鈴蘭の服を選ぶ間、僕は店の外で待つことにした。
僕がついて行ったところで、鈴蘭に何が言えるとも思わなかったから。
塔の兵隊が珍しいのか、道行く人が僕の方をちらりと見ては目を逸らす。こういう時に、この網膜保護装置は便利だと思う。僕自身の視線はすっかり隠してくれるから。
ふとそちらを見た時に、視線が合うと気まずい。そう思うのは、多分、僕だけじゃないと思う。
どのくらい、そのままで待っていただろう。
ゆっくりと扉が開いて、鈴蘭が顔だけを出した。
「お待たせ」
ああ、と答えて視線を上げる。鈴蘭は、何故か扉の向こうに体を隠したままだ。
「どうしたの?」
問いを投げかけてみても、すぐには出てこようとしない。眼帯に隠されていない片方の目で、僕をちらちらと見ているだけ。一体何をしているのだろう、と思っていると。
「ほら、早くホリィにも見せてやれよ」
「わ、わっ」
ジェイに背中を押されたのだろう、鈴蘭は手をぱたぱたさせながら、扉の向こうから飛び出してきた。
ふわり、と。目の前で揺れたのは、肩から腰の辺りまでを覆った、柔らかそうな、それでいて温かそうなポンチョだった。その下に着ているものも、裾の辺りが擦り切れた襤褸のような服ではなく、しっかりとしたつくりの、淡い色をしたワンピースに変わっている。
服が変わるだけで、随分印象が変わったと思う。明るくなった、と言うべきか。単に、目に映る色の明るさが、変わっただけかもしれないけど。
鈴蘭は、僕の表情を窺うようにじっとこちらを見つめながら、言った。
「ど、どうかな。これ、変じゃないかな?」
「変じゃないと思うけど」
「この色も、似合ってるかな?」
僕は咄嗟に、彼女が最も求めている言葉は何か、考える。
すると、背後から現れたジェイが、にやにやと笑いながら言った。
「いい色じゃねえか。白い肌によく似合う、若草色だ。なあ、ホリィ?」
「……ああ、僕もそう思うよ。よく似合ってる」
反射的にそう答えてしまってから、鈴蘭の表情を確かめる。
鈴蘭は――心の底から、嬉しそうに、笑っていた。
「ありがとう、ホリィ」
胸が、微かに痛む。
僕は、答えを間違ったのだろうか?
そんなはずはない。鈴蘭は屈託なく笑っている。それでいい。彼女の望みを叶える、それが僕の役目じゃないか。そう、自分自身に言い聞かせる。
鈴蘭は、若草色のポンチョの裾を揺らし、踊るような足取りで僕らの前を駆けていく。僕の知らない歌を歌いながら、八分の六拍子のリズムで駆けていく。
そんな鈴蘭の背中を見つめながら、横に立ったジェイに小声で囁く。
――助かった。
僕を見下ろすジェイは、もう、笑っていなかった。
笑顔一つ浮かべずに、いつになく厳しい声で言い放つ。
「どうして、本当の答えを言おうとしなかった?」
ジェイの言葉には答えない。答えられなかった、と言うべきなのかもしれない。
僕には、どうすべきなのかわからなかった。
あの時、鈴蘭の望む答えを探すと同時に――本当の答えを、すっかり見失っていたのだと、気づいた。
視界の端で、まだ、若草色の布が踊っていた。
アイレクスの絵空事