そうなんだ、俺ってば、今の今まで何でこんな力があるのか忘れてたけど、今やっと思い出したよ。
俺、力が欲しいって思ったんだ。
サツキに、かっこいいところを見せたかったから。
ダメな俺でも、これだけできるんだって見せつけてやりたかったから。
そしたらきっと笑ってくれるって思ったから。
あれ、サツキはいつも笑ってたはずのに、何でだろう。思い出すのは、泣き笑いじゃねえか。嫌だよ、何でこんなもんばかり思い出すんだ。
そうだ……サツキは、いつからか笑ってなかったんだ。
笑っているようで、笑ってなかった。
俺もそれに気づいていたのに、気づかないふりして、そのまま忘れてたんだ。何て酷い奴だ、俺。もう一度謝りに行かないとダメかな。ううん、それはかっこ悪いから止めておこう。
だって、俺はやっと、サツキにかっこいいところ見せられたんだから。
やっと、この力を本当の意味で使えたんだから。
* * *
悲鳴が聞こえた場所に深沢智哉が駆けつけた頃には、そこには小さな人だかりができ上がっていた。深沢はその体躯を生かして人をかきわけ、その中心に辿り着く。
中心にいたのは一人の女だった。地面にへたり込み、横で落ち着かせようとしている通行人たちを無視して喚き散らしている。そして、その身体は真っ赤な血に染まっていた。
「警察を呼べ」
「いや、救急車だ」
「大丈夫か!」
深沢も、血の気が引く思いがした。
既に、手遅れだったのか。
その場に『ホワイトフェザー』の姿はない。あるのは、血塗れの女と地面に残った赤い液体。そして……
「違うの!」
女が、血が溜まった地面に手をついて叫ぶ。人だかりが発する雑音を貫いて、ひときわ鋭く。
「白い、白い男が……!」
* * *
シニガミさん。
俺はハッピーなんだ。
世界で一番ハッピーなんだ。
だって、
* * *
深沢智哉は走っていた。
何故かと聞かれても、彼自身わからない。
だが、走らなければいけないと思ったのだ。どこに行けばよいのかもわからないというのに……いや、わかる、気がしたのだ。
何もかもが違うのに。
一瞬でも、わかる気になってしまったから。
風がびゅうびゅうと耳の傍で鳴る。冷たい風は、冷たさを通り越して痛みと熱を耳に伝えているような気がした。それでも、止まることはできない。
間に合え。
深沢は念じた。
念じれば届くのか、それともどこかで本当に繋がっているのか。それは、深沢にはわからない。ただ、願いは聞き届けられたのだと気づく。
足が、自然と止まる。これだけ全力疾走しても息が切れない自分の身体に、今だけは感謝することにする。
そして。
写真で見た『ホワイトフェザー』が、こっちを向いて手を上げた。
「やあ、アンタ誰?」
晴れ晴れとした笑顔で挨拶をする『ホワイトフェザー』に、深沢は言葉を返せなかった。この光景を、想像はしていたものの心では認められなかったからかもしれない。
『ホワイトフェザー』の白い服は、ほとんどが赤く染まっていた。
彼自身が流す、血の色に染められて。
* * *
颯爽と現れて不思議な力でヒロインを守るなんて、
それこそ最高にかっこいいじゃねえか!
* * *
自分が流したものではない血に染まった女は混乱の中、言った。
ナイフを手にした暴漢に襲われて、殺されそうになったと。
その瞬間、目の前に真っ白な男が忽然と現れたのだと。それが、『異能』……『ホワイトフェザー』だと知っているのは、おそらくその場にいた人間でも深沢智哉だけだっただろうが。
真っ白な男は、女を見て笑った。女を「サツキ」と呼んで嬉しそうに笑ったのだという。
女は、その男を知らなかったというのに。
女の名は、決して「サツキ」なんかではなかったというのに。
「会いたかった」と白い男は言った。
その瞬間に、男の身体を暴漢のナイフが貫いた。
致命傷にも見える傷。飛び散る血。
それでも男は笑っていた。
ああ、それはそうだろう。
深沢は思う。彼は元より痛みなど感じていないのだ。彼が今まで刻み続けた心の痛み以外には。そして、彼の目には、女しか……いや、彼の中にある「サツキ」しか見えていなかった。
「ごめんな」
何度も、何度も。「サツキ」に、本当は知らない女に、謝り続けた。何度も、何度も。その背中をナイフで突き刺されながら。
「今まで、ありがとう」
その手で、女の頬にかかった血を拭って。白から赤へと染め替えられた男は、そこで始めて暴漢に向き直った。女は、暴漢が恐怖に顔を引きつらせたのを見た。ナイフで刺されながら、男はなお、真っ直ぐに立って笑っていたから。
次の瞬間、暴漢の姿はその場から掻き消えた。男は何をしたわけでもない。だが暴漢が急にその場から後方に跳ね飛ばされ、壁に叩きつけられたのだ。それこそ「見えない力に殴り飛ばされた」かのように。
そしてもう一度、男は女に向き直る。
笑顔で。
屈託のない、笑顔で。
「……じゃあな、サツキ」
知らない名前に向けられた別れの言葉と共に、赤く染まった男も消えた。全ては、幻であったかのように。
しかし、女の身体にかかった熱い血は、確かに、残り続けていて――
遠雷と白昼夢