元神様と放浪作家のイビツな関係

02:「何故勉強机とは斯くも不思議な物なのか?」

「 『何故勉強机とは斯くも不思議な物なのか?』、その命題について君は真面目に考えたことあるかい、巽くん。勉強机に向かうと何故か眠くなる、そう、俺が今『シズカちゃん』を見ると眠くなるように!」
 珍しく、人見知りで赤面性の偉大なる作家先生、秋谷飛鳥は朗々と言った。ただし、喋っている相手は普段どおり、一部特徴を除けばごく一般的な大学生である小林巽ただ一人だった。
 巽は笑顔を引きつらせながらも、まず一つものすごく気になったところを突っ込んでおくことにした。
「……『シズカちゃん』?」
「俺のノパソ」
「ノートパソコンに嫁の名前付けんじゃねえ! しかもちゃん付けとかねえよ!」
 飛鳥の妻の名前は静という。旦那は売れているのかどうか極めて怪しい作家で妻は私立探偵。それで飯が食っていけるのかと巽はいつも不安になる。
「あとお前がノパソ見て眠くなるのは〆切からの単なる逃避じゃねえ?」
「うっ」
 飛鳥は呻いた。もしかするとこの男、〆切が近いから担当に見つからないためにこのアパート……巽の部屋に居座っているのではないかという嫌な予感を漂わせながらも、巽は話を戻した。
「で、何で突然そんな話を」
「いや、由佳が『勉強が嫌い、っていうより机に向かってるのが嫌い』っていうからふと思っただけ。俺も学生時代は机の前に座ってるの嫌いだったけどさあ」
 由佳、というのは飛鳥の娘の名前である。こう見えて、飛鳥には三人の娘がいたりする。その娘をほっぽりだしてこんなところで油売ってる辺りで父親失格だと思わないでもないが。
「んー、俺様にはそういう経験無いからなあ」
 巽は地毛で金茶の頭をかきながら言った。飛鳥はそれを聞いて羨ましそうな目つきで巽を見る。
「君は勉強好きで大学行ってるんだもんな。何が楽しいのさ、勉強」
「知的好奇心、ってやつ。この世界には俺様の知らないことがいっぱいあんだろ? 俺がこの世界に来たばかりってのは抜きにしても、まだまだ謎だらけだ。素敵じゃね?」
「……そうやって考えられるのは君が頭のいい人間だからじゃないかなあ」
 はあ、と深く溜息をつく飛鳥。そんなもんかなあ、と首を傾げる巽に、「普通はそうは思えないんだよ」と言ってから、飛鳥は続ける。
「じゃあさ、巽くん。そうやって机に向かって勉強できるようになるコツを由佳に教えてあげてよ。俺は無理」
「あのなあ、父親がそれでいいのかよ」
 今日もそんな取り止めのない会話で過ぎていく、小林さんちの午後。