Planet-BLUE

055 乱戦開始

「なーるほど、ね」
 何処までも広がる暗闇に浮かびあがったのは、光り輝く遊園地。場違いの光と音が、ここまで届いてくる。
 それを遠目に見据えて、彼は楽しげに笑う。
「ご歓迎ってわけ、ねぇ」
 
 
 コランダムは走りながら、呟いた。
「 『記憶の片翼(ムニン)』、『思考の片翼(フギン)』 」
 二つの淡い光が肩のあたりから放たれ、空へと浮かび上がる。光の得る情報はコランダムの視覚にオーバーラップし、本来視線の届かない場所までも視覚で捉える事を可能とする。
 そして、放たれた二つの「目」はターゲットを捜索すべくコランダムから離れて飛んでゆく。
「少尉、他の隊からの情報は?」
 横を走っているセイントは他の隊からの通信を待っていたが、今のところめぼしい情報は入っていないらしく、首を横に振る。
 走り始めてからそれほど時間をおかずに中央広場に辿り着いた。イルミネーションに飾られた大観覧車がそびえ、ゆっくりと、ゆっくりと回転している。
 コランダムはそこで一度足を止め、セイントに管制室を見てくるように指示する。即座に管制室へと向かった彼女を見送り、コランダムは目を閉じる。
 目の奥に二つの「目」の情報が流れてくる。走り行く隊の軍人たち。まだターゲットが見つかったという様子はなく、せわしなくアトラクションや建物の間を行き来している。
 感覚を研ぎ澄ましているせいだろうか、ずっと走り続けていたせいだろうか、風がやけに冷たく感じられる。
 身を切るような風。
 それと同時に不愉快なほど陽気な音楽が、耳の中に入ってくる。
「遊園地か……」
 いつの間にか口を開いていたことに気づき、軽く頭を振る。
 変な感傷に浸っているわけにはいかない。相手は、自分と同じにして特異な魔法士であり、狙うべきターゲットは『無限色彩』。
 逸れかけた思考を擬似視界に戻す。放った「目」は西門の方面に向かわせていたはずだったが。
「?」
 西門に、見覚えの無い姿があった。
 ターゲットではない。だがコランダムの率いる軍人でもない。
 それは、ホバーに乗った二人組の男だった。片方はラフな格好をした黒髪の男。もう片方は、やけに大きな身体の男。
 嫌な、予感がした。
 それを見つけた軍人がわらわらと、二人組に近づいていく。ここで何をしているのか聞くつもりなのだろう。
 だが。
「何だ?」
 コランダムは、思わず呟いていた。
 黒髪の男が、上空に浮いたコランダムの「目」を真っ直ぐに見つめた。そう、「目」の存在に気づいたのだ。どこか狂気じみた、金色の瞳。その下には、どこかで見覚えのある蝶の刺青……
「まさか……」
 コランダムの声が終わる前に。
 視界が、ブラックアウトした。
「っ!」
 痛みに似た不快感を覚え、すぐに意識を「目」から離す。今の瞬間どのような方法を取ったのかは判断できなかったが、確かに「目」が破壊された。急に視界を切断されたため、目の前がおかしな色にちらつく。
 何度か瞬きをしたところでやっと視界が正常に戻り、観覧車が目に飛び込んでくる。
 見上げなくては全てが視界に収まらないくらいの、大観覧車。
「くそっ」
 コランダムは言って、もう一度「目」を出現させる。同時に、異変を察して駆け寄ってきたセイントに向かって鋭く指示を飛ばす。
「ありえない、『フェアリー』だ! 少尉は西門に加勢を……私は奴等より先に『青』を見つける!」
 一瞬、放たれた専門用語の意味がわからずきょとんとしたセイントだったが、続いた言葉の内容から、普通ならばありえない現在の状況を悟った。「了解」と短く言うと、その場から走り去っていく。
 コランダムは「目」を駆り、あまりに広すぎる遊園地を探っていく。
 こんな事態、シミュレーションには無かった。
「いや……」
 高く放たれた「目」は、遊園地の全景を浮かび上がらせる。北の城、南の街並、東西の門やアトラクション、そしてこの広場。
 そんなおもちゃ箱をひっくり返したような風景を眺めつつコランダムの思考は続く。
「これは、私のミスか」
 『青』を追っているのは、何も自分たちだけではない。『青』はそのくらいの価値を持つ存在である。今ここで『青』を追う第三者に出会うのは、けして不思議なことではない。
 だからこそ、今、こちらが『青』を確実に捕縛しなければならない。
 『無限色彩』……その名の通り無限とも思える力を人の身体に秘めた存在。『青』はまさにその頂点に立つ者。もしこの力が振るわれれば、秩序はあっけなく崩される。
 それに。
「何という因果だ」
 コランダムは自嘲気味に呟いた。
「私は、無限色彩に呪われているのか」
 
 
 ラビットは、教会を模した建物の屋根に腰かけていた。丁度下からは陰になっていて、先ほど下を数人の軍人が慌ただしく駆け抜けたのも確認した。
「始まったな」
 トワは、ラビットの横に座っていたが、先ほどから少し様子が変だった。西の方向に目を向け、明らかに怯えた表情を浮かべている。
「どうした?」
「何だか、嫌な感じなの」
 ふと、ラビットの脳裏にいつかの事件がよぎった。
 今、トワの浮かべている表情は、喫茶店でとある二人組と対峙した時に見せたそれとよく似ていた。
 それを確認し、ラビットは微かに震えているトワの肩を抱いた。
「そうだ。奴等が来ている」
「……そんな」
「だが、今回ばかりは好都合だ」
 ラビットも、トワが見ている西の方向を見た。陽気な音楽とちらつく色とりどりの光に紛れて、その先で何が起こっているのか判別することは出来ない。
 それでも、ラビットにはわかっていた。
 西門で、軍と、「二人組」が接触していることも。
「そうか、貴女にはまだ説明していなかったか」
 ラビットの言葉が理解できない、と言ったように首を傾げるトワを見て、ラビットは小さいながらも、音楽にかき消されないくらいに通った声で言った。
「要するに、我々は前々から跡をつけられていたのだ」
「え」
 気づいてなかったのだな、とトワを見て、ラビットはサングラスの下の目を細めた。
「おそらく、数週間前から。だが、なかなか仕掛けてこない。前回貴女を捕らえられなかったことで慎重になっているのかもしれないが……それは私にとっても好都合だった」
 ラビットの言葉はあくまで淡々としていたが、トワは何となく、ラビットが珍しくこの状況を楽しんでいるように思えた。彼が饒舌な時は、かなり気分が高揚している状態なのだということは、今までの経験でわかっている。
「前回、ケイン・コランダムとの接触で、私の車に発信機が取り付けられたらしいことはわかっていた。そして、周到な奴のこと、おそらく我々が行く先に布陣を敷くだろうことも予測できた。つまり、前にはコランダムの率いる軍が待ち構え、後ろからは例の二人が来ているという状況だった」
 とてつもない状況を、ラビットはさらりと言ってのける。不安を隠せないトワ。
「そこで」
 ラビットは、その先を言おうとしたのだろうが、すぐに口をつぐむと上空を見上げた。
 そこにあったのは、二つの光球。
 紋章魔法士であるラビットにはわかる。これが、コランダムの「目」であるということも。
「見つかったか」
 だが、そう言うラビットの表情に、焦りは見えない。さも、見つかるのが当然といったような不可解な自信すら、ラビットを見上げているトワは感じ取っていた。
 刹那。
 ラビットはトワの手を少々乱暴に引いて立ち上がらせると、その身体を抱いて後ろに跳んだ。
 その場に飛び込んでくる、青い光の槍。だが、一瞬前にその場を飛びのいていたラビットとトワに、光がかすめることも無かった。
 瞬間、トワはラビットの身体を強く抱きしめ、明らかな「敵意」を感じて震えた。
「全く、手間をかけさせる」
 風に乗って流れてくる声を聞いて、ラビットは、先ほどまで何もなかった場所に目を向ける。
 そこにいたのは長身の男。右の頬に禍々しい形の刺青を刻んだ、赤い軍服の男。
 そう、それは広場に残っていたはずのケイン・コランダムだった。