その『異界』は、賑やかな市場だった。Xの手にはいつの間にか革袋が握られ、中には溢れんばかりの金貨。袋に縫いつけられた文字は「経験値」と読めた。
武器に書物、薬に用途もわからぬ道具と商品は様々だが、看板に書かれている文字はもっと不可思議だった。
《筋力:ひとつ五枚》
《白魔法初級:二十枚》
《東国言語・会話:八枚(読文と同時購入割引有) 》
冒険の助けになるよ、と声をかけてきた店は、「竜の血を引く」 「天才的魔法センス」などという特徴を扱っていたが、全て金貨が二百枚必要らしい。Xの手持ちの金貨全てで足りるかどうか。
すると、横合いから一人の男性が言う。
「あんなの買っちまったら、剣も魔法も振れなくなる。冒険にならん」
「なるほど?」
「自分のイメージに『近づける』のが一番だがな。よい旅のためにも、よく考えろよ、冒険者」
Xは去りゆく男性を見送り、改めて手元の革袋に目を落とす。これから始まるのだろう『異界』での冒険に何が必要か、手持ちの「経験値」で最も有効な組み合わせは何か、ごくごく生真面目に考えているに違いなかった。
無名夜行