ロンリームーン・ロンリーガール

ロンリームーン:7

 月からの通信が途絶えて、数日が経った。
 月のメッセージが届いていたのはよくよく考えてみればほんの四日間で、過ぎ去ってしまえば一瞬でしかなかったのかもしれない。それでも、ケーリはどことなく寂しさを感じながら、とぼとぼと学校からの帰り道を歩いていた。
 新学年になって、浮かれて騒ぐケーリと同じくらいの年の生徒達が横を駆け抜けていく。新しい担任やクラスメイトの話を口々にしていたから、ケーリと同じ新三年生だろう。だが、ケーリはいつも通り、そんな話に加わることもできずにいる。
 独りの帰り道も、何も変わらない。
 独りには、慣れているつもりだったのに。どうして、こんなに寂しいのだろう。
 空を見上げれば、地平線あたりに浮かび始めた月がケーリを見ていた。誰に対しても同じように見える月だが、あの月が他でもないケーリを待っていてくれている、と思うと落ち込んでいた心が少しだけ奮い立つ。
 早足になって、ランドセルを背負ったまま博士の家へ足を向ける。
 博士のアンテナが月のメッセージを受け取ったことは、博士とケーリ、そしてミドリノだけの秘密だった。博士に言わせてみれば、博士やケーリの言うことなど誰も信じないだろうし、信じたところで騒ぎになってしまったら月が迷惑するから、ということらしい。
 騒いでもらえば、月は喜ぶのではないかとケーリが言うと、人間の世の中はそんなに単純にはできていない、とミドリノは苦笑した。悪意で騒がれれば、月だって悲しい思いをするだろうと。
 だから、これは秘密。
 今日の朝のニュースで『ディアナ』の開発が再開され、新たな宇宙飛行士を募集している、とニュースキャスターが言っていたことを思い出す。新しく月に向かう彼らが、月の言葉に気づいてくれればいい、と心から思う。
 そんなことを考えているうちに、博士の家の前にたどり着く。見上げれば、いつも通りのアンバランスなパラボラアンテナ。いつもと違うのは、その根元に白衣ではなく作業着姿の博士がいたこと。
「博士、何をしているのですか?」
「調整よ。まだまだ宇宙からの通信を受け取るには足りないもの」
 こちらを振り向かずに工具だけケーリに示してみせる博士。ケーリはぽかんとそんな博士を見上げてから、言った。
「メッセージ、受け取ったじゃないですか」
「だって、あれは宇宙人じゃなかったじゃない」
 博士はそう言って、ケーリの方に目を向けていたずらっぽく笑った。大人なのに、まるで面白い遊びを思いついた子供のような顔をするのだ、この博士は。
 一体何のために博士が宇宙人を探しているのかはケーリも知らない。それ以前に、博士が本当は何者なのかもわからない。はっきりしているのは、博士が本気で宇宙人を探しているということだけ。
 それだけで、十分だった。
「宇宙人を見つけるまでは止めないって言ったでしょ? それに」
 ケーリを見下ろす博士は、いつになく楽しそうで。
「いつ、また月からの手紙が来るか、わからないじゃない。いつでも、受け取れるようにしなきゃ」
 博士の優しい言葉に、ケーリはこくりと頷いた。
 寂しいなんて言ってはいられない。月は遥かに遠いけれど、ずっと側にいてくれる。博士だって、ケーリの側でいつも通りに笑っていてくれる。
 だから、ケーリも笑って空に向かって手を伸ばす。いや、その手が伸ばされたのは、未来に向けて、だったのかもしれない。
 寂しがり屋の「あなた」に会いに行く。
 どんなに遠くても、必ず。
 三十八万四千四百キロメートルの向こうで、月が笑った、気がした。