そして、無機質な白い部屋で、僕と君は向かい合っている。
「ホリィ」
君は、僕の名前を呼ぶ。かつての僕の名前を。
「君は、この世界に生まれて幸せでしたか?」
君の瞳は、果たして僕を映しているのだろうか。同じ顔をした僕に、君自身の姿を見ているんじゃないだろうか。そう思ってしまうくらい、寝台の上の君は、遠い目をしていた。
そもそも、その双眸には、既に何も映っていなかったのかもしれないけれど。
「幸せ」
そっと呟いた言葉の意味を、今の僕は知っていた。
僕にとっての幸せは、モノトーンの世界に咲いた、ちいさな赤い花だった。僕の手を引く、ちいさくあたたかな手だった。僕の世界の色をすっかり変えてしまった……僕と同い年の女の子だった。
彼女が与えてくれたものは、全て、ここにある。僕をかたちづくるものを失ってしまった今も、何もかもが、ここに。
「……そうだね。幸せだった」
「よかった」
君は笑う。自分のことのように。僕と君は、全く違うものだというのに。
「君はどうなんだ、ヒース」
すると、君は笑って言った。
「もちろん、幸せでしたよ。僕は僕の生き方に誇りを持っています。持てるように、生きてきたつもりですから」
そうだ、君はずっとそうだった。この時が来るとわかっていたから、ずっと、迷いながらも、走り続けていた。自分が生きているという証を、誇りを求めて。誰よりも何よりも、自分自身が納得するために、《鳥の塔》を、灰色の町を駆け抜けてきた。
「でも……それでも、心残りばかりが、浮かんでは消えていくんです。まだ、まだ、やりたいことがたくさんある。なのに、僕は……」
言葉を切って、君は視点の定まらない目を細める。その瞳に浮かんだものの名前を、今の僕なら「涙」だと、言うことができた。
「ホリィ」
もう一度だけ。君は、僕が失った名前を、呼ぶ。
「ここは、僕には過ぎた世界でした」
その言葉の意味を、僕は今も考えている。
君のいなくなったモノトーンの世界を見つめながら、今もずっと。
きっと、これからも。
うたかたの断章