「お迎えが来ないかな、って思うことがあるんです」
「お迎え?」
「こう、影を捕まえて待ってれば、ある夜、窓を叩いてくれるかなあなんて、夢見るんですよ」
そんな風に言った君は、窓の前で大げさに両腕を広げる。けれど実のところ、僕らの住む《鳥の塔》には本物の窓はなくて、窓に見えるそれは、外界を映し出すスクリーンでしかない。
だから、そんな訪問者がここに来るはずもなかったけれど……君が何の話をしているのかは、心当たりがあった。
「 『ピーター・パン』だっけ」
「…………」
「どうして、そんな顔をするんだ?」
「君がそれを知っているとは思いませんでした」
「彼女に聞いたんだ。旧時代の物語に出てくるおとこのこ。ちいさな妖精と一緒に空を飛んでやってきて、子供だけの理想郷、ネヴァー・ネヴァー・ランドに連れて行ってくれる」
「そうです。そこでなら、きっと、僕らも永遠に子供でいられる。素晴らしいと思いませんか?」
「僕らじゃないよ、そんなこと考えているのはあくまで君だ」
「君は?」
「僕は君じゃない。どうして、君がそんなことを言うのか、ずっとわからずにいる」
すると君は、偽物の窓をそっとなぞって、言った。
「大人の事情も、僕らを急きたてる時間も関係ないその場所でなら、君の大好きな彼女と永遠に一緒にいられるかもしれませんよ?」
「荒唐無稽な仮定は好きじゃないけど……きっと、僕の大好きな彼女は、永遠なんて望まない。もちろん、僕も望まない。僕は、早く大人になって、僕なりの役目を果たしたいと望んでいる」
「……そうですか。ええ、君はそう答えますよね」
だけど、僕は――。
そう呟いた君は、それ以上は何も言わなかった。
スクリーンの向こうに、空を飛ぶ少年の姿は見えない。いつの間にか、僕よりもずっとちいさくなってしまった――正確には、僕の背が伸びただけだが――君は、夢見るような瞳で窓をなぞり続けていた。
うたかたの断章