押し込められた狭い部屋の中、男は痛む頭を抱えて蹲っていた。
あの女は、あの女はどうしたというのか。
何度も、何度も何度も何度も何度も殺したはずなのに、気づけばその場から消えて、また自分の前に現れる。あの女を見る度に、鮮やかに蘇る記憶。
夜の道、とっさに力いっぱい踏み込んだブレーキ、どんと腹に響いた衝撃。地面に転がった人だったもの――あの女、だった、もの。
四肢をアスファルトの上に投げ出したその死体を見た瞬間に、がらがらと何かが崩れた音が脳裏に響いたのは覚えている。それはきっと、己の人生だったのだと思っている。
人殺し。目を剥いたままの女が、自分を責め立てているような気がして、今すぐにでも逃げ出したかった。だが、このまま逃げてもいつか誰かが男を断罪することは目に見えていた。否、その時はもっと単純に、女の白い腕が今にも男の足首を掴まんとしているように見えて、恐ろしくて仕方なったのだ。
ならば、無かったことにすればいい。
事故など無かった。女の死体など無かった。無かった。
「そうだ、何も無かったんだ!」
「……でしょうねえ、あなたからすれば」
くすくす、と。笑い声が聞こえてきて、男ははっと顔を上げる。
いつの間にか、部屋の中には男のものではない影がもう一つ。その影の主は、男を見下ろして、知らない声で言う。
「けれど、私は覚えています」
扉の窓から差し込む蛍光灯の光が、目の前に立つ何者かの輪郭を僅かに照らしあげて……男は、ひっと息を飲んで後ずさる。
「覚えていますよ。何もかも、何もかも……ね」
「う、嘘だ! 嘘だ、お前、お前は死んだはずだ! 死んで、俺が……」
にぃ、とあの日アスファルトに転がって事切れていたはずの、女が笑う。
「ええ、土の中はとても苦しかったですよ。ですから」
今度こそ、女の白い腕が男に向けて伸ばされる。抵抗しようと伸ばす腕に力は入らず、女の指先が男の喉に絡む。女の手は、人の温度より少しだけ低く、ひんやりとしていた。
まさしく、墓穴から這い出てきたばかりの死体のごとく。
「今度こそ、あなたにも同じ思いをしていただこうと、思いましてね」
――殺される。
許されるはずはない。自分は、この女を殺した。殺して、墓穴に放り込んだ。それが罰されないはずもない。だが、だが……!
指に力を篭められるその瞬間、男は、声の限りに叫んでいた。叫び声は狭い部屋の中に響き渡り、そして、
迷走探偵秋谷静