向日葵、毒薬、宇宙船
或る飛行士が死んだ。
死因は不明。
不明であることを、或る飛行士本人が望んだからだ。
僕は今日も飛行士の家に向かう。花畑の向日葵に水をやっていた飛行士の奥さんが、僕の名を呼んで家に入るようにと言ってきた。僕は急ぐからとその誘いを断り、その代わり向日葵の花を一輪欲しいと申し出た。
奥さんは、今日だったわねと笑って、快く僕に向日葵の花を一輪くれた。とびきり大きな花をつけた、とびきり背の高かった一輪だ。
向日葵の花は皆、空を見上げている。飛行士が夢見続けていた空を。以前奥さんは飛行士が植えたこの花を嫌いだと僕に漏らしたことがある。かつてはその意味もわからなかったけれど、今なら何となく、わかる気がする。
去り際、僕は向日葵の花を抱いて奥さんに今も向日葵が嫌いかと問うた。
奥さんは笑って今は違う、とだけ言った。好きか嫌いかはわからなかったが、その答えだけで十分だった。
僕は、飛行士の家を発った。
最後に僕に聞かせてくれた言葉を頭の中にもう一度呼び起こしながら。
(これは誰にも言わないで欲しい、友よ。
僕は気づいていたんだよ、あいつが僕の食事に毒を盛っていたことくらい。だけど僕は迷わずあいつが作ってくれた食事を食べたんだ。僕はあいつを恨んでいないし、君もあいつを恨まないで欲しい。あいつはきっと、僕を恨んでいただろうけど。
僕はもうすぐ死ぬだろう。
だが、ベッドの上で苦しむ僕の横で、あいつは僕の手を握って穏やかに笑っているんだよ。あいつが狂っている? そうじゃない。僕の方が狂っていたのだと今になって思い知ったのさ。
君にはわかるかい、友よ。
あいつは、ただ、寂しかっただけなのだ。僕は向日葵のようなものだったとあいつは言ったよ。空ばかり見上げて、ずっと側にいてくれたあいつのことを見ていなかった。それがあいつには寂しくてたまらなかったのだ。
僕はこのまま手の届かない場所に行くんじゃないか。銀色の船に乗ったまま帰ってこないんじゃないか。僕の枕元でずっと、呟いていたんだ。それだけ、不安だったんだよ。毒薬に頼らないといけないくらい……僕には、想像することしかできないけどね。
僕はここで死ぬことに決めたよ。窓からは綺麗な空が見えて、星が見えて。向日葵が空を夢見るこの場所で。
あいつのいる、この場所で。
ああ……今日も向日葵が綺麗だ)
或る飛行士が死んだ。
死因は不明。
不明のままにしておいていいのだろうかと、思わないでもない。ただ、彼が死んでも向日葵は今日も空を見上げているし、奥さんは向日葵に笑顔で水をやっていた。
それで、いいということにする。
僕はゆっくりと階段を上っていく。目の前にそびえ立つのは銀色の曲線を描く機体、宇宙へと向かう船。
今日は僕の初フライト。君の好きだった向日葵の花を一輪つれて。
「さあ行こう、友よ」