うたかたの断章

片手だけかけておくよ

 当然のことだが、僕が君を殺すことだって、十分にありえた。
 ある日、父さんが僕を呼んでこう言った。
「奴のこと、どう思う」
 奴、というのは僕の片割れ、君のこと。僕は素直に、僕が君に対して普段思っていることを父さんに話した。君の言動は僕の目から見たら全く理解できないこと。だけど、僕にとって君がとても大切な片割れであること。
 父さんは、僕の目を真っ直ぐに見て、何も口を挟まずに聞いてくれた。いちいち煩い上とは大違いだ。
 そして、こう言ったのだ。
「近頃の奴の命令違反は、ちと目に余る。奴は馬鹿じゃねえから、何か考えがあるとは思うが……何つうか、まだ、その考えを表現する方法が幼稚なんだろうな。上も、命令を聞かない人形なんざいらねえ、って言葉には出してねえが圧力をかけてきてる」
 難しい話は、僕にはわからないけれど……君が、煙たがられてるってことだけは、何となくわかった。
「俺個人としては、お前も、奴も嫌いじゃねえよ。お前らがそれぞれ違った選択をする、ってのは決して悪じゃねえ。むしろ、お前ら全員が、あらゆる形で違っていてほしいってのが、俺の親心だ」
 俺なんかが、親なんて名乗るのはおこがましいけどな。
 そう付け加えて、父さんは寂しそうに笑った。それが「寂しそう」な笑顔だと気づいたのは、ずっと、後のことだったけれど。
「けれど、俺の気持ちと上の考えは必ずしも一致しねえ。そして、上は奴を危険視してる。もし、奴が変な気を起こすようなことがあって、それにお前が気づいたら……どうか、お前の手で止めてやってくれ」
「わかった」
「頼んだぞ」
「うん」
 以来、僕は君と相対するときに少しだけ気を遣うようになった。君は気づいていたのだろうか。それとも、気づいていなかったのだろうか。君のことだから、見過ごすことはないと思っていたけれど。
 僕の片手が、常にナイフにかかっていた、ってこと。