隔壁。それは《スターゲイザー》が滅ぼした世界に点在する、人類の居住区だ。
黄沙の海から五十キロほど離れた場所に位置する第四十隔壁に到着したのは、鈴蘭が暮らしていた第四十六隔壁を発って三日目の朝だった。
隔壁の名の通り、それは荒野に佇む高い壁に囲まれた町で、出入りするためには門を通過する必要がある。僕らを乗せた車は、「北門」と書かれた巨大な門の前で停まった。
門は堅く閉ざされていて、塔で支給されるものとは違う形の制服を着た門番が、車の窓を叩く。運転席のジェイが窓を開けて、歯を見せて笑った。
「よう、お仕事ご苦労さん」
「ようこそ、第四十隔壁へ。……首都からお出でになられたのですか?」
「そ。こっちもお仕事でな。しばらく滞在してえんだが、入れてくれっか?」
「身分証明となるものを提示ください」
はいはい、とジェイは塔の印が押された証明書を門番に渡した。今回の任務に当たって渡された、僕とジェイ、鈴蘭の身分を証明する紙だったが、既にくしゃくしゃになっている辺りでジェイのいい加減さがわかる。
次からは僕が持っておこう、と心に決める。
門番は詰め所に一度下がったあと、数分の後に戻ってきた。
「照会が完了しました。どうぞ、お入りください」
金属と金属が擦れる音色を伴って門がゆっくりと開く。その向こうに、首都とは違った様式の建物が並んでいるのが見えた。
ジェイは、不安なエンジン音を立てる車を門の中に滑り込ませて、深々と息をついた。
「いやあ、やっとゆっくり休めるぜ!」
確かに、鈴蘭と合流するまでは、ほとんど町に立ち寄らない強行軍だったから、屋根の下で休むのは久しぶりだ。
後部座席の鈴蘭が、身を乗り出して質問する。
「これから、どうするの?」
「宿を取る。それから少し町を回るつもりだ。君の服も買わないといけない」
上着ももちろんだが、鈴蘭が持ってきた服は旅を続けていくにはあまりに心許ない。ここで揃えておかなければ、確実に旅に支障が出るというのが、僕とジェイの共通認識でもあった。
鈴蘭は小さく頷いてから、少々不安げに眉を寄せた。
「……わたし、お金、持ってないよ」
「経費は全部塔持ちさ、心配しなさんな。欲しいものはなんだって、お姉さんが揃えてやるぜ」
ジェイが無責任なことを言い放つ。ただ……。
「確かに、余計なものを買っても、ジェイが怒られるだけだな」
「冷てえなあ。こう、何か、連帯責任とかそういう言葉あっただろ?」
「命令の範囲であれば」
しかし、ジェイの言葉は明らかな独断だ。僕が関知するところではない。僕の意図が伝わったのか、まるで子供のように「ちぇー」と唇を尖らせて、ジェイは黙った。
そんな僕らのやり取りを、何とも居心地悪そうに見つめていた鈴蘭のために、念のため付け加えておく。
「勘違いしないで欲しいが、君が最低限必要だと思うものは全て僕らが揃える。ただ、ジェイの言うように『何でも』というわけにはいかないことはわかってほしい」
「うん。あ、でも……」
「でも?」
「見るだけなら、許してくれるかな?」
鈴蘭の右目だけの視線は、窓の外、ちょうど道沿いに建ち並ぶ商店街に向けられていた。
任務の内容を思い出す。こう質問された場合にどう答えるべきか、僕は、知っていた。
「日が暮れるまでなら、自由にすればいい」
「本当? ありがとう!」
ぱっと鈴蘭の顔が笑顔になる。それを見た瞬間、何故か僕が悪いような気分になって、つい視線を逸らしてしまったけれど。
――気づかれなかった、はずだ。
アイレクスの絵空事