アイレクスの絵空事

アイレクスの走馬灯/自由意志

 ふわふわと歩く鈴蘭の後ろを、一歩遅れて行く。
 宿を取り、車を置いて、僕らは鈴蘭の望むとおりに商店街を歩いていた。
 ショーウィンドウに飾られた服や人形に気を取られ、歯が痛くなりそうな菓子を売る店を見つけてはいちいち目を輝かせる。目まぐるしく変わる彼女の表情を見ていると、こっちが目を回しそうだ。
「そんなに離れるんじゃないぞー」
「うん、気をつける!」
 のん気なジェイの言葉に、鈴蘭はにっこり笑って頷くけれど……既に、商店街に来てから三回ほどはぐれかけている以上、説得力は皆無だ。
「ホリィ。んな不機嫌そうな顔するなって。鈴蘭にバレるぞ」
「む」
 いつの間にか、感情が表に出ていたらしい。意識して、眉間に入っていた力を抜く。
 ……悪い傾向だ。僕はどうしても、感情を上手く制御できない。父さんはそれでいいと言ってくれるが、兵隊としては不完全であることを、認めざるを得ない。
 そんな僕に、ジェイは含み笑いを見せる。
「落ち着きがなくて危なっかしくて、見てられないってか?」
「否定はできない」
 素直に認めるしかなかった。ジェイは目を細めて、それからまるで子供に対してするように、僕の頭を軽く叩いた。
「ま、それでも黙ってられる辺りは、お前らしいけどな」
 そう……僕らは鈴蘭の行動に対して何かを言うことはできない。彼女の望みを否定することもできない。そのように定められているのだ。
 鈴蘭は自由でなければならない。僕らには彼女の希望を叶える義務があり、彼女の自由意志を阻害する権利を持たない。最低でも、彼女が首都に……塔に辿りつくまでは。
 視線の先では、鈴蘭が露天の人形師と何かを話している。単純な仕組みで動くからくり人形にいたく興味を引かれているように見えた。
 横目でジェイを見ると、ジェイもまたそんな鈴蘭をじっと見つめたまま、言った。
「……なあ、ホリィ」
「何だ?」
「んな、塔の命令を完璧に守る必要もねえんだぜ? あたし以外の誰が見てるわけでもないんだ。こんな休暇みてえな仕事、真面目にやってる方が損だろ」
 その言葉には、小さな反発を覚える。覚えるけれど、それが決して「間違い」ではないことも、理解はできる。僕は言葉を選ぶために一呼吸を置いて、言った。
「ジェイはそうかもしれない。監視がなければ罰を与えられることもない。理論としてはわかる」
 なら、と言い掛けたジェイの言葉を遮って、言葉の一つ一つをはっきりと発音する。
「だが、僕は与えられた任務を正しく遂行するつもりだ」
 何故を問う声はなかった。僕がジェイの理論を理解できるように、ジェイが僕の理論を理解できないはずはなかったから。
 それでも――僕は、言わずにはいられなかった。
「それが、僕の存在する理由だから」