今週のびっくりどっきりめかー、じゃねえ!
とにかく、東の港に駆けつけた俺が見たものは、建物よりもずっと背の高いロボットだった。ただし、全体的に丸みを帯びたフォルムといい、どこか素朴な造形といい、かなりレトロなロボットだったけれども。
そのロボットの目から放たれたレーザーが石畳に穴を開け、背中から発射されるミサイルが倉庫に命中し炎を上げる……ってあれ、ここファンタジー世界だよな、ファンタジーでいいんだよな?
全身機械仕掛けの俺が今更言えることじゃあないんだが。
逃げ出す人々の隙間を何とか縫って、ロボットの全身が見える位置まで移動する。すると、ロボットはこの一体だけじゃなかったのだと気づく。こいつほど巨大じゃないが、人より少し大きいくらいの、同じような形をしたロボットが石畳の上に転がっていた。
どうやら、ここに集まって踏ん張っている戦士や魔道士に既に倒されたロボットのようだ。こいつらはきっと、ワイズの警察に当たる連中たちだったり、通りすがりの冒険者だったりするんだろうな。
ただ、小さいロボットはどんどん倒されているものの、こいつらの剣は巨大ロボには通用しないし、魔法も表面で弾かれるか微かな傷をつけるのみ。刹那、巨大ロボの少々デフォルメ気味な手が近づいていた戦士を薙ぎ払っていた。
俺は逃げ出そうとしている一人のおっさんを捕まえて、問うてみる。
「おい、一体何があったんだ。あれは何なんだ!」
「し、知らねえよ! ただ、海から突然あいつらが飛び出してきて……うわあ!」
今度は俺の近くの建物の屋根にミサイルが命中し、おっさんは慌てふためいてその場から逃げ出した。
それにしても、海から?
海底をのしのし歩くレトロなロボットの群れを想像してちょっと和みかけたが、和んでいる場合じゃない。こうしている間にも、巨大ロボは目の前に群がる鬱陶しい戦士や魔道士たちを蹂躙しにかかっている。
ただ、なあ。
俺の武器はいくら「何でも切れる」と言われていても、それ以外は普通のナイフと変わりない『ディスコード』。こんなものであの巨大ロボットを解体できるかというと相当怪しい。怪しいの、だが。
無意識のままに、俺はマントの下の『ディスコード』を掴んでいた。
背後のテレサは、俺が何をしようとしているのか真っ先に気づいたのだろう、鋭い声で言った。
「行くのかい?」
「ま、俺じゃ何もできないかもしれねえけどな」
指先に力を込めて、意識に一つのスイッチを入れる。ルーザが『アーレス』と読んでいた、未来を視界に描く能力を発動させるための、スイッチを。
『アーレス』越しにもはっきりと見える、ロボットの攻撃に逃げ惑う人々。徐々に、前線を固めていた戦士たちの隊列も崩れつつあった。俺はそこから目を離さないままに、テレサには見えないとわかっていても、口元だけで笑ってやった。
「俺は、自分でも嫌んなるほどのお人よしなんだよ」
テレサは止めるだろうか。また俺のマントを掴んで引きずり倒されるかもしれない、と思いながら一歩を踏み出す。だが、その一歩は、誰に止められることも無かった。
その代わりに、溜息交じりのテレサの声が聞こえてきた。
「わかった。なら僕は援護に回ろう」
「……いいのか」
「君が言い出したことなんだ、いいも悪いもないだろう。それに、目の前にいるのはどちらにしろ、君がいつか戦わなければならない相手だよ」
「どういう意味だ?」
俺は思わず足を止めて、聞き返していた。「物分かりが悪いね、君は」というテレサの声に被さるように、ヴァレリアが珍しくよく通る声で言った。
「禁忌機兵。レクスで開発され、現在は東の魔女が所有する、命のない兵隊です」
東の魔女……そうか。現在『楽園』でこんな大っぴらにロボットを持ち出せるのなんて、東の魔女、サンド・ルナイトだけなのだ。すっかり忘れていた、そりゃあテレサにも馬鹿にされるな。
ただ馬鹿にされているだけでは悔しいので、今思い出せることを頭から引っ張り出す。東の魔女が根城にしている旧レクス帝国では、現在使われている魔法と、女神ユーリス以前の時代の産物である機械を組み合わせた兵器が多数開発されていたという。おそらく、目の前のロボットもそういうシロモノなんだろう。
そして、これから魔女と戦おうという俺は、多分こんな木偶程度で怖気づいている場合ではないのだ。
「あの機兵には魔法防御壁がかけられているようです。私の魔法では弾かれてしまいます」
「なるほど。ならヴァレリア、君はシンへの攻撃を防ぐことに専念して。僕なら」
テレサは笑った。見なくてもわかる……絶対に、余裕綽々の笑い方で笑っていやがる。
「あの程度の防御壁は問題じゃないからね」
よく考えてみたら、俺はテレサが攻撃の魔法をまともに使ったところを見たことがない。ルーザと戦った時には俺の援護に回っていたし、俺が倒れた後には満足に魔法を使えていなかった。
だが、そう言いきれるってことは、多分。
テレサは、自分の魔法の腕に相当の自信があるってことだ。もしこれが他の人間が言ったなら「本当かよ」と疑ってかかるところだが、性格はアレでも確実なことしか言わないテレサのことだ。信じていいだろう。
「任せたぞ」
「任された」
顔を合わせないままに短く言葉をかわして、迷わず駆け出す。機械仕掛けの体は俺の意図を正確に汲み取って、向こうの俺じゃ絶対にありえない速度で機兵に肉薄する。
鞘から『ディスコード』を抜き放ち、小さく呟く。
「頼んだぜ、『ディスコード』!」
短い刀身が奏でるのは甲高い不協和音、その瞬間一つしかないロボットの目が俺を捉えた。いや……奴が見たのは、俺ではなく『ディスコード』か?
どちらかはっきりとはわからないままに、俺は視界に描かれた軌道を信じて大きく右に跳ぶ。直後、今まで俺が走っていた場所に赤い光線が放たれ、石畳に穴を穿つ。ものすごい威力だが、当たらなければどうということはない。
「おい、大丈夫か!」
後ろから、誰かが声をかけてくる。多分前線を固めていた戦士の一人だろう。
前線から一人突出する形になった俺は、もう一発放たれた光線をわざとすれすれのところで避け、『アーレス』の視界から機兵を外さないようにしつつ叫びかえす。
「俺は平気だ! こいつが俺を狙ってる間に、下がってくれ!」
大丈夫、今回は相当余裕がある。
ルーザと違い、この機兵は予測の上を行くわけではない。集中力さえ切らさなければ、攻撃を避け続けることは難しくない。
後は、どうやってこいつを倒すか、だ。
『ディスコード』なら装甲を切り落とすことなどわけないが、どうしても刀身の短さがネックになってくる。動力を生み出す部分は、この巨大な体の中心部に位置している可能性が高い……どのようにして、そこまで『ディスコード』の刃を届かせるかが問題になってくる。
きっと、俺だけではどうしようもない。途方に暮れて、逃げ回った挙句最後には潰されて終わりだっただろう。
だが、今回は違う。
「我は呼ぶ、汝の名を」
混乱と恐怖の声に満たされた空間を貫き、凛と響く声が鼓膜を震わせる。
機兵はそんなものにも気づかず、闇雲に俺だけを狙い続けている。俺の体なんて上から叩き潰せるくらい巨大な腕が、振り下ろされるけれども。
――遅い。
俺は一歩横に動くだけでその攻撃をかわし、素早く手首に当たる部分に『ディスコード』を振りぬく。柔らかいものに刃を通すかのごとく、やすやすと『ディスコード』は金属の手首を半ばほどまで切り裂く。
痛みを感じぬ機械は、切り裂かれたこともわからないままに、もう一度腕を振り上げて俺に狙いを定める。
「……汝は力、純粋なる力の集束、力を束ね、紡がれた更なる力」
好都合だ、俺を狙ってくれている限り、他の連中にも被害は及ばない上に。
こちらの攻撃も当てやすくなる。
背後で何かが集束していく気配。俺は魔法を使えないし魔力を感じることが出来ない体である以上、他の連中が同じように感じているかはわからないけれど。
背後の空間が歪んで、軋んで、こちらまでその余波が伝わってくるような。前を向いている俺の目の前の空間までが微かに歪んで見えるような錯覚、いや、それは錯覚ではないのか。
『アーレス』でない、俺が生まれつき持っている「見えないものを見る」能力が、後ろで集束する「何か」を感じ取っている。間違いない。体で魔力を感じられなくとも、魔力をはじめとした目に見えない力が俺には「見える」のかもしれない。
厄介で、鬱陶しくて、恨めしい。この世界ですら『特別』らしい俺の力。
そんなものはいらない、欲しいと望んだわけでもない。けれども今だけは「目に見えてわかる」ことが何よりも心強い。
テレサが、確かに言葉に違わないほどの力を持っていることが、わかったから。
「汝の名は」
機兵が腕を振り下ろす、そのタイミングに呼応して。
「 『虚無の槍』 」
テレサの唇が紡いだのは、限界まで集束した力を解き放つ鍵。
腕の一撃を避けきった俺の目に映ったのは、あれだけの数の剣に叩かれ、魔法の前にさらされても一つも傷をつけられなかった機兵の装甲が、テレサの一撃の下で弾け跳ぶ瞬間だった。
不可視の力、衝撃による破壊。
おそらく、魔法の性質としてはそんなところだろう。ただ、俺の目には青白い色の、それこそテレサの髪の色を思わせる光の槍が映っていた。「光」という表現は変だな、実際にはそんな色の光を放つ槍は存在していなかったのだから。
力の余波を花びらのように辺りに撒き散らしながら、空気に溶けていく槍。後に残されたのは、胸に穴を開けた機兵。その胸の穴の奥には、馬鹿でかい体に似合わず大きめな握り拳程度の、微かに緑色がかった水晶玉みたいなものが見え隠れしている。
「シン、あれが核だ」
――ああ、言われなくてもわかる。
流石に言葉にはしなかったが、俺は唇を舐めながらもそう思う。
水晶玉から、無数の糸とも電線ともつかないコードが延びていて、あちこちに繋がっている。そして、その糸を通して目に見えない力が流れているのも見て取れる。こんなちっぽけな石が馬鹿でかい人形を動かしていると思うとぞっとしねえが、俺の目を信じるならばこの水晶玉から莫大な量の力が溢れている。
これを壊せば、力の供給は止まる。
俺は『アーレス』越しに水晶玉を見やり、『ディスコード』を走らせるために軌道を読み取ろうとするが、その瞬間視界に描かれたのは無数の攻撃の軌道。
「……嘘、だろっ」
視界全体に広がっていたのはいくつものミサイルの軌道、そして爆発のイメージだ!
その通り、点や線の攻撃ならいくらでも避けられるが、一瞬で空間全体に攻撃されたら逃げようもない。自然と『アーレス』に頼りすぎて、その事実を失念していた。
機兵の背中から発射されるのは、真っ直ぐに俺に向かって放たれる無数のミサイル。俺は『アーレス』が示すかろうじて被害が少なそうな位置に移動し、腕を前に出して顔を庇うが、それで爆発を凌げるとも思わない。腕の隙間から見れば、至近距離で炸裂するミサイルに備え、機兵の方も露出した自らの核を腕で庇っていた。
その時。
「汝、『壁』となりて彼の者の前に立て!」
耳に飛び込んだヴァレリアの声、刹那の爆発。
鼓膜が千切れそうなほどの爆音と、全身に襲い掛かる細かい何かの破片。だが、予想したような衝撃はない。腕を除けると、俺の周りに築かれていた何かが崩れ落ちた。それは、砕けた石の破片だった。
よく見れば、周囲の地面を覆っていた石畳が消えている。なるほど、爆発の瞬間にヴァレリアが魔法を発動させ、爆発を防いでくれたのだ。魔力を衝撃などの「力」に変換するテレサと、魔力を使ってそこにあるものを操るヴァレリア。この二人もまた、全くタイプの違う魔道士なんだろう。
マントにかかった石畳の破片を払い、俺は石畳の剥がされた地面を蹴る。俺の想像が正しければ、あれだけ一気に射出したのだ、もうミサイルは撃ち止めだろうし撃てたとしても撃たせてやるつもりもない。
俺の動きに反応したのか、機兵も目からレーザーを放ち、片腕を俺に向かって突き出してくる。先に到達するレーザーを一歩右に誘導し、左に跳んでかわす。そして突き出された腕の前で跳躍し、手首の上に着地する。
曲芸もいいところ、機械仕掛けの体がもたらす人間離れした運動能力、そして相手の行動が予測できる『アーレス』があって初めてできる芸当だ。慌てて腕を引こうとするが、遅い。
『ディスコード』を握りこみ、俺は腕の上で大きく跳んだ。足場は悪かったが、それでも高さは十分。狙いはもちろん、胸に開いた大穴だ。穴を庇っている片腕が邪魔だが、そいつは上手く狙いを定めたテレサの二撃目で、あらぬ方向へ向けられる。
俺はその隙に大穴の中に飛び込んだ。体に絡みそうになる糸を切り裂き、そのまま『ディスコード』の刃を水晶玉に滑らせる。
バターを切るよりも容易く、水晶玉が半分になる。その瞬間、『ディスコード』の刃が通された場所から、淡い緑色の何かがものすごい勢いで噴き出してきた。嗅覚をおかしくする、強烈なアルコールに似た匂い。俺は反射的に顔を庇うが、噴き出される緑色の勢いに負けて穴から吹き飛ばされる。
あっけなく落下。
当然背中から着地。
一応受身は取れたけれども、かなり痛いし呼吸が一瞬詰まる。うわ、痛覚鈍くてもこれだから、実際には死ぬほど痛かったんだろうな。頭を打たなかっただけよかったということにしておこう。
「大丈夫?」
「や、何とか」
テレサの声に、片手を挙げて答える。骨、内臓ともに異常はなし。そのくらいは感覚的にわかる。打撲くらいなら回復魔法で何とかなるだろうし、今痛いのだけ耐えておけば何ということはない。
それにしても、今のは何だったんだ。緑色の力の奔流、とでも言うべきか。顔に緑色の何かがべったりついてるんじゃないかと思って顔を擦ってみたが、特に何かがついている様子はないし。
機兵を見れば、全身から緑色の何かを吐き出しながら、轟音を立ててその場に倒れるところだった。立ち上る緑色は、虚空に溶けるようにして消えていく。俺はただただ、その様子を呆然と見つめていることしか出来なかった。
「全く、君には呆れるね」
そして、倒れる俺を見下ろすテレサは、何故か言葉通りの呆れ顔だった。
「あ? 何がだよ」
「普通、核を直接壊せば中に含まれたマナをもろに浴びるだろう。いくら体が魔力を受け付けないからといって、無茶をする」
「ああ……悪い、知らなかった。あれがマナだったのか」
そういえば、ヴァレリアが買っていたマナを凝縮した液体であるルーンも、淡く輝く、透明な緑色をしていた。本来は気体で色を持たないマナだが、濃すぎたマナの奔流は、俺の目には濃い緑色の霧のように見えたのだろう。
マナは大気中に含まれている魔法の源だが、濃すぎるマナは人体に悪影響を及ぼす、とも聞いたことがある。この世界で言う「魔物」は濃い魔力にさらされすぎて肉体が変異を起こしてしまった動植物、という点からも、マナが実は人間や動物にとって有用であり同時に危険なシロモノであることはわかる。
俺がやったことは、人間からすれば相当な無茶だったのだろう。第一、ヴァレリアなんて青い顔して震えてるし。ヴァレリアは俺の体が魔力を受け付けないことを知らないから、当然は当然か。
俺はゆっくりと体を起こし、立ち上がる。全身に痛みは走るが、歩けないほどではない。それから、まだ震えているヴァレリアに、ちょっとぎこちないかもしれないが笑いかけてやった。
「心配すんな、俺は平気だ」
「は、はい。よかった……」
ヴァレリアは今にも泣き出しそうな表情で、心底安心したように微笑んだ。そんな顔されると、俺の方が困ってしまう。何を言っていいのか、わからないから。
「それにしても、あの機兵……君を執拗に狙ってきたね。お陰で狙いやすかったけど」
俺がヴァレリアにどう言葉を返せばいいか迷っているのを察したのか否か、とってもいいタイミングでテレサが呟いた。俺は即座にテレサに視線を移して小声で言う。
「 『ディスコード』を発動させた瞬間からだ。もしかすると、俺じゃなくてこっちを狙ってたんじゃねえか」
「なるほど。それは一理ある」
俺が手にしている『ディスコード』は、世界樹の鍵であり魔女を倒すための秘密兵器でもあるらしい。何故こいつが世界樹と関係があって、魔女を倒せるのかはわからない。しかもこの状態では未完全で、力を解放するためのコードが何たらかんたら、ってルーザは言うし。
相変わらずわけわかんねえな、このナイフ。
ただ、魔女もコイツが欲しいってことは確かなんだろう。自分を倒す可能性のある武器なのだ、自分の目の届くところに置いておきたいはずだ。
それにしても、魔女は俺、というより『ディスコード』がここにあることを知っていたのだろうか。ルーザは「魔女はまだ、俺のことを把握していない」みたいなことを言っていたけれど……実はルーザが思っているよりも魔女は多くのことを知ってんじゃねえのか。
もう動かなくなった機兵を見ていると、そんな風にすら思えてくる。
東の魔女、サンド・ルナイト。俺が倒すべき、相手。
あちこちから煙が立ち上る港を見渡して、俺は目を伏せる。
何を主張しようとも、願いを抱こうとも。それが、どんなに正しくとも、ささやかなものであろうとも。それで傷つく奴がいるってのは、やっぱり見ていられない。
握ったままだった『ディスコード』を鞘に収め、マントを翻して振り向く。
「さあ、行くか……って、ああん?」
そして、俺は目を疑うハメになった。
そこにいたはずのテレサとヴァレリアはいつの間にか遠ざかっていて、その代わり俺の背後には先ほど戦っていた戦士や魔道士、そして逃げたはずの連中が集って俺のことを見つめていた。
そりゃあもう、半端なくキラキラした瞳で。
「すごい、一人であのでっかい禁忌の化物を倒しちまった……」
「しかもあんなナイフでだぞ」
「見たことのない少年だが、きっと他の国で名のある旅人に違いない」
いや俺異世界から召喚されただけのごく普通の高校生ですから。別に何てこともありませんから、というかテレサさん、遠くで何笑ってるんですか。
「あ、あのー、皆さん? ちょっと通してくれませんか?」
すっげえにこやかに言ってやったが、もちろんキラキラした目の皆様に、俺の言葉なんて聞いてもらえるわけもなく。
「何をおっしゃるのですか!」
「あの禁忌の兵隊を町に放ってしまっていたら、被害はこれだけでは済まなかったんだ」
「あなたは、この町を救った勇者様なのですよ!」
俺の周囲を取り囲む、人、人、人。ちょっと待って、頭がぐらぐらしてきたんだが。俺、元々あんまり人目にさらされるの得意じゃねえんだから止めてくれなさい。しかし俺の心の叫びもかき消され、俺を囲む連中の熱気だけが高まっていく。
「勇者様の勝利に祝杯を!」
「さあこちらへ勇者様!」
「勇者様!」
「勇者様!」
いや俺確かに勇者として召喚されたけど、これは違う! 俺の望んだことじゃねえ!
その間にテレサとヴァレリアはどんどん俺を囲む集団から離れていくし!
あ、あいつら。というか主にテレサだな。
こうなることわかってて、当たり前のように俺を生贄にしたな!
もはや逃げ場も無く、辺りの連中に腕やらマントやらを掴まれ、担がれるようにして運ばれていくしかなくなった俺は、遠くでニヤニヤ笑っているテレサに向かって叫んだ。
「手前っ、覚えてろよ、テレサー!」
反転楽園紀行