中には、
それらを丁寧により分け、新規に見つけられた歪神に関しては、名前をつけて、記録を開始する。既に確認されている歪神に関しては、代々の記録者によって屋敷に収められた記録を紐解き、情報を更新していく。
それが、当代の『記録者』檜山志郎に与えられた役割だった。
「シロウ、お茶入ったよ」
すっと、横から湯飲みが差し出される。緑茶の香気が、湯気となって漂う。横手を見れば、盆を抱えたリッカが青い目を瞬かせていた。
「悪い。手を煩わせてしまったな」
「ううん、お世話になってるんだもん、このくらいはやらないと。シロウはお仕事?」
ああ、と頷いて、手の中の万年筆を回す。
「世界にやってくる歪神の記録をつけるお仕事だって、キリアが言ってたわ」
「そうだ。ここの家主に、仕事を丸ごと押し付けられてな」
「見ててもいい?」
「構わないよ。面白いものでもないと思うが」
横に座ったリッカは、志郎の手元に詰み上がった、先代から引き継いだ冊子の一部を、ぱらぱらとめくっていく。
その規則正しい音を聞きながら、志郎も仕事に戻る。
手紙に記載された内容を、決まった形式で纏めていく。それは、極めて地道な作業だ。ただでさえあやふやな歪神の情報を、日々上書きしていくだけの作業。
志郎は、この、終わりの見えない作業が嫌いではなかった。
これらの記録が無ければ、日々世界を越えてやってくる歪神に対して、正しく対応することもできない。そのために必要な情報を己が担っている、という自負もある。
だが、それ以上に、この単調ともいえる作業が志郎にとっては心地よかった。
必要以上に干渉されず、わずらわしい俗世からも隔絶された屋敷で、淡々と万年筆を動かすだけの日々。そんな毎日を保証してくれた家主には、「押し付けられた」と言いながらも感謝すらしている。
そんなことを思っていると、突然、ぱたん、と音がした。それが、リッカが冊子を閉じた音だとわかったのは、一拍遅れてからだった。
「面白いね、これ」
「も、もう読み終わったのか?」
「うん」
先代以前から更新を繰り返されてきた記録は、そう簡単に読み解けるものではない。毎日触れている志郎ですら、一冊を読み通すのに半日はかかる。それを、ほんの数分で読みきったというのか。
しかし、リッカの表情が、スケッチブックの絵を褒めた時と同じ、複雑なものに変わったのを見て、驚きはすぐに納得へと変わった。
「なるほど、君は、一度見たものを、その通りに把握できるんだな」
志郎の言葉に、リッカははっと顔を上げる。
「どうして、わかったの?」
「前に、忘れられないって言ってただろう。だから、そうなんだろうなと思っただけだ」
「驚かないのね」
「珍しいとは思うが、僕も、そういう能力は知らないわけじゃないから。こんな仕事をしていると、つい、羨ましいと思いたくなるが……きっと、それはそれで、辛いことも多いんだろうな」
そんなにいいものじゃない。そう、吐き捨てるように言った異相の少年が、脳裏をよぎって消える。
果たして、その少年とは似ても似つかないリッカは、閉じた冊子の上で手を握り締め、それから、はにかむように笑った。
「シロウ、優しいのね」
「そうかな」
「優しい。そういう風に言ってくれる人、初めてだったから」
ありがとう、と。桃色の唇がそっと囁く。
何故か頬がぼっと熱くなるのを感じながら、志郎は慌てて仕事に戻る。
この調子では、仕事に集中できそうにもなかったが。