空色少年物語

08:ココロの色(4)

「……何から話せばいいかしら。あなた方は、今の『エメス』がどのような組織かご存知かしら」
「ノーグを中心とした、反逆者の集まりじゃないのかい」
 チェインの言葉に、リステリーアは「そうとも言えるけれど」と言い置いて、コップの中の水で唇を湿す。
「ノーグ様が本当の意味で『エメス』を率いるようになったのは、つい最近のこと。前の長であるレギン・マクローイ様が死去してからよ。けれど、レギン様はノーグ様の意向を逐一伺っていたと聞くわ。それだけ、ノーグ様は『エメス』には無くてはならない存在になっていた」
 セイルは、かつてブランが話した内容を思い出していた。
 元々『エメス』の長はノーグのようなカリスマ性はなく、『エメス』は異端の知識を追求する、それ以上でも以下でもない組織だったのだと。それが今のような形に変わったのは、まさしく『機巧の賢者』の力だと。
 ブランは小さく唸り、笑顔ながらも刺すような視線でリステリーアを見やる。
「伝聞なのね。お前さんは今まで賢者様を見たことねえの?」
「いいえ、かつてはノーグ様とお話することもあったわ。ただ、ノーグ様は数年前に大病を患って、それ以来人前には姿を現さないわ。表に出て討たれることを危惧しているのかもしれない。今ノーグ様に会えるのは本当に一握りの幹部と、ノーグ様に付き従う道化だけ。私も目通りを願っていたけれど……叶ったことは無いわ」
 リステリーアは沈痛な表情で俯いた。ブランは「ふうん」と言って、指先で顎を叩く。道化、というのはおそらくセイルたちの前に現れた道化師の少女、ティンクルのことだろう。
「お前さんは賢者様に近いって聞いてたけど、そうでもねえんだな」
「そんな恐れ多いことは出来ないわ。私だけではない、ほとんどの『エメス』の異端研究者はそう考えているはずよ。あの方の瞳は、私たちには及びもつかない場所を見据えている。そして、あの方ならば楽園を変えられる、そう信じさせるだけの力がある。だからこそ、私は『エメス』を離れた今でもあの方を否定は出来ない」
 そう言って、リステリーアは手にしていたフォークを皿の上に置く。
「でも、私は不意にノーグ様を『恐ろしい』と感じ始めたわ。ノーグ様が『エメス』の長になってからその思いは深まっていくばかりだった」
 ノーグは、一年前、前首領であるレギンが死した頃から過激な行動に出るようになったという。それ以前から水面下で動いていた『エメス』だったが、その規模や被害はレギンが長であったころの比ではない。
 セイルはそんなことがあったなど全く知らなかったが、それらの情報は全て神殿がもみ消してしまうから一般には知られていないはずだ、とチェインが言ったことで合点がいった。神殿からすれば『エメス』の存在自体が禁忌であり、知られるべきことではない。
「ノーグ様が楽園全土に女神の打倒を宣言した時に、抱いた恐怖が現実のものになった、と思った。私は、こんな形での変化は望んではいない……そう思った時には、既に『エメス』から逃げていた」
 ノーグの宣言は、『エメス』の味方も増やしたが、同時にかつてから『エメス』にいた者の中には自分のようにそのやり方に疑問を感じて逃げた者も多いはずだ。そう、リステリーアは付け加えた。
 チェインはリステリーアの顔を覗き込み、微かに疑問の色を表した。
「 『エメス』ってのは、楽園を転覆させようと謀る連中ばかりだと思ってたんだけどね」
「それは誤りよ、『連環の聖女』。あなたの姉、リティア・シャール女史を見ていて気づかなかったの?」
 リステリーアの言葉に、チェインの表情が変わった。一瞬、虚をつかれたような表情を浮かべ、息を飲んだかと思うと、すぐにリステリーアを眼鏡の下から睨みつけた。ただ、ちらりとセイルが見て取った表情には、深い、悲しみの色があったようにも思えた。
「姉さんは、私には異端の話はしなかったよ。一つもね。だから気づくも気づかないも無いさ」
「……そう。なら、教えておくわ。『エメス』は異端の急進派と言われているけれど、その中でも派閥が別れているの。楽園の変革を望むのは誰もが同じ、けれどそのやり方が異なるわ」
 派閥は大きく二つに分けることが出来る、とリステリーアは言う。そして、派閥の頂点に立つ者は『エメス』の幹部にしてノーグに目通りを許されている者だという。
「一つは『和解派』。対話による女神との和解を目指す理想主義者の集まりよ。これを率いているのは、旧主レギン様の学友でもあった幹部エリオット・レイド博士。彼は唯一、真っ向から今の体制に意を唱える幹部でもある。
 もう一つが『打倒派』。女神の打倒によって楽園を変えようとしている者たちの集まり。今のノーグ様はこちらの立場にいると考えてくれればいいわ。これを実質的に率いているのは幹部ラース・ヌーヴ。ノーグ様の親友とも言われている人物よ」
 自分は研究一辺倒だったこともありどちらとも言えぬ立場にいて、リティア・シャール……チェインの姉は前者だった、とリステリーアは言った。
「今、和解派は沈黙してしまっているわ。ただ、ノーグ様のやり方に不安や不満を抱く者も多いとは思う」
 『機巧の賢者』は和解派、打倒派双方の心を掴むほどの求心力の高さを誇る。だが、流石にこの局面になれば彼の言葉に疑問を抱いた者もいる、ということだろう。和解派の長である幹部エリオットがノーグに苦言を呈していることからも伺える、とリステリーアは言った。
 黙ってリステリーアの話を聞いていたシュンランが、不意に言った。
「 『わかいは』の偉い人は、ノーグに会えますか」
「え? ええ」
 シュンランが唐突に声をかけてくるとは思わずに、目を白黒させるリステリーアだったが、シュンランは身を乗り出すようにしてリステリーアに迫る。
「なら、その人に会いたいです。わたしのお話を、聞いてくれるかもしれません。どうすれば会えますか?」
「 『エメス』を抜けた私では、レイド博士に繋ぎを取るのは難しいわ。けど」
「ああ……そうだな。やっぱそれが一番手っ取り早えわな」
 リステリーアの言葉を遮るようにして、ブランが溜息をつくように言った。全員の視線がブランに向けられる中、ブランは静かに言った。
「エリオット・レイド博士になら、俺様が繋ぎをつけられねえこともない」
「 『エメス』の幹部と、どうやって?」
 セイルが思わず問うと、ブランは笑いながらちっちっと指を振った。
「異端のコネを甘く見ちゃだめよん。俺様は『エメス』は嫌いだが、『エメス』に所属する個々に恨みがあるわけじゃねえ。
 ただ今は『世界樹の鍵』と嬢ちゃんが手元にあるから、『エメス』の連中に下手に繋ぎを取って賢者様にこちらの動きを感づかれるのも危険だし、んなことしたら俺様がお前らに疑われる羽目にもなる。それはお前らだって望んじゃいねえだろ」
 ブランの言葉にも一理ある。ただ、そんな重要なことを黙っていなくともよいではないか。セイルがそう思っていると、ブランは「それにな」と小声で呟いた。
「エリオットを説得すんのは、正直絶望的だと思うからな」
「どういうこと? その、エリオットさんっていう人は兄貴のやり方には反対してるんじゃないの?」
「ああ。だが女神をどうにかして、楽園を変えたいって気持ちは変わらねえ。むしろ、一番その意志が強いと思っていい。だからこそ女神打倒に反対しても賢者様の片腕として存在を許されてる、と俺は考えるね」
 その意志がなきゃ賢者様だってとっとと首を切っちまってるだろ、とブランはこともなげに言う。
「エリオットがどういう気持ちで賢者様に従ってんだか、俺様の知ったことじゃねえが。嬢ちゃんが奴に会ったとして、奴がどう動くのかはちと予測しきれねえ。だから、俺様はあんまりお勧めはしねえよ」
「危険はわかりました。けれども、わたしは……試してみたいです。ブランはわたしたちのために危険を避けようと考えていますが、それでは手遅れになります」
「……!」
 ブランははっとなった。シュンランは真っ直ぐにブランを見据えて続ける。
「ブランはノーグの手がかりを持っていると言いましたが、わたしたちに全て見せていないです。しかし、それは悪い気持ちで見せていないのではなくて、わたしたちの危険なのです。そうですね」
 セイルはシュンランの言葉に呆然とした。シュンランの言葉は何処までも断定的であり、全てを確信のもとに言葉にしている。これにはブランも驚かされたのだろう、口をぱくぱくさせるしかないようだった。
 シュンランはしばし眉一つ動かさずにブランを見つめていたが、やがてくしゃりと苦笑した。
「間違っていたらごめんなさい。しかし、わたしはそう思いました」
 すると、ブランもほんの少しだけ微笑んで「ほーんと、嬢ちゃんは怖えな」と言うだけでシュンランの言葉を肯定も否定もしなかった。
「ま、嬢ちゃんがその気なら、真面目に働きかけますか。もし悪いようになったら、姐さんがどうにかしてくれるでしょ」
「何でそこだけ私頼りなんだいアンタは」
「あら、姐さんを信頼してのことよん」
 チェインは呆れ顔でブランを睨むが、ブランは笑いながら肩を竦めただけで取り合わなかった。
 そして、そんな二人を不思議なものを見るように見つめていたリステリーアに対して、ブランは言う。
「ともあれ、貴重な情報ありがとさん。正直、誰がノーグの居場所を知ってんのかわかっただけでも動きやすくなったわ。それで、だ」
 改まった様子になったブランを、リステリーアも緊張の面持ちで見やる。ブランが何を話そうとしているのか、わかったのかもしれない。
「お前さんは『エメス』に追われる身になったが、これからどうするつもりだ? 追手はすぐそこまで来てるが、逃げるあてはあんのか」
「……いいえ」
 リステリーアは首を横に振った。
 がむしゃらに逃げてきて、気づけばこのウルラの森にいて、老女に匿ってもらった。それから先のことは考えることもできなかった、とリステリーアは素直に告白した。
 そして、行くあても無いまま彷徨えば、いつかは捕まってしまうだろう。その先のことはセイルにだって想像できるのだから、リステリーアがわからないはずもない。
 だが、リステリーアは俯いたまま、小さな声で呟いた。
「ただ、このままここにいればお婆様にも迷惑がかかるわ。そのくらいなら、いっそ……」
 ここを出て、目に見えた結末を迎えた方がいいのではないか。
 消えた言葉の奥には、そのようなリステリーアの心が透けて見えた。
 すると、今まで微笑みながら無言で話を聞いていた老女が「あら、そんなことありませんよ」とさらりと言ってみせたのだ。驚くリステに対し、老女はくすくすと笑いながら言う。
「私が、たかが異端研究者に怯えるとでも思っていましたか? そんなことじゃあ、長生きも出来ませんよ」
「し、しかし」
「それにね、リステさん。そういう悲しいことを簡単に言ってはいけません」
 老女の言葉には、穏やかでありながらにたしなめるような響きを聞いて取れた。リステリーアはひゅっと息を吸って、自分よりも遥かに小さな体をした老女を見つめる。
「リステさんさえよければ、ここにいてくださいな。私も、せっかく出来たお友達とは簡単に別れたくありませんよ」
 リステリーアは表情を歪めて返事をすることも出来なかった。今にも泣き出しそうな表情で俯くばかりだ。まさか、リステリーアもそんな優しい言葉を投げかけられるとは思っていなかったのだろう。
 危険を全て承知で、それでも何もかもを包み込むように優しく微笑む老女の姿は、セイルの目にも眩しく映った。
「婆さん、それでも俺様はいいんだけど、リステちゃんをここに置き続けりゃ『エメス』の襲撃が厳しくなるばかりでしょうに。そりゃ婆さんでも流石に辛いんじゃね?」
 老女とリステリーアの間に割ってはいるように、ブランは言葉を投げかけた。すると、老女は「あらあら」と意外そうな表情を浮かべてブランを見た。
「あなたなら、『リステちゃんはここに置いてくわよ』って言うと思ったのですけどね」
「……真似しないでいただきたいわあ」
 ブランは小さく溜息をついて言った。我が道を行くブランでも老女のペースには振り回されてしまうらしい。老女はおかしそうに笑いながら言った。
「あなたは言葉に反して慎重な方です。私と同じように、リステさんを外に逃がすよりは『隠し通す』方を選ぶと思ったのですよ」
「ま、そうなんだけどな。婆さんには負担かけちまうけど、リステちゃんの無事を願うなら婆さんに預けとくのが一番かなと思う」
 セイルは、あっさりと言を翻したブランに慌てて問いかける。
「でも、さっきブランは、リステリーアさんを置いといたらダメだって」
「普通ならそう考える、ってことよ。だが、婆さんにはいい方法があるんでしょ。俺様と同じ考えであることを願うけど」
「要するに、追手の方々に『リステさんは逃げた』と思わせればよいのでしょう?」
 ふわりと微笑む老女であったが、その笑みの奥に秘められた感情は知れない。その笑みは、ブランが何かを考えているときに浮かべる笑みと、よく似ていた。
「そのような仕込みは得意ですよ。騙すための手段ならいくらでもありますし、追手が少ないのも幸いです」
「その辺は、婆さんに任せた方が確かかもな。俺様は『裏をかく』のは得意だけど『騙す』のは苦手だから」
 似てるけどちょっと違うのよねえ、とブランはへらへら笑う。
「というわけで、リステちゃん。悲観すんのはまだまだ早いぜ。ひとまずは俺たちと婆さんに任せて、のんびりしてりゃいいさ」
 たち、ということは自分たちも協力するのか。
 ブランが何を考えているのかはわからないが、リステリーアを助ける協力が出来るなら悪い気もしない。思いながらブランを見れば、ブランはきょとんとしているリステリーアをよそに、老女とリステリーアを助ける算段を立てているようだった。
 ブランの言うとおり、ここはブランと老女に任せておけば、きっと大丈夫だとセイルも思った。嘘をつかないブランの言葉は、こういう時には頼もしい。
「……えと、リステリーアさん」
 安心したところで、セイルは自然とリステリーアに声をかけていた。リステリーアはちょっと吃驚したようだったが、すぐにセイルの方を向いて言った。
「リステでいいわ」
「じゃあ、リステさん。あの、一つだけ聞いていいですか」
 これを、リステリーアに問うていいものかはわからなかったけれど。この機会を逃せば、きっと聞けなくなってしまう。そう思って、セイルは何とか言葉を放つ。
「その、兄貴ってどんな人だったんですか?」
「どういうこと?」
 リステリーアは不可解そうにセイルを見た。セイルは、正しく伝わればいいと思いながら、言葉を選び選び言う。
「俺、異端研究者としての兄貴を見たことがないから……リステさんの目から、どういう風に見えたか聞きたかったんです」
 リステリーアは「そう……」と微かな驚きをこめてセイルを見据えた後に、ゆっくりと口を開いた。
「ノーグ様は『機巧の賢者』の名の通りとても怜悧な方よ。誰よりも多くの知識を持ち、誰よりも知識を的確に振るうことが出来る方。けれど、噂のような心無い方というわけではなかったわ。手の届かないような場所に立ちながら、どんな者にも優しい言葉を投げかける方だった」
 果たして、今お目にかかったとしても、同じように声をかけてくれるかしら。
 そう言ったリステリーアの表情は、酷く傷ついた色をしているように見えた。
 もしかすると、リステリーアは兄に裏切られたと感じているのかもしれない……リステリーアの詳しい事情を知るわけでもないが、セイルはそう思った。兄が本当に変貌してリステリーアを裏切ったのか、それともリステリーアが自分の中に作り上げた兄の像と現実の兄がかけ離れていたのか。それは誰にもわからないけれど。
 リステリーアが今も兄を慕っていることだけは、はっきりとわかった。
 セイルが目を上げれば、そんなリステリーアをブランが見つめていた。その瞳に宿った色は酷く冷たく……セイルは何故か、背筋が冷たくなるのを、感じていた。
 
 翌朝、セイルたちは老女に礼を言って、家を発った。
 セイルは、いつものようにシュンランの手ではなく、黒いローブを纏った人形の手を引いて前を歩いていく。その人形の顔はフードに隠されていたが、体つきだけはリステリーアの背格好とよく似ていた。
 老女が用意したゴーレムだ。
 言葉も少なく、セイルたちと人形は森の外を目指して歩く。セイルたちがこれから目指すのは、ライブラ国の首都ワイズ。これはブランが指示したことで、ブランによればそこまで辿り着けば、しばらくは『エメス』に怯えることもなくなるだろうという。
 ただ、果たして無事にそこまで辿り着けるかどうか……
 セイルがそう思った瞬間、ブランが立ち止まった。チェインもまた、同時に周囲を見渡した。セイルにはわからなかったが、ブランとチェインの感覚が何かを捉えたに違いない。
「来た」
 チェインが短く言い切った。
 ブランは立ち止まったまま、セイルたちに鋭く指示を飛ばす。
「構わず行け!」
「させるかぁ!」
 飛び出してきたのは、煙を吐く鎧を纏った男……ラグナ・クラスタ。下卑た笑みを浮かべたラグナは、立ち止まって銃を構えるブランには構わず、チェインに率いられて森の外に向けて駆け出したセイルたちを追い始める。
 セイルは全力で駆けた、が、その瞬間に手を繋いでいた人形がつまずき、セイルの手を離して転んだ。
「あっ」
 セイルとシュンランが同時に声を上げて、チェインが小さく舌打ちをした。ローブ姿の人形が何とか立ち上がろうともがくが、その間にラグナが迫り、人形を捕らえようとしていた。どうやら、ラグナはそれがリステリーアではなくただの人形であることはまだ気づいていないらしい。
 チェインもそれを見て取ったのか、セイルたちに向き直る。
「仕方ない、このまま行くよ」
「だけど」
「ここはブランとあのお婆さんの機転を信じるしかないさ。行くよ!」
 セイルは、シュンランの手を取って駆け出す。ディスがいない今は、一人で追手を引き付ける役目を請け負ったブランの助けになることも出来ない。それを悔しく思いながらも、今自分に出来ることを確かにこなそうと心に決める。
 それは、この森から無事脱出すること。
 ちらりと振り向いてみれば、ラグナは人形の腕を持ち上げようとしたところで……その瞬間に、人形がラグナの足に絡みついた。魔力で重さを操作しているのか、怪力を誇るラグナでもすぐには人形を引き剥がせず、怒りの声を上げる。
 その瞬間、辺りに仕掛けてあった蜘蛛型のゴーレムたちが、いっせいにラグナに襲い掛かった。
 それを確認したブランが木陰から出てきた黒髪の女の手を引きセイルたちと逆方向に逃げ出したのを見て、セイルは前に視線を戻した。
 ここまでは、計画通り。
 後はブランがどれだけ、もう一人の追手キルナ・クラスタの目を欺いて『リステリーアを逃がす』ことが出来るか、だ。
 実際には、ブランが連れ出したリステリーアも人形だ。人形遣いの老女は、同じ人形遣いであるキルナを騙し通す気でいる。その腕を信じて、セイルたちは走る。追手はリステリーアの方を重要視しているのかこちらを追ってくる様子は無く、無事にセイルたちは森の外まで駆け抜けることが出来た。
 ここまで来れば、後はワイズに向かうだけだ。
 セイルは胸のポケットから、一通の手紙を取り出す。これはブランから預けられたもので、これをワイズの学院に持って行けばいいとブランは言った。
 ブランの真意はわからないけれど……今はそれを信じるしかない。
「そのお手紙、何と書いてあるですか?」
 シュンランは手紙を覗き込む。まだ文字の読めないシュンランのために、セイルは宛名に当たる部分に書いてある文字を、声に上げて読んだ。
 
「ライブラ国立ワイズ学院博士、セイル・フレイザー」