レベンタートの妖精使い

空の章/星を数える

「だーかーらー! 最強の妖精使いなんて座、欲しかねえんだっつの! 最強でも最凶でも勝手に名乗ってろ、そして二度と俺に関わるな! そこで頭でも冷やしてろ!」
 春の鳥がさえずる明るい森の中。
 レベンタートの妖精使いは地面に体の大半を埋めたオグルクの妖精使い、バズ・エーベルをびしっと指差す。何故バズが地面に埋まっているのかなんて決まっている、もちろんレベンタートの妖精使いが「本気を出した」からだ。
 土から唯一突き出している頭を軽く踏みつけ、妖精使いはバズに背を向ける。妖精使いの手の中には、バズから奪った財布が握られていたりする。明らかに妖精使いは以前魔道二輪を壊されたことを根に持っている。バズから奪う金では到底魔道二輪を買い直せる額には至らないのだが、その辺は気分の問題だろう。
 そして、バズは地面に埋まったまま妖精使いを見送ることしかできなかった。
 これで、五つ目の黒星だ。
 こちらを見ようともしないレベンタートの妖精使いの気を引くために愛用の魔道二輪を壊し、罠を仕掛け、闇討ちだってした。考えうる手段を用い何とか彼を戦いの場に引きずり出すところまでは行くのだが、いつもこうやってあっさり返り討ちに遭うのである。ついでに有り金も全部持っていかれる……それは明らかにバズに非があるのだが、妖精使いの態度だけ見ているとバズの方が被害者に見えるのが不思議だ。
 埋まった彼を引きずり出すために、相棒のヘルガが辺りの木の根を操り土を掘ろうとしているのを横目に、バズは強く強く唇を噛む。土の香りが口の中に広がり、余計に惨めな気分になるだけだったが。
「懲りないなあ、君も」
 その時、上から声が聞こえた。割れた眼鏡越しにそちらを見やると、空気に溶け込むような白いワンピースを纏った半透明の妖精がこちらを見下ろしていた。
 レベンタートの妖精使いが相棒にしている妖精『風』だ。緑色のリボンで結った彼女のポニーテイルは、風もないのにふわふわと揺れている。彼女自身が風なのだから当然といえば当然だが。
 バズは「はっ」と息を吐き出し『風』から目を逸らす。
「ご主人様のところに帰らなくていいのか?」
「アイツは別に主人じゃないよ。あたしは風、誰にも縛られないもの」
 『風』はおかしそうに笑う。だが、おかしいのはそっちだとバズは思わずにはいられない。
 本来「妖精使い」とは単一の妖精と契約を交わすことで魔法を行使する魔道士のことだ。バズが樹の妖精であるヘルガと契約を結んでいるのがいい例である。契約を交わすことによって、初めて別世界の住人である妖精の力を借り、魔力を介して他の魔法には無い術を操ることができるようになる。
 そう、普通はそういうものなのだ。
 しかし、レベンタートの妖精使いは違う。彼は妖精と契約することなしに彼らの力を振るってみせるのだ。風の妖精を連れているから風の術に特化しているのかと思いきや、森に行けば木々が味方し、川や海に行けば水が味方する。
 こういう風に、地面の妖精に呼びかけて人一人埋めることなど彼にはわけないのである。
「不可解だ。不可解すぎる」
 バズは呟かずにはいられない。『風』はそんなバズの言葉など聞こえなかったかのように、薄く透けた手を伸ばす。
「まあ、いくらむかついてるって言ってもアイツも大概やりすぎよね。ほら、手貸すよ」
「て、敵の手なんて借りる必要ない! ヘルガ、さっさと僕を助けろ!」
 『風』と比べてはるかに小さい体を持つ妖精のヘルガは、妖精使いとの戦いで疲弊しながらも「頑張りますー」と健気に頷く。その様子を見ていた『風』は小さく溜息をつきつつ、言う。
「しっかし、アイツの言うとおりだよ」
「何が」
「アイツ、確かにちょっと特殊だけど別に強さを追い求めてるわけでも何でもないんだからさ。逆に有名になるの嫌いな奴なんだから、構わず最強名乗ってればいいじゃん」
 ぐ、と。バズは言葉に詰まる。
 確かにそうなのだ。楽園中にその名を知られつつあるレベンタートの妖精使いだが、彼自身は本当に名声やら何やらに執着がない。それどころか、自ら妖精使いであると名乗ることも避け、できることならばレベンタートの妖精使い本人だと気づかれないように旅しているようにも見受けられる。
 だが、それは。
 バズはぐっと地面の中に埋まった手を握り締める。
「……そんなことは、持つ者だから言えるんだ。持つ者の、驕りだ」
「え?」
「ヘルガ!」
 『風』の疑問符を無視して、バズは声を上げる。ヘルガが辺りの木々の根と枝を操り、バズの体を地面から引っ張り上げ、そのまま木の上へと押し上げる。おおー、と声を上げる『風』に向かって、先ほどの妖精使いではないがびしりと指を突きつける。
「奴に伝えておけ、お前をぎゃふんと言わせるまで、僕は諦めないってな!」
「ぎゃふん、くらいならいつでも言ってくれると思うけどなあ」
「そういう問題じゃない! とにかく、確かに伝えたからな!」
 そのまま、ヘルガの力を使って木々の合間を縫って駆け出す。『風』が何か声をかけていたようだが、もうバズには聞こえなかった。ただ、自分を見下ろす妖精使いのすかした表情だけが目蓋の裏に焼きついて離れずにいる。
 強さを追い求めない? 有名になりたくない?
 それほどの力を持っていながら。誰とも違う力を振るってみせながら!
「馬鹿にしやがって。絶対に、次こそは勝ってみせる……!」
 何処か微妙に的外れな決意を胸に宿し……一人の人間と一人の妖精は森の奥に消えていった。