーア・ヴィオレ。
 『狂信者』とも呼ばれる異端研究者であり、その名は影追いたるチェインも知っているものであった。そのヴィオレ女史が『エメス』に離反した理由は誰にもわからないが、現在の『エメス』の内情を知っている奴が表に出てきたことは大きい。もしかすると、兄のこともわかるかもしれないのだ。
 ただし、全てデマで罠である可能性も否定しないけれど、とブランが壮絶に笑ってみせたことを、セイルは克明に思い出す。
 ただ、少しでも手がかりがあるなら、縋りたい。手をこまねいている間にも、兄は遠くに行ってしまう、そんな焦燥がセイルにはあった。そしてそれはシュンランも同じだったのだろう、迷わず「会いに行く」と宣言した。
 かくして、セイルたちはリステリーアが逃げ込んだという森を訪れたのだ。
 ウルラの森は地元の住民も恐れる森だと噂されているが、さほど鬱蒼としているわけではなく、適度に光が差し込む明るい森だ。しかし、恐れるべくは森ではなく、そこに住まう者なのだと住人たちに聞かされた。
 この森には、一人の大魔道士が住むという。
 自らの手足となる無数の人形を従え、人の未来を占うというこの魔道士を、森の近くに住まう者たちは敬い、同時に恐れているようだ。
 ただ、その大魔道士の名前もどのような人物なのかも聞くことは出来なかった。村人曰く、大魔道士はほとんど森から出ることなく、弟子がいたころには弟子が、今は魔法で動く人形が『ウルラの森』とこの村との交流を受け持ってきたのだという。そのため、村人が直接大魔道士を見る機会は皆無のようだった。
 そのため、リステリーアについても情報を得ることは出来なかった。「森に向かう女を見た」という情報はあったが、それだけだ。
 大魔道士の噂はとても気になったけれど、今の目的はあくまでリステリーアを探すこと。それを忘れるなとブランに念を押されながら、そして森の側に住まう者たちには不安げな目を向けられながら、森の中に踏み入り……そして、ラグナの襲撃を受けたのだ。
 ディスは振り下ろされる武器を楽にかわし、一歩踏み込んで『ディスコード』の刃を突き出そうとする。だが、流石に四度目の相対となるラグナもディスの攻撃の癖が見え始めたのか、攻撃が失敗したとわかった瞬間に鎧から魔力の煙を噴き上げて下がり、ぎりぎりのところで刃の一撃を外させた。
 深追いはせず数歩下がったディスは、背後でゴーレムたちの相手をするブランとチェインの気配を感じながら、言う。
「手前らがここにいるってえことは、ブランの情報はマジってことか……手前、俺らの相手なんかしてていいのか?」
 ディスはあくまで冷静に、ラグナに問いかける。すると、ラグナの表情が一瞬歪んだように見えた。それは、いつもの戦いの中で見せる狂気じみたものとは違う、どうにもセイルの頭に引っかかる表情。
 しかし、次の瞬間にはラグナの表情にはいつものぎらついた笑みが戻り、吼えるように声を上げる。
「んなこたあ、関係ねえな! 手前らをぶっ倒してから奴を追えば済むこった!」
「まあ、それも一理だがな。相変わらず話の通じない奴で」
 ディスはやれやれと溜息をついて、唇を引き結ぶ。ただ、その眉間に刻まれた皺は消えない。ディスも、ラグナの一瞬見せた表情や、躊躇いのような感情に気づいているのだろう。
 一体、何を考えている?
 ディスの思考の流れが微かにセイルにも伝わった、その瞬間。ラグナが地面を穿つほどに強く踏み込み、ディスに匹敵する速度で迫ってきた。金属の塊とも言える鎧から魔力の蒸気を吹き上げて迫るラグナに、ディスは避けの体制になりながら『ディスコード』を構え、振り下ろされた武器を受け流した、その時。
「っ、やば……っ」
 ディスの焦りの声と共に、セイルの体の中で何かがざわりとざわめいた。悪寒、よりも遥かに物理的なざわめき。視界がぐにゃりと歪み、気づけばディスの支配が解け、セイルはその場に膝をついていた。
 『ディスコード』も左手から失せていて、セイルは呆然と振り上げられる武器を見上げることしか出来ない――
 刹那、乾いた音と共に、ラグナの武器の軌道が逸れた。見れば、ラグナの鎧のちょうど関節に当たる部分から血が噴出している。ブランの、針に糸を通すような一撃が決まったのだ。
「立て!」
 いつになく鋭いブランの声でやっと我に返ったセイルは、シュンランの手を借りて立ち上がる。そして、背後を振り返らずに駆け出した。
 ブランとチェインが上手く立ち回ったのか、ラグナとキルナによる追撃は無く少し走ったところで息をつくことが出来た。
 が、その時に、セイルは気づいた。
 ディスの気配が……無い。
「……ディス?」
 恐る恐る、声に出してみる。左手を握って、開いてみる。
 けれど、ディスは何も応えなかった。言葉には出さなくとも、微かな息遣いで己の存在を主張するディスだが、今やその息遣いすらも感じられなかったのだ。
 セイルの胸の中に重たい感情が広がっていく。ディスは、どうしてしまったのか。先ほどの一撃に何があったのか。それを問おうにも、ディスは返事をしない。
「どうしたのですか、セイル」
 セイルの異変に気づいたのか、息を切らせながらもシュンランがセイルの顔をすみれ色の瞳で覗きこんでくる。セイルは、そんなシュンランに視線を合わせることも出来ずに、ただ左手を呆然と見つめるばかり。
「ディスの声、聞こえないんだ」
「え……」
 ブランとチェインも、セイルの言葉に驚いたようだった。即座に、ブランがセイルに向かって手を伸ばした。
「ちょっと、手貸しな」
 言って、ブランは無理やりにセイルの左手を取った。吃驚してブランを見上げるが、ブランは口元に笑みを浮かべたまま目を細めてセイルの左手を見つめている。ブランの手は繊細そうな体つきに似合わず無骨で、酷く冷たかった。
 しばらくそのまま無言でいたブランだったが、やがて「なるほどな」と息をついた。
「奴ら、考えてきやがった。それとも賢者様の入れ知恵かしら」
 低く呟かれた言葉に、セイルは耐え切れず声を上げる。
「何か、わかった? ディスは大丈夫?」
「とりあえず、ディスは無事よ。一時的な機能不全に陥っただけ、眠ってるようなもんだ。あの武器に、『ディスコード』の機能を狂わせる力が働いてたんだろ」
 けれど、ディスも接触の瞬間にそれに気づいて、セイルの中に逃げ込んで即座に機能を停止させた。その判断が素早かったため、致命的な損傷は受けなかった、とブランは説明する。
「しばらくすりゃ復帰してまたうるさくなるさ」
 ブランに言われて、よかったとセイルは安堵の息をつく。原因の詳細や、何故ブランがそれを把握できたのかも気になったが、今はとにかくディスが無事であることを確認出来ればよい。
 感謝の言葉と共にブランの手を離し、深呼吸をして軽く頬を叩いて気合を入れなおす。いくら大丈夫と言われても、この瞬間にディスの力を借りられないのは事実。『エメス』の追手が迫っている今、頼れるのは自分の力だけだ。
 戦うことは出来ないとしても、シュンランの手を引いている限り、自分がチェインやブランの足手まといになることだけは、防がないとならないのだ。
 シュンランは改めてセイルの手を握りなおすと、ふと森の奥に視線を向けた。まさか、『エメス』の追手が追いついてきたのかと緊張するセイルだったが、シュンランの視線を追って「あ」と声を上げる。
「家……?」
 木々に覆い隠されてこそいるが、その間から覗くのは赤茶色の屋根だ。チェインもつられるようにそちらに視線を向けた。
「もしかして、あれが『大魔道士』とやらの家かい?」
 そうだろうな、とブランも同意する。
 村の人々が恐れるウルラの森の大魔道士。果たしてその人物の元に、『エメス』からの逃亡者がいるのだろうか……セイルは、思いながら木々の間に見え隠れする屋根を見つめていたが、不意に足を軽く引っ張られたな気がして視線を足元に落とし、
 思わず「わっ」と声を上げていた。
「な、何だ、これ?」
 そこには、足元の草に埋もれてしまいそうなほどに小さな、緑の帽子を被った人形が二本の細い足で立っていた。それも、一人ではない。五人ほどの小さな人形が立っていて、そのうち一人がセイルのズボンの裾を引っ張っていたのだ。
『客人だ、客人だ』
 耳を澄まさないと聞こえないくらいの小さく高い声で、人形は囁きあっている。
 シュンランは動く人形に興味を引かれたのか、しゃがみこんで人形の帽子を摘み上げた。帽子はシュンランの手にも収まってしまうほどに小さいもので、帽子を取られた人形は短い腕をじたばたさせて、『返して、返して』と感情の無い声で繰り返した。シュンランはその木製の真ん丸い頭に帽子を戻してやって、そのままひょいと抱き上げた。
 抱き上げられた人形はやっぱり『下ろして、下ろして』ときぃきぃ喚いていた。ただし、今度はシュンランも簡単に離してやる気はないようで、ぎゅっと抱きしめたままだ。
「喋るお人形さんです。可愛いですね」
 シュンランは無邪気に笑うけれど、セイルは頷きながらも不安になった。
 これほどまでに小さく、しかも言葉まで操ってみせる人形はセイルも未だかつて見たことがなかったが、これが魔力による操り人形、ゴーレムであることは魔法に疎いセイルでもわかる。
 そして、ゴーレムには、必ずそれを作って操る魔道士がいる。人と同じように喋っているように見えるが、魔道士が喋らせているか、そのように喋るよう命令されているからに違いない。
 どうにせよ、これを操る魔道士がどのような者かもわからず、この人形にどのような仕掛けが施され、何を命じられているのかもわからないのだから、警戒は必要なはずだ。
 嬉しそうなシュンランからどう人形を引き離した方がよいだろうか、と考え始めたところでチェインがシュンランの抱く人形を覗き込んだ。人形も、ガラス球で作られた緑色の瞳でチェインを見つめ返す。チェインは「ふむ」と整った形の指で人形の額を軽くつついて言った。
「随分とよくできた人形だね。あんた等のご主人はどこだい?」
 チェインの問いに対して、シュンランの腕に抱かれた人形でなく足元に纏わりつく人形たちが『こっち、こっち』と声を揃え、草を踏んでころころと転がるように走り始めた。チェインは迷わずそちらに向かって足を踏み出す。
「つ、ついていって大丈夫なの?」
 セイルは慌ててチェインの背中に問いかける。チェインはちらりとセイルと横に並んで走るシュンランを眼鏡のレンズの下から見やり、唇を微かに笑みの形にした。
「私らは『客人』として扱ってくれるとさ。襲うつもりなら、あっちの奴がとっくに襲い掛かってきてるよ」
 言って、チェインは視線をセイルから木の上に向ける。セイルはチェインの視線に導かれるままにそちらを見て……目を丸くするしかなかった。
 木の葉と木の枝に巧みに紛れているためわかりづらいが、そこには木と同じ色をした巨大な蜘蛛が足を折って丸くなっていた。いや、蜘蛛のような形をした作り物、というべきかもしれない。光が差し込むと、セイルたちの足元をゆく人形と同じガラス球で作られた、六つの瞳がぎらぎら不気味に輝く。
 しかも、それが一体ではないのだ。よくよく目を凝らしてみれば、大きな幹を持つ木の上には、必ずその蜘蛛が仕掛けてあったのだ。これもまた、ゴーレムに違いなかった。
 ブランもそちらを見やり、目を細めてにやにやと笑った。
「はあん、『客人』じゃなけりゃあいつ等の餌食ってわけか。この森の主様は確かにとんでもない命令魔道士みてえだな」
 それにしてもよくあの蜘蛛がわかったな、とブランが言うと、チェインは軽く肩を竦めて答えた。
「木とは違う魔力の流れがあったからね。何か仕掛けてあると思ったのさ」
「流石に、その辺は敵わねえな。俺様、魔法に向いてないから魔力の流れもさっぱり読めないもの」
 生まれながらに魔力に親しいエルフの姐御とは違うのよ、とブランは苦笑するのがセイルには意外だった。その割には、一度チェインとやり合った際に見せた魔法は精緻を極めていたように思えたが……
「見りゃわかるよ。アンタは魔力じゃなくて頭で魔法を使う」
 チェインはきっぱりと言い切った。ブランはその言葉で満足したのか小さく頷いて、それきり黙った。なおも人形を抱きしめたままのシュンランが小さく首を傾げてセイルに問うた。
「魔力、というのは目に見えるですか? わたし、魔法はわからないです」
 セイルははっとして目を見開き、その問いにすぐには答えられなかった。シュンランが訝しげな顔をしたのを見て、セイルは重たい笑みを唇に浮かべてゆっくりと唇を開く。
「俺にもわからないよ。俺、魔法使えないから、さ」
「使えない、ですか? クラウディオは『誰でも使える力』と言っていましたが」
 そう、そうなのだ。
 楽園に生まれた者なら誰だって魔力を持ち、魔法を扱える。もちろん人によって得手不得手はあるものの、小さな光を生み出したり、火を起こしたりすることはどんなに魔法の才能に欠けた者でも出来る。それが、常識だ。
 けれど、更に首を傾げるシュンランに対して、セイルはもう一度「使えないんだ」と繰り返すしかなかった。
「嬢ちゃん、それ以上聞きなさんな。ガキんちょがどんよりした顔してんでしょ」
 不意に、ブランが言った。セイルとシュンランが同時にブランを見ると、ブランはにやにやとした笑みを深めて、言った。
「言い方は悪ぃが、ガキんちょは魔法無能だ。違うか?」
 その言葉の後半はセイルに向けられたもので。セイルは胸に走る鈍い痛みを覚えつつも、頷くしかなかった。
 魔法無能。
 一種の差別用語だ。言葉を聞いたチェインが明らかに眉を寄せるのを、セイルは見て取った。ただ、それ以外によい表現方法が存在しないのも事実であり、ブランはそれを承知した上で「言い方は悪い」とあらかじめ言い置いたのだろう。
 ただ、ブランの笑みを見る限り本当に「悪い」とも思っていないように見えて、セイルの胸の痛みは否応無く増すばかり。そして、ブランはそんなセイルの心にも気づいていないのか、シュンランに向かってぺらぺらと話し続ける。
「たまにいるんだ、先天的に全く魔力を持たねえ奴ってのが。ま、生まれつき目が見えないとか腕が片方無いとか、そういうのと同じだな」
「魔法が使えないと、そんなに困るですか?」
「別に命に別状はねえけど、不便は不便らしいな。ま、最近は魔力が無くても使える道具とかが増えてるから多少楽になったんだろうけど、俺様は魔法無能になったことがねえから実際のところはさっぱりだわ」
 ふざけた口調ではあるが、ブランの言葉が何処までも事実であることはセイルが一番よく知っている。楽園は全てが女神のもたらした力「魔力」によって成り立っていると言っても過言ではない。火をおこすのも、物を切るのも、魔力が無くては始まらない。
 もちろん、火打石を使えば火は起こせるし、ナイフがあれば物は切れる……が、それらが帯びた魔力によって機能が高められ、使い手が持つ魔力に反応して働くからこそ、それらは道具としての役目を十分に果たすことが出来る。
 道具と使用者、どちらかに魔力が無ければ火打石で火をつけることは至難の業となり、ナイフは紙一枚切れないなまくらになってしまう。
 セイルも自分に魔力が無いことを自覚していなかった頃は、何故自分は身の回りのものすら上手く扱えないのだろうと悩み、魔力が無いことを自覚した後は何故自分には魔力が無いのだろうと悩んだ。
 だが、セイルに魔力が無いことを家族は意にも介さなかった。
 確かに不便は不便かもしれないが、別に生きていくには困らないのだからいいではないか、と母はあっけらかんと笑ったものだった。言葉だけ聞けば他人事のようだったが、セイルは母の言葉を素直に受け止めた。何しろ、母はああ見えて酷く体が弱く、普段からカーティス家の敷地を出ることもままならないのだ。その母が「気にするな」と笑うのだ、セイルも俯いているばかりではいられない。
 それに、兄もセイルが悩んでいることを承知していたのだろう、絶えず励ましの言葉をかけてくれていた。そんな家族の支えがあってこそ、セイルは劣等感を意識せずにいられたのだ。
 ただ、改めてその事実を突きつけられれば落ち込まずにはいられない。
 黙って人形の後を追っていたチェインが、ブランを振り向き、鋭い目で睨み付けた。
「それにしても、もうちょっと言い方ってのはあるんじゃないかい?」
「ああ、そか。俺様言葉選ぶのは苦手なのよ。気分損ねたなら悪かったな」
 ブランは頭をかいてあっさりとセイルに謝った。しかし、その表情が先ほどとさほど変わらぬにやにやとした笑顔だったものだから、セイルの心は全くと言っていいほど晴れなかった。