元神様と放浪作家のイビツな関係

04:「~夏はやっぱりコタツに蜜柑! ~ 我慢根性比べ委員会本部」

「あーつーいー」
 〆切破りの常習犯である作家先生、秋谷飛鳥は「たれぱ○だ」のごとくだらりとちゃぶ台に突っ伏したまま、そんな言葉を呟いた。
 それを見つけてしまった自称元神様の派手な大学生、小林巽はぐっと拳を握り締め、叫んだ。
「暑いって言うなら俺様の家に入り込むなこの寄生虫!」
「いやん、蹴っちゃいやん」
「くそう、この作家め、見ているだけで暑苦しいし忌々しい!」
 何しろ、飛鳥は相変わらず茶色い髪をぼさぼさ伸ばしっぱなしにしていて当然髭も伸びっぱなし、ついでに作家とかいう職業に似合わずガタイもいいものだから存在自体がむさくるしい。
 飛鳥を蹴り飛ばしながら部屋につけた温度計を見ると、部屋の中は四十度を越えていた。
 もちろん、常日頃金欠に苦しむ巽の部屋に、エアコンなどと言う文明の利器があるはずもない。
「さっさと巣に帰りやがれ!」
「……あ、そっか」
 飛鳥は汗をだらだら流している巽を見上げて、ぽんと手を打った。
「なら巽くんが俺の家行けばいいんじゃないかなあ?」
「え?」
 
 
 そういえば、秋谷家って、ものっそい富豪だったんだよなあ……
 巽は飛鳥の自宅である秋谷家の、住宅街には場違いな屋敷を見上げながら思った。飛鳥は秋谷家の婿養子で、実際に富豪なのは飛鳥ではなく飛鳥の妻だという話なのだが、それはここでは気にしないことにする。
 ともあれ、ここならば空調だって完璧だ。何度かお邪魔したことのある巽は思わずにやりと笑っていた。飛鳥の紹介だと言えば、通してもらえないはずはない。
 ちなみに、秋谷家主人である飛鳥は「俺はお留守番してます」と言ってあえて小林家に残留。人間という存在を長年見続けてきたはずの巽でも、まだ飛鳥の行動理念はよくわからない。
 巽はほんの少し躊躇ってから、大きな門の横に取り付けられたインターフォンを押す。そうしている間にも、じりじりと太陽が巽を焼き殺さんとしているようで、不愉快だ。
 すると。
『はい』
 という声が聞こえた。
「あの、小林巽と申しますが、飛鳥さんが……」
『あ、小林さーん? いいところにー!』
 急に、静かだったインターフォンの向こうの声が変わった。
 嫌な予感。
「え、もしかして、朝乃? どうしてここに?」
 片桐朝乃。巽の大学の後輩に当たる。そして飛鳥の妻、私立探偵の秋谷静の元でバイトをしている、典型的な変わり者だ。だが、何故朝乃が今、ここに?
『あれ、飛鳥さんから聞いてないんすか? まあいいっす。ちょっと待っててくださいねー』
「え、あの、ええ?」
 巽が混乱していると、門が開き、朝乃がひょこりと顔を出した。
 何故か、汗だくになりながら季節はずれの赤いちゃんちゃんこを着て。
 やばい。
 巽は自分の嫌な予感が実現したことを知った。
「小林さん一人、ごあんなーい」
 朝乃はにっこりと、しかし邪悪に微笑みながら硬直した巽の手を取った。見れば、建物の中では厚着をした男たち……やはり朝乃と同じく静の探偵事務所で働いている顔馴染み……がぎらぎらとした目で巽を見ていた。しかも、明らかに熱そうなどんぶりを片手に。
 逃げられない。
 ひゅう、と嫌な息を吐いて巽は目を上に向け、はっとした。
 何故、飛鳥の狙いに、そしてこれにすぐに気づけなかったのだろう、と自らのあさはかさを後悔した。
 門の上部にかかる垂れ幕に書かれていた文字は、こう。
 
『~ 夏はやっぱりコタツに蜜柑! ~ 我慢根性比べ委員会本部』
 
「暑いなー」
 その頃、飛鳥は家主、巽の許可なく扇風機に当たりながら、にやりと笑って呟いた。
「でも、まあ今の俺ん家よりはマシだよね。巽くん、ご愁傷さん」
 なかなかお茶目で腹黒い、秋谷飛鳥三十九歳。