空想科学少年の恋人(未満)

「俺は、恋をしている」
 我らが天文部部長、通称ロボが淡々とそんなことを言い出したのは、文化祭の前日のことだった。
 僕はロボの、それこそロボットのような無表情を唖然として見つめてしまった。


 ロボと僕は腐れ縁の関係というやつだ。
 小学校、中学校と来て今に至るまでの付き合いだ。もちろん出会った頃からこいつはロボと呼ばれていて、今までその奇妙なあだ名が変更されたことはない。
 何しろ、ロボはロボなのだ。
 長年付き合ってきた僕でさえ、未だにロボが僕と同じ人間であることを疑っている。腐れ縁の僕がそうなのだから、ロボを知っている大体の人は、九割がたロボを本物のロボットだと思っているに違いない。
 ロボは成績優秀、運動神経も抜群。美術音楽家庭科技術の成績までよい、要するに万能の天才というやつだ。だけど日ごろから能面のような無表情で、背筋をぴんと伸ばし、足をほとんど曲げずに歩くその姿はどう見てもロボットそのもの。喋るときだって唇しか動かさずに淡々と喋る。声のトーンまで一定だ。
 どんな育て方をすればこんな奴になるのだろうと思わないでもないけど、ロボの両親はちょっぴり変わり者だけど僕から見る限り普通の人だ。本当に、世界というのは不思議なもので。
「……サク?」
「ごめん、ちょっと突然で驚いて」
 ロボは少しもぶれない動きで黙り込んだ僕の顔を覗き込む。相変わらず何を考えているのかさっぱりわからない、瞬きの少ない目だ。
「驚くことなのか」
「だってロボの口からそんな言葉が出るとは思わなかったし」
 ロボは「ふむ」と小さく呟いて、こくりと首をかしげた。そんな仕草は少しだけ人間くさい。いや、本当は人間なのだろうけど。怪我をすれば血も出るし(実は色つきオイルという説もある)、病気で学校を休むことだってある(メンテナンス中だったのかもしれない)。
 それにしたって、人間らしい感情というものとは程遠いロボが、恋?
「俺が恋をするのはいけないことなのか?」
「むしろ大歓迎だと思うよ、僕は。やっとロボも人間らしくなってきたってことでさ」
 僕は何となくロボが無表情でそんなことを言い出すのがおかしくて、その顔を直視していられなくなった。ついと視線を逃がすと、壁一杯に貼られた写真が目に入る。元々五人しかいない天文部の面々が集めてきた星や月の写真。それに簡単な説明文をつけて展示しようというのだ。
 一般のお客にとって全然面白みのない展示なのは目に見えているけど、僕らはそれで満足なのでよしとする。
 天文部はたった五人の部活で、部長がロボ、副部長が僕。とはいえ僕らはこの文化祭で部活を引退して、受験勉強に打ち込むことになる。どうせ、天才人工知能のロボット様は涼しい顔でいい大学に受かっていくんだろうけど。
 僕はこれからどうするんだろう。赤茶けた火星の写真を見つめながら、思う。
 ロボは高校を卒業したら宇宙を目指すのだ、と真面目な顔で常々語っている。小さな頃から、宇宙飛行士になるのがこいつの夢。ロボットが宇宙に進出。趣味の悪いサイエンスフィクション・ジョークか何かと思うけど、ロボの言葉に冗談がないことは、長い付き合いである僕が一番よく知っている。
 だけど、僕はロボとは違う。
「サク」
 僕の横で、ロボが言う。相変わらず、一定のトーンを保った声で。
「何?」
「サクは、人を好きになったことがあるのか? 恋愛の経験はあるのか?」
「バカなことを聞くんだね、今日のロボは。あるに決まってるだろ」
 僕は笑う。そういえばロボが笑ったところもほとんど見たことがない気がする。一体コイツは何を楽しみにして生きているのだろうか。長年の付き合いだがさっぱりわからない。
「その恋愛は、叶ったのか?」
「内緒」
 僕はどこか時代がかっているように聞こえなくもないロボの言葉に、にやりと笑って言ってやった。何かしら言ってくるかと思ったけれど、ロボの「そうか」という一言で終わる。深いところまで決して踏み込んでこないのも、ロボらしいといえばロボらしい。
 まあ、今回ばかりは聞いてくれなくて心底よかったと思う。
 僕は、確かに長い間片思いをしていた。そして、その気持ちを伝えることのないまま、僕の片思いはあっけなく終わった。何て情けない話。そんなことを自分の口から、しかもこのロボに言えるはずもなかったから。
 気づけば、ロボはじっと僕を見ていた。
「何だよ、じろじろ見るなよ」
 僕は、思わず眉を寄せた。ロボは「悪い」と短く言って立ち上がる。そんな動作の一つ一つもやはりよく出来た機械か何かのよう。
 背の高いロボの影が、夕日に照らされて長く伸びる。ロボは壁に貼られた星の写真を見つめて、感情の読めない声で呟いた。
「サク、渡辺が言っていたが、文化祭というのは告白のチャンスなのか?」
「そうだね、ちょうどいいとは思うけど」
 僕も言って、立ち上がる。ロボは何も言わずにじっと写真を見つめていた。
 感情には乏しいロボだが、一度自分で考え決めたことは必ず実行する。そういう奴だ。微動だにせず写真を見つめるロボの目は硝子球のようだったけれど、確かな決意を秘めていた。
 小さい頃に、「俺は、宇宙に行く」と言い切った、あの時の表情とよく似ている。
 僕には、そんなロボが少しだけうらやましかった。
「明日か」
 何も感情が込められていない声のはずなのに。
 長年腐れ縁を続けてきたからだろうか、何故かその声が感傷的なものに聞こえた。
 気のせいだと、思うことにした。


 翌日、ロボは誰よりも早く教室にいて、相変わらずの機械的な動きで準備を進めていたようだ。僕はメンバーの中では最後だったけれど、来た頃には全てのセッティングが終わっていた。
 どうしても昨日の「らしくない」話が気になって、僕は椅子に座ったままちらりとロボを見る。
 ロボは、僕が見る限りいつもどおりだった。直立不動の姿勢で受付に立ち、たまに教室に迷い込んでくる客に四十五度の礼をしていた。多分分度器で図ればぴったり四十五度、コンマ一度のずれもないに違いない。
 客がいちいち微笑を浮かべるのも、天文部の展示を見たからではなく我らが部長ロボの動きが面白かったからに違いない。
 暇を持て余していた僕はそんな光景をぼうっと見つめていた。
「先輩、かき氷買ってきましょうか? バレー部の友達が買いに来いっていうんですけど」
 やはりただ待機しているだけでは暇だったのだろう、後輩三人のうち、唯一この教室に残ってくれていた後輩の由希が言った。僕も気を取り直して笑う。
「うん、よろしく。それと部長にも」
「わかってますよ。味は何にします?」
「じゃあメロン。ロボは?」
 客がいなくとも直立不動を続け、扉の外をじっと見つめていたロボは、声をかけられたことで初めてこちらを見た。ゆっくり作り物のような目を瞬きして、一言だけ言った。
「適当でいい」
「はい、わかりました。じゃ、行ってきます」
 由希はにっこりと微笑み、お下げ髪を揺らしてぺこりと……ロボとは違い柔らかな人間らしい動きでこちらに一礼すると、軽い足取りで教室を出て行った。僕は何も考えずにその背中を見送っていたけれど、ふと気づけばロボも、じっと由希の背中を見つめていた。
 普段ならばすぐに自分に与えられた仕事……それがどんなに単純で不毛なものでも関係はない……に戻るはずのロボが、じっとそちらを見つめているのだから、不思議だ。
 ロボは由希の背中が人ごみにまぎれてしまうまで見つめていて、やがてぽつりと呟いた。
「由希は、恋というものを知っているのだろうか」
 お前、やっぱり変だ。
 僕はそう言いたくなるのを無理やり飲み込んで、ロボを見た。ロボは相変わらずの無表情で、自分が言っていることの奇妙さすらも認識していないらしい。認識していたとしてもそれが表情に出ることはなかったとは思う。何しろこいつはロボットなのだから。
 けれども、ロボが唐突に顔を上げて僕を見た。迷惑なことに、僕の意見を求めているらしい。この教室に僕とロボ以外に誰もいないことが幸いだな、と思いながらも、僕は自分がわかっているだけのことを話す。
「由希は、うちのクラスの渡辺と付き合ってるよ。ロボ、知らなかったの?」
「何?」
「大体、一ヶ月くらい前だったかな。渡辺の方から付き合ってくれ、ってさ。いやあ、アイツがそういう趣味だってのは知らなかったけど」
 由希は外見だけ見れば少々地味な、それこそ夢見がちな文学少女といった印象の後輩だ。実際には活発な行動派であり、僕も初めのころは随分とそのギャップに驚かされた。
「……そう、か」
 ロボは何となく、言いづらそうに言った。その言い方自体が普段から決して淡々とした口調を崩さないロボらしくない。
 恋をしている……
 ロボの口から出たその言葉が冗談じゃないということはわかっていたつもりだったけれど、見れば見るほど、何かが、おかしい。
「お前、何か、変じゃない?」
「何がだ」
 恐る恐る聞いてみると、さらりと返事が返ってくる。いつも通りのロボだ。ロボがおかしいと思っているのは僕だけなのか。それとも。
 続きを言う前に、部屋にまた人が迷い込んできたようだった。ロボは僕に向けていた顔を扉の方に向け直し、再び四十五度の礼。その切り替えの早さはやはり頭の中にスイッチでも仕込んでいるに違いない。さすがはロボット様だ。
 だけど。
 だけど、何だろう。
 何かが変なんだ。いや、何もかもが、変なんだ。
 ロボ、お前はそれに気づいているのか?
 僕は、どうしても頭の中を支配する妙な感覚を振り払えなくて、そんなもやもやとした気分のままに廊下の喧騒を聞いていた。
 早く、由希が帰ってくればいい、そう思いながら。


 片づけが大体済んだところで、後夜祭の放送が入る。浮かれた生徒が騒ぎ立てながら廊下を歩いていく声がここまで届く。僕は写真を分別する手を止めて、由希たちに言った。
「いいよ、鍵は僕が閉めとくから。先に校庭に行ってなよ」
「先輩、いいんですか?」
「うん。閉めるだけだから、すぐに終わる」
 どうせ、もう作業に集中することも出来ないだろうし。そう言いたくなるほど、由希たちの意識は既に後夜祭が行われる校庭に向けられているようだった。きっと、彼氏と落ち合う約束でもしているのではなかろうか。
「ありがとうございます、では、お先に失礼します」
「うん、僕もすぐに行くから」
 別に僕を待ってくれているような人はいないけれど……そう思ってしまって、自分で嫌になる。周りはどんどん先に行く。皆先を見ている。一歩を踏み出している。でも、僕は何をしているのだろう。手元にある写真はきらきらと輝いていて、だけどそれだけだ。ロボのように、そこに何かを見出すことは、できない。
 そうだ、ロボ。
 ロボだって、僕よりずっと先を見ている。元々こいつはそうだったし、今だって。
『俺は、恋をしている』
 そうやって言った口調は小さい頃「俺は、宇宙に行く」と言い切った口調そのままだったじゃないか。どこまでも本気で、どこまでも曲がらない。いや、曲がることを元から知らない、不器用なほど真っ直ぐな、ロボット。
 星を見上げるたびに、そんなことを考えてしまうのが、むなしい。でも、星とにらみ合う日々も今日で終わり。僕は今日で天文部を引退して、多分ロボとは違う道を歩む。どういう道を歩むのかは、僕にもわからないけど……
「……サク」
 静かな声が、降ってくる。顔を上げれば、ロボが僕を見下ろしていた。僕の背が低いのもあるし、ロボの背が高いのもある。それはいつものことだっていうのに、今日だけはそれが何だか、息苦しい。
「ロボ、行かないのか? 鍵は閉めるって言ったじゃないか」
 僕は軽く首を振ってロボに笑いかけた。だが、ロボは相変わらずの無表情で、僕を見下ろしている。何となく、見下されている気分で嫌になる。
 お前はいつも誰よりも先を見ている。
 僕にはいつもお前の背中しか見えない。
 何で、お前は。
「行けばいいだろ」
 そんなこと言いたいわけじゃないのに、言葉には自然に棘が生える。
「ロボはわかってないかもしれないけど、後夜祭っていうのは、好きな子に告白する最大のチャンスだ。さっさと行ってこいよ!」
「そうか」
 「そうか」と言いながらも、部長としての義務を果たすことが最優先事項だとプログラムされているのだろうか、ロボはそこを動こうとしない。
 イライラする。
 何だ、お前は。
「……行けよ」
 返ってくるのは、沈黙。誰もその場にいないかのように、廊下に溜まっていたざわめきすらも遠ざかっていくのがわかる。僕の目の前に立っているロボは巨大な人の形をしたオブジェクトか何かだろうか? バッテリーが切れたのか? バカな。
 お前は人間だろう、ロボ。
 人間ならば、僕の考えていることだって少しはわかってくれてもいいじゃないか。鈍いにも限度がある。だからロボットと言われてしまうのだ。それとも本当に機械で出来た血も涙もない人形だというのか? 冗談じゃない。
 ロボは何も言わずに僕を見下ろしている。感情の見えない、二つの黒い目。一転の曇りもない硝子球は、嫌な感情の塊になっている僕をそっくりそのまま映しこんでいた。
 ……嫌だ。
「行けよ!」
 思わず、大きな声が出てしまう。こんなことを、言いたいわけではないのに。
「サク」
「やめろ、僕に構うな! さっさと出て行けよ!」
 違う。本当に言いたいのは……
「サク」
 聞きたくない、声が。
「僕を」
「置いていかない」
 すとんと。
 言葉が、落ちた。
 僕はその言葉の意味を考えるのに数秒かかった。こいつは、今、何と言った? そして、僕は何を言おうとしていた?
「鈍いにも限度がある」
 ロボの唇から漏れたのは、先ほど僕が考えたことと一言一句変わらぬ感想。ただ一つ違うのは、それがロボではなくて、「僕」に向けられていたこと。
「な」
 上手く声が出ない。
 ロボは普段どおりの無表情で息をしているかすら怪しい直立不動の体勢を保っている。なのに、口から出る言葉だけは普段と違った。
「俺は、恋をしている」
 それは昨日聞いた、が。
「古橋桜、お前にだ」
 はっきりと言われた言葉は、ものすごい破壊力を伴っていた。
 待て。
 待てよ、ロボット様。
「……え、あ、その」
「聞こえなかったのか、ならもう一度」
「言わなくていい! 言わなくていいからちょっと待て、頭の中整理するから!」
「うむ」
 ロボは僕の必死の訴えを受けて、機械的に頷いてくれやがった。その動きが普通すぎて、僕にはあまりに一瞬前のロボの言葉がやけに非現実的なものに思えた。
 僕、を?
 最低でも、僕が見ている限りはそんな様子はなかった。昨日の言葉が突拍子もなかったことくらいで、後は何ら不自然なところはなかった、はずだ。でもその記憶すらも怪しい。ロボットめ、人間である僕の記憶を改竄するとは人間のために造られるロボットにあるまじき行為、とか考えて現実逃避をしたいものの、それはやはり非現実に過ぎる。
 だが、ここで一つだけ違う仮定が生まれた。
 僕はロボが「ある地点」から僕に恋をしたと仮定していたが、もしロボのその「恋している」状態は、僕が考えている以上にはるか昔から続いていたと、したら?
 それこそ。
「出会った頃から、好きだった」
「そうか、やっぱりそうか!」
 ぽつりと言ったロボの言葉が、僕の仮定を裏付けてしまった。
 要するに、ロボは、初めからそうで、今までそうなのだ。僕に見せている状態は、常に「恋している状態」だったのだ。それは僕が恋しているかどうかの違いを理解できるはずがない。
 いや、それがわかってもどうにもならないが。
「『やっぱり』……?」
「いや、こっちの話。だけど、何で、僕なんか」
 あまりに近すぎて、思いもよらなかった。僕にとって、ロボは恋愛対象なんかではなくて、単なる「腐れ縁」で「仲のよい男子」でしかなかったから。それに、こんな女らしさのかけらもない僕のどこがいいと?
 ロボは間髪いれずに答えてくれた。
「サクは、見ているだけでとても興味深い」
「……うわあ、ものすごくロボらしい発言だな、それ」
 女の子に対して「興味深い」の一言で済ませるか。お前は。
「それに、お前は自分が女らしくないことを気にしているようだが俺から見れば十分に魅力的だ」
「何でだろう、あんまり嬉しくない」
 多分、その原因はロボの口から「魅力的」なんて歯の浮くような台詞が吐かれたからだ。この男に「魅力」を解する心があるのかと問いただしたくなる。いや、ロボの言う「魅力的」だから、もしかすると常人とは全く異なる「魅力」なのだろうか。
 素直にロボの言葉を受け取ることを無意識に拒否している僕に、ロボは決定的な言葉を吐いた。
「あと、お前は十分未来を見ていると思うぞ。俺のように頑なである必要はない、悩むこともまた未来を本気で考えている、ということだろう」
「……な」
 何で、ロボが僕の考えていることを知っている?
 確かに、僕はロボの背中を見て、いつも悩んでいた。ロボはどこまでも真っ直ぐで、僕なんかに目もくれず背筋を伸ばして、早足で歩いていたから。
 なのに、ロボは。
「俺は、迷いながらも前向きであろうとするお前がうらやましくて、好ましかった。それが、お前を好きになった理由だ」
 そんなことを、のたまうのだ。
 好きになることに理由はない、といったのは誰だっただろう。でも、ロボの理由のある「好き」という感情は、言っているのがロボだからというのもあるのだろうけど、何よりもロボが本気でそうやって言っているのだと納得させられてしまう。
 それに、ロボは、きちんと僕のことを見てくれていたのだ。早足で歩きながら、僕には気づかないくらいさりげなく、何度も後ろを振り返って僕が迷っているのを見つめていたのだ。その、感情の読み取れない二つの目で。
 だけど。だけどさ。
「何で、今の今まで言わなかったんだよ」
「お前が、俺ではない人間を見ていたからだ。お前は、渡辺に恋していたのだろう?」
 あまりにあっさり言われてしまったものだから、僕はすぐにはその言葉を理解することができなかった。理解してから、初めて、血の気が引くような感覚がした。
「何で、そこまで」
 そう、なのだ。
 高校に入った頃からずっと、渡辺が好きだった。高校一年と、今同じクラスになれて、ものすごく無邪気に喜んでいたのを覚えている。だけど、渡辺は一ヶ月前、由希に告白した。僕なんか、初めから目に入っていなかったのだ。
「俺は、お前が幸せであってほしいと思った。だから、お前が他の男に恋しているのならば、それでよいと思った。だが」
「だが?」
 僕が続きを促すと、ロボは初めて、言いづらそうに口をぱくぱくさせた。動き自体は機械的ながら、それだけは妙に人間くさくて僕はちょっとだけ笑ってしまう。
「笑うところか」
「ごめん、でもちょっとおかしくて」
 僕自身、こういう緊張感は苦手だし。ロボは茶化されたとでも思ったのか、しばらく憮然とした表情で……それは表情ともいえなかったが、憮然としているのは何となくわかった……僕を見ていたけれど、やがて僕から目を逸らして早口に言った。
「お前には迷惑かもしれないが、好きだ、と言いたくなってしまったんだ。ここで言わなければ二度と言えないと思ったのだ。悪いか」
 ああ。
 僕は、随分と長い間ロボのことを勘違いしていたのかも、しれない。
 確かにこいつはロボットのように無表情で機械的で、傍から見れば何を考えているかもわからない、人形みたいな奴で。いつしか、僕もロボのことをそんな風に思うようになっていたけれど。
 こいつはこいつなりに、しかも僕と同じように考えて、恋をして、それで。
「悪くない」
 僕は、笑って言った。
 ロボは僕を恋愛対象として見ているけれど、僕はまだそこまではいかない。何しろ長い間僕にとっては「幼馴染み」でしかなかったから。だけど、さ。
「迷惑なんかじゃない」
 ロボがこっちを見ていてくれたのが嬉しかったっていうのは、本当だから。
 それに。
 ロボは、意外そうに僕を見た。そんなに、僕が笑っているのが不思議なのだろうか。一瞬前までロボの言っていることが不思議でたまらなかった僕みたいに、目を見開いて。
 ざまあみろ、僕を不安がらせたんだからお前もちょっとは驚け。
「僕も、ロボのことが『好き』だからね」
 僕が言った途端、ロボは目を見開いたそのままに、固まった。本当にバッテリーが切れたかのような、見事な固まりようだった。
「……おーい、ロボ?」
 つんつんとつついてみても、反応はない。
 仕方ないなあ、と思いながら、僕は言葉を続ける。
「ロボもわかってると思うけどさ。僕の『好き』ってのはロボの『好き』とは絶対に違う。だけど、好きだってことは紛れもない事実だよ。それに」
 イライラさせられるし、何考えてるかわからないし、それでいて全部を言い当ててしまったりする嫌な奴だけど。
「やっぱり、一緒にいたいって思う気持ちは本当なんだなって今回で痛いほどわかったよ」
 未来だの恋だの、色々と理由をつけて無理矢理自分で解釈して納得しようとしていたけれど。結局のところ、僕はただ、ロボが自分から離れていくのが嫌だったんだ。何てガキっぽい感情に振り回されていたんだろう。
 僕はロボを見上げる。ロボはやっと再起動を完了したのか、ゆっくり、二回瞬きをして、それから僕の頭をぽんぽんと叩いた。
「な、何だよ?」
「お前は、それでいいのか?」
「実のところわかんない。それは、これから先になってみないと、さ」
 これが今のところ恋じゃないのはわかるけど、恋に「なる」かどうかはわからない。
 ロボはしっかり未来を見据えてて、僕はその背中を見つめながらも未だに迷っている。だけど、結局のところどうなるかなんて誰にもわからない。
 だったら、僕ら二人のこれからの成り行きだって、わからないじゃないか。
 そう思って僕がロボを見上げると、ロボは僕の気持ちを理解してくれたのだろう、深く、深く頷いた。
「そうだな」
 ロボは僕の気持ちをある程度理解できてるみたいだけれど、僕はロボの気持ちを知らない。ちょっとは僕の答えに不満だってあるのかもしれないけれど、そんなの僕の知ったこっちゃない。
 僕は星の写真を片手に、もう片方でロボの手を引いた。
「行こう、もうとっくに後夜祭始まってるしさ」
 ロボは、僕を見下ろして……笑った。今になって、それがロボの笑い方なのだと、僕にもわかった。いつも僕に向けていた、ロボットのような無表情に見える顔。それこそが、ロボなりの不器用な笑顔だったのだ。
「ああ」
 笑いあいながら二人で、部屋を出る。廊下の窓から、星空の下に燃えるキャンプファイアー、その周りに集まる楽しげな影が見える。
 星は今日もきらきらと、僕らを見下ろして夜空に輝いている。この手の中の写真もきらきらと輝いている。ロボが目指し続けている、きらきらとした未来だ。
 僕の未来がきらきらと輝くかどうかはやっぱりわからないままだけれど、今だけはそれでも不安じゃなかった。
 いつも追いつけなくて、背中しか見せてくれなかったそいつが、今は一緒に足並みを揃えてくれているから。
 言うなれば友達以上、恋人未満。だけど、僕にとっては最高の相棒。

 かくして、ロボと僕の不思議な「おつきあい」が始まったのであった。