唐突に、作家先生秋谷飛鳥は手を合わせ、深々と礼をした。
驚きに目を見開いたのは、そんな丁重な礼をされた苦学生、小林巽の方である。やがて、巽はふと気づいたように手を叩き、心得たように飛鳥の肩を叩いた。
「……なあ、飛鳥ぁ、何か俺様に言わなきゃいけないことがあるなら素直に言え、な? 俺様今なら怒らないでいてあげるから、さあ」
「いや、俺何もしてないから!」
普段の行いが悪すぎる飛鳥は、慌てて顔を上げて弁解した。
どうやら、飛鳥が巽の部屋で何かを壊したり、ヘマをやらかしたりしたわけではないらしい。
「じゃあ、何だよ、俺様に何か用なわけ?」
「違うって。巽くんって元神様でしょう?」
「前から言ってただろ」
巽は訝しげな表情をする。巽が自分を異世界から来た『元神様』だと称するのは今に始まったことではないが、それを信じているのはおそらく巽の周囲でもごくわずかだ。この飛鳥は、信じている人間の一人なのだが。
「うん、だけど、この前朝乃ちゃんに聞いたら、巽くんが時間の神様だったんだって初めて知って」
――ああ、確かにそれは言ってなかったかも。
巽は思った。『神様』と言っても、巽の場合唯一神とか創造神とかそういうご大層なものではなく、何か一つの要素を司る『神』だ。それはそれで、日本人がイメージしている『神』には近いのかもしれないが。
そして、巽はかつて遠い世界の『時間と運命の神』だった。この世界においてはただの人間でしかない巽に、当時の強大な力はほとんど残っていないが。
「というわけで、今日というこの時を享受できることの幸せを感謝して、巽くんを敬うわけでして」
「……だから、俺様はこの世界の神様じゃねえんだから俺に拝んだって意味ねえだろうよ」
「まあ、気分気分」
言いながら、飛鳥はわざとらしく巽を拝む。
妙なくすぐったさを感じて、巽はもぞもぞと体を縮めた。
元神様と放浪作家のイビツな関係