『ケーリに質問します。「ケーリ」とは、どのような意味ですか?』
『 「蛍の里」という意味になる』
『蛍とは何ですか?』
『光る、小さな虫のこと』
『虫は知っています。「光る」とは、太陽のように、ですか』
『自分で光る、という意味ではそう。太陽に比べればとても小さな光だけど、たくさん集まればとても綺麗に見える』
『蛍。覚えました。一度見てみたいです』
昨日に引き続いて不思議なメッセージのやり取りを繰り返すケーリは、一つ一つ考えながら言葉を紡ぐ。
この世に生まれて十年足らずであるケーリの語彙はそう多くないが、相手の『月』の語彙はそれよりもずっと少ないようだった。ちょっとした言葉についても、『月』は意味を問うてくる。時には横に座る博士の助けを求めながら、ケーリは質問に答えていく。
博士も昨日からケーリと『月』のやり取りにかかりきりになっていて、メッセージの発信元の特定は進んでいないようだった。ミドリノに任せているらしいが、そのミドリノの姿もここ数日見ていない。
とはいえ、ケーリはもはや通信の相手が宇宙からのものだと疑っていなかった。言葉を交わすたびに、その思いは確信へと変わっていく。
唐突とも思える一つ一つの質問も、知らない場所に存在しているケーリのことを少しでも知りたいという願いだ。その願いはどこまでも真っ直ぐで、疑う余地がない。
それに、『月』が本当に月かどうかは、正直にいえば関係なかったのかもしれない。
言葉を交わせる相手がいるだけで、ケーリは嬉しかったのだ。ケーリは元よりよく喋る方ではないし、喋っても同じ年代の子供とは話が合わない。友達といえる友達は幼馴染と、ここにやってくるミドリノ、そして博士くらいだ。年の離れたミドリノや博士を「友達」と呼んでよいならば、だが。
だから、何も気負うことなく、お互いを「知りたい」と心から願うこの対話は、とても心地よい。
最後の回答から少しだけ時間を置いて、新たな文字列が映し出される。ケーリは和訳された文章を目で追った。
『ケーリに質問します。「寂しい」とは、どのような気持ちでしょうか』
「寂しい……」
ケーリは思わず口の中で呟いていた。今まで遊んでいたクラスメイトが帰っていって、一人夕暮れの教室に取り残された時や、一人で帰り道を行く時にふっと湧いてくる感情、だろうか。
感覚としてはわかるけれど、いざ言葉にしようとすると、難しい。
「博士。『寂しい』って、どういうことですか」
「寂しい……難しい質問ね。ケーリくんはどう思う?」
博士は決して自分から答えを示そうとはせず、必ず、どんな下らないことであろうとケーリの答えを聞く。博士曰く、「本当の『答え』というのは、人から与えられるものではない」。もちろん、ケーリも問い返されることを想定していたので、頭を捻る。
「寂しい。繋がってたものが、離れるような気持ち……空っぽな気持ち、ですか」
「感情に、正しい答えはないわ。ケーリがそう思うなら、そうじゃないかしら。私も、似たようなものだと思っているし」
「はい、わかりました」
『 「寂しい」というのは、空っぽな気持ち。今まで繋がっていたものが、離れてしまう。あったものが、なくなってしまう。そういったときに感じる気持ちだと思う』
『わかりました。では、この気持ちも、「寂しい」なのですね』
『あなたは、今、寂しい?』
『月』の言葉の意図がわからず、首を傾げながらケーリが言葉を打ち込んだその時だった。
外に聞きなれたエンジン音が近づいてきて、止まった。ケーリは開け放たれたままの扉から、玄関を見やる。博士も、「来た」と小さく呟いてそちらを見やった。
いち、にい、さん。
ゆっくり、三秒数えたところで玄関の扉が勢いよく開いた。春の風とオイルの香りをまとって現れたミドリノは、靴を乱暴に脱ぎ捨てると研究室に大股に入ってきて、言った。
「発信元、解析完了しました、博士」
「靴は後で揃えなさいね。で、何処から?」
微かに形の良い眉を寄せて問いかける博士に対し、ミドリノの顔はケーリの目から見てもわかるほどに青かった。呼吸を整え、小さな、しかし博士とケーリにははっきりと届くくらいの声で、言った。
「 『ディアナ』です」
博士の目が、見開かれる。
「……何ですって?」
ケーリも、驚いてディスプレイに映し出された文字列に目を戻す。そこには、ケーリの問いに対する答えが、返ってきていた。
『寂しいです。私の大切な人たちは、もういませんから』
ロンリームーン・ロンリーガール