home book_2
chat
幸福偏執雑記帳
幸福偏執雑記帳

幸福偏執雑記帳

以降更新はindexで行います

300字SS20件]

毎月300字小説企画「白」
第13回「白」2024年01月06日

 ミルク・リキュールをベースにしたカクテルは多くない。グラスに注がれたカクテルは、カウンターに置かれれば、照明を浴びて冴え冴えとした白さを放つ。
 見慣れぬお客様は、グラスとロワさんとを交互に見やる。頼んだ覚えがない、という顔。この店の仕組みを知らなければ尚更。お客様の視線を受けたロワさんが、眼鏡の下でちぐはぐな色の目を細めた。
「あなたの『物語』に、私からお贈りする一杯です」
 どうぞ、と言われたお客様が恐る恐るグラスに口をつける。それは、ミルクとフルーツの味わい。お客様の口から物語られた、甘酸っぱくも清廉な「愛」のイメージ。お客様が目を見開く。きっと、その人が何よりも欲していた味に、違いなかったから。

――『イノセント・ラブ』

20240106222914-aonami.png畳む

#[毎月300字小説企画]

300字SS

Twitter300字SS「来る」
第九十二回「来る」2022年11月05日

 お皿の上には、カスタードと生クリームが詰まったシュークリーム。
「今日は特別な日だから、ウェールの好物を用意したよ」
「特別な日?」
 長い首を傾げるウェールに、すずめは頬を膨らませる。
「一年前の今日、ウェールがここに来たんだよ」
 あの日、ぬいぐるみの体をくねらせて空から落ちてきたウェールが、すずめに願ったのだ。よい魔法つかいイリス・アルクスとして、魔法の国から逃げた悪い魔法つかいを退治してほしい、と。
「だから、これからもよろしく、ってこと」
 悪い魔法つかいはまだまだいるし、それ以上にウェールとの日々が楽しいから、すずめは微笑む。ウェールもまた、宝石のような目を細める。
「うん、改めてよろしく、すずめ」

――『君が来た日』

20221104000128-aonami.png畳む

#[Twitter300字SS]

300字SS

Twitter300字SS「手」
第八十七回「手」2022年06月04日

「ウェール、手足がないと不便じゃない?」
 魔法の国からやってきたウェールは、喋るぬいぐるみにしか見えない。
 大きな目に、頭から伸びる翼飾り。長い胴を覆うのはふかふかの毛。毛の生えた蛇、といえばいいだろうか。
 すずめの問いに、ウェールはこくんと首を傾げる。
「大抵のことは魔法でできるからね」
「でも、今は魔法使えないでしょ?」
 ウェールの魔法は、今はすずめに宿っている。だから、普段はモップのように床の埃を巻き込んでは、洗濯機に突っ込まれる日々だ。
 けれど、ウェールはすずめを見上げて言うのだ。
「困ったら、その手ですずめが助けてくれるだろう?」
 その疑いのない調子に、すずめは「もう」と笑ってしまうのだった。

――『その手で君が』



 ――『異界』に赴くのは、肉体から切り離された意識だ。
 異界潜航サンプルのXには詳細もリスクも説明したが、彼が正しく理解しているかは知らない。寝台のXに緊張の色はなく、目を閉じた顔は穏やかですらある。
 ディスプレイがXの視界の『異界』を映し出す。闇の中に立ち並ぶ木々が青白い輪郭を描く、幻想的な森だ。
 Xは手を持ち上げる。手首を戒める手錠は『異界』にはなく、意識が形作る無骨な掌に、雪のように降る光が落ちる。それに温度や手触りはあるのか。我々が観測できるのは視覚と聴覚だけで、光を握るXの感覚を知ることはない。
 やがて指の間から漏れる光が消え、Xの視線が手から木々へと移されて。
「……観測を、開始します」

――『異界潜航実験』

20220604213700-aonami.png
20220604231754-aonami.png畳む


#[Twitter300字SS]

300字SS

Twitter300字SS「救う」
第八十一回「救う」2021年11月6日

 悪い魔法つかいは、人の望みを叶える代わりに、「生きる力」を奪うのだという。
『願いを叶えるほどの大がかりな魔法は、ひとりの命を奪うだけでは済まない』
 真剣な声音に、ごくりと唾を飲む。
『だから、君の力が必要なんだ、イリス。いち早く悪い魔法つかいを退治して、魅入られたひとを救うんだ』
 身にまとう虹色の衣装に姿を変えている、相棒のウェールが言う。「わかった」と頷いて、椎名すずめ――魔法つかいイリス・アルクスは、煌めくしっぽ髪を夜風に揺らす。
 魔法の力を宿した目は、月の沈んでいく方角に、大きな力が渦巻くのを見て取る。
「見つけた。……行くよ!」
 銀のブーツがアスファルトを蹴って、イリスは夜空にふわりと舞った。

――『よい魔法つかいの役目』

20220602110621-aonami.png畳む

#[Twitter300字SS]

300字SS

Twitter300字SS「残る」
第七十九回「残る」2021年9月4日

 すずめの、今日のおやつはシュークリーム。
 一回り大きめのシュー皮の中には、生クリームとカスタードクリームがいっぱいに詰まっている。
 けれど、今日は明らかに何かが変だという確信が、あった。
「ウェール」
 すずめの腕に巻き付いているウェールは、ぎくりと体を震わせる。ぬいぐるみ然とした『魔法つかい』は、誤魔化しが上手くない。すずめはそっと、皿の上のシュークリームを取り上げる。
 見れば、妙に軽いシュー皮の底には、ぽっかりと穴が開いていて。
 中に詰まっているはずのクリームが、すっかり空になっているのであった。
「クリーム、おいしかったから、つい……」
「ここまでするなら、クリームだけじゃなくて皮も残さず食べたら?」

――『今日のおやつ』

20220602110501-aonami.png畳む

#[Twitter300字SS]

300字SS

Twitter300字SS「波」
第七十八回「波」2021年8月7日

「この小さな箱の中で、人が喋っているのかい?」
 突然のウェールの質問に対して、すずめは手元の「箱」を取り上げる。
「これはラジオ。人が入ってるんじゃなくて、電波を拾って音や声を伝えてくれる機械」
「電波とはなんだい?」
 言われても困ってしまう。すずめとて電波がどんなものなのかを理解してはいないのだ。ウェールもそれを悟ったのか、「ふむ」と首を傾げて、言う。
「人間も、魔法みたいな力を使うのだね。不思議だなあ」
 長い身体をくねらせ、ふわふわなぬいぐるみの姿をした魔法つかいのウェールが言う。ウェールの方がよっぽど不思議だよ、と思いながらも、すずめはラジオから聞こえてきた好きなアーティストの音楽に耳を傾けるのだ。

――『魔法の箱』

20220602110315-aonami.png畳む

#[Twitter300字SS]

300字SS

Twitter300字SS「答える」
第七十七回「答える」2021年7月3日

 椎名すずめが秘密の名前を唱えれば、魔法つかいイリスに早変わり。なのだけれども……。
「ウェール」
「ないよ」
「まだ何も言ってないじゃん!」
「言わなくてもわかるよ。そんな魔法はありません」
 ウェールはふさふさとした尻尾を振りながら言い、すずめは恨めしげにウェールを睨む。
「魔法つかいなのに、魔法で解決できないことが多すぎる!」
「言われても困るよ。僕が魔法を作ったわけじゃないんだから」
 それもそうだけど、と唇を尖らせて、すずめは手元を見る。XとYが並んだ数学の教科書は何も語りかけてはくれない。
「そもそも、テスト前日になって勉強を始めるのは、魔法の国でも付け焼刃って言うんだけど」
「正論は聞きたくないの!」

――『答えが知りたい』

20220602110144-aonami.png畳む

#[Twitter300字SS]

300字SS

Twitter300字SS「影」
第七十六回「影」2021年6月5日

「今日の朝、突然、でっかい影が頭の上をよぎったから、見上げてみたらさ」
 休み時間。すずめの耳に入るのは、後ろの席のクラスメイトの話。
「人が! 空を飛んでたんだよ!」
「うそだー、そんなのありえないよ」
 けらけらと笑う声。「ほんとだよぉ」という訴え声も、笑い声にかき消されてしまう。すずめは唇を引き結んで意識を逸らそうとするも。
「やっぱり、遅刻しそうになるたびに魔法で空を飛ぶのはよくないと思うよ」
 鞄の中に隠れた相棒ウェールの声に、すずめは「うう」と唸ってしまう。
 椎名すずめが、魔法つかいイリス・アルクスであることは、みんなには内緒、なのだけれども。
 こんな調子で、危なっかしい部分も、ちょっとだけ。

――『目撃情報』

20220602110016-aonami.png畳む

#[Twitter300字SS]

300字SS

Twitter300字SS「届く」
第七十五回「届く」2021年5月1日

 椎名すずめは今日も魔法つかいイリス・アルクスに変身する。イリスは虹色の尻尾髪を閃かせて、悪い魔法つかいをこらしめる……、のだけれど。
「ねえ、ウェール」
 一仕事を終えた布団の中で。すずめはこっそり相棒のウェールに問いかける。
「好き、って気持ちはどうすれば届くかな?」
「言えばいいんじゃないかい?」
 そうじゃないのだ。すずめは口をへの字にする。
 すずめには好きな人がいて、その人は違う人を見ている。大事な人を困らせたいわけじゃないけれど、好きという気持ちは伝えたい。そんな時の魔法はないのか、という問いに、ウェールは首を横に振る。
 魔法はそんなに便利なものじゃない。すずめは今日も枕に顔をうずめるのだ。

――『好きという気持ち』

20220602105842-aonami.png畳む

#[Twitter300字SS]

300字SS

Twitter300字SS「道/路」
第七十四回「道/路」2021年4月3日

「わわ、遅刻遅刻!」
 椎名すずめは鞄を肩に引っかけて、通学路を走っていく。
 すると、目の前に立ちはだかるのは『通行止め』の工事看板。けれど、それはすずめの足を止めるには至らない。
 すずめが鞄の口を開けば、ひょこりと顔を覗かせるのは羽のような耳を持つぬいぐるみ。そのぬいぐるみが、ぱくぱく口を開く。
「遅刻するたびに変身するのはどうかと思うけどね」
「うるさいなあ、行くよ!」
 ――空に描くは七色の虹。
「イリス・アルクス!」
 秘密の名前を紡げば、すずめの姿は魔法つかいイリスに早変わり。工事看板を軽々と飛び越えて、空を蹴って、高く、高く飛び上がる。そして、今日も魔法つかいの虹色の軌跡が朝の青空に描かれるのだ。

――『通行止め』

 

「ウェールは、魔法の国から来たんだよね」
「そうだとも」
 羽のような耳を持つぬいぐるみ……のように見えるウェールがこくこくと頷く。椎名すずめはウェールの長い体を持ち上げながら、仰向けに寝転ぶ。
「魔法の国って、どこにあるの?」
「ここから、ずっとずっと遠い場所さ」
「ずっとずっと遠いのに、どうやってこっちに来るのさ」
 すずめは、ずっと疑問に思っていた。ウェールや、悪い魔法つかいたちは、どこからどうやって人間の世界に紛れ込んだのか。すると、ウェールは大きな目を細めて、笑ったようだった。
「ひょんなきっかけで道が開かれるときがあるのさ。それは、まるで運命のようにね」
「何それ」
「すずめもいつかわかる日が来るさ」

――『ずっとずっと遠い場所』

202206021055501-aonami.png
20220602105550-aonami.png 畳む


#[Twitter300字SS]

300字SS