Planet-BLUE

049 警告

 ラビットたちを乗せた車と、聖の乗るホバーは併走しながら廃墟と化した町の中を走っていた。廃墟とは言っても、崩れた建物はあまり見られず、ただそこから人だけが消えてしまったような街並が広がっていた。
 白い空と青い星が、動くものの無い町の中を走り抜ける車とホバーを見つめている。
『通信です』
 その時、車の立体映像投射機が、龍飛の姿を浮かび上がらせた。ラビットはそちらを一瞥し、「誰からだ」と短く言う。
 龍飛は、しばし沈黙した後、答えた。
『クロウ・ミラージュ少佐からです』
「ミラージュ少佐から?」
 そう言われてみると、前から定期的に通信はしていたが、トワと初めて出会ったときに通信があったきり、クロウとは通信を交わしていなかったことに気づく。
「繋げてくれ」
 言いながら、バックミラーで後部座席に座っているトワを見る。トワは少し身を乗り出して、立体映像投射機が見える位置まで動いた。
 しばらく続くノイズ音、歪む映像。
 数秒後、投射機は少女の姿をした連邦政府軍少佐、クロウ・ミラージュの姿を映し出していた。
「久しぶりだな、少佐。軍部で何かあったのか?」
 ラビットの問いに、クロウはゆっくりと口を開いた。
『……レイ』
「レイ・セプター? セプターがどうかしたのか」
『外された』
 相変わらず要領を得ないクロウの言葉。ラビットはその言葉の意味を何とか理解しようと思考をめぐらせる。
「トワを捕えるという任務から外された、と?」
 無理矢理繋げた意味だったが、クロウはこくりと頷いた。
 それは、ラビットにとって少なからず意外なことのように聞こえた。元々軍人であったラビットには、軍の上層部の考え方がわからないわけでもない。つまり、セプターは上層部に「役立たず」と判断されたのだろう。
 しかし、だからといってすぐに軍がセプターを見切るとも考え難かった。何しろ、今回は通常の任務ではない。『無限色彩』が関わっているとなると、それに対する知識があり、なおかつ理解がある者が任務遂行者の条件となるはずである。
 セプターは、その条件を満たす数少ない人材だった。だからこそ、今回の任務についていたはずだが。
「軍部はトワを捕えるのを諦めたのか?」
 そんな甘いことはあるはずがない。それは十分わかっていたことなのだが、微かな期待を込めてラビットは言った。
 もちろん、クロウは憂いを含んだ表情で首を横に振る。
「……では、セプターの後任は誰だ? 私の知っている人間なのか?」
 クロウは沈黙の後、拙い言葉でこう言った。
『シリウス、スティンガー、メーア……三人、話し合った』
 それが、現在軍の上層として動いている大佐三人であることはラビットも了解している。実際、シリウス・M・ヴァルキリーはこの旅を始めてからも会ったことがある。バルバトス・スティンガーは友人トゥールの兄として何度か顔をあわせたことがある。
 ただ、あと一人であるヴィンター・S・メーアは名前こそ知っているものの面識が無い。ラビットの記憶が正しければ、メーアが大佐になったのはラビットが軍を抜けてからである。つまり、そこまで昔の話ではない。
『メーア、提案した』
 クロウは続ける。
『兎は、強いから。だから、同じ力が必要』
 「同じ力」……断片的な単語なれど、ラビットにはその言葉に含まれる意味を即座に理解することが出来た。それは、悪寒に似た、嫌な感触も伴っていた。
『無限色彩、知ってて、兎と同じ人がいい』
「まさか、あの男が?」
 ラビットの脳裏には、ただ一人の男の姿が浮かんでいた。トワが不安げにクロウの立体映像を見詰めている。
 クロウは、もう一度こくりと頷いた。頷いて、言った。
『ケイン・コランダム』
 ラビットは、予想通りの答えに嘆息するしかなかった。
 ケイン・コランダム。
 その名を持つ男に対するラビットの知識はそう多くは無い。現在はスティンガーの副官をやっているはずである。階級はおそらく少佐か何かになっているのだろう、という想像の域を出ない。
 ラビットの知っていることは、そんなどうでもよいことではないのである。
「……ラビット」
 トワは、小さな、かすれた声で言う。
「誰のこと?」
 トワの問いに、ラビットはクロウの画像を見つめたまま、吐き捨てるように答えた。
「紋章魔法士……軍の魔法士隊の隊長だ」
 おそらく、軍部はラビットの紋章魔法士としての腕に脅威を感じたのだろう。それに対抗するために、軍部は同じ紋章魔法士を送り込もうと判断した。それも、紋章魔法士としてはかなり特殊な戦い方をするラビットと、対等以上にやりあえるほどの実力者。
「突然トップがやってくるとは、私も随分偉くなったものだ」
 軽口を叩きつつも、気が気ではない。
 ラビットの扱うアスガルズクラフトは連邦政府軍固有の紋章魔法である。相手が連邦の紋章魔法士となると、こちらの手の内は簡単に見抜かれてしまう。
『コランダム、無限色彩、知ってる……』
「そうだろうな」
 そして、このコランダムという男は、無限色彩に対しても一定の理解を持っていたはずだ。セプターと同じく、元々軍上層部や研究者という立場ではないが、特殊な事情で無限色彩の存在を知っている一人だ。
 それだけで、コランダムという存在が、ラビットたちにとって十分な脅威ということくらいはわかる。
「もう、コランダムは任務に入ったのか?」
 クロウは不安げな表情を隠しもせず、蚊の鳴くような声で言った。
『地球に、いる』
 横を併走していた聖が、「おい、おっさん!」と叫んだ。ラビットはふと目を聖の方へむけ、すぐに聖の視線の先を見た。それを見た瞬間、ラビットも目を見開く。
 トワも、そちらを見て、息を呑んだ。恐怖を、その顔に浮かべながら。
 ラビットたちの様子がおかしいことに気づいたのか、クロウも首を傾げながら囁く。
『……気をつけて』
「ミラージュ、警告はありがたいが」
 ラビットは、額に手を当て、唸った。
「もう遅い」
 町の路地から次々と現れる、連邦を表す真紅の紋章が入った四つ足の汎用型機兵。プログラミングされた任務のためだけに動く、作り物の兵士。
 けして機動力は高くない。人のサイズしかない上に、見る限りでは戦場で使うような特殊な兵器が積まれているわけではない。
 だが、その量は半端ではない。横に伸びている路地から、それはまるで虫のごとくわらわらと湧き出てくる。
「おっさん、やばいぞ!」
 聖がホバーの上から悲鳴を上げる。進行を妨害しようと、機兵が車の前に群がってきたのだ。
「相変わらず性格は悪いな、ケイン・コランダム……っ!」
 それらをきっと睨みつけ、ラビットは誰にも聞こえないように呟いた。